続続10話 誕生会です。<侯爵>
話し合いが終わったらまた会おうと約束をして、ラトルジン侯爵、サレスティア、クラウスの三人はアンドレイの用意した部屋に入る。
レリィスアが大人しくアンドレイの言うことに従ったので、ラトルジン侯爵は内心驚いていた。
あの我が儘娘のレリィスアが!と。
侯爵が上座のソファに腰掛けたのを確認してから、失礼しますとサレスティアも下座のソファに腰をおろす。クラウスはその後ろに立つ。
「お時間をいただきありがとうございます。早速ですが、先ずはこちらをご覧ください」
サレスティアが言い、クラウスが差し出した物は、ドロードラング家の印鑑である。
まさかの物が出てきたと思ったが、侯爵は手に取って確かめる。
貴族の印鑑は王から下される。家に一つしかないように、持ち手も精巧に造られる。事情により二つ以上必要な時は必ず申請をしなければならない。そしてその事は国に保管される。
なので、申請せずに複数持っていれば、それは罪になる。
朱肉と紙も出されたので遠慮なく判を捺す。
判がキラリと光って消える。
申請されていない判は光らない。そういう造りになっている。
「本物のようだな」
本物ならば、それはそれで問題である。領地にいようが王都にいようが、当主が持たなければいけない物を何故その娘が持っているのか。
「失礼ながら、ラトルジン侯爵様は我が家の現状をどの程度御存知でしょうか?」
当主夫妻が揃って奴隷売買を仲介していること。領地からの納税は壊滅的にも関わらず、王都での生活は豪遊三昧。妻の実家からの融資もあるが、領地の回復は全く無い。いまだにどういう金の流れになっているのか、何故か証拠が掴めない。胡散臭い事この上無いのだが、全容が把握出来なければ、現状打つ手なしである。
「お恥ずかしい限りです。では、こちらの書類を見ていただいてよろしいでしょうか」
そうしてまたクラウスが書類の束を出す。
一枚目から目を見張ってしまった。二枚目、三枚目とどんどん捲っていく。
「これは・・・!」
「こちらの書類は写しですが、本物は不正の証拠になりますでしょうか」
なる。
「・・・どうやって調べた?」
「忍び込みました。王都の屋敷にある半年前までのものには当主印が捺されてありました。半年前に父は、領地経営を私に任せると印鑑を譲られました」
はあ!?こんな子供に!?何を考えているのだ!?
「成人前の子に、実子とはいえ当主印の譲渡も問題ですが、さしあたっての問題は、我が家だけがお取り潰しになるだけでは済まない事態になっていたことです。正直、これだけの貴族が関わっているとは思っていませんでした」
確かに。この資料を見る限りドロードラング家が没落したところで第二第三の奴隷王が現れるだろう。
「脅しの証拠にする為か、母の実家キルファール伯爵家の隠し金庫には全ての書類が残っておりました。今日お持ちしたのはその一部です」
キルファール伯爵。何代か前の姫が降嫁した事をいまだに自慢とする貴族である。建国以来の貴族で歴史はあるが、近年、目ぼしい人材はおらず、何とか国政に関わっているという状態だ。しかし貴族とは歴史が大好物である。国内の派閥としては大きいものであり、何故かラトルジン侯爵は目の敵にされており、付き合うのが面倒な貴族である。
不出来な末娘をドロードラング男爵家にねじ込み、厄介払いが出来たと言っていたという噂もあった。
しょうもない噂の多い貴族なので、ラトルジン侯爵はなるべく関わらないようにしていた。
しかし、奴隷売買に手を染めていたとは・・・
「・・・一部」
「はい。我が家に関わる事だけでもこれだけありました」
頭の痛い話だ。・・・しかし。
「これが、お前たちの捏造ではないという証拠は?」
ふ、と目の前の少女が口許を弛めた。
「ありません。家宅捜査をしたところで、私が書類を入れたとなれば、まあ、特に否定は出来ませんね。覗けたのですから」
・・・ふむ。自棄になっているようには見えない。
「証拠はありませんが、覚悟として、私の命を賭けます」
「・・・お涙頂戴では動かんぞ」
「ふふっ。分かっております。そんなことでは"財務の鬼"とは呼ばれないでしょう。私たちは案をいただきたいのです。私の望む事は領民の平和、弟サリオンの未来。それを確保する為の案をいただきたい」
弟?
「ドロードラング家の嫡男です。3才になります。一応届けは出ています。育児放棄をされていたので現在治療中ですが」
少女のくせに眉間のシワが様になっているのう、とぼんやり思う。
「私は小さかったとはいえ侍女や侍従たちを蔑ろにしてきました。親がそうしていたからと倣ってそうしていましたが、良いことではありません。心を入れ換えたのは三年前に領地に帰ってからです」
この三年は領地の復興だけに力を注いできた。餓死しかかっていた領民を助ける事だけを考えてきた。だがその間にも奴隷となったたくさんの人がいる。だから自分も断罪されても文句は無いと淡々と言う。
「ですが弟は何もしていません。ただベッドに寝ていただけです。どうか、弟を助ける知恵を下さい。貴族でなくなっても構いません。世話をする者と共に生きていけるようにしたいのです」
弟のあてが見つかり次第、告発する準備をしております。
奴隷王の娘はそう締めくくった。
息を吐く。
クラウスがまた書類を出した。
「失礼します。こちらは、この三年の領地での実質収支になります。ご当主様の方には復興前の物を繰り返し報告させていただきました」
「お前! 財務の儂にそれを言うのか!!」
当主に報告したという事は国に提出しているという事だ。だからラトルジン侯爵も、ドロードラング領はもう駄目だと思っていたのだ。紛れもない不正である。
「その罰も私が受けます」
少女が毅然と言う。
少し気圧された。こんな少女に。
それを誤魔化す様に領地の収支書を見る。
「・・・なんだこの出鱈目な収支は!?」
「魔法を使いましたので、三年で何とか算段がつきました。できれば後五年は続けたかったのですが、まあ、仕方がありません」
魔法!?農業に魔法を使った!?
「ドロードラングには魔法使いはいなかったはずだ!」
魔法使いはその数が少ない。保有魔力にも個人でばらつきがある。だが、一般人と比べれば遥かに戦力になる。対魔物では有効度が桁違いだ。その為、魔法が使えるとわかると国で確認するのだ。
魔法使いは優遇されるので自ら申告に来るが、申告に絶対の義務はない。黙っていても罪にはならない。
「はい。私が領地に帰った日に突然使えるようになりました」
「は!?突然!? こんな子供がこれだけの働きを魔法でしたと言うのか!?」
頷く二人。おもむろにサレスティアは手のひらに花を咲かせ、それをシャボン玉に変え、そして消した。
先程レリィスアの誕生会で見たものだ。
あの見事な幻を造り上げたのがこの少女だと! 何処の魔法使いに師事したというのだ!
「独学です」
10才前後でこの術の精度はあり得ない。
ハッとする。
半年前に、王都の広場で魔法使用の報告があった。
「・・・あの、でかい花束は、お前か・・・?」
「半年前ですね? 左様でございます」
淑女のようににこりと微笑む少女に戦慄を覚えた。
あの時は非常事態宣言を出すかどうかの瀬戸際まで大騒ぎになった。
慌てて貴族お抱えの魔法使いたちと騎士団を召集するほどに。
あんな魔力で攻め込まれたら、王城など一瞬で灰になる。
それほどの花束だった。
王宮でも王都のギルド本部でも、戦士養成所のアーライル学園でも、あんな魔法使いの登録はされていなかった。
何事もなく花束が消え去ってその後も何事もなく、上層部はホッとしたのだった。
しかし犯人を特定出来ない不安が常にあった。
が。
あの大騒ぎの原因が今目の前に居る。
自分は魔法を使えないので、押さえるにはタイミングが重要だ。
しかし、すぐ傍にはあのクラウスがいる。
背中に汗が流れる。
「その、魔法で、・・・好きな様に出来るのではないのか?」
「力づくということでしょうか? それも考えましたが面倒です。私は領地だけで手一杯ですので、攻め込まれでもしない限りは国盗りはいたしません。戦争も、する気もございません」
・・・やろうと思えば出来るということか。・・・それを、面倒と言うのか。
「弟と領民が穏やかに過ごせるのであれば、それで良いのです」
にこりと微笑むその顔から、本気でそう思っている事がわかる。
「・・・もしも、弟にも刑が及んだ場合はどうする・・・?」
「その時は、弟と領民を連れて国外に逃げます」
ピクリとも表情を動かさず言い切った小娘に本気で戦慄した。
恐ろしい程の魔力を保有する魔法使いが、人質に成りうる全てを持って国外に出る。
こんな恐ろしい事はない。
その意味を、目の前の小娘は正しく理解している。
ラトルジン侯爵は思わず頭を抱えた。




