続10話 誕生会です。<再会>
会場に配備されていた近衛兵が慌てて動き出すと、丸く形作った花々が天辺部分からふわりとほどけていくように飛んでいく。
そうして現れたレリィスアは、淡い黄色のリボンとそれに合わせたドレスに変わっていた。
誰もが目を丸くしたが、レリィスア自身も何が起きたか分かっていなかった。
ダンスの曲が流れる。
気が付けばアンドレイがレリィスアに手を差し伸べている。王族教育として、簡単なステップならばレリィスアもすでに踊れるのだが、ある一点に視線が止まる。兄のその胸元には、レリィスアと同じ素材の花を象った黄色の飾りがあった。微笑む兄の手に自分の手を置いた。
色に合わせて大人っぽかった物から、年相応の明るく軽やかな姿になり、にこやかにクルクルと回る様子に老侯爵も胸を撫で下ろす。一緒に踊る兄もいつになく表情が豊かだ。
そんな二人の周りを花びらがフワフワと舞う。
どこかの子が、きれい、と呟いた。
ダンスを一曲躍りあげ、お客に向かって並んで礼をすると、地にあった花がしゃぼん玉となり、今度はフワフワと空に上がっていく。誰もがそれを眺め、しゃぼん玉が見えなくなった頃には、レリィスアの衣装は元に戻っていた。そして、子供たちも歌っていた女性もいなくなっていた。
「・・・まるで夢の様でしたわ。ありがとうございましたお兄様」
「喜んでくれて良かった。僕も楽しかったよ。呼んだ甲斐があった」
誰を呼んだの?という言葉は、兄の斜め後ろに立つ男性を見てしまって出なかった。妹の目線で男に気付いた兄は振り向き、彼からドレスの入った箱を受け取り、レリィスアに見せる。
「これも、僕から」
わざと蓋の開いた箱に入っていたドレスは、今、幻かと思った黄色の物だった。
「レリィスア姫、お誕生日おめでとうございます。こちらのドレスは新しく染め出しに成功した物です。とてもお似合いでございました」
座長の彼がいるなら彼女もいるのでは? 恭しく祝いをのべている最中に失礼な事だがキョロキョロと会場を見回す。消えたと思っていたしゃぼん玉はまだ辺りをキラキラと漂っていた。
そうして見つけたのは、愕然とした顔の祖父だった。
「・・・クラウス・・・! お前、何故ここにいる・・・!?」
彼はお祖父様のお知り合い?
「ご無沙汰しております・・・。アンドレイ様からのお願いにより、僭越ながら、姫様のお祝いに参りました」
え、お兄様が!?
兄を見るとニコニコとしている。
「お前、領地はどうした?」
「留守居に任せてまいりました」
「は!? 彼処にお前に代わる人材などおらんだろう!」
「こういう時の為に育てました」
「育てた!? 何故お前が領地を出る必要がある?」
「はい。実入りが無いもので、芸を披露して稼ぐためでございます」
ついに芸人にまで堕ちたかと老侯爵は呟きかけたが、よくよく見ればクラウスの体つきはかっちりとしている。どうしようもない程の貧乏領地で、近年では自分も含め誰も手を差し伸べなかったのに、目の前の男は実に健康的である。おかしい。
それを察したのだろう。クラウスは苦笑する。
「領主代行が働き者ですので、生き長らえる事が出来ました」
「領主代行・・・!?」
そんな話は聞いていない。老侯爵の元には毎日膨大な資料が届く。それこそ下らない噂話まで。その中にクラウスのいる領地の話は無かったはずだ。しかしそれでも代行というならば届けがあるはずだ。
「代行とは、誰だ・・・?」
その言葉にクラウスが体を一歩横にずらすと、そこには綺麗なお辞儀をした少女がいた。いつの間に。
「お初にお目にかかります、ラトルジン侯爵様。一座の裏方を務めております・・・」
そうしてゆっくり体を起こし、にこやかに微笑む。
「サレスティア・ドロードラングと申します」
ドロードラング!? 奴隷王の子が何故ここにいる!?
ギラリと睨みつけた瞬間、邪魔が入った。
「お姉さん!!」
可愛い孫娘が、ドレスを兄に押し付け奴隷王の娘に近づく。それを止めようとして侯爵はアンドレイに止められた。
「妹ちゃん! 久しぶり! 今日も素敵に可愛いわね!」
「会いたかった! 嬉しい! 来てくれてありがとう!」
二人は両手を繋いでピョンピョンと跳ねている。その間もレリィスアはどうしてどうして?と嬉しそうだ。
とても淑女らしくない、下町の女児の様ではないか。
だがその喜びはこちらにも伝わってくる。
「これは私からのプレゼント。誕生日に間に合って良かったわ。思った通り黄色もよく似合ってたわよ」
そうして、やはり蓋の無い箱に先程の黄色いリボンが入っている。それを受け取ってレリィスアは嬉しそうだ。
「誕生日おめでとう妹ちゃん。こんなになるまでリボンを使ってくれてありがとう。私も嬉しい」
「だって素敵だもの! みんなが褒めてくれたわ! ・・・また会いたくて、ずっと着けてたの。だから、会えて嬉しい」
「お互いに嬉しいなんて、相思相愛、両想いね、私たち!」
「うふふ!本当ね!」
「何だよ、呼んだのは僕だぞ。僕も入れてよ」
「そうね、お兄ちゃんは私たちのキューピッドだもんね! そばにいてもよろしくてよ!」
「何でそんなに偉そうなのさ・・・腑に落ちない!」
「私に内緒にしていた罰よ、お兄様」
「え!?内緒にして驚かそうって言ったのはお嬢だよ!何で僕だけ罰なの!?」
「ウソよ! 大好きお兄様!ありがとう!嬉しい!」
そう言うとレリィスアはアンドレイに抱きついた。
「レシィ、お祝いにお嬢を呼んだのは本当だけど、お嬢をお祖父様にも会わせたかったんだ」
「え、何故?」
「実は私の家、ものすご~く問題が多いの。その相談をしたくてお兄ちゃんに頼んだのよ」
「これがうまくいけばお嬢とは自由に会えるようになるかもしれないんだ。レシィからもお祖父様にお願いしておくれ?」
は? そんなことを可愛い孫に言われてもどうしようもない事もある。これは不味いのでは?
「お祖父様!レシィもお願いします! どうぞお姉さんを助けて上げて!」
財務の鬼と呼ばれる祖父が困惑している。でも、お姉さんと自由に会えるという誘惑には勝てない。言質を取らねば!
そんな気合いをひしひしと感じる。
「レシィ、そういう事だからお祖父様たちには別室で話し合ってもらうよ。ここでは相応しくないからね。僕たちは今日はお祝いに来てくれた皆をもてなさないと、ね?」
アンドレイの宥める姿に、逃げ道はないのかと侯爵はため息をついた。
 




