55話 怒涛です。
なんか、いつもより空気がそわそわしてる。
ドロードラングランドが年末年始の冬期休業に入り、学園も冬休みなので帰って来てのの感想。
「この冬休みの予定に何かあったっけ?」
執務室で年末の書類に判を押しながら、そばにいたルイスさんたちに聞いてみる。
「? 何もないですよ? 何かありましたっけ?」
ケロっとルイスさんが応え、クラウスとクインさんもはてな?という顔をする。
気のせいかな。
「あぁ、今回のクレープの焼く順番を決めるのを子供たちが盛り上がってましたね」
クラウスが言うとルイスさんたちが笑う。
「白虎を最後にってやつですよね?」
「サリオン様が抑えようとしても白虎様は動いてしまいますしね。前回はひどい火傷になるのではとハラハラしてしまいました」
クインさんが穏やかに笑う。クレープのはずが薄いパンケーキになっちゃったもんな~。
白虎も最近は落ち着いてきたから、今回は大丈夫じゃないかな?
・・・ほんのちょっとずつ落ち着いてきてる・・・と思う!
「あぁそういえば、服飾班がこの休業中に寝間着を増やしたいって言ってましたね」
そういやそうだった。休みにならないじゃんと班長でもあるカシーナさんに言ったけど、時間のある時に予備を作っておきたいと言われたんだった。
年末年始なんて親子水入らずで過ごしていいのに。
「俺の奥さんはお嬢を構うのが自分の子供と同じくらい好きなんで、大目に見てくださいね?」
ルイスさんがへにゃりと笑う。・・・へへ、ありがと。
「邪魔するぜ! お、ここにいたかお嬢!」
バァン!と思い切りドアを開けたのは土木班のグラントリー親方。びっくりしたーっ!
そのあとから鍛冶班長キム親方も入ってきた。
「お嬢、余ってる資材で予備の道具を作りたいんだがいいか?」
何だってこんなに働き者が多いのか。
分かった分かった! 作業してくれていいけど、年始はちゃんと休んでよ?
***
と、思ってた頃がありました・・・昨日だけど。
「さ、お嬢様もう少しですよ」
イエス!マム!
「あと十個程ですからね」
イエスマム!? その「程」ってあと何個ですかね!?
・・・はい。ただいま私のほぼ一年後の結婚式に使うベールに同じ素材で作られた小さな花を縫いつけているところです・・・はい、練習です・・・
本番はもっとたくさん付けるんだって・・・・・・お金出すから誰かやってください・・・ご飯奢るのでもいい・・・
綺麗なベールだったのに花を付けた所がよれて、練習とはいえ残念仕様になっております。
でもね、すぐそばにね、笑顔のね、鬼軍曹がいるとね、できませんとはね、言えないのね。
笑顔こえええええっ!
必死ですよ!超必死です! ちょっと針が刺さったくらいじゃ痛いなんて言ってられないよ! 世のお嫁さんは大変だね! え?私だけ? 頑張れ私ーーっ!!
「はい、お疲れさまでした。裁縫もだいぶ上達されましたね」
『あと十個程』から三時間。ようやく、ようやく終わりましたぁぁぁ・・・
上達?ホントに?本当に私上達してる? カシーナさん、ベールがしわっしわになってるの見えてる?
出来を一言で表すならば、『無残』
・・・・・・無残なベールって・・・可哀想すぎる・・・お祓いした方がいいレベル・・・?
本番じゃないことを喜ぶべきか、本番まで一年を切ってるのにこの状態なことをおののくべきか。
・・・間違いなく後者だな、うん。困ったなぁ。
「では、こちらは保管させていただきます。本番用までに裁縫の時間をもっと取りますね」
・・・・・・あ、決定ですか・・・了解です・・・
「なんで私にゃ手芸の才能がないんじゃあああ!!」
と、ドロードラング領トレーニングエリアのランニングコースを走っております。
裁縫でのストレスを発散中。お供はマークとタイトとコムジ。もちろん私は運動着に着替えましたとも。三人は通常服。
「上手くなってるって、ルルーも言ってたって」
「今さら叫んでもどうにもならねぇよ」
「そういや、俺はお嬢の作品を見たことないなぁ」
おい! 三人もいてフォローがマークだけってどういうことだ!
「コムジ、見る必要ねぇよあんなの」
タイトーーッ!
「そこまで言われちゃ逆に気になるよね」
なにその、ホラー苦手だけどさわりを聞いちゃったら全部気になるみたいなやつ。私の裁縫の腕はホラーか! ホラーだわ!
笑うなコムジ!
「直線縫いが直線になったんだ、結構な進歩じゃね?」
マーク! もっとフォローらしいフォローをして! もうちょっと上達してるわぃ!
「この速さでこれだけ走れるんだから、裁縫の腕が壊滅でも気にすんなよ、お嬢」
裁縫と運動能力は比例しないってことかい! だいたいがそうだわ!知ってるわ! だけどうちの侍女たちはどっちもできるんですけど! つーか、壊滅って言いきるんじゃないよタイト! せめて「的」はつけてくれる!?
「まあ俺は、裁縫が駄目でもアンディがいるだけでこの先安心だけど!」
「そうだね。お嬢の婚約者が早々に決まってたのは俺でも良かったと思うよ」
「絶対売れ残ると思ってたもんなぁ」
「・・・もう、あんた、ら、帰れ!」
私がどんなに本気で走っても、この三人には屁でもない。
だからってこんな話をずっとされるのも私がツライ! 息切れしちゃって喋れなくなってきたからストレス発散のはずが増産だよ!
「馬鹿かお嬢。亀様がいる以上お嬢一人でも大丈夫なのはわかっているが、本当に一人にさせたら俺らが怒られるんだよ」
すぐ馬鹿って言うなよタイト!
「そうな。クラウスさんとニックさんも恐いけど、ラージスさんの鉄拳も避けられないんだよね。トエルさんにも放り投げられるし」
おぉ、トエルさんの躾は放り投げか・・・
「そっかコムジはラージスさんたちといる事が多いもんな。俺はルルーが恐い!」
マークはね、そうだろね。
「要注意はネリアさんの鞭だな。あんな婆のくせに鞭の動きが全然見えねぇんだわ。最近はケリーさんも大蜘蛛を一匹専属で連れてるからな、どこで縛り上げられるか分からねぇ」
ケリーさん!?
「分からないっていえばチムリさんもだよ。吹き矢に痺れ薬塗ってんだよ。意識あるのに動けない恐怖ったらないよ?」
・・・あんたたち、私が知らないところで何やってんの・・・?
「つーか、学園に行ったって淑女ぶりが全然じゃねぇか。毎日何やってたんだよ?」
「お嬢はこれでもちゃんと『先生』してるんだぜ?」
「俺ら騎士団の方には行くけど、学園には寄らないからな~。でも学園出身の新人騎士たちにちょろっと聞くと絶対皆目を逸らすんだよね~。面白いよねあれ、あはは!」
・・・。
ランニングコースを一周後、息を整えてから三人に向かって無言で魔法攻撃を開始。
「おわっ!? 何しやがるお嬢!」
「あっぶなっ!」
「なんで俺までっ!?」
チッ! 三人とも避けやがったか。
「最近本気で魔法の練習してなかったからね、ついでだから付き合いなさい!」
「「「 嘘だろ!? 」」」
別方向に逃げ出す三人にそれぞれ追跡型火魔法を放つ。
ふはは!魔法攻撃の実験じゃあ! 当たっても大丈夫だけど、ほーれ逃げろ逃げろ~!
ドロードラングランドは休業中だからお客もいないし、さっきまでの暴言の分、思いっきりやったる!
そうして。
結局四人で泥だらけになって帰ったので、皆で仲良く般若と化したカシーナさんに怒られましたとさ。
「だってあいつらが!」
「お嬢様?」
ひぃ!? ごめんなさいぃぃぃっ!!




