10話 誕生会です。
今回、お嬢の一人称が今までよりも少なくなってしまいました。
作者が思うより、読み辛いかもしれません。すみません!
「サリオン様・・・!」
王都屋敷弁当配達中、半年振りにクインさんに会った。通信機での通話や弁当用保管箱に必要書類でやり取りしていたので、私的にはあまり久しぶりでもなかったんだけど。あ、やっぱり久しぶりだ、クインさんの顔に丸みが出てる。まだまだ痩せてるけど。
そして彼は私の背中のサリオンを見て驚いた。
「お久しぶりです。・・・大きくなられましたね・・・」
彼の声に、サリオンが微かに動いた。
半年背負い続けた経験から、この動きはオシッコの震えではない!この子はクインさんを分かってる!
未だ私らには何の反応も無い。時間が掛かるとは思っていたけど、そっか、クインさんを分かってるんだ~。
「クインさん。サリオンに触れてあげて。あなたの声に反応したわよ」
「え!?」
戸惑いながらも料理長にも急かされて、恐る恐るサリオンの手を取る。
「ふっ・・・!」
突然、片手で顔を覆ってクインさんが崩れ落ちた。サリオンに触れた手は離さない。
何事!?と焦る私に料理長が声を震わせる。
「サリオン様が、クインの手を握りました。微かですが」
・・・・・・良かった! サリオンはちゃんと"生きて"いた!
サリオン! お姉ちゃん頑張るよ!!
***
「はぁ・・・」
少女はため息をついた。今日だけではない。ここ最近ため息ばかりだ。
今日は自分の誕生日だ。今までいつも楽しみで仕様がなかったのに、今年はなんだか気分が乗らない。
毎日身に着けてよれよれになったリボンを整えてもらったのに。
リボンに合わせてドレスも新しく仕立てて、とても気に入っているのに。
コンコンコン。
返事をすると、礼服姿の兄が部屋へ入って来た。少女の様子を見て苦笑する。
「誕生日なのに浮かない顔をしてるね。ごめんよ、見つけられなくて・・・」
「ううん、お兄様のせいじゃないわ。わかっていたことだもの。大丈夫、ちゃんと皆さんをおもてなしするわ」
いつもあれが嫌だこれが嫌だと我が儘ばかりで、母と兄以外には癇癪を起こしていた妹。ため息を隠して侍女たちにも明るく振る舞っていたことを知っている兄は、切ない思いで妹に微笑む。
「・・・そろそろ時間だよ。僕のエスコートで許しておくれ?」
「フフッ。しようがないですわね」
そう言って、兄の差し出した腕に手を添える。街で迷子になった時を思い出した。
またいつか、あの時のお姉さんに会えるといいな。
「さあ、行きましょうお兄様!」
二人で誕生会会場である庭へ向かった。
三の側妃の娘とはいえ、王家の姫には沢山の贈り物があった。姫と歳の近い子を持つ貴族は大抵招待されている。社交界デビュー前の王家に関われる数少ない機会である。あわよくば、妹を祝いに現れる兄王子、姉姫にもお目にかかれるかもしれないと、親の方は下心が満載だ。
第二王女のレリィスア姫は、贈り物をにこやかに受け取りながら、この中の何人が純粋に自分を祝いに来ているのだろうと思っていた。男児を連れている家は自分に息子を売り込み、女児を連れている家は自分の隣にいる兄に娘を売り込む。
仕様がないとは言え、貴族の顔と名前は覚えているので、この挨拶の時間などどうでもいいと、話のほとんどを流していた。
それが終わり、国王である父が一言労ってから政務に戻って行った。
それを見送った、現財務大臣のラトルジン侯爵がレリィスア姫に近づいて来た。文官とは思えないがっちりした体つきで、姿勢良く歩く姿はとても70才とは思えない。年齢を証明するものは白髪と白髭とそれなりの皺だけである。
「お祖父様!いらしてくださったの?嬉しいわ!」
普段、財務の鬼と言われる男も、孫娘に抱きつかれては好好爺にしか見えない。
「おお!大きくなったのうレリィスア!重たくなった!」
「まあ!お祖父様!レディに向かって重たくなったなんて失礼ね!」
「はっはっは! 6才のくせに淑女のつもりか? 可愛らしいのう」
三の側妃はこのラトルジン侯爵の一人娘であった。後継者が嫁いでしまった後、養子縁組もしなかったし、元々子供の少ない家系なので直系の親族もいなくなってしまった。彼と夫人が亡くなってしまえば、ラトルジン侯爵家は断絶である。
まあそれも仕方なし!と笑うだけだ。
彼の言い分としては、優秀な孫は成人するまで後ろ楯になれば後は自力でどうにかなる。娘が出戻れば家を続けるために奔走するが、出戻りの予定が無さそうだから、妻さえ不自由しなければ良いと言う。
貴族が多くても付き合いが面倒だろうとも笑う変わった考えの男だが、仕事は容赦ない。高齢でも現職である事からも王からの信頼を窺わせる。
「最近はリボンが気に入りと聞いたから、儂らからもリボンじゃ。いずれ婆にもつけた姿を見せておくれ」
一瞬だけ微妙な表情をした孫娘を不思議に思ったが、今身に着けているリボンを見て、これが一番の気に入りかと納得した。少し草臥れてはいるが素晴らしい物だ。
はて?何処で手に入れたのか。
妻が孫の為に選んだリボンは現在の流行りで最高級の筈だ。体調不良で今回の出席は見送ったが、リボンを選ぶ妻の意気込みは凄かった。それなのに。
「まあ、この素晴らしいリボンに飽きてからで良いぞ」
そう言うと孫は破顔した。隣の兄とにこやかに見つめ合っている。ふむ。
娘からも、リボンはアンドレイが旅芸人から買い付けてレリィスアに贈ったとしか聞いていない。
旅芸人から買ったとは言え、妻の情報網から漏れるような品ではない。爺にも判るほど素晴らしい品だ。先程から貴族の奥方たちの会話にもこのリボンは話題に上がっているようだが、誰も持ってはいない。
ふむ。
歌が聞こえてきた。
貴族の集まりといえば音楽は付き物である。会話の邪魔にならないように、楽団がそっと曲を奏で続ける。大人だけであればダンスが始まったりもするが、今日は子供の誕生会なのでダンスは無い。明るく和やかな曲のみになる。
なのに、歌が始まった。
聞きなれない言葉で歌われている中に"レリィスア"と聞こえる。
楽団のある方から、白でまとめた揃いの衣装を着た何人かの子供たちが躍りながら歩いて来た。そしてレリィスアを見つけるとお辞儀をして手を引いて行こうとする。
ラトルジン侯爵はそれを止めようとしてハッとした。
子供たちのリボンと、孫のリボンが揃いであることに気付いた。
「付いて行って大丈夫だよ。僕からのプレゼントだから」
アンドレイがレリィスアに言う。
困惑しながらも、レリィスアが歩むのを子供たちが待ってることに気付き、そっと一歩を踏み出した。
すると、楽団のある簡易ステージまで花の通路ができた。
子供を両脇に従えたレリィスアが余裕で通れる道幅で、道の脇にプランターを置いた様にポンポンと音をたてて花が咲いていく。
ステージに近づくと、歌っている三人の若い女性がそこから降りて、戸惑うレリィスアがステージに上がる。
レリィスアへの歌が終わって子供たちが拍手をすると、ステージ上に花が咲き始めた。それはどんどん増えて、レリィスアのドレスの裾にも咲いたと思った瞬間、レリィスアが花に囲まれて見えなくなってしまった。
 




