続続50話 見学です。<正体>
ぐあっ!と水壁の向こうからマークの声が聞こえた。
ルルーの鞭が鈍り、その隙をついてルルーが相手をしていた不審者がこちらへ近づいたのをテオ先生が止めた。あれ?先生? 見ればダンの服をヒューイが掴んでいる。
先生と不審者は素手でやり合っている。おお!先生すげぇ!
「すみません!」
不審者のナイフを三本持って来たルルーが謝る。大きな怪我もないしよくやった!
だけど。
「アンディ水壁を解いて。状況の確認をしたいわ。合図をしたら消してくれる?」
「分かった。水壁は向こうが見えないのが難点だね」
そう。見えないってのはしんどい。狭い中に敵もいるし、そうなると水壁を維持する理由も弱い。
「いい? ヒューイ?」
ダンの服を掴んで難しい顔をしていたヒューイだけど、眉毛を下げて私を見た。
「すみません、状況がうまく聞き取れなくて。打ち合いの音は変わらず聞こえますが他が・・・」
視力が弱かったせいかヒューイは耳がいい。それがいかせず食いしばっているけど、結構な能力よ?
「落ち込まなくていい。さっきのもだし今も助かってる。こういう事は経験も必要よ。だから今はできる事をしよう」
最後のは皆に向かって言えば、全員が頷いた。よし。
ヒューイがダンを掴んでいるということは、他の危険を察知したか危険要素があると判断したから。
壁が無くなったらまた状況は動く。
サリオンを中心に構え、水壁を解いてもらうと、四方から矢が飛んで来た。
「四人!」
サリオン、白虎、ヒューイを今度は私の風の壁で囲い、矢が上昇気流につられて舞い上がるのを横目に、ダン、アンディ、ルルー、私で矢の飛んで来た方向にそれぞれ向かう。風壁の維持は白虎に任せる。
屋根の上にいるボロ布不審者をダンと私。路地にいたボロ布不審者をアンディとルルーが追う。
「深追いするなよっ!」
マークの言葉に応と答え、私は魔法で飛び、逃げようとしたボロ布不審者を魔法網で捕獲。ダンは家の壁を飛び移りながら屋根に上がり、ボロ布不審者を蹴り落とした。ルルーは鞭で拘束。アンディはバスケットボール大の水球を不審者の顔に被せ、弱ったところをダンの落とした不審者と共に水ロープで拘束。
ダンがスケボーを取り出し、テオ先生の相手に体当たり。
ルルーがさっき拾ったナイフをマークの相手に投げつける。
アンディはラミエリ君とムスチス君ごと大量の水を頭上から落とした。
その隙を一気に魔法網で捕獲。
ボロ布不審者を全員捕まえた。
マークも先生も怪我があり、ラミエリ君とムスチス君に至ってはずぶ濡れだ。アンディが二人に謝っている。
《敵はいない》
亀様の報告にやっとホッとできた。
風の壁を解いたサリオンたちがこちらにやって来る。
「姉上! 皆も無事ですね?」
あ~!うちの子可愛い~! サリオンの頭を撫でて和んでから、マークの相手をした不審者リーダーの顔を見るべく布を剥ぎ取った。
ら。すっげー見慣れた顔が出てきた!
「「「「 ヤンさん!? 」」」」
「よう」
あっけらかんとしたヤンさんに混乱しながら他の不審者をガツガツ剥ぎ取っていくと、ラミエリ君たちの相手はダジルイさん、先生の相手はコムジ、屋根にいたのは双子兄ザンドルさんと弟バジアルさん、下はトエルさんにライラだった。
「何コレ!?」
「抜き打ち襲撃」
またもケロッと答えるヤンさん。魔法網を解除すると不審者役の皆がやれやれと体を動かす。
バジアルさんなんか屋根から落ちたからね、治癒!回復!
「あんたら二人は新婚旅行に行ったんじゃないんかい!?」
「ダジルイがお嬢の様子を見たいって言うから、ついでにヤッちまおうってなったんだわ」
ヤるって何だ!?
「そしたら見慣れないトゥラントゥール様が付いてるから何事かと思って、即決行したわけ」
意味がわからーーん! そういう時は様子をみましょう!?
「まさか全員捕まるとはな。なかなかの連携だった。ルルーがマークにまで本気でナイフを投げたのは良かった。あれで意表を突かれたよ。ただしマークがやられてすぐに動揺するのはな?」
すみませんと言うルルー。マークがちょっと嬉しそうなのが何とも。ナイフ投げられたんだよ?つっこんだら?
「ヤンさんとは手合わせしたことが少ないから気付かなかったです。途中からはどうやって皆を逃がすかばっか考えてました」
「ははっ、お前の強みは体力だ。相手の疲れを誘え。俺は疲れた」
あざす!じゃないって、マークよ。
ヤンさんはラミエリ君とムスチス君の方を向いた。
「ラミエリとムスチスもいい連携だったが、二人がかりならダジルイ程度には余裕で勝てるようにならなきゃ困る」
はい、と神妙に返事する二人。・・・ダジルイさんてこんなに強かったっけ?
「私、いなすのは得意なんです」
ダジルイさんはその技術をドロードラングへ来てから磨いた。やっぱ腕力体力の差は男女の壁だから。でもここまでとは。
あ!びしょ濡れの三人を乾かさなきゃ!
次にヤンさんはダンとヒューイを見る。ダンがびくっと直立する。
「ダンはヒューイがいねぇと突っ込む癖が出る、気をつけろ。ヒューイの判断は良かった。矢の音もよく聞き取ったな」
ダンはしゅんとし、ヒューイは真面目に返事をする。
次はアンディ。
「アンディはあの短時間でよく魔力探知を展開できた。ただし百メートル以内に魔法使いがいなくても、その外から魔法を使われる事もある。忘れるな。水壁も過信するなよ。敵の人数が不明な時は使い勝手が悪いだろ?おかげでこっちからは予定より近づけた。ああ、水球は良かったぞ、あれは使える。それにしてもこんなに色々と素早く魔法を繰り出せるとはな。魔法の長短を使いこなせるように」
はい精進しますって、アンディは王子なんですけど、そこはスルーですか?
水球を喰らったトエルさんは、死ぬかと思ったってまだ仰向けのままだし。
「サリオンはよく大人しくしてた。騒がれるだけでも気が散るからな。だから作戦としては騒ぐのもひとつの手だ。コトラもよく我慢した」
照れるサリオン可愛い~、白虎もナァ~!って猫の真似が上手いな!
「お嬢」
うっ。ヤンさんの声が呆れてる。うう、ダジルイさんが苦笑してる。
「頭が飛び出すな。前半は大人しくしてたのに、人数が丁度良かろうと、司令塔が動くな。お嬢が全てやっちまうと他が育たないと何度も言ってるだろう。それも領主の仕事だ」
「はい・・・」
「ゆくゆくはサリオンがドロードラング領の当主になるが、今現在、領の要はお嬢だ。優先順位と仲間への信頼を間違うなよ」
はい。
優先順位。何を優先にするのか。
仲間への信頼。こちらのダメージを少なくするには。さらに状況打開に適した配置。
いつまでも私が先頭に立てるわけじゃない。
亀様が永久に助けてくれるわけじゃない。
クラウスだって不死じゃない。
その時に頼るのは皆であり、隣の人。
その時に誰かを助け、共に逃げられるように。
その心構えが必要。
・・・わかってるつもりだけど、つい出ちゃうんだよね・・・気をつけよう。・・・は~ぁ、領主って面倒、
「領主が面倒とか今さら思うなよ」
何で分かったーーっ!? 読心術!? ヤンさん恐ぇっ!?
「顔に出てる」
ええ~!?
そしてヤンさんはコムジを促してテオ先生の前に立つ。
「本当に突然現れたんで貴方の様子を見ました。失礼してすみません。そして、守っていただき感謝いたします」
ヤンさんとコムジが頭を下げると、先生は慌てて両手を振った。
「いいいいえいえ! アンドレ、いえ!子供たちもいましたので当然の事です。私の腕でも時間稼ぎにはなりましたし、疑いも晴れたようでホッとしております」
にやりとするヤンさんに、ははっと苦笑する先生。
ああ、だからあの時ヒューイはダンを止めたのか。
不確定要素が最重要人物のそばにいるのは確かによろしくない。
あ~あ。
「亀様も協力ありがとさん」
《うむ。想定以上に動けたな》
なんだ、亀様はヤンさんに聞いてたのか。道理で静かだと思った。
「というわけで総合点は五十点。帰ったらお嬢は淑女教育増しになる」
・・・・・・はああっ!?
「何でっ!!?」
「ちょっとでも飛び出したら、っていうカシーナの採点分な」
うがああああっ!! アウトぉぉぉっ!?
がっくりと四つん這いになった私を皆が笑う。
・・・・・・さようなら、私の夏休み・・・
ハ~ァ。
お疲れさまでした!
長かったですね、どうぞ眼球を休めて下さい。
今回も課題の残る回でしたが、ファンシーな雑貨屋といかついオッサンがやりたかったのです(笑)
ええ、お嬢とアンディのとこはオマケです(笑)
ではまた次回、お会いできますように。