続1話 始まりです。<生きて>
そんなしみじみを一分で終わらせて屋敷に駆け戻り、私の里帰りについてきた護衛兼馭者と侍女に、
「私の下着以外の荷物を隣の領地で全部売り払って、買えるだけの塩と砂糖と小麦粉と、丈夫でなるべく柔らかい布と豆の種をお願い! いい?高く売り付けて安く買ってきなさいよ。急いで!・・・もし持ち逃げしようとしたら、お前達を喰ってやるからね!」
ワガママ放題に育った5才の幼女のあらんかぎりの凄んだ顔を見てビビる二人をお使いに走らせ(お付きが二人って少なすぎでしょうよ)、一番大きな鍋を出す。
冷蔵庫の食材をありったけ出して、包丁で細かく刻んで鍋に入れる。覚えたての魔法で空間から水を生成して入れ、魔法で今度は竈に火を付けた。また別の鍋に塩と砂糖を1対8の割合で入れ、水を注ぐ。確かこの位でいいはず。味見をしてからコップに一杯汲み、侍従長に渡す。
「ゆっくり少しずつ飲み切って」
コップのある限り皆に配る。戸惑いながらも飲みきった人からもう一杯ずつ飲ませる。その間に食材を入れた鍋が煮たってくる。弱火に調整して煮立ち切らないようにする。アクを取りながら残り少ない調味料をいくつか入れ味を整える。
小麦粉と塩少々を捏ねて、マカロニもパスタもないのですいとん汁に。出来上がったスープをカップにわけて、スプーンを添えて今度は料理長に渡す。
「不味くてもゆっくりよく噛んで食べて。元気になったら私にも料理を教えてちょうだい」
カップのある限りよそって次々渡していく。さっき倒れた侍女達がホッとした顔をした。良かった。別の侍女がハラハラと泣き出す。どうしたの?と問えば、サレスティアの為の食材を食べてしまって申し訳ないので自分を処分をしてくれと言う。
どうしようもない気持ちになってしまって彼女を抱きしめた。小さい体だからピトッとくっついただけだけど、気持ちよ、気持ち。
「いいの。この家にあるものは皆で食べるものよ」
途端に皆が泣き出してしまった。
ちょっと!水分補給したんだから泣いたらもったいないでしょ!
そう言ってひとりでワタワタしてたら、慌てた皆に申し訳ございませんと謝られた。ああ、そういうわけじゃないのよ。
気がつけば昼を過ぎていて、今日は休日にして全員を休ませる。夕飯にはまた食堂に集合と言いおいて今後のことを考える。
男爵領なのであまり広くはないが、先代までは領地の隅々まで畑や花で潤い、他の領地とも協定を結び、穏やかに暮らすことが出来ていた。
ところが、先代が亡くなり現男爵に引き継がれた途端に経営が傾きはじめた。浪費家だったのだ。贅沢ではないがお金に困らない生活をしていた事が原因で我慢することを学ばないで育ってしまった。後継ぎで一人っ子だったのでそれはそれは甘やかされたらしい。
年頃になって、これまた資産家の伯爵家の娘を嫁にもらったが、元気で仕事好きな先代は息子に経営を譲らず、教えず、亡くなるまでパーティーに参加させることしかしなかった。突然の病で先代が亡くなり男爵を継いだが領地経営は侍従長に任せきり。その後、日照りや水害が続いて税収が減っても気にせず王都にてパーティー三昧。赤字と報告すれば税を上げ、それが不満と住民が直談判すれば、他所の領地に行けば良いと言い切った。
娘のサレスティアが産まれると田舎暮らしは飽きたと生活の拠点を王都にした。それが領地疲弊に加速をかける。王都生活はどんどんと派手になり、領地は借金で金が引き出せないと分かると、嫁の実家に出させたのだ。嫁も猫可愛がりで育ってきたので、その親は言われるがままに借金を補助していく。資産家なだけに余裕があるのが良くなかった。借金を補填した分は男爵領に回ってくる。こっちはどう頑張っても返せない。
先代に恩義ある者達は残ったが若者達は出て行った。働き手を失い、日々の生活にも困窮し、生きる気力が減っていく。
もう、どうしようもなかった。
「今このお屋敷に居る者は身寄りもなく、ここに居るしかないのです。ご主人様は減ってしまった従業員を奴隷で賄いましたので・・・素性のはっきりした行儀見習いならば余所のお屋敷に紹介状を書くことも出来たのですが・・・」
侍従長の苦笑に胸が締め付けられる。話を聞かせてくれたことにお礼を言い、そのまま休んでおくように念を押して彼の部屋を出る。亡くなった奥さんの小さな絵姿しかない部屋だった。
あの両親は、領地の現状をわかっていて私をここに寄越したのか。
・・・気味が悪いから、のたれ死ねってことか。
なんか、普通に腹立つ。
その足で外に出ると、さっきお使いに出した二人が帰って来た。
労って荷物を見る。予想より物資が多かったので褒めちぎった。二人とも確か13才だったので(どう考えても若すぎるだろ)、5才児に褒められても微妙な顔。とりあえず荷物をそれぞれ指定した場所に運んでもらう間に私は近くの森で狩りをすることにした。
さっき鳩くらいの大きさの鳥が飛んでいたから、夕飯はアイツらだな! 出汁を取りたいから火魔法で丸焼けはダメね。風か水で窒息か。加減がどの程度出来るか分からないからとにかく行ってみよう。
前世の父方の祖父は借金を残し、母方の祖父母はマタギの技術を教えてくれた。夏休みは節約の為に母方の実家でマタギの修行をしたのさ。猪くらいまでなら解体できるぜ!
結果。首尾よく仕留めた三羽を血抜きしているときに、血の匂いにつられてきた豚みたいな見た目の大きな動物もやっつけた。サレスティアすごい! さすが主人公に次ぐ魔法力!
まだ5才だし竈に火をつけるくらいのしょぼい威力しかないかと思いきや、熊サイズの豚を一撃出来るほどの出力もすでに調整出来るし、恐ろしい娘! 私、魔法センス高いわ~とホクホクで帰ったらお付きの二人にむちゃくちゃ怒られた。
・・・そうだよねぇ、さっきまで魔法が使えなかった幼児が急に熊サイズの血にまみれた動物を引きずって来たらビックリするよね~。風魔法で浮かせてるから重くないんだけどな~。え?違う?危ない?何が?とにかく解体するわよ!
思いがけない収穫にヘロヘロの料理人達を叩きおこし(ゴメン!)、豚の解体を一緒にやってとお願いする。5才児には鳥の羽をむしるのが精一杯なんだもん。解体の終わった鳥は鍋でじっくり煮るように頼んだ。まだ外が明るいからその間に領地探索に行ってきます。え?二人も来るの?じゃあよろしく。
領地は想像以上に酷かった。
会う人会う人がガリガリに痩せててお腹がぽっこり出ている。男か女かはかろうじて分かるが年齢は分からない。乗せられるだけ馬車に乗せて屋敷に連れていく。大広間に放り込んでは何度も往復。途中私は水作りとスープ作りをし、二人にはそのまま領民を連れてきてもらった。
咀嚼も出来ない人が多くて、スープの具をこれでもかと刻んだ。急にたくさん食べさせると腹痛を起こすから、スプーン一杯ずつ様子をみる。
具合の悪そうな人と乳幼児を抱えている人には両親と私のベッドを提供した。布団だって足りないからカーテンを外して、家族他人入り交じって掛けて使ってもらった。絨毯が敷いてあるから床は思った程固くなかった気がする。え?勿論私も雑魚寝です。
一週間そんな生活をしていると、赤ちゃんの声がちょっとだけ大きくなった気がした。良かった元気になってきた!ママさんには栄養つけてもらわなきゃ!
うちの従業員達は六割がた体力が回復したようで、領民のお世話をしてもらっている。スープ作りは料理班にすっかり任せて、私は狩りに。
侍従長が詳しいということで食べられる野草を摘みつつ、鳥、豚を狙う。勿論あの二人も一緒。私の専属になったみたい。若いから頼もしいわ~と言ったらガックリしてた。
更に一ヶ月。
ベッド班以外は自分で食事が出来るようになった。
家に帰りたいという人も増えてきたので、一度私の話を聞いてもらうことに。
「改めて自己紹介をします。ドロードラング男爵が一子、サレスティアです。知らなかったとはいえ皆さんを助けるのが遅くなってしまい、すみませんでした」
深々と頭を下げる私に屋敷の皆が息をのむ。
「勿論恨んでくれて構いません。領主としての責任は娘の私にもあります。死ねと言うならば死にましょう」
「お嬢様!」使用人たちが慌てるのを手で制す。
「ただ。今、私が死んで気が晴れるならば、十年を私にください。その間にこの領地を回復させたいと思ってます」
大広間がザワザワとする。好意的な感じはしない。そりゃそうだ、5才の子どもが何を言っているって思うよな~。
「私一人では出来ることはちょっぴりしかないのです。厚かましいお願いですが、どうか、私に手を貸してください」
しんとする。
と、一人の男性が立ち上がった。最初に家に帰りたいと言った人だ。
「領地を見て回っていたようですが何もなかったでしょう。俺らだって思い付くことは全部した。金さえあればと毎日思った。お嬢様がその金を準備して下さるんですかい?」
皮肉げに私を見る。
「残念ですが、領地の借金を返せる程お金はありません。それどころか私の財産は全部塩と砂糖と小麦粉を買うのに使いきってしまいました。それもあと一月分くらいしか残っていません」
大広間がざわつく。
「は?! 見たことか!結局この領地は終わりなんだよ!この屋敷で皆で野垂れ死にだ!!・・・・・・正直、お嬢さんがくれた水を飲んだときは助かったと思った。飯を食わせてもらって、あったかい寝床が用意されて・・・・でも家族は助けられなかった!俺じゃ駄目だった!墓穴を掘って埋めてやるだけだった!何で俺だけ残った!?なんで助けられなかった俺だけ残った!そんな俺に何が出来るんだよ・・・!」
怒鳴り声に赤ちゃんが泣き出す。広間中に啜り泣きが聞こえる。皆、家族を亡くしている。よく分かっていない子どもたちも静かにしている。傷は深い。
それでも。
彼のそばまで行き、その手を取った。驚く彼。
「それでも今、私たちは生きている。今、死にたいと言うならお願い、十年だけ私にちょうだい。あなたの力を貸してちょうだい。皆の力を貸してちょうだい。今の私には誰かを背負う事もできないけど、あなたなら両手に一人ずつ抱えて更に背負うことができる。多くを抱えられる力を私に貸してください」
生きて。生きて!
家族を残して死んだ私がそう願っているの。今までより幸せになってよ。死んだ私には皆をもう助けられない! もっと楽しい事があったのに、美味しいものがあったのに、気持ちいい事があったのに、もう連れて行けない。一緒に出来ない。
悔しい。悔しいけど、悔しいから、その分幸せになって。
悔しさは私が持っていくから。
家族を思い出して手に力の入った私を、彼が不思議そうに眺めている。
力が入りすぎて腕がプルプルしている。侍従長が来て、そっと肩をさすってくれた。フッと余計な力が抜ける。
ありがとう。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、卓也。
私、ここでまた頑張るから、元気でいて。
贅沢するまで、死なないから!!!