8話 弟です。
シリアスに挑戦、の回です。
……なってるはず。
宿の応接室を借りました。
都会の宿にはそんな部屋があるのか! そしてそんな部屋を私らが使うとは!
スイートの次くらいのレベルの調度品が置いてあるらしい。部屋はちょっと狭いけど、騎士団中央詰所にあったソファより遥かに高価そうな応接セットだ。落ち着かない・・・
なぜそんな部屋にいるかというと、リボンの代金を払いに昨日の少年が来た。今度はもちろん従者付き。
泊まってる部屋か宿のカウンター前でと思ったら、従者から文句が出た。ア~、ハイハイ。
すまない・・・
うんざりした顔を隠さない私に少年が小さく口を動かす。
「こんな宿しか利用出来ない分際で代金を支払いに我らを来させるとは、お前達は随分と立派な者なのだろうなぁ?」
ハイハイ。
「ご足労いただきまして誠にありがとうございます。こちらから伺うにはお屋敷の場所も分からぬ田舎者ですので、余計なご迷惑をお掛けしてしまうと思ったのでございます。申し訳ございませんでした」
クラウスが丁寧に深々と頭を下げる。
「ふん。アンドレイ様が強く望んだからお前達はお会いすることが出来たのだ。無駄な勘違いは今後するなよ!」
ハイハイ。
「もちろんでございます。今度はこの様な事がないように心掛けましてございます」
「さ、アンドレイ様。いつまでもこの様な所に居てはなりません。穢れてしまいます」
ハイハイ。
そうして少年は、最初に「やあ、お嬢」と手を上げただけで、何を喋ることも無く、恥ずかしそうな泣きそうな悔しそうな顔をして帰って行った。・・・五分もいたかしら?
「ごめんなさいクラウス、任せてしまって・・・あー、繕えなかったわ~」
両手で顔を覆ってしゃがむ。
せっかく来てくれたのに「おお、お兄ちゃん!」と言った途端、あの従者が前に出てきたのだった。
こっちはなるべく名前を聞かないようにしていたのに、少年と妹ちゃんも昨日は気を使っていたのに、あの野郎! あっさり少年の名前を言いやがって馬鹿じゃないの!? せっかく街でちょっと話しただけの顔見知り程度の仲を演出してたのに!馬鹿じゃないのあの野郎!!
貴族の子供で「アンドレイ」という名前は現在、アーライル国の第三王子のみ。正妃の子は皇太子、一の側妃の子は皇太子と同学年の第二王子、二の側妃の子は姫が一人。三の側妃の子が第三王子であるお兄ちゃんと妹ちゃん。妹ちゃん以外は私より年上だ。
「いくら第三ったって、あんな従者を付けられて大丈夫なの?可哀想過ぎる! 程度が低いとかの問題じゃないわ、もはや次元が違うわよ!」
「ああいう輩も必要な所ではあります。下々の者とは馴れ合わないという意識も必要なのです」
「は~~~・・・王子も大変ね」
「そうですね・・・さて部屋を出ましょう。宿の主人にもお礼を言わなくては」
「そうね」
部屋を出ると、壁にヤンさんが寄りかかっていた。
「護衛は外にだけでしたね。隣室にも屋根裏にもいませんでした」
はあ? 王子を連れてきておいてそんな警備配置!?
アイツ本当おかしいんじゃないの!?
「ちょっと不憫だったので、亀様の了解をもらって彼にイヤーカフを渡しました。勝手してすみません」
ちょっと畏まるヤンさんに驚く私達。あの煩い従者がいたのにどうやって渡したの!?
「手紙にくるんで手に握らせました。すれ違いざまでしたが、俺を覚えてくれていたようで黙って受け取ってくれましたよ。あの煩いのにバレてなければ連絡来ますよ」
スリか!? この人も何だかんだスペック高いわ~。
少年には特に用事もないし、貴族として付き合う気もない。
実を言えば彼はゲームでの攻略対象者だ。
将来は宰相として兄王子を支える位置に就く。第二王子は騎士団長になる。サレスティアとの接点はもちろん何も無い。学年も彼ら王子兄弟の方が上だ。そして彼のルートの邪魔役は妹ちゃん。超ブラコン姫に育った妹ちゃんは同腹の兄王子が大好きで、それはもう病むほどだった。確か。
あ~あ、やっぱり王子だったか~。あんな美形なかなかいないとは思ったけど。
でもさ、せっかく知り合ったし、妹ちゃんがリボンをつけた様子を知りたいし、知り合いとして話をしたいな~。
あんな申し訳なさそうな顔と私の仏頂面で最後なんて、いくらなんでもあんまりだ。うちのリボンを褒めてくれたのに。
忙しそうな彼の気晴らしになればいい。
ヤンさんもそう思ったから、イヤーカフを渡したんだろうな。
玄関から宿の主人が入って来た。見送りお疲れさまです。あんなのを連れてきてしまいすみません! この宿はとても綺麗です。従業員もとても丁寧です。うちらにはかなり贅沢なんです! あの野郎はいつかぶっ飛ばします!
「お手数お掛けしてしまい申し訳ありませんでした」
私らが頭を下げると宿の主人は苦笑した。
「まったく、貴族とは大変だ。あれじゃあどっちが主人かわからんな。アンタらの方が大変だったろ。あのデカイ声だ、こっちまで聞こえてきてたわ」
四人でげっそりする。
「王都はあんな貴族ばかりなのかしら・・・」
「そりゃあ、ピンからキリまでいるぞ。好い人は良いんだがな~。もちろんアンドレイ王子は優秀って評判だ。こんな間近で見たのは初めてだったが、お小さいのにしっかりなさってる。お嬢ちゃんの元気の半分もあればあの従者を大人しくできるだろうになぁ」
「そんなに元気を分けたら、今度は王子としての評判が落ちますよ」
「ちょっとヤンさん!どういうこと!?」
「ほら」
「きーーっ! 私だってやれば出来るっての!!」
「常には無理でしょ」
「無理ね!」
ぶわっはっはっは!! 宿の主人が遠慮無く笑う。
「初めて泊めたが旅芸人てのは面白いな! どこかで営業出来る算段はついたのかい?」
「さすがにパッと来たばかりの小さな田舎一座では劇場は借りられませんでした。聞くところによると大道芸広場がありましたので、そこで少しやってみようと思います」
ああ!あそこな。そうか暇が出来たら見に行くよ。と言って、主人は仕事に戻って行った。お世話になります!
さて、だいぶ気が削がれたから気晴らしに派手にやりたいな。広場の場所空いてるかしら?
ついでに屋台状況も知りたいわ~。食べ歩き~!