52話 婚約破棄です。
「これからもアーライル学園がより発展していく事を願っています」
壇上でアンディが卒業生代表として挨拶をしめた。
あ~あ、学園にアンディがいるのは今日が最後か。ちょっと、つまらなくなるなぁ。
穏やかに語りかけるような口調で在校生を見回すアンディ。
ルーベンス殿下のように派手に輝かしいものはないけれど、アンディもやはりの王子様。惹き付けられる。
皆、アンディの言葉を真剣に聞いている。
頼りにしていた先輩が去り、新たな後輩が入ってくる。聞いている在校生はなんともむず痒い思いをしてるだろう。
エリザベス様、ビアンカ様、クリスティアーナ様もアンディと同年なので卒業である。王室関係者がいなくなると思うと、余計に寂しい感じがあるなぁ。皆華やかだったもんね~。
「ああ、そうだ」
色んな事があったなあ~なんて思い返していたら、檀上のアンディがふと、という感じで続けた言葉に噴いた。
「サレスティア・ドロードラングは僕の婚約者だという事を忘れないようにね」
ぶふぁあっ!?
「ついでだから言っておくよ」
にっこりしたって駄目でしょそれ!
「サレスティアは自分でどうにかできるけど、それでも僕が嫌だからね」
何で今それ!?
「全員聞いたよね? 彼女に関わるものに何かあったら僕も全力で対処するから」
王子の全力笑顔に在校生も卒業生もついでに教師陣も保護者もザッと顔色が青くなった。
笑顔恐ぇぇぇ!ただただ笑顔が恐いぃぃ!
・・・うん、そんな無言の悲鳴が聞こえてくる。
私の顔は赤い。うん真っ赤だね! 顔、熱いもん!
何人かはそんな私に生温い視線を向けている。あああああ恥ずかしいぃぃぃ!
「・・・分かった?」
「「「「「 はいぃっ!!! 」」」」」
返事って揃うんだね。
てかやっぱり駄目でしょ! 一応式典だよっ! ニコッとしたってアウトだよぉぉぉ・・・
マークは笑いをこらえ過ぎて変な顔になってるし。コンニャロ。
・・・ルルーも笑ってるし!
もう!
***
と、恥ずかしい思いをした時もありました。
現在、新学年新学期が始まって一月、
「サリィ? 今日こそ僕とのディナーに付き合ってくれるだろう?」
「何を言っている。ドロードラング殿と食事に行くのは私だ」
「食事に行くなら俺とだよね~? 貴方がたのエスコートじゃあ女の子は緊張しちゃうもん。ね?サレスティアさん。俺と行こうよ!」
モテ期到来。うざい。
はい。新留学生の三人でーす。
なんなんだ留学生ってのは。面倒しか起こさないのか。
いや、他の生徒と教師たちには普通なので面倒と思っているのは私だけ。だけどその余波がルルーとマークに行っているから申し訳なくもない。
まあ、モテ期と言ったところでこの人たちが本気で私を好きなわけではない。モテモテなのは私の魔力である。
この留学生たちはドロードラングランドにお越し下さった外国のお客様の関係者。
遊園地は外国人にもウケて嬉しいのだが、こんなおまけが付いてくるとはな~。
自国に多量の魔力を使用する遊具を造りたいので、私を懐柔して『造ってもらおう作戦』らしい。
で。この三人で誰がその一番手になるか争っているわけ。
もちろん断っている。何が気に入らないって無料で造れってのが一番気に食わない。
ドロードラング領の収入にならないものは造らーーんっ!
アーライル国の貴族たちはアンディや王家のおかげでその辺は静かだ。だから、いつだったか王様が言っていた貴族の下心ってこれかとうんざり気味。三人とも魔法科じゃなくて本当良かった。
ミシルにも近づいたようだけど、青いタツノオトシゴをやり込められずに断念したようだ。ナイス青龍。
青龍の質問攻めでこの三人の思惑を無料奉仕と正しく知ることができた。青龍のどうしてどうして?が役立つとは。
ナイス青龍。
そのままそいつらを国へ押し返してよ。
留学生の三人はそれぞれに見た目は良いらしく、学園の女子にはキャーキャー言われている。18、19才と、少し年上なのも女子的には良いらしい。
そうかい。どこが?
で、男連中の方はどうかといえば、騎士科でも文官科でもまあまあな感じ。男子たちとも特に対立はない。
私以外は問題がない。・・・ちっ。
私のその様子が伝わっているのか、魔法科では奴らのことはあまり騒がれていない。なんかゴメンな留学生。
「疲れておるようじゃの?」
エンプツィー様が苦笑しながら気遣ってくれる。
日課の、エンプツィー様が散らかした教職部屋の片付けをしながら大きくため息を吐いてしまった。
「だったら残業にならないようにお願いしますよ」
ちょっと恨めしげに返すとエンプツィー様は今度ははっきりと笑った。
「笑い事じゃないですよ~! あいつら面倒くさーい!」
「ほっほっほっ。これでアンドレイ王子との婚約がなければもっとだったぞぃ」
ゾッとした。
「・・・あいつらを爆破していいですか?」
「駄目だろ」「駄目です」「駄目じゃろ」
マークが一番早かった。冗談だって。
「お嬢の苦手な人種だけど爆破は駄目だろ」
冗談、冗談。
「片付けが大変なので爆破は駄目です」
片付け!? ルルーさん!?
「一応要人じゃからな?」
外国の貴族子弟ですよ、分かってますよ!
「「「 そっとヤれ(ってください)」」」
駄目な大人たちがーーっ!?
コンコンコン
ノックの音にルルーがドアを開けると、げっそりしたハスブナル国ジーン王太子と従者チェンが立っていた。
一瞬あいつらの誰かが来たかとビビったけど、違うので心底ほっとする。
「・・・悪いんだけど、茶をください・・・」
エンプツィー様の教職部屋には本人用の椅子以外は折り畳み椅子しかない。他の教師の部屋にはソファーセットがあったりするのだけども。
その折り畳み椅子も、私が助手になってから持ち込んだ物。土木班長グラントリー親方のお手製なので丈夫。それをジーンとチェンにすすめる。
その間にお茶を準備したルルーが椅子に掛けた二人に差し出した。
「ああ、ありがとう・・・」
「うう、美味しい・・・」
王城での帝王学教育は二段階目の及第点に達したようで、学園に復帰。だからってのんびりできるかと思えば、帝王学教育は夜に行われる事に。
まあ、ルーベンス殿下はそうしていた訳で、王族としてはスパルタではないのだけど実際スパルタだよ。どこの進学校だ。
留年にはなったのだけど、後一年で卒業見込みになるのだから二人の頑張りには拍手である。
ただ、毎日げっそりしてるけど。
「お疲れ」
毎日燃え尽きた感満載の二人に毎日そうとしか言えない。
「いや、お嬢たちもお疲れ。エンプツィー様も毎日来てしまってすみません。ここでお茶を飲むと休憩したと実感するもので・・・」
猫背が似合うようになってしまったジーン。王城じゃ猫背もできないらしい。チェンも気が抜けた証拠に同じく少し猫背に。
縁側か。
「余裕ができたら淹れ方を教えてもらいたいのですが、なかなか・・・」
大丈夫大丈夫、いつかできるようになるよ。ってか、チェンはお茶を淹れさせる立場になんないと。
「あ、そうだ、お嬢に知らせ」
お茶を飲み終えたジーンがルルーにおかわりを注いでもらいながら言った。ん?
「留学生たちな、強制送還になるそうだ」
は?
「よりにもよってお嬢に直接当たるとか、随分勇気があるとは思っていたが・・・」
「故郷での隠していた不祥事が公になってしまったそうです」
チェンが何でもない事のように続けた。は?不祥事?
「主に女性関係な。色男は大変だよな。隠し子、刃傷沙汰、あと家の借金のための裏社会との癒着、留学のための替え玉養子、税金横領、公共事業の不正、贋作入れ替え。どれが誰のか分からんが本人だけでなく領地の事も含め色々と留学生として相応しくないとの宰相の判断らしい」
宰相の判断?
は~、と満足気に一息つくジーン。お茶がうめ~って、聞きたいのはそこじゃない!
「もちろんアーライル国王の承認があってのものですよ。ついでに外交官との癒着も分かりアーライル側での人員整理もするそうです。留学生は今日中にアーライルから叩き出すと張り切ってましたから、今、寮の方は大騒ぎでしょうね」
チェンもまた一息つきながら言った。爆弾あったよね今!?
マークとルルーは目を丸くし、知っていた?とエンプツィー様を見れば首を横に振った。
「それ、いつ決まったの?」
「昨夜。昨夜の講義担当が宰相で、俺らの目の前でやり取りしてたからお嬢にも教えていいと言われたんだ。今学園長にも話が行ってるだろう。伝えるのが今の時間になってすまなかったな」
いやそれは全然良いんだけど、なんでそんな急に?
と考えていたらマークがぼそりと呟いた。
「一ヶ月か、早かったな」
ん?何?
「遅い」
ルルーが少し低い声でマークに応えた。え?
「国で調べても見つけられなかったものを見つけて来たんだ。しかもあっちこっちの国だぞ? 三人分まとめてなんて早いと思うけどなぁ」
「お嬢様が不快な思いをしたのよ」
苦笑するマークに憮然と返すルルー。
「そう、それさえ無きゃ平和に事は済んだんだ。もしかしたら友情くらいはできたかもしれないのを自ら潰した」
「自業自得ですね」
他人事のジーンに、あっさりとしたチェン。
「色が通用しない事もあると勉強したじゃろうよ」
エンプツィー様も普通に会話に入った。何?どういうこと?
「俺、アンドレイに殴られただけで済んで良かったわー」
ジーンがしみじみと言うと、皆が神妙に頷く。え?アンディ?
え?アンディ?