続49話 平和です。<外面>
「うわあぁあっ!」
悲鳴とともに若手騎士団員が一人、宙に舞う。このままでは地面に叩き付けられ重傷になりうるとギャラリーから息を飲む音がした瞬間、その落下点にマークが入った。
「よいしょおっ!」
かけ声と同時に若手騎士を受け止める。マークが大丈夫か?と声をかけても、彼は蒼白な顔でマークを見つめるだけだ。
「タイトぉッ! せめて受け身を取れる程度に放り投げろよっ!」
「はぁ? ドロードラング式でいいって言ったのはそいつだろ? その高さで受け身を取れないとか、ふざけてんのか」
「ドロードラング外の一般騎士っ!」
「知らねぇわ」
「外面付けろーーっ!」
「お前こそ、外面が厚くなって腕が落ちたんじゃねぇのか? マークさん?」
ぴしりと音がすると、マークはゆっくりと若手騎士を下ろした。
・・・あ~あ。
「ほぅほぅ・・・お前の方こそこんな加減もできねぇとはな。農作業でだいぶ鈍ったようだな、タイトくん?」
ゆっくりとタイトに近づくマーク。それに合わせてかタイトも、ぁあん!?とマークに近づく。
それをハラハラと見守る若手騎士団員たち。アイス先輩たちよりも二、三年先輩団員なので知った顔もいない。
ちなみに今日は平日だけど休みをもらった。エンプツィー様には亀様と青龍に付いてもらっている。四神が二体もくっついてればさすがに逃げられないとは思うけど。もしもの時は連絡が来る。
さて。
「・・・何であの二人は素直に手合わせをできないのかしら?」
「いやぁ、思いきりやり合いたい時は闘争心を煽らないと」
私の疑問に答えたのはコムジ。義手腕を組んでニヤニヤと二人を見てる。ふーん、そんなモンですかね~。どーせ引き分けになるのにね~。
「じゃあ今日のところは俺が指導に回っていいですかね?」
マークとタイトの手合わせを最後まで見ないのか、コムジが後ろを振り返り、やっぱり呆然としたままの騎士団員たちを見ながら聞いてきた。
「時間は決まっているからやってくれるならお願いするわ。皆さん仕事もあるからね」
王都騎士団では素手での訓練も力を入れる事になった。
アイス屋前の連日行われる対決を見た騎士団員が、素手の対処の方が騒ぎが早く収まるようだとハーメルス団長に言ったらしい。
そりゃあ、武器を使った大立回りより、素早く懐に入って急所一撃の方が埃が立たないもの。
・・・分かってる。私がこう当たり前のように語ってしまう程には普通は簡単にはできない。・・・うちの人たちおかしいよね?
そのおかしさをアップさせたのはコムジ。
セン・リュ・ウル国の僧院、その武門一派のお許しをいただいて、ドロードラング領でもがっつりと習わせてもらった結果がコレ。
女子向け護身だったけど、まー、手合わせ大好き連中だし、シン爺ちゃんはしょっちゅう遊びに来るし、それを追っかけてギンさんも来るしで、二人にもなんだかんだで直に教えてもらった結果コレ。
コムジは、教会を飛び出すまでは弟分たちを指導できてはいたらしい。それでもコムジの足りない所をギンさんがドロードラング領にて指導。そしていつの間にかうちの連中がまざっているという状況に。
ちなみにシン爺ちゃんとの追いかけっこが一番不評。クラウス以外まだ誰も逃げ切った人はいない。そして毎度死屍累々な光景が。
・・・鬼ごっこって、全力でやっちゃいけないんだね・・・
しかし許可をもらっておいてホント良かった! そういうのが細かい所はギンさんが怒られちゃうからね~。
ギンさん、見た目はどんとデカイからおっかないけど、穏やかな紳士だからね~。あのシン爺ちゃんをマメに追っかけてくるくらいだから、本当に人が良いのだ。
でまあ、「アーライルの騎士団までは面倒見られんがコムジとタイトが教えるのは構わんよ」とシン爺ちゃんの太鼓判があり、出張講師決定。ニックさん、ルイスさん、ラージスさんもOK出たけど「出張は若い奴の仕事」と拒否られた。
「振りまく理由もねぇ奴らにまで愛想なんか湧くかぁっ!」
「今日の連中は俺らより若いんだよ! 年下にも礼儀をはらえっつーの!」
「ヘラヘラしながら、イイッすよ~なんて言う奴には鉄拳制裁しかねぇわっ!」
「それはしょうがねぇけど! 緊張させ過ぎると怪我が増えるだろうってのっ!」
残像がケンカしてる・・・いや、ケンカする残像か?
「真面目に取り組んでくれればアレくらいにはなります。どんな状況でも護衛対象を守るのを目指してやっていきますねー」
コムジののほほんとした説明が聞こえているのか、若手騎士たちはマークとタイトを見たままだ。
そろそろ二人を止めようかな。皆気になって練習できないんじゃない?
「では私が」
え、ルルーがやるの? え!?ルルーがやるのっ!?
「ちょっ、まっ!」
って何も言えないうちに、ルルーの鞭はマークとタイトを地面に沈めたのだった・・・チャンチャン。
・・・若手騎士たちのトラウマになりませんように・・・
「ふわあ・・・」
レシィが中腰で鍛練場を覗く。
「タイト、また強くなった?」
こちらを振り返った顔はキラキラしてる。
可愛いね~。
「こんな遠くからじゃなくて、もっと近くで見ればいいのに」
「騎士団の練習なんて見学したことないのに、今日行ったらバレちゃう!」
真っ赤になっても小声で言い訳するレシィ。
ここ三階の窓だから小声にしなくても鍛練場の連中には聞こえないと思うけどなぁ。
さっきからその鍛練場からは悲鳴しか聞こえないのは気のせいとして。
「だから、私が下にいるうちに来れば良かったのに」
「・・・顔に出ちゃうと思って・・・」
かーわーいーいーっ!!
レシィも10才か~。まだ私より小さいのに大人びてるなぁ。
つーか、いまだにタイトがいいのか・・・何故なんだあんなに雑なのに。
レシィが領に来た時だって、領の子供たちと全く同じ扱いだ。恋人がいるのかは分からないけど(そこまでは把握しない!)、娼館には行っているようなので普通の男ではある。たぶん。
顔はまあ、興行ではわりと人気者だ。黒い服を着せるとシュッとして見えるからだろう。
よく働くってのはレシィのポイントは入るのだろうか?
領主からはそれだけで満点だけど。
レシィの相手としてはやっぱり応援しにくい。平民だし、騎士になれる実力はあるだろうにやる気が無い。
今のところレシィを特に大事にしてる素振りもない。
レシィがただの貴族ならなぁ。
そういう意味でも応援しにくい。
「いいの。タイトは大人だし、私は子供だから」
・・・10才って大人びてるなぁ。
私が10才の時って何してたっけ?と思いながらレシィを微笑ましく見ていたら『お嬢!そこのチビ連れて来い!』とタイトから通信が。
バレてた。
他の人には分からない程度に挙動不審なレシィを連れて再び鍛練場へ行くと、若手騎士たちはみんなもれなく這いつくばっていた。
タイト、マーク、コムジがレシィに礼をする。おお、ちゃんと外面が付いてる。よしよし。
「加減しなさいよ」
「教わろうという態度がどういうモンか、そこから教えたんです」
ジト目の私にシレッと答えるタイト。マークとコムジは肩を竦める。まあ、元盗賊たちもうちに来た当初はニックさんの指導でこんな風になってたけども。
「おう!派手にやってくれたなぁ!」
がははと現れたハーメルス騎士団長に礼をする。
レシィに気付いた団長が礼をとり、レシィが返す。そしてタイトたちに向かう団長。
「どうだった、うちの若手は?」
団長が現れた事で騎士たちが起き上がりはじめる。が、ほとんどが立つことができない。
「全然駄目です」
タイトが憮然と言い切った。団長が厳しいなと苦笑する。
「体は人並みに動くようですが、誰の為に自分等が存在するのか分かってないようですよ。どう教育されてるんです?」
「そんな初歩からか!」
団長が素直に驚いた。
「団長が現れる前に姫がいらっしゃいましたが誰も起き上がりませんでしたよ。うちのお嬢しか喋っていませんでしたが、増えた気配を確認もしないとは話になりません」
若手騎士たちが青ざめる。レシィの顔を知らないはずはないので、今この場にいる中での最重要人物は一目瞭然だ。
「練習時だからと、姫の守りになろうとしない騎士など話にならない」
冷めた目で団長を見るタイト。その態度はアウトだけど、言っていることは正論だ。レシィを見て立ち上がれないなら、国王が現れたってできない。上司しか意識していないなんて有事の際にも動けない可能性が高い。
王族を守れない事は騎士として不名誉極まりない。
「お前らが見栄を張るべき者は団長じゃない。王族方であり広くは一般国民だ。剣を持てない状況だろうが盾にはなれ。己が国の守りの一つであるということをまず自覚しろ」
タイトの言葉で第一回若手騎士訓練は終了した。