50話 見学です。
「収穫期だから武闘会には出ない」
ということで、今まで秋に行われるアーライル国での武闘会には出た事がなかったのだけど、学園の夏休み中に開催される隣国イズリールのジアク領武闘会を見に来てみた。
猪ジャーキーを安くしたら席を用意してもらえた。ラッキー!
ちなみにこの武闘会うんぬんはタイトより。農業班長ニックさんよりも眼光鋭く言われたのでちょっとビビった。そんなに農業に入れ込んでるとは思ってなかったよ。ニックさんはタイトのその様子に苦笑してたけど。
正直そんなに期待しないでジアク領に来たけど、お祭り気分は盛り上がるもの。街に人が集まると楽しくなってくる。
私たちはギルドに隣接する特訓場に設置された来賓席にいる。アーライルの武闘会場や学園の練習場よりも小さいけども、その分周りに観客席がしっかりとあり、このお祭りがしやすそうだ。
いいね、こういうコロシアム式観客席は竹と木とで造られている。ドロードラングにも作ろうかな~。議題議題~。
ここを使い慣れただろう参加者が、受付をすませ会場に続々と並んでいく。
結構いるんだな~と眺めていたら、ジアク領のギルド長が今日も安定の山賊のような装いで現れた。
「やあやあ!上級回復役がいるから今日は真剣でやるか?ガッハッハ!」
「えー? 高いですよ?」
「じゃあやめとくわ。嬢ちゃんが高いって言った時は洒落にならんからなぁ。猪ジャーキーもだいぶ安くしてもらったし、まあ、ゆっくりしていってくれや」
よし!これで今日はただの客~。
お付きのマーク、ルルー、ぬいぐるみ亀様に、弟サリオン、そのお付きのダン、ヒューイ。アンディにお付きのロナック・ラミエリ君、モーガン・ムスチス君、そして仔猫サイズの白虎という若い?メンバー編成です。
・・・仔猫サイズの白虎。
ふ、ふふ、ふはははは。朱雀の時の暴走の罰として白虎の魔力調整特訓をやってやったぜ!
もちろん本人?もいずれはやるつもりではいたようなので合意なり。繰り返す。合意ナリ!
亀様たちも手伝ってくれたけど、止めなかったから合意の範疇だと思ってる。
白虎がいつまでサリオンのそばにいてくれるか分からないけど、うっかり暴走されたら本気で困る。毛を毟るより特訓するって白虎自身が言ったから。合意ナリ。
おかげでハリセンを見ると大人しくなり、そして自在に自分でサイズを変えられるようになりました!
仔猫になると可愛いんだよね~! 子供たちも毎日白虎を抱き上げる事ができて白虎もそれを喜んでいる。
ちなみに、シロウとクロウは白虎的にはそのままでいいらしい。
《姉上の従魔でもあるしな。白狼と黒狼はまだそのままでいいのだ!》
ありがたい。
そんな二頭は本日はお留守番。通常の仕事の他に新たな合宿メンバーの見守りもお願いしてある。まあ今回もメインは魔法科劣等生なので無茶をしようとする子はいないけど。安全面ね。
やっぱり二頭いる方が助かる。そして見てカッコいいし!
今年はアンディのお付き君たちも手伝いとして合宿に参加。なんでも、私の人使いの荒さを知った方がいいとルイスさんから提案があったそうだ。いずれ夫婦になるのだから今からそれに慣れておいてもいいだろうと。
・・・うん。誰もフォローしてくれなかったのでこうなってんだけど・・・そんなに荒いかなぁ? なんだかんだしてきたのは認めるけど、皆だってそれらをこなしてきたわけよ。
ってことは、私が荒いとは限らないンでないの?
大きな物は急いだけど、欲しいと思ったものはだいたいは造り終えてるし、これからは荒い事はないはず。・・・はず。
「ドロードラング伯、挨拶が遅くなってすまない」
ジアク領当主が奥さんと息子さんとともにやって来た。私たちも全員で立って迎える。アンディが王子というのは今回は伏せる事に。当主夫妻とギルド長しか知らない。だって王子が来るような大会じゃないから。ただでさえ九席も確保させているし、さらに厳重な警備がついたら観戦どころじゃなくなる。私たちも観光客も。
・・・こんだけお付きを連れてきてる私、どんだけ重要人物だよとセルフツッコミ。
私とサリオンはこういう挨拶もあるのでドロードラング当主と弟らしく見える格好で、アンディたちは従者&侍女服。大会が終わったら着替えて街を見るんだ。実はゆっくり見た事なかったからね~。
「いいえ。こちらこそ良い席をご用意いただきましてありがとうございます。初めまして奥様、ドロードラング領当主サレスティア・ドロードラングと申します。こちらは弟のサリオンです。奥様のお兄様にもジャーキー製造法を高くご購入いただき、誠にありがとうございます」
イズリール国での猪ジャーキーの産業化の言い出しっぺは奥さんのお兄さんだった。正式な要請の使者としてジアク領当主と共にお兄さん自らドロードラング領まで来たのだ。まぁあ、びっくりした。フットワークが軽い貴族って意外といるのね・・・
奥さんとは初めましてなので挨拶。息子さんは5才くらいかな?挨拶する姿が可愛い。
「微力ながら私も参加することになりましたので、これからが楽しみです」
にっこりと微笑む奥さん。・・・あ・・・見たことあるよ、こう笑う人。・・・これだから酒呑みは・・・いいお客さんです! これでジャーキーに地域色が出るぞ~!
開会式が始まってギルド長の挨拶の時。
「あれ、テオ先生?」
参加者の中に財務の若手でありながらアンディの家庭教師もつとめるエリザベス姫の想い人、テオドール・トゥラントゥール先生がいた。
え?参加するの?
文官のイメージしかなかったので、いかつい冒険者たちの中にいるとその細さが際立って、立ってるだけで押し潰されそうに見える。
思わずあたふたとしてしまい、その動きに気づいたのかテオ先生は私たちを見つけ、目を見開くとちょっと笑った。
開会式が終わったら席を立ってもいいけれど、私は一応来賓なので動けない。発表されたトーナメント表にあるテオ先生の出番は真ん中くらい。出場者控え室で呼び出してもらえば出場者との会話はできるらしいので、ちょっと話すくらいの時間はあるだろう。
アンディが行って来るねと、お付き君たちとマークを連れて行った。
「姉上。先ほどの方はどちら様ですか?」
サリオンが小さく聞いてきた。
「アンディの家庭教師をつとめる財務職員のテオドール・トゥラントゥール様よ」
「兄上の家庭教師・・・トゥラントゥール、は・・・確か子爵領ですよね。牧畜の盛んな」
そうよ~! いやぁ、うちの子勤勉だわぁ! 隣のアイス先輩様のモーズレイ領も牧畜が盛んなのですよね、なんて、ほんのちょっぴり得意気なのがまた可愛い。
うっすらピンクなほっぺ可愛いわぁ・・・
「お嬢、あんまりサリオンを照れさせないでくれよ。誘拐される」
ダンが呆れたように言う。
イカン!! うちの可愛いサリオンを誘拐だなんて、いや、うちの子の誰を拐っても、地の果てまでも追いかけて追いかけて絶対に追いかけて・・・ソノイノチナイトオォォ・・・
「お嬢!恐いって!やめて!」
はっ。ダンの声に我に返るとヒューイの顔が若干青い。ごめん!
「お嬢がビビらせてどうすんだよ~。別に褒めるなって言ってないよ、外ではほどほどにしてくれってことだから」
苦笑しながら言うダンにヒューイも小さく笑った。
「はあ~、おっかないお嬢、久しぶりに見ました・・・ふふっ」
「ダンの言う事も一理ですね。お気をつけ下さいませお嬢様」
ヒィィィ! お願い!背後から冷静に言わないでルルー! カシーナさんに似なくていいんだよーーっ!?
一人でわたわたとしながら皆に呆れられつついると、アンディたちがもう戻って来た。
「おかえり~、会えた?」
「ただいま戻りました。テオ先生は腕試しのために出場されたのだそうです」
アンディはお付きの真似がスマートだなぁ。どこぞの国王と元学園長に見せてやりたい。これが御忍びだと!
にしても、腕試し?
「牧畜の盛んな地域なので体力には普通に自信はあるそうです。そういえば前に多くの書類を抱えて歩いている姿を見たことがありますが、テオ先生だけはフラつかずに歩いていましたよ」
へ~。あのラトルジン侯爵の仕事ぶりだ。一度に運ばされる資料も大量なのだろう。
「でも、体幹が良くたって強くないでしょう?」
「だから腕試しだそうです」
無理そうならすぐ棄権するそうですと、アンディはすぐに続けた。
それなら心配も半減するけど・・・
アンディが耳元まで近づいて囁いた。ん?
「そんなに先生が気になる?」
はっ!?何でそうなる!? 近いっ!
「だだだだだって姫の想い人だし、他の出場者たちは三回りくらい先生より大きいじゃない? 知り合いが目の前で怪我したら嫌だなと思うわけ・・・」
こそこそっと高速で説明したそれを聞いて離れるアンディ。
「そうなったら僕もいますし、まあ・・・姫にバレた時には怒られるくらいじゃないでしょうか・・・?」
それが一番恐いっての!?
笑ってるからには一緒に怒られてちょうだいよ!
そんなこんなで若干ビクビクしながら試合を観戦。力自慢のぶつかり合いあり、技巧対決あり、一試合一試合見所あるものばかり。うちの狩猟班だってすごいけど、やっぱり冒険者もすごいんだわ~。
そうして手に汗握り、とうとうテオ先生の出番が。武器は身長と同じ位の長さの棒。相手は片手剣を持ったこれまたゴツいデカイ人。観客やら出場者から応援されているのでベテランなのだろう。
開始の合図と同時にゴツい人は剣をテオ先生に振り下ろす。一歩が速い。
が、先生は棒で剣をいなし、二歩ほど下がっただけ。
「お?」
マークが声を出した。ゴツい人もちょっと驚いたよう。私はホッとしたけど、テオ先生が棒を何度も持ち変えてさらに首をかしげているのを見て血の気が引いた。
「棒の扱いに慣れてなさそう・・・?」
だよねアンディ止めた方がいいんじゃないの!?
ゴツい人もそう思ったのだろう、にやりとし、先生にガンガン攻めこんだ。それを先生は避けたり棒で弾いたりするが、体重の差かヨロヨロする姿に見てるこっちは胃に穴が開きそうだ。
ぎゃああっ!今髪の毛「チッ」ってなったよ!?
「へぇ、テオ先生やるなぁ」
感心するマークにアンディやお付き君たちが同意する。いやいやギリギリでしょ!? 早く参ったして先生~~!
と、棒が弾かれ飛んでった。先生の武器がなくなった。にやりとする相手。
ああっ!と思った瞬間。
先生はそのまま踏み込み、相手が怯んだところを真下から顎に掌底、相手が軽い脳震盪をおこした隙に剣を手刀で叩き落とし、そのまま後ろ手に捻りあげ膝裏を蹴ってひざまずかせ、背後から腕で首を締めてゴツい人を落とした。
・・・は?
審判がゴツい人の気絶を確認して、先生の勝利を宣言。
大歓声。
アンディたちが凄い凄いと騒いでいる中、私だけがポカンとしてる。
「姉上!兄上の先生はスゴいですね!」
・・・・・・ほんとだねぇ・・・