続15話 断罪。<クラウス・ラトルジン>
自分は兄に倣って文官になると思っていた。
だから学園では騎士科でなく、文官科に入った。魔法科もあったが自分に魔力はない。というか遡っても我が家に魔法使いはいなかった。
転機は国で行われる武大会に出場したことだった。
貴族なので小さい頃から剣を嗜み程度にやってはいた。と自分では思っていたが、共に練習をする兄は、早くから自分の剣技に注目していたらしい。自分は、対戦するといつも負けてくれる兄を優しい人だと思っていた。
武大会は希望すれば誰でも参加出来た。
その年は兄も文官の職に就き、懸命に働く兄の希望ならばと、兄の勧めで大会に出場を決めた。学園からの出場者で騎士科ではないのは自分だけだったので、これは直ぐに帰ることになると思った。負けるにしても精一杯であれば兄も喜んでくれるだろうと。
気負いが無いのが良かったのかトントンと勝ち進んだ。対戦相手たちは自分のひょろりとした体躯に油断をするのか、隙だらけで、攻めるのは容易だった。トーナメント制なのであっと言う間に人数が減っていく。
気付けば学園の生徒は自分だけが残っていた。その事に微妙な気持ちになったが、兄が激しく喜んでいるので良しとした。
準決勝に残った四人に入れたが他は現役の騎士だ。ここまでだろうと思っていたが、やはり手を抜かれたのか、優勝することができた。
自分には運があった。この時はまだそう思っていた。
次の年に優勝した時もまた、運が良かったと思っていた。
三年目におかしいと思った。一瞬、兄が八百長を仕組んでいるのではと疑ったが、そんな事をしたところで我が家には何も益は無いと改めた。すみません兄上。
しかし弱い。というより攻め入る隙がありすぎる。そんな悔しそうな顔をするならば自分の弱点を見直せと思った。
でも戦争では勝ちもする。個人の武力と団体の武力は必ずしも一致しない。結果、戦争に負けなければいいのだ。
卒業後は文官ではなく騎士団に配属された。
武大会を三年連続で優勝してしまったので有無を言わさずの配置だった。
よくよく考えればうちも領主ではあるので、有事の際は次男の自分が出陣しなければならない。
その時の指揮の仕方を実地で学ぼうと気持ちを入れ換えた。
騎士団に配属されて二年は戦争は無かった。その間も武大会に出場し、五年連続で優勝したので殿堂入りとなり、もう出場してくれるなと言われた。
正直ほっとした。これでもう無駄に絡まれる事も無くなるだろうと。
優勝の褒賞はいつも酒をお願いしていた。自分はあまり呑まないが、兄を始め領民は呑兵衛が多いので残念がっているが、まあ、来年からは給料で買うことにしよう。
そんな風にのんびりとしていたらハスブナル国が攻めて来た。
一番に準備を終えたのが自分の隊だったので、そのまま偵察を兼ねて出陣した。とにかく旗を掲げ敵を怯ませて援軍を待つのが仕事だった。
現場の村に着いてみれば、敵方も一個班の様だった。
隊を二つに分け、旗の準備と敵本隊がどこにいるか偵察に出した。
その間にも村は蹂躙され家は燃えていく。どんどんと人が倒れて行く。鉄の匂いが漂う。下卑た笑いが響く。
子供が一人こちらに逃げて来たのを、敵兵士が四、五人で笑いながら追いかけて来た。その内の一人が子供に向かって投げた剣を、飛び出して叩き落としてしまった。
しまったと思った。が、そのまま敵兵を全員斬り伏せた。
何かが外れたのかもしれない。
そのまま村に飛び込み、偵察班が戻って来るまでに敵兵を一人で全て倒した。
隊長として失格だと、歴戦の軍曹に怒鳴られた。
こういう勝手な行動が戦局を左右することがあると教わっていたのに。悪いのは自分なので素直に謝罪した。
結局、敵本隊は遠くの平地に有り、村にいたのは偵察部隊の一つだったようだ。
向こうが派手に動いたからこちらも気付けたのだろう。
追い付いた隊長たちと今後の方針を決める。
軍曹に自分はどうしたらいいかを確認した。先頭に立ちたいと訴えれば却下される。偵察部隊とは機動力に優れてはいるが戦闘力は大した事は無いことが多い。さっき全滅できたからと言って本隊もそうとは限らない。それに、侯爵家の人間を前に出すわけにはいかない。
最後のは何も言い返せず、大人しく指示に従うことにした。
ふと気がつけば、手が震えていた。
人を斬ったのはこの時が初めてだった。
ハスブナル国との戦は一進一退となり、負傷者が増え、しばらく後方支援をしていた自分の隊もとうとう前線に出ることになった。
舌打ちする軍曹に、こんな不甲斐ない隊長に付くことになってすまないと言うと、違いますよ、ハスブナルなんぞに一進一退の状態を許す指揮を取ってる奴への舌打ちですよ、と笑った。俺はラトルジン様に付けて良かったですよ。若い奴をしごくのは楽しいですからね!
結果として、自分の隊はほぼ無傷で戻れた。
自分の剣は戦場でも通用した。不思議とどう動けばいいかが見えた。
ただそうすると隊から自分が突出してしまうので軍曹には怒鳴られることになったが、それで部下を守れるなら構わないとも思った。敵が途切れないから斬るしかない。
無心で動いている内に敵が引いたらしい。
自分の周りに敵兵がおらず、どこに?と巡らせた時に勝鬨が上がった。
本部に戻れば、勝鬨を上げたとはいえ損害は少なくはなかった。どうやら名のある将が集中して狙われたようで指揮系統の編成が行われた。
自分は言われるまま前線に立った。
たくさん斬った。
戦場ではよく眠れなかった。
手の震えは続いた。
よお! 今日もよろしくなっ
二週間経つ頃、いつの間にか組むようになった部隊の隊長が自分の肩を叩いてニカッと笑う。
彼は地方領主で到着が遅れたが、着いた早々自分のいる前線に出された。
お前は俺の後ろにいろ!
初っぱなの言葉がそれだった。
真っ青な顔で剣を持つな!おっかねぇんだよっ!!
何を言われたのか数秒かかった。
彼は強かった。誰かの闘う姿に見惚れてしまうなんて初めての事だった。
そして彼の隊も強かった。
勢いもあったのだと思う。あっと言う間にその時の戦闘は終わった。
呼吸を整えながら彼がこちらに来る。
ジャン・ドロードラングだ。これからあんたの隊に混ざる事になるらしい。よろしくな! 俺は男爵だが戦地経験は俺のが先輩だ。ということで丁寧な言葉づかいが苦手なのは勘弁してくれ。
まったく悪びれる事無く、ニカッと笑った。
ジャンが来て、彼と行動するようになって、常にあった吐き気が治まった。食事も少しずつ前より取れるようになった。
軍曹が自分の顔を見て小さく、良かったと言った。
確かにろくに眠れていなかったがそんなに顔色が悪かっただろうか?
ジャンに聞けば、最初に見たときは死人だと思ったと言われた。
今は病人になったとこだな!がっはっは!
笑うところか悩んだ。
開戦から一月という速さで終戦となった。
ジャンの恐ろしい程の体力が効いたのだろう。彼の操る鉄の棒は、敵を懐に入れず、彼に放たれた矢をも叩き落とし、魔法使いの放った火の玉さえ弾き返した。
彼がそばにいるととても安心できた。守られている気さえする。
彼の背後を補助するのも、昔からそうしていたような気になった。
お前がいると楽だな~!
そう言われるととても嬉しかった。
こんなに早く終わるなんてジャンのお陰だなと讃えれば、その場にいた兵士たちにまで反論された。
あの的確さで何人倒したと思ってるんですかっ! 俺が一人倒す間に十人は倒れてましたよっ! 魔法使いが魔法を使えずにやられるのを初めて見ましたっ! 隊長が何処にいるか見えないのに敵だけはバタバタと倒れていくあの恐怖っ! 鬼ですよ鬼!戦場の鬼!
それらを聞いてジャンが笑う。
今回の戦、クラウスが一番に働いたと断言できる。なんたって前線の最前にいて終戦まで生きているんだ。強くなきゃあ出来ない。俺らはそのおこぼれを貰えたからこれから自力で家に帰れる。ありがとな。
帰る
・・・そうだ。もう皆と一緒にいられない。
うちはスゲェ田舎だけどいつか遊びに来いよ。そんで手合わせしようぜ!
祝勝会でさんざん呑んで、翌日ケロッとした顔でジャンたちは帰って行った。
それを、見えなくなるまで見送った。
侯爵邸に帰れば、兄とその婚約者があたたかく迎えてくれた。
今回の戦について自分の下に付いてくれた者たちに手厚い褒賞をお願いする。彼らの働きがあって自分が好き勝手に出来たということを反省した証に。情けなく恥ずかしい事だったが、二人の喜びように甘えてみた。
勿論だとも!と、兄は快諾してくれた。
食事はやはりたくさんは食べられなかったが美味しく感じた。色々と話をした中にジャンの事もあり、いつか領地に行ってみたいと言ったりもした。
その夜の久しぶりの自分のベッドは、驚くほど眠れなかった。




