続50話 見学です。<お揃い>
結局。
先生は三回戦で負け、大会終了後の現在、着替えた私たちとジアク領商店街にてお土産お買い物ツアー中。そしてなぜか一回戦でのゴツい人も一緒です。
「気絶なんて駆け出しの頃以来だった! 牧童ってのは細っこい体で大したもんだ!」
「ははは、もう牧童って歳じゃありませんよ」
「がはははっ!確かにな! だが、まさか文官に負けるとは思ってなかったわ!」
「上司が、文官も体力だと仰る方なので基礎的な動きは日課にしてます」
「そうかい大した上司様だ! まったく文官だからと侮れん!がはは! お、ここだここ。女の子に人気の雑貨屋だ。ここの親父とは呑み仲間でな。おおい!お客だぞー!」
ゴツい人は何のためらいもなく、可愛いリースが飾られたドアを開けるとドカドカと店内に入って行く。
ゴツい人、声デカイ・・・いや、おおらかで面倒見がいいのは分かったんだけど。
てか、武闘会とうたっていても本質はお祭り。どれだけボコボコにされようと試合が終われば相手を讃える。まあ、試合の怪我は無償で治癒回復されるし、依頼にあたる時には手を組むこともあるわけで、気に食わない相手だろうとも酒で解決できる雑さがある。
私らもいるからお酒は飲んでいないけど、ゴツい人は先生が気に入ったようで、姪っ子ちゃんたちにお土産を買わなきゃいけないと聞くと、女子に人気の雑貨屋があると案内してくれている。
しかし・・・ゴツい人とファンシーな雑貨屋・・・何のミステリー?・・・と思いながドアをくぐると奥から野太い声が。
「お前は表から入って来るんじゃねぇと何回言わせんだコラァッ!」
これまたスキンヘッドのゴツいおっさんがカウンターの奥からのっそりと出て来た。
は? ここ、女の子に人気の雑貨屋ですよね?
「だから前回は裏口にまわったろうが! そしたら騎士団に職務質問食らったぞ! どこから入れってんだ!? 表で叫べってか? おきゃーくでーすよー!」
「その面を作り直してから来い!」
・・・ファンシーな雑貨屋で、ゴツいオヤジたちが言い争っている・・・
「何この絵面・・・」
うっかり呟いたら、おっさん二人がぴったり同じタイミングでこちらを向いた。うお。
と。何か言おうとした二人はスコーンスコーン!といい音をたて、後頭部を押さえた。
「店で騒ぐんじゃないよっ!店番は静かにっ!」
二人がしゃがみこんだ奥には、これまた恰幅のいいオバサンが靴を片手に腕を組んで立っていた。オヤジたちを一睨みしたオバサンは靴を履いてから、仕切り直しとばかりに微笑んだ。
「騒いでしまって申し訳ありません。どうぞ、ゆっくりご覧になって下さいね」
そう言ってオバサンは頭をさするオッサン二人の首根っこを掴んでギャーギャー言いながら引きずって行った。
ぶふぅ!
先生が噴いた。私たちもそれにつられてお店の入り口にたまったまま大笑いしてしまった。
「は~、おかしい。え~と、女将さーん?」
呼びかけに元気にはいはーいと返事をしたさっきのオバサンがパタパタと売り場に顔を出した。
「騒いでしまってごめんなさい。彼は私たちを案内してくれただけなの。あまり怒らないであげて? ぶふっ!」
つい噴き出してしまった私に呆気にとられた女将さんは苦笑した。
「あの人とうちの夫、会えば言い合いになるのは昔からなのよ。びっくりしたでしょ、ごめんなさいねぇ。まあ見世物だと思ってちょうだいな」
なんてサービスだ! 得したと言ったらオバサンは目を丸くした後に今度は声を出して笑った。いい笑顔。どれ、じっくり見ますかね~。
メインはどうやら手編み物のよう。レース編みの壁飾りや花瓶敷き、花の形にした髪止めやブローチ、お高いとレースの手袋もある。すげー! ドロードラングではまだレース作りは余裕がない。そうか、服専用じゃなくて小物系でもいいのか~。可愛いなぁ。
触ってもいいと女将さんにOKをもらい手に取ると、触り心地が柔らかい。
ジアク領って綿産業が主流だっけ?とアンディに聞いたら、先に女将さんが作業場で余った糸を捨て値で買い取って作っていると教えてくれた。
「娘のいる家はどうにか可愛らしいものを着けてあげたくなるからねぇ。もともとは各家庭の余り物で作っていたのが始まりでね、この店の商品は街の母親たちの手作りなのよ」
だから余った糸か。
「けっこう可愛いでしょう? お金を出すから作って欲しいって人もいてね、こうしてお土産用に店に置くことにしたのさ。まあ綿糸だからすぐへたれるし、余り糸はわりと多いし、主婦は小遣い稼ぎができるしで、今のところは上手く回ってるよ」
なるほど。小さくやってるから利益も出るって、いい見本だわ。
「何より、息子しかいない家の母親たちが楽しいって作ってくれてるの」
なるほど! そういうのも大事だよね!
同じ形の花でも、糸の太さが違うと雰囲気が違う。毛糸もあったり、麻もある。麻は髪飾りよりも小物入れだったり、壁飾りだったりだけど可愛い。
ずっと、何代もの母親がその娘に贈ってきたもの。少しずつ形は変わっただろうけど、その行為は今も継がれている。
「いいですね」
女将さんを見上げると、彼女はにっこりと笑った。
「ふふっ。うちも息子しかいなくてね。誰かに作りたくてしょうがなかったのさ」
いいね~!
女将さんと握手を交わし、また他の商品を見ていたら、黒いレース編みのリボンと、同じ模様の深緑色のリボンがあった。
ふとアンディを見ると、男たちだけで何かを見ている。
レシィと私でお揃いにすれば、アンディもお揃いできる?
・・・いやお揃いって!いやいやいやいや!・・・でも、うーん可愛いなぁコレ・・・黒なら男でも、あ!これならタイのリボン用にしてもいいんじゃなかろうか?真っ直ぐになるようにって難しいかな? うーん、店の基本が女の子用だから女将さんに聞いてみてだな。特注になっちゃう?
「姉上は何を見てるんですか?」
いつの間にかサリオンが私を見上げていた。あれ?男子は向こうに集まってなかった?終わり?
「あ、黒いリボン。兄上にあげるのですか?」
なぜバレた!? え?今私リボンを見てなかったよね!? え?実は見てた!? 無意識に見ちゃってた!? 恥ずかしい!! てかパニクってないでレシィにお土産って言い訳を、いや言い訳でもないんだけどっ!
「僕に? 嬉しいなぁ、どれを?」
アンディも来ちゃった! 何か恥ずかしいんだけどっ!
サリオンが指さしたリボンをアンディが見る。
「いいね。ああ、色違いもあるからお揃いにしようよ」
おおおお揃いで良いですか!
そう言った後、アンディが私をじっと見つめてきた。なになに?え?さっき食べた何かが付いてる?
「お嬢の目って光の加減で緑が混ざるんだよね。僕はこっちの深緑にしよう。だからお嬢は黒いリボンね」
え?緑?そうなの? そして何でアンディが深緑?逆でしょ?
「黒は僕の色だから、着けてね?」
ぐはあぁっ!! だから色気増しで微笑まないでぇぇぇっ!?
「おぉ、どこでも容赦ねぇなアンディ・・・」
感心したようなマークの声が聞こえた。
「アンドレ、アンディさんはやりますね・・・意外です」
これまた感心する先生に、最近の通常ですとラミエリ君とムスチス君が説明。飾らない事も大事だと思わされましたとしみじみ付け足した。
「へぇ?・・・いい男だね?」
女将さんまで参加!
そうですよ!たまにブッこんで来るのが大変なだけで、とてもいい男なのです! ちくしょー!?
そして、私が真っ赤にオタオタしてる間にアンディはリボンの会計を済ませ、さっさと自分の髪に結び、私のはルルーがササッとやってくれた。
止める間もない!? いやいいけども!
・・・お揃い・・・
アンディがにこにこしてるので、つられて、へらりとしてしまった。好きな人が嬉しそうににこにこしてたら勝てない。無理。
ドレスの色を合わせた事はあったけど、小物のお揃いはまた違う。お互いの色って、こそばゆい・・・
「あらあら、可愛いねぇ」
女将さんが微笑ましそうに言うと、ルルーやヒューイがそうなんですと乗っかった。
ああああ!恥ずかしい! レシィやミシルにも何か買おう!そうしよう!
先生も姪っ子ちゃんたちにたくさん買い、私も何点か購入。そして、こういう時のために持ち歩いているスパイダーシルクを出して、女将さんに太めのリボンをお願いした。もちろん試作として、まず出来上がるか、完成までの日数などをみて、お店の仕事として成り立つかどうか教えてもらうことに。出来上がりはギルド経由で連絡をもらうことにしてお店を出た。
私が最後に出て店のドアが閉まった時、頭上を何かが翳った。
誰かに手を引かれ、私がさっきまで立ってた場所に剣が刺さった。その剣を手にしてるのは全身をボロ布で覆った人。ボロ布は頭にまで巻かれ顔が分からない。
周囲を確認すれば、アンディはお付き二人と先生に庇われ、サリオンにはダンとヒューイと白虎が付いてる。私を引いたのはマークで、もう不審者に飛び掛かり、ルルーは鞭を出して私を庇いながら周囲を睨んでいる。
「半径百メートルに魔法使いはいない!」
アンディが叫ぶ。探知魔法の展開が速い。
マークと不審者の剣のぶつかり合う音が途切れない。強い。
「向かいの屋根からもう一人!」
ヒューイの注意にそちらを見れば、両手に短刀を持つボロ布不審者が飛び降りてきた。
ラミエリ君とムスチス君が出て剣をふるう。
この隙にアンディは先生と、私はルルーと共にサリオンに寄る。
「何か飛んで来ます!」
またもヒューイが叫んだ瞬間、流れる水の壁が私たちを囲んだ。アンディだ。私は魔法を使っていないしサリオンはまだここまでできない。壁に阻まれ勢いがなくなった矢が一本ぽたりと落ちる。
ぴゅ、ピュ、と水壁から鏃が顔を出してはぽたりと落ちていく。・・・十二本で止まった。
この間も水壁の外では剣のぶつかる音が途切れない。マークが手こずるなんて結構な腕だ。二人目の方もラミエリ君とムスチス君の二人がかりなのにまだ決着がつかない。矢を射ってきたのも合わせて敵は三人。
「上!来ます!」
ヒューイが上を見て叫ぶと、水壁を飛び越えて不審者がまた現れた。三人目はナイフを一本だ。
「お嬢様、私が」
ルルーが前に出ると同時に鞭が不審者のナイフを弾いた。抱いたサリオンの肩がほっとした瞬間に不審者は二本目のナイフを取り出す。
「私も、」
「駄目よ先生、連携の取れない仲間は邪魔だわ」
一歩踏み出した先生が止まる。
《姉上、大きくなるか?》
白虎が見上げて聞いてきた。
「備えて。正体をさらすのは最後の手段よ。サリオンは任せる」
《うむ!》
「逃げる時は姉上たちも!」
サリオンが私の服を掴む。
「最後の手段よ。もちろん逃げる時は全員一緒よ」
にこっと笑うとサリオンもにこりと頷く。うん。
「おお恐ぇ。お嬢のその顔が出るなら事態はまだ余裕だよサリオン。ただし逃げる時のために気をゆるめるなよ」
おいダン、どういう意味だ!