58話 終わりです。
「はい、これで引き継ぎは終わりです、が、最後にこれだけは守ってください」
私の言葉に頷いた相手を確認して、本当にこれだけはと思う事を伝える。
「エンプツィー様に手加減は無用!そして不要!一撃必殺で構わない!」
「承知いたしました。肝に銘じます」
穏やかに頷くのは、ドロードラング領の歌姫の一人、インディ。
私がエンプツィー様の助手を辞めるにあたり、後任に決定。
「そこまでせんでも良かろうに。老人は労るものじゃろ?」
と、エンプツィー様は憮然とするけど、あんたを追いかけるのにどれだけ苦労すると!
「お任せくださいエンプツィー様。亀様のお力で地の果てまでも追いかけられますから、お嬢様式で誠心誠意お仕えいたします」
にっこりインディに、ガビーン!という背景が見えそうな顔をするエンプツィー様。そりゃ亀様の手助けがあるなら、追われる方はそんな顔になるわな。
「ていうか、インディだって新妻ですからね? 無茶はさせないで下さいよ?」
おおそうじゃった!と好好爺になるエンプツィー様。
「押しかけ女房だったか?」
おーい!
「はい。ですから、旦那様以外には躊躇いたしません」
またもにこりとやり返すインディにエンプツィー様はまたガビーン!となった。・・・懲りないなぁ。
こんな感じだから慣れるまでは手こずるよ、とアイコンタクト。インディは小さく笑って頷いた。まあ、知らない仲でもないし、領でもあの子供たちを相手にしてたから、突拍子もない事には慣れてるか。
何で学園の卒業生でもないインディが選ばれたかというと、インディの旦那が王都騎士団勤務だからである。そういう事ならアイス屋勤務でも良かったのだけど、とにかく助手の後任が見つからなかったのだ。
教師陣は現学園長はじめ、魔法科の卒業生、卒業見込み者の皆が無理と言う。ヤンさんにも断られたし。・・・私、上司だよねぇ?
青龍が名乗りを上げたけど、ミシルは卒業したら国に帰るし、それについて行きたがってるのは見え見えだ。青龍は臨時講師として今まで通り放課後練習の担当になる。四神のパートタイマー定着化。
白虎は論外。朱雀は除外。
亀様は意外と止めないし・・・すぐ面白がる。
なので。
・スイッチが入れば容赦がない
・魔法に慣れていて
・美味しいお茶を淹れられる片付け上手な身体能力の高い人
という条件で本人も納得したのが、今回はインディだけでした。
まあ専属侍女っぽいけど、インディのことだから魔法が使えなくてもエンプツィー様の仕事のフォローはできると思う。魔法的多少の無茶は私と白虎で慣れてるだろうし。
それになにより、今回の仕事への旦那さんの理解が得られる! これ結構大事。
旦那さんは学園の卒業生だからエンプツィー様をよく知ってるし。もしもの時は助けてねー! わはは!
***
そうそう、頓珍漢勇者一行はドロードラング領にいただきました。カクラマタン帝国じゃみそっかすだったようだけど、なんのなんの。
勇者、魔法使い、神父は教師として日々頑張ってもらってる。
日々を諦めなかった人たちは博識だ。
子供たちもそれぞれに得意分野があるのだけど、私らでは基礎を教えることしかできていなかった。それでもいいと思っていたけど、もっとやりたい子にはずいぶんと我慢をさせていたようだ。ごめん。
この三人は、毎日の「何で何で?」攻撃に参っているらしい。だけど、少し楽しそう。
重戦士美少年は親方たちに連れていかれ、こちらも毎日オッサンどもから「何で何で?」だってさ。
やっぱ世界って広いなぁ。親方の知らない事がまだあるなんて。
「自分が必要とされているって、こういう感じなんですね・・・」
ご飯の時に最近どうよ?と聞いたら、四人ともちょっと照れてた。
ふふ、そーかいそーかい。もう君ら終身雇用だから、ドロードラング領の発展のために死ぬまでよろしくね~! うはは!
***
「アーライル学園、ひいてはアーライル国の発展を願います」
卒業生代表がステージを降りたら卒業式はほぼ終わり。
生徒側から見るとこんな感じなんだなぁとぼんやり。
今日で卒業するんだなぁ。
・・・何だか、学生の時間て、濃ゆいよねぇ・・・学生の時間以外にも色々とあったけどさ・・・
転生を知ってから十年。
ドロードラング領はとても変わった。
ゲームにはいなかった四神が現れ、守られ、しょぼい悪役令嬢サレスティアは生きてアンドレイ王子と結婚する。
ゲームとは違う未来を今、生きている。
・・・なーんて言ってみたところで、私が好きだったのはゲームよりも薄い本なんだけどねー。
・・・皆、元気かな。
前世の家族。友達。ご近所さん。職場の先輩後輩。それまでに関わった人。
貧乏以外に不満はなかった。
なのにまた、今度は極貧生活から始まった。
ははっ、おっかしい。なんで貧乏繋がりなんだろ?
立ってるものは親でも使え。だから、私ができる事は何でもやった。
ドロードラング領の皆は本当に本当によく動いてくれた。
だから私は立っていられた。
お腹をすかす日がなくなった。良かった。
大宴会ができるようになった。良かった。
皆が笑う。良かった。
同じ思いで、皆と笑える。
それは、とても、尊い。
そばにいても、離れても、変わらない。
そばにいても、離れても、大事なものは、大事なもの。
大事なものがこんなに増えるなんて思っていなかった。
5才で、手を貸してとお願いした時、目指したけれど、ここまでになるなんて思ってなかった。
こんなに、こんなにも。
私のあたたかな世界。
共にいる人たちにも、そうであって欲しい。
願わくば、世界中が。
《乙女は欲が深いな。ふふっ》
あらそうよ亀様。乙女は欲深いの。
綺麗になりたいし、可愛くなりたいし、美味しいものは絶対食べたいし、友達と遊びたいし、好きな人とも一緒にいたい。
毎日楽しくありたい。
でもそれは、一人では叶えられない。
自分だけでは成り立たない。
だから考える。どうすればいいのかを。
手を伸ばして、繋いで、後ろを振り返って、横を確認して、前を見て、また一歩を踏み出す。
晴れの日も、雨の日も。
成功も、失敗も。
今日が駄目なら明日。右が駄目なら左。その先が見えたなら、もうひと踏ん張り。
行ってきます。行ってらっしゃい。
ただいま。お帰り。
いただきます。ごちそうさま。
おやすみなさい。
おはよう。
その一歩の幅はそれぞれに違う。違うからこそ、手をとりあって確かめ合う。
「お嬢。式が終わったから移動だよ?」
前の席のミシルが振り返って立ち上がる。
「行こ」
なんの躊躇いもなく笑顔で差し出される手。最初は近づくのも難しかったなぁ。
そう思い出しながら手を繋ぐ。
「あ!私も私も!」
スミィがミシルとは逆に立ち、腕に掴まった。
「いつも思ってたけど、このほっそい腕でよくあのハリセン使うよねー」
私の周りで笑いが起きた。いやハリセンは魔法だから!
「お嬢の魔法は可能性がありすぎるよ」
商家のテッドが褒めてんだか何だかな事を言う。
「でもおかげで、入学前よりとても楽に魔法を使えるようになりました」
男爵っ子ウルリもおどおどしなくなった。タイトにも耐性できたもんね。
「そうだな。入学前とずいぶん変わった」
パスコー伯爵家を除籍になり、平民になったフィリップは穏やかに笑うようになった。
「ああ!もうアイス屋で学割がきかないなんて!」
騎士科の誰かが頭を抱える。ぶはっ!アイス先輩かい!
「私、頑張って稼いでドロードラングホテルに泊まりに行く!」
侍女科の誰かが言ったことに、俺も私もと続く。ぉお。
「その頃にはお嬢はラトルジン領にいるだろうけど、もし会えたら褒めてね!」
・・・うん。頑張れ!
「旅の途中どこかで珍しい物を見つけたら持ってくわ」
・・・うん、楽しみにしてる!
「ヒズル国にも観光に来てもらえるように頑張るね!」
ミシル・・・うん、頑張れ。
「頑張れ、みんな・・・」
「あはは、涙もろいなぁ! お嬢には色々お世話になったからね。お嬢が困った時は呼んでよ。もちろんお嬢だけじゃないよ、ドロードラングの誰かでも、同級生の誰かでも!だからね!」
スミィ・・・!
「お前が一番に助けを呼びそうだな?」
「なんだとフィリップ!・・・そうかも!」
笑ってしまった。皆で。
皆と。
「お、旦那様のご登場だ」
旦那?とそちらを見れば、アンディがホールの扉前で小さく手をふっていた。
「わざわざ来てくれたの?」
「うん。生徒姿のお嬢は貴重だからね。ふふっ。卒業おめでとう」
駆け寄るとふわりと抱きしめられ、ちょっとだけ抜けてきたからすぐ戻るよと、アンディは本当にすぐに行っちゃった。
「あ~あ、ニヤニヤしちゃって!」
ふ、ふふっ。だって嬉しいじゃん。あ、一応公式にはまだ婚約者だからねー。
あぁ、なんて贅沢なのだろう。
会いたい人に会いたいと思われるなんて。
ちなみに今日私の保護者席にいるのは、クラウス、ニックさん、カシーナさんにサリオン。マークとルルーはお付きエリアに立っている。「今日は兄上の代わりです!」と言うサリオンの可愛さよ! お姉ちゃんは嬉しいよ。
学園は今日、卒業してしまうけど。ドロードラング領からも、いつかは離れるけど。
これからも、どこかで、誰かが。
誰かと新しい出会いがあって。
これからも世界が増えていく。
でも、もっと。
もっともっと。
ふふっ、欲深い?
だって私の知らないものを知ってる人たちよ。そんな出会い貴重だよ。
美味しいものを知ってるのよ。とっっても貴重だわ!
欲深い。
ふっふっふ、あれもこれもなんて贅沢よねー。
いや!これからも頑張って!美味しいものをたくさん食べて!洗濯に困る上等な服を着るのよ!
・・・なーんて。
ぅよしっ! これからも頑張っていくよっ!
私、サレスティア・ドロードラングは、ずうぅっと! 贅沢三昧を目指します!
完
エピローグに続きます。




