続55話 怒涛です。<いたずら?>
年末は雪が積もらなかった。
雪像、かまくら造りができなくて子供たちはブーブー言ってたけど、そういう年もあるのよ。残念。でもせめて手のひらサイズの雪だるまが作れるくらいに降るといいね。あれ可愛いよね~。
年が明け。
毎年新年一日目は寝坊推奨なのだけど、やっぱりいつもの時間に目が覚める。
気持ち良く起きて部屋のドアを開けたら戦場だった。
え??
「椅子の設置は終わりました!」
「今、飾りを持って行きます!」
「お風呂できました!」
「衣装小物類準備完了です!」
は?え?何?なにごと!?
侍女たちが廊下を走りながら、それぞれに大声で確認しながらすれ違う。よくぶつからないな!
「いやそーでなくて! なにごとなのこの騒ぎは!」
「あ!お嬢!おはようございます!」
お!ライラ! シーツ?シーツを抱えてんの?
「もう少し部屋にすっこんでてください!」
「はあ!? あ、ちょっと!」
行っちゃった・・・
引き止めようと上げた右手をどうしたら?
「お嬢様、起きていらっしゃいましたか」
忙しない侍女たちの間からルルーが現れた。
「ああ、ルルー、おはよ。今ライラにまだ部屋にいろって言われたんだけど」
「いえ変更になりましたので、このままお風呂に向かいます」
え?朝風呂?なんで?そんな話したっけ?
なんて思った隙に侍女たちに担ぎ上げられた。うはああ!?
「さ!磨くわよ!皆!」
「「「「「 はい! 」」」」」
ちょっ!待って!この体勢恐いんだけど!自分で歩くって!
誰か話を聞いてぇぇぇ!
いつも以上に香料が入った浴槽に入れられ、いつもなら一人で洗う体も髪も侍女たちに洗われ、こっ恥ずかしいと騒いでもなだめられ、あれよあれよと初オイルマッサージ。いや髪とか洗顔後なら自分でもしたことはあるけど今日は侍女。ルルーにだって初めて丁寧に揉まれやたらと恥ずかしい。痛くすぐったいのを我慢してる間に爪も整えられ、終わる頃には白目だったと思う。
もはや自分では立てず、またも抱えられて下着を着けられ、用意されていたドレスを着せられ、そのまま髪結いが始まり、ドレスに不備がないかの最終チェック。今までにない高さのヒールを履かされ立って座ってを繰り返し、合間に小さいサンドイッチとおにぎりを食べさせられた。うまっ!
お風呂に連れ込まれた時に思ったけど、これ、結婚式の準備よね?
いつも私は会場準備にばっかり関わっていたけど、花嫁ってこんな事されるのね~。大変だわ~。一生に一回だからしょうがないのかな?
まあでも着飾るって嬉しいか。しんどくも楽しい。
ふふっ、私もまだ女子だったわ、ははっ。
てか、何で今日? 抜き打ち準備?
抜き打ちなんとかはよくやるけど、新年初日に私がやられるとはね!
本番はまだまだ先だけど、心の準備はできた!
白目にならないようにはできるかな! たぶん!
でもしんどい。今日は白目で許してください!
何で抜き打ち準備と思ったか。だって着せられたドレスが王妃たちのあれこれ言っていたものと違うんだもん。
王妃たちの好みはプリンセスライン。かの有名なねずみの国の姫たちが着ているパフスリーブ(肩がふんわりとした形)のドレス。
THE ドレス。
でも今着ているのは私の記憶が正しければ、Aライン。プリンセスラインと似ているが、スカートのふんわり感が抑えられているもの。そして後ろの裾が長いものもあり、ビアンカ様のドレスはトレーン(引き裾)がすごく長かった。ベールはそれよりも長く、広がるベールがとても綺麗だった。
でも見た目よりも重かったらしく、終了後は肩を揉んであげたっけ。
いつも動きやすさを重視してしまうので、実はちょっと憧れだったデザイン。さすがに王家のドレスまでは裾は長くないけど、チョー嬉しい。
ハイネックでノースリーブだから肩は出てるけど、レース手袋が肘上までのもの。実はこれも憧れ。
全体的にはシンプルだけど、生地の光沢だけでも十分綺麗。
うちのお針子は良い仕事するし、大蜘蛛も良い仕事するよ、ほんと!
そして化粧が終わると、私を囲む侍女たちが皆満足気な表情をしたと同時にドアがノックされた。
「こちらの準備は整いました。お嬢様はいかがですか?」
扉の向こうにいるのはクラウスか。何で開けないんだろ?
「クラウスさん、こちらも準備が整いました」
ルルーがそう返す。
整った?終わり? 私もう解放される? 全身改造された気分だわ~。
「さすが、時間通りですね」
「ありがとうございます」
そして、どうぞお連れくださいとインディがドアを開ける。
う・・・全身改造された私をクラウスに見られるのも恥ずかしいかも・・・いや、男連中に見られるの恥ずかしいな・・・あいつら私が着飾ると絶対に笑うもんな~。いや、クラウスに笑われた事はないけども!
あれ? クラウスの執事服がなんかいつもと違う。胸に花があるからかな? 何?今日はおしゃれの日?
「おお・・・これは・・・」
クラウスの目が丸くなり、すぐに細められた。
「本日は一段とお美しい」
・・・やっぱり恥ずかしいな・・・クラウスってめいっぱい誉めてくれるから・・・
「侍女たちが頑張ってくれたからね!」
照れ隠しにちょっと元気に声を出す。
にっこりとしたクラウスが左腕を差し出してくれる。
「お嬢様、本日はどうぞこのクラウスにエスコートをさせてくださいませ」
クラウスがそんな事を言うなんて。思わずルルーたちと見合った。
「そんなの、クラウス以外に誰がいるの? 本番もお願いよ」
そしてクラウスは、深く深く、綺麗な礼をした。
「畏まりました」
ま、今日はリハーサルだから気楽に行こう!
ルルーたちに支えられながらクラウスの腕に掴まる。そう、掴まる。まずくない?これ。
「もう少し踵の低い靴だと嬉しいんだけど?」
「その高さが一番優雅に見えますので」
しれっとルルー。
「お嬢!根性!」
おいライラ。
「では本番まで日常もその高さにしましょうね」
インディまでそんな事言う!? ここにも鬼が!
「では、ゆっくり参りましょう」
ちっともよろめかないクラウスが頼もしい。はーい。
そうして、しずしずと、居ればほぼ毎日走る廊下をゆっくりと、裾捌きの練習と思いながら歩んだ。
そうか、またいつかこうやって歩くのか。
変な感じ。
私、いつか結婚するんだね。
ふふっ、変な感じ。
「どうしました?」
小さく口だけ笑ったつもりだったのに、クラウスに気づかれた。
「思ってもなかった未来に進んでるなと思ったら何だかおかしくて。いやちゃんと嬉しいのよ? 十年前にこっちに帰ってきた時はまさかこんなドレスをこんな早くに着るとは思わなかったからね~」
「ふふふ、そうですね。自分の未来など考えられませんでした」
やっぱり?
「私が帰って来て本当は困ったでしょ?」
「ふふ、はい困りました。食料が全くありませんでしたし、国外に逃がすとしてもお金もありませんし、王都からのお付きも子供でしたし、お嬢様だけでもどこかに奉公といっても5才でしたからね・・・懐かしいですね」
クラウスも穏やかに笑う。ほんと、よくここまで持ち直したよね~。
以前青龍に、人は力を合わせるのが得意だからという事を言ったけど、ドロードラング領じゃなかったらできなかったかもしれない。
皆が私に付いてきてくれたから。
皆が私を信用してくれたから。
皆で私を大事にしてくれたから。
「ふふっ、私、『サレスティア・ドロードラング』で良かった!」
前世だって自分一人で生きているとは思わなかったけど、こんなにたくさんの人に関わることもなかった。
電気がなくて、魔法があって、魔物がいて、貧富の差が激しくて、貴族がいて、娯楽が少なくて、食べ物は同じく美味しくて。
社会として前世を過ごした日本と全く同じ事は少ないけれど、似たようなところはたくさんある。
家族が好きで仲の良い友達もいて、仕事も楽しくて、借金も返し終えて、わりと恵まれて生きていたと思う。
でもここは。
もっと。
「このまま玄関を通りますよ」
見慣れた玄関扉を開けるためにライラとインディが先に進んで両脇に控えた。
「はーい。そういえば、この靴で階段降りられるかしら?」
「お手伝いいたしますとも」
やっぱり穏やかなクラウスに安心する。頼むね!コケる自信しかないもん!
お、玄関脇の窓から外の様子がチラリと見えた。結構集まってるな~。新年早々リハーサルに付き合わせてごめんね、ありがと皆。本番は大コケしないようにするからね!
そしてゆっくりと開けられた扉の先にカシーナさんと、白いタキシードを着たアンディがいた。
「「「「「 おおおおお!!」」」」」
うわっ!なにこの歓声! アンディがいた事に驚いたのが吹っ飛んだ。
「あれがお嬢だと!?」「嘘だぁぁぁっ!?」「あれじゃあただの立派な淑女じゃねぇか!」「いや、あの後ろに隠れているはずだ!」
オイオイ?
「馬鹿だなお前ら、クラウスさんのあの顔を見ろ! あれは確実にお嬢だ!」
ニックさんの叫びに野郎共がクラウスを見て、その隣で呆然としているのは私だと認識したらしい。でっかいため息が出た。
「あんたら!そのため息はどういう意味だー!!」
「「「「「 あ。お嬢だ 」」」」」
ぅおおいっ!?
私そんなに化けたの? そういやドレスばっかりで鏡を見てなかった! 今までにない野郎共の混乱に私も不安になる。そんなに厚塗りしてないとは思ってたんだけど、別人みたいに違う顔になってるの? やっぱり改造された!?
「お嬢様」
ひぃ!すみませんルルーさん! ほんとその低い声やめてもらっていいですか!?
「お嬢様、降りますよ?」
クラウスは逆にちょっと笑ってるし。
そうだ!階段を降りるんだった!集中集中!
恐る恐る、でもカシーナさんの前でそんな仕草は表に出さない。さっきは思わず叫んでしまったけども、カシーナさんからの「お嬢様」が無かったからセーフのはず!
どうにか悠然と降りきると、カシーナさんがゆっくりと寄って来た。その手には綺麗にたたまれたベールがあった。
そう。私が悪戦苦闘したアレである。花のヨレ具合に見覚えがある。
しかしカシーナさんはそれをフワリと広げた。
!!
シワがほぼ無くなってる!
「すごい!」
やっぱり声に出してしまった。
カシーナさんが柔らかく微笑んだ。
「祝福あれ」
そう言って、私の髪にベールを乗せ、顔の前にもベールをおろした。
視界が淡い白に包まれる。
でも、明るい。
お辞儀をしたカシーナさんが静かに下がる。
「しっかり、掴まっていてくださいね」
クラウスが小さく言い、向き直った先には、アンディが立っていた。
一歩。一歩。
いつの間にか始まっていた演奏に合わせ、クラウスと進む。
十歩で、アンディに届いた。
さ、と、クラウスから合図があり、掴んでいた手を離す。
クラウスとアンディが一瞬だけ見合って、お辞儀をしたクラウスが下がると同時に、アンディが私の隣に立って腕を差し出した。
それにそっと手を置く。
「緊張してるね」
小さく、でも楽しげなアンディの声音。
「うん、緊張してきた」
二人で前を向いたままなので、お互いの表情は分からない。
ふと、思った。
「これって、アンディのいたずら?」
「いや? 本気」
・・・ちょー緊張してきた!!




