続続12話 またのお越しを。<守るもの>
昨日、結婚式の前にサリオンを会わせた。
と言っても、赤ちゃん部屋にお越しいただいたのだけど。
4才にしては随分小さい体に誰もが愕然とした。
サリオンの目は、やはり誰も映さない。
綺麗な黒髪に反応するかなという淡い期待も無駄に終わった。
何の反応もないけれど、柔らかくした食事を何でも食べるし、便にも特に異常はないと説明。サリオンをずっと世話してくれた、父の所で働く侍従にだけ微かな反応があるというと、夫人は少し笑った。
「そう、ちゃんと拠り所があるのね」
そう言ってサリオンを抱き上げてくれた。
親が、親に代わる人さえいなかった子。今、たくさんの当たり前の愛情を注いだところで、その受け方を知らないだろう。
長い時間が必要になる。
弟だから、一緒にいたい。この子が自立するまでは。
この先、私にそれが許されなくても、私の信頼するたくさんの人がここには居る。サリオンを生かしてくれたクインさんたちも居る。
私のしたかった事を、きっと、サリオンにしてくれる。
子供たちに、してくれる。
だから私は、両親を告発することができる。
「胆の据わった娘じゃ」
アンディとレシィは微妙な顔をしている。
「どういう結果になるかまだ分からないけど、友だちなのは一生変わらないわ。まだまだヨロシクね!」
レシィは抱きつき、アンディは私らをまとめて抱きしめた。
その後は三人でサリオンに色々話しかけた。迷子事件だったり、レシィの誕生日の話だったり。内緒だった巨大花束をうっかり言っちゃって、レシィを宥めるのが大変だった。・・・うん。ごめん、アンディ。
この楽しい雰囲気が、サリオンに伝わってますように。
***
「またねサリオン。今度は一緒にメリーゴーランドに乗ろうね!」
レシィが私の背中のサリオンの手を握る。
「またね、サリオン。今度は僕にも背負われてね」
アンディは逆の手を。
なんと、絵本の読み聞かせがとても上手だったアンディはチビっ子たちにも揉みくちゃにされ、歳のわりに髪を結うのが上手だったレシィは女子たちに囲まれている。侯爵たちは親方と握手を交わし、夫人たちは服飾班と何やら話し込んでいる。
・・・馴染むものねぇ・・・
「どうしたんです、お嬢?」
ハンクさんがお土産用のチーズケーキを包んだものを持っている。
「ん~、侯爵家の人たちがすごく馴染んでるな~と思って」
「あ~。そうですね~。まあ、亀様がくつろぐように言ったからじゃないですか?」
そう言いながらハンクさんは私の背中にいるサリオンを撫でる。
「領地の人間を受け入れられるほどの器ってことなんじゃないんですか?」
確かに、おおらかな人たちだわね。
「ここまで馴染む貴族様って、なかなかいないと思うな~」
ニックさんも隣に来てサリオンを撫でる。やはり侯爵ご一行は規格外か。
「そうなるとあんまり今後の参考にならないわね。あ~あ、貴族が皆侯爵たちみたいなら良かったのに」
「無い物ねだり」
ニックさんに釣られてハンクさんも笑う。
「まあ、そのおかげで俺ら生きてますけどね」
ルイスさんも来てサリオンを撫でる。確かにと頷く男たち。
だって無いならどうにかしなきゃ。魔法が使えて本当に良かったよ。
「頼まれた物は全部保存袋に入れましたよ」
「ありがとルイスさん。現金で受け取れば良いのよね?」
「はい。クラウスさんも一緒に行くんで心配いりませんよ」
そうだった。任せよう。
てか、いつ出発するんだろ?
「ではまた来月来るから、その時に」
侯爵の一言が締めらしかったが、来月!? 今回の一泊二日は無理矢理だったんじゃないの? え?その為に仕事する? えぇ!?
「次からは宿泊費も払うぞ」
・・・左様で。
「この歳になってこんな楽しみができるなんて思ってもみなかったわ。眼鏡もあるし、車椅子もあるし、ぼんやりしてはいられないわ!」
・・・何よりで。
「お嬢、僕、休みが取れるように色々頑張るよ。新しい乗り物ができたら乗せてね」
・・・かしこまり。
「お嬢!私も勉強頑張る! 結婚式の時の光る魔法を覚えるわ!」
・・・がんばって。
何やら皆さん目が爛々としてるのだけど、え~、滞在は思いのほか楽しんでもらえたということでOK?
振り返ると、クラウスたちが苦笑している。
《では、参るぞ》
そうして一呼吸すると、風景がラトルジン侯爵邸の広間へと変わっていた。
「凄いな・・・」
アンディが呟く。本当にね。
「瞬間移動を習うには誰に頼めば良いでしょうか?」
「アーライル学園の学園長だろうが、学園の魔法科を卒業してからになるだろうなぁ」
「むぅ。飛び級すれば早く卒業出来ますか?」
「飛び級は大変な事だぞ? まあ、やれるだけやってみなさい」
はい。と元気良く返事をするアンディ。頑張り屋だよ。ほどほどにね?
この間に侍従たちはテキパキと動いていた。留守居方のお出迎えが続々と現れ、荷物を抱えて行く。
瞬間移動にも夫人の車椅子にもあまり驚かない・・・凄いなプロは。
後に分かった事だけど、実は大騒ぎだったらしい。それでも顔や態度に出さないのが格好良い。見習おう。
歯ブラシ、気に入ってくれるといいな~。
では、侯爵たちを無事に帰しました。品代も受け取りました。
領地視察、お疲れさまでしたと言うと、
「また来月よろしくな。日にちはアンドレイを介して連絡する」
侯爵が笑った。
「じぇっとこーすたー以外は次は乗る」
キリッと言う侯爵が可笑しくて、留守居以外の皆で笑ってしまった。
「お嬢よ。正直なところ、儂は迷っている」
はい?
「今回、後任を誰にするか候補を何人か挙げてからドロードラング領に向かったのだ」
一応予想の範囲内の事だ。てか、むしろそれを目的としているとこちらも分かっていた。何を迷う?
「予想と想像を遥かに越えていた。・・・直ぐには決定は出せん。儂の知りうる人間は常識人しかおらぬのだ」
・・・・・・・・・・・・・・・え~と?
ぶふっ。
すぐそばで誰かが噴いた。
「・・・ちょっとクラウス、笑うとこ?」
「す、すみません。ふふ、兄の言い分が、ふふっ・・・常識人・・・」
クラウスが、声を必死に抑えているけど、アンディ、夫人も笑い出した。うちに来た侍従さん、侍女さんも肩を震わせている。レシィや留守居の皆さんはキョトンとしている。ああ、レシィ可愛い!
「後任は改めて探すが、サリオンはお嬢の望む通りになるように計らう。それだけは約束する」
口約束だろうがとても安心出来た。真面目なこの人はきっと守ってくれる。夫人の前での発言は、きっと叶えるという証なのだろう。夫人が優しく頷いた。
サリオンがずり落ちないように、深く、頭を下げた。
次は、領地もと言ってもらえるようにしよう。
残された時間でやれるだけしよう。
ふと、クラウスを見上げた。
私を見下ろすと、にこりとする。
「お嬢様が伸びやかに過ごされますようにお手伝い致します」
「うん、ありがと」
クラウスの後ろには領地の皆もいる。
私の守るもの。
《我も手伝うぞ》
「ありがとう」
亀様も、私の守るもの。
「クラウス。お嬢をこれ以上伸びやかにさせるな。もう手に負えんのだぞ・・・」
領地に戻っても、クラウスと亀様はしばらく笑っていた。
・・・侯爵め!
お読みいただきありがとうございます。
前話に引き続き、閑話というか、なんというか…
私的には、憧れの台詞「左様で」を入れられたので、満足です!(←おい
二度目ですけどね~。
ではまた次回。お会いできますように。




