おまけSS⑧
タグは恋愛
おまけでするなよ、という内容になりました…
でもほら、時期だし(笑)
「よし終わり」
今年のドロードラング夏休み合宿に、アンドレイは学園からの課題も持って来ていた。
三年生の課題は多い。
学園を卒業後に兄であるルーベンスの部下になるアンドレイには、それ用の課題もあった。
来年からは合宿に参加できないだろうなぁ・・・
教師助手となったサレスティアがどれくらいの期間、学園にいるかは分からない。ただ、学園にいる間はサレスティアが引率するだろう。
ますます一緒にいられる時間が減るなぁ・・・
実際には、玄武のおかげでどこにでも転移が可能なので一般人よりは充分以上に会える時間はある。
だが、アンドレイもサレスティアもそれを常用する事を良しとしない性格であった。
『アンディ、起きてる?』
アンドレイの耳元でささやかにサレスティアの声がした。こちらを気遣う様子が愛しい。
「起きてるよ。補習終わったの?お疲れさま」
補習とは、先日ジアク領にての失点によるもので、サレスティア限定の淑女教育である。サレスティアの仕草はアンドレイからは十分に淑女に見えるのだが、侍女長はさらに高みを目指すらしい。ダンス練習を手伝った時にサレスティアと共に思い知った。
だが今回の事は、王都と領地で離れている思いも絡んでいるのだろう。
サレスティアを助ける事ができずに申し訳ない気持ちはあるが、母親代わりである侍女長との親子の時間も必要だろうと、アンドレイは大人しく部屋で課題をしていた。
『つーかーれーたーよ~』
アンドレイが起きていたと分かると、サレスティアの声が若干大きくなった。
顔を見たい。
でも、もう十時だ。夜も遅い。
ふと、カーテンを少し開けると、夜空に星々が瞬いていた。
「お嬢、星が綺麗だよ。見える?」
『え?ちょっと待って・・・わあ、ほんとだ~!』
サレスティアの声に張りが出た。少しでも気晴らしになったようで、アンドレイは一息つく。さて、次はどうしようか。
『会いたいけど、今から部屋に行くのは問題よね・・・?』
ドロードラング屋敷にあるアンディの部屋は、婚約者となった時から一部屋隔てた隣りである。近い。部屋同士の行き来はできないようになっているが、廊下以外を使うならばバルコニーが繋がっている。
ああ、どうして我が婚約者様は可愛い事を言うのだろうか。
こっちは我慢してるというのに。
『あ。バルコニーはどう?』
逢い引きするには部屋と大して変わらないよ? と思いつつも、特に訂正はしない。
二人だけで会いたいから。
「そっちに行くよ。僕の姿が見えたらバルコニーに出てくれる?」
『うん!』
警戒心がないのもどうかと、アンドレイは嬉しいため息をついてバルコニーに出た。
暗いけれど星明かりで充分に辺りが見える。アンドレイはスタスタと普通に歩いた。サレスティアの部屋に差し掛かると、部屋へのドアが開き、サレスティアが現れる。
サレスティアはドアを静かに閉めるとタタタッと近寄り、アンドレイが両手を広げるとそこに素直に収まった。サレスティアの手がアンドレイの背中に回る。
抱きしめるとサレスティアの力が少し抜けること、そして、同じ石鹸の匂いにクラリとする。
「来てくれてありがと」
サレスティアのくぐもって聞こえる声がくすぐったい。
「こんなに近くにいるなら会いたいよ」
アンドレイがわざと首もとで声にすると、星明かりでもはっきり分かるほどにサレスティアの首が赤くなる。
可愛い。面白い。可愛い。
アンドレイはわき上がる何かを抑えるためにドロードラング領民の顔を思い浮かべた。
今こうして二人でいられるのは、皆の信頼があるから。
婚約者だからと何でもしていい事はない。婚姻までは清い仲であることが望ましい。
サレスティアを愛しいと思うからこそ、彼女が一番大事にしている人たちを蔑ろにはできないし、アンドレイ自身もすでにそうである。
行き過ぎた時の恐ろしさが想像できるから、というのももちろんあるが。
断腸の思いで少しだけ離れると、はにかむサレスティアが目の前にいる。
「今日の分の課題は終わったの?」
お互いに相手の体に回した手はほぼそのまま。
「うん。終わって、お嬢はどうしたかなと思ったら声がしたから、少しびっくりしたよ」
「おお、私すごーい!」
ニカッと笑うサレスティア。初めて会った時から変わらない。
ぽふ、とまたアンドレイにくっつく。
「良かったー、アンディの邪魔にならなくて」
「何よりもお嬢を優先したいけど、なかなかね」
「ふふっ、嬉しいけど、そんなアンディは嫌だわ」
「分かってるよ。僕だってお嬢はお嬢らしくあって欲しい」
くっついてしまうと、離れがたい。
「アンディの勉強してる姿、格好いいから我慢できるよ」
「・・・判断が難しいな」
「一所懸命な姿、格好いいよ」
「例えば?」
「魔法と剣の練習とか」
ドロードラングでの特訓は特にメタメタにされる。終わると立ち上がれなくなるほどだ。どこがいいのだろうと不思議に思う。
「・・・魔法とか、剣の練習は埃だらけだよ?」
「懸命にやった証でしょ? 格好いいわ」
「んー。格好いい僕じゃないと駄目かー」
「違うわよ。アンディの格好いいところを言っただけ。カッコ悪いところは~、ケーキを食べる時にクリームがちょっとだけ口のまわりに付いて~、遊園地のコーヒーカップが苦手で~、チビッ子の相手にわたわたして~、ピーマンが嫌いでしょ~、剣の練習で思うようにいかなくて叫んだり~、あと~、」
「まだあるの? よく見てるなぁ、恥ずかしい・・・」
本気で恥ずかしくなったので、誤魔化すように抱く手に少し力を入れる。
「だって好きだもん」
呼吸が止まる。
顔を見たくて離れようとしたら、サレスティアはがっしりとくっついて、アンドレイの肩から顔を離さない。
その肩が熱い。
「ちゃ、ちゃんと、言ったこと、なかったから・・・・・・い、今さら、だけど・・・」
サレスティアの気持ちは分かっていた。
分かっていたけれど。
「もう、いっかい、いって・・・?」
「うっ!・・・・・・あ、・・・アンディが、好き・・・」
言葉にされると意識が飛びそうになる。
と、知った。
「嬉しいよ。とても、嬉しい・・・」
腕に力を入れる。サレスティアを抱き潰してしまわないように。
何てことだ、こんな試練があるとは。
アンドレイは混乱しながらも、今夜の本来の目的を思い出し、実行するために力を抜いた。サレスティアの力も少し抜けるが、まだ顔を離さない。
「お嬢、渡したい物があるんだ。玩具だけど」
玩具という単語に顔を伏せたままのサレスティアがそろそろと少し離れる。
その様子を見ながらアンドレイは一歩下がり、サレスティアとの間に一人分の隙間を空けた。
名残惜しそうに離れるサレスティアの左手をそっと掴む。
「あの雑貨屋で、皆で見つけたものなんだ」
四つしかなかったのでサリオン以外の男たちで買い占めてしまったそれは。
白糸をベースに銀糸が一筋だけ入ったもので編まれた指輪。
マークはルルーへ。
ダンはヒューイへ。
先生はお土産として。
「サレスティアへ」
指輪が少し伸びるので、薬指へ嵌めるのは想定よりも楽だった。サレスティアの指が細いのもあるだろう。
「玩具だけど・・・」
合宿での討伐に出た時のアンドレイ自身が稼いだ報酬。
何かに使うなら、サレスティアに。
玩具の様な物だけど想いだけは込めてある。
毎日嵌めなくていいし、無くしたって構わない。
―――アンドレイからの指輪をサレスティアが嵌めた―――
その思い出だけでいい。
アンドレイはそういう思いで、指からサレスティアの顔へと目線を上げれば、笑顔のサレスティアの目から涙がこぼれた瞬間を見た。
サレスティアが自身の左手をじっと見るので、涙はこぼれるままだ。くちもとは小さく震えている。
「・・・嬉しい・・・」
「・・・そんなに喜んでもらえるなんて思ってなかった」
申し訳なくなり、玩具でごめんと続ければ、サレスティアは首を横に振った。
「好きな人にもらえるなら、玩具だってすっごく嬉しい」
左手を、右手で大事そうに包んだサレスティアは、アンドレイを真っ直ぐ見つめて微笑んだ。
「ありがとう。とても嬉しい」
夢みたい。
呟いたサレスティアは今度は左手を夜空にかざした。指輪が小さく小さく星明かりを反射する。
夢みたい・・・
アンドレイの望んだ姿が目の前にあった。
喜んでくれる予想はしていたが、ここまでとは思っていなかった。
可愛い。いとおしい。
「サレスティア」
再び、両手を広げて呼ぶと、サレスティアはそっとアンドレイにくっついた。
ゆっくりとまた、お互いの背に手を回す。
「指輪、大事にするね」
「・・・指輪だけ?」
いたずら心からそう言えば、サレスティアはアンドレイを見上げて笑った。
「アンドレイの全てを」
サレスティアの、自信に溢れる姿に惚れ直す。
アンドレイは、サレスティアとこつっと額を合わせた。
「ありがとう。僕も君の全てを大事にする」
君に、一番に頼られるように精進します。
ふふ、お願いしますと笑うサレスティアの息がアンドレイの顎をかすっていく。
アンドレイの息も、サレスティアに触れているだろう。
ずっと、ずっと、そばに―――
いかがでしたでしょうか。
甘い……?いや、ベタベタした二人か(爆)
メリークリスマス♪ ※作中は夏ですよー(笑)