続14話 白虎です。<風の遣い>
『お嬢。今いいですか?』
怒涛の婚約者決定予約から一週間。執務室で書類を片づけたところでザンドルさんから通信が入った。珍しい。たいていは喋るの大好き双子の弟バジアルさんからの通信なんだけど。
「いいわよ~。どしたの、ザンドルさん?」
『はい。今、タタルゥで羊の放牧をしてたんですが、あ~、あの~、お嬢に会いたいと仰る方がいらしたんです』
バジアルさんはお調子者だけど、ザンドルさんだって無口でも喋り下手でもない。その彼が口ごもった。
『俺としては割りとお世話になってる方なのでお嬢には会って欲しいんですが、あ、忙しいならまたにするそうです』
誰だろう? 国を出た人が戻って来たのかな? しばらくうちで暮らしたいってことかしら? まあいいか。
「今からでも構わないわよ、丁度区切りがついたところだから。ザンドルさんの知り合いでしょ?」
『はあ、まあ、直接お会いしたのは今日が初めてなんですが』
ん?初めて会った?
「首長たちは?知ってる人?」
『たぶん、知ってます』
んん?
『じゃあ、騎馬の里で落ち合いましょう。これからお連れしますので、里で待ってます』
「わかった。じゃあ里に向かうわね」
・・・首長たちもたぶん知ってる・・・なんだ? ものすごいお年寄りとか?・・・変なの。会えばわかるか。
うちに間借りしてもらってる騎馬の民の集落は「騎馬の里」と名前がついた。
タタルゥは土地のダメージがそんなに無いので、放っておくと草が生えまくりになる。ルルドゥもそれなりに回復してきたので、羊や馬の運動を兼ねて草もついでに食ってきてもらう。最近はうちの牛や鶏も連れて行くようになった。小屋にばかりいるよりはなんだか良さげだ。
放牧は主に騎馬の民がやってくれるのだが、ドロードラングからも希望者が参加している。馬に乗るのが楽しいらしい。レースもしてくるとか。楽しそ。
亀様の造った転移門で騎馬の民の国とドロードラングの行き来は一瞬である。楽!
私はクラウスとマークを従えて里までスケボーで移動。
騎馬の里に近づくにつれ、ざわめいた雰囲気がしてきた。
「おーい! ザンドルさんに呼ばれたんだけどー」
私を確認したところから人垣が割れていく。
こんなに集まってるってことは凄い有名人なんだなぁ。どんな人だろ?
人がたくさんで危ないのでスケボーを降りて歩く。そうして首長の家の前に案内されたのだが。
クラウスはどうだか知らないが、私とマークはアホ面をさらしただろう。
そこには、真っ白の毛並みの大きな狼が行儀よくお座りしていた。
私たちが近づいたのに気付いたようで、チラリとこっちを見た。デカイ!! モ〇か!? お座りの状態で騎馬の民のテント型の家の高さと同じ、いや、やっぱりデカイな! 三メートル?四メートル?くらい?
「あ、お嬢!突然にすみませんでした」
ザンドルさんが狼の向こうからこちらへ来た。
「こちらの方が、さっき話した"風の遣い"です」
いや言ってないよ! 人とも言ってないけど! 内心でツッ込んでる間に狼が伏せの体勢になる。あら、いいコ。
《お初にお目にかかる。貴女が白虎の姉君か》
あ~!白虎の眷属か! こないだサリオンから一瞬分離したから気配を掴んだのね!
「はじめまして、"風の遣い"。私はサレスティア。正しくは白虎が憑いてる子の姉、ね」
《それは失礼した。玄武の護りの土地なのでな、中まで入らずにいたので細かくは調べられなかった。今、人間に聞いたところだ》
「へ~、縄張りとかあるの?」
《そういう意識は無いが、力の強いものが寄ると些細な事でもどうなるかわからんのでな。自重したのだ。しかし、案内されたとはいえ、ここまで付いてきてしまい断りも無く済まなんだ》
「それはそれは。気を使ってもらって悪いわね。いいわよ。だってあなた騎馬の民の守護者か何かなのでしょう。私は彼らを信頼してるし、彼らはあなたを信じている。びっくりしたけど問題ないわ。それで私に用事って何かしら?」
白い大狼はじっと見てきた。ん?
《・・・我らの長である白虎に会いたいのだが、そちらにお邪魔してもいいだろうか?》
「そういう事か~。亀様、何か問題ある?」
《いいや何も無い。ただ、白虎が丁度その姿を現すかどうかは判らんぞ》
あ~。その問題があるね。あ、狼には亀様の声は聞こえるのかな?
「今の聞こえた?」
《承知した。しかし・・・玄武はどこに?》
もしもの時の為にリュックを背負ってきたので、それに付いているキーホルダー(金具でなく紐なので根付け?)亀様を見せる。
と、狼の目が丸くなった。
《何故そんな姿に!?》
《我はそうそう動けんでな。小さな依代につく事にしたのだ。この娘の提案よ。我は気に入っている》
《・・・囚われているのか?》
《はっはっは。我は望んでこうしている。囚われてはいない》
大きな狼が、キーホルダーの亀と会話をしている。
・・・平和だなぁ・・・
狼が、ほぅと言いながら尻尾をふさりと振る。
・・・平和だなぁ・・・
「お嬢より、ナタリーさん? あのね、白虎に会いに"風の遣い"って狼が挨拶に来てるんだけど、サリオンは起きてる? うん、うん、じゃあそのまま乳母車に乗せて、玄関で待ってて欲しいんだ。 うん、体が大きくて屋敷に入るの辛そうなのよ。 はい、じゃあそういうことで。急がなくていいから、お願いね~」
サリオンに憑いてる魔物は白虎だと、もう皆が知っている。なんたって子供たちの目の前でその可愛い姿を見せたのだ。チビたちが我慢出来るわけがない。その日の内に領内を駆け回って、その興奮度合いを見せつけた。
それでもサリオンを無理に起こそうとはしないので、ホッとはした。
サリオンの散歩にゾロゾロとくっつくようになったけど。
「まだ寝てるみたいだけど今から行ってみようか」
《済まぬ》
構わんよ。・・・なんていうか、亀様と狼しか知らないけど魔物の口調って武士っぽいよね。
クラウスとマークを振り返ると、マークが真っ青になっていた。
「どしたの!?マーク!?」
顔色が悪いから座りなよと言うと、前もこんな事があったから大丈夫、わかってると言う。どう大丈夫なんだい!?
「お嬢はその馬鹿みたいな魔力量で平気らしいけど、ニックさんの話では一般人は亀様や喋る魔物には普通に対応できないらしいですよ」
亀様が現れた時だって、お嬢が起き上がるまで強大な魔力にあてられて俺ら真っ青でしたよ。慣れるまで二週間掛かりました。
亀様が気付いて抑えるようにしてくれましたけどね。
周りを見れば、なるほど、騎馬の民も顔色の悪い人たちばかりだ。でもやっぱり"風の遣い"にはそれでも会いたいのだろう。
首長たちも一度遠目に見かけただけで、話をすることが出来るとは、と、うち震えていた。良かったね!
整備した大通りを風の遣いは四つ足でてくてくと、私らはスケボーに乗ってゆるゆると進む。風の魔法が使われているからか、興味津々で私らの足元を見る。四つあれば乗れるかな?
屋敷への道中、無駄と思いつつ名前を聞いてみたら、やっぱり教えられないと断られた。ですよね~。
《この道は歩き易いな》
「本当? やった甲斐があった! ありがとう。これからこの道を使っておいでよ。また来るのでしょう?」
《え、・・・また来ても良いのか?》
「さすがに大群で来られると困るけどね。あぁ時々で良いならサリオンを連れて騎馬の民の国に行くわよ。あなたに会えて騎馬の民の皆が嬉しそうだったから、あなたのとこの狼たちも白虎に会えたら嬉しいんじゃない?」
二つ返事で答えるかと思ったのになかなか言わなかった。
《白虎の許しが出たら来させてもらおう。我らの性質は風だからな、気まぐれなのだ》
へ~。
風で気まぐれか。雰囲気あるな~。




