続46話 朱雀です。<黒鳥>
私が振りかぶったと同時に黒い鳥が嘴を開き、黒い炎を噴いた。
やば!振り抜くタイミングが合わない!
「お嬢!!」
アンディから浄化魔法が届いた。その光が黒い炎が触れる寸前にふわりと私を包む。
よし落ち着いた。・・・大丈夫、踏ん張って狙い定めて振り抜くよ!
黒い炎が髪の毛を焼く。皮膚もさっきの比じゃないくらいに熱い、痛い。空気が熱い。食いしばった歯のすき間から入った熱がのどを焼く。
それでもアンディの浄化は効いている。微かに浄化される光が見える。
オオ゛オ゛オおお゛オオオ゛ぉぉお゛ォ・・・
哭いている、哭いている。そして正気に還った心が泣いている。
何故助けてなぜ俺が助けてどうして私あの子を助けてなぜお前は助けて誰かオレガタスケテワタシナゼナゼオレワタシ・・・
冷えていく、心が冷えていく。
それを留めようとするのか涙が頬を伝うけど、その熱は足りない。それは全然足りない。
炎に焼かれながら心は凍えていく。
不条理。
恐ろしい程の量の想い。
・・・どれだけ。
・・・この何割がドロードラングに関わったもの?
私が助けられたのは、本当に両腕に抱えられるだけの人数だった事に愕然とする。
ごめん。私一人じゃあなたたちを助ける事はできない。
ごめん。こんなになるまで放ってしまって。
・・・だから、全員助けられるようにたくさん仲間を連れて来たよ。
「お嬢っ!!」
必死に叫ぶアンディたちにニヤリとしてみせる。
重い。黒い炎が重い。だけど、動ける。・・・こんなの、
「・・・こんなの、カシーナさんの吹雪に比べりゃあ、秋の風くらいの爽やかさしかないわあああっ!!」
ハリセンを振り抜いた。今期一番の速さ!と思ったのに吹っ飛んだ黒い炎は三分の一。それでもその分の圧が消えたので、楽!
振り抜いた勢いのままクルリとしてまた構え、
「親方たちの、目から星が飛んで絶対にたんこぶができる拳骨に比べりゃあ、両足で踏ん張れる圧なんぞ何ぼのモンじゃあああいっ!!」
またも最高の振り! 残るは髑髏鳥!
【 何故じゃぁ 朱雀を吸収した朕の力がぁ 効かんというのかぁ 】
効いたわボケぇ・・・お陰で服も髪も肌もボロボロだよコノヤロウ。まあそれをご丁寧に教えてやる義理は無い。ホームラン予告のようにハリセンを髑髏鳥に突き出す。
「浄化が効いてんのよ。感じないの? さっき吹っ飛ばした黒い炎は浄化の光に焼かれたわよ」
ハスブナル国をドーム型に覆う浄化の光。こんな毒々しい奴を相手にするのにこんなにも頼もしいものがあるだろうか。
ミシルも怒っているのだろう。ドーム天井に当たった黒い炎の浄化速度がハンパない。
・・・後で倒れないといいけど。
【 そんなものォ 微々たるものだぁ 朕の力はァ こんなものではないぃ 大陸の覇者となるものだぁ! 】
髑髏鳥がまた向かって来た。開いた嘴には牙がびっしりとあった。背中がぞわりとする。今度は噛み砕こうってか。
巨大ハリセンが金に光る。
「そうね、あんたの力は国王としては確かなものだったわね。自国をこんなにさせたんだから」
どんだけ巨大な姿で威嚇しようと、私の後ろをあんたに晒しはしない。
「だけどそれは勘違い」
私の後ろには、私の命の限りに守るものがある。
「あんたは大陸の覇者にはなれっこないっ!!」
よくよく狙いを定めてハリセンを振る。おりゃぁあああっ!!
バゴオオォォォオオオンン!!
ゴオッと唸るハリセンが髑髏鳥を捉えた。
盛大な音はしたけど力は拮抗していて、お互いの動きが止まるだけ。
いや。
髑髏鳥から微かに黒い霧が抜けていく。
そして、私の足が地面にめり込んでいく。
ぐっ、また、足がはち切れそう・・・
【 くはっはっはぁ お前さえぇ 消えればぁ 後はどうとでもなるぅ 死ねえええェ! 】
・・・はあ?・・・何言ってんの?
「・・・あんたが、相手してるのは、私じゃない・・・」
グェエエ!グエエッ!と髑髏鳥が鳴く。嗤っている?
怒りがさらにふつふつと湧く。私さえ消えればどうとでもなる?
・・・馬鹿言え!
「・・・あんたの相手をしてんのは・・・私たちだあああっ!!」
《ふ・・・ サレスティア、助力する》
地面にめり込んだ足から私の体を亀様の魔力がさらに駆け抜ける。それは私に力を与え、魔力の底上げをしてくれる。
ハリセンが青い炎に包まれた。
【 何ィ!? 】
ぐぐぐっと髑髏鳥を押す手応え。ッシャアッ!このまま、
「行っけえええええっ!!」
振り抜いた。
グエエエェェッッ!!
空へ吹っ飛んだ髑髏鳥が浄化ドームに触れると、感電したようにバリバリと鳴り、叫びを上げながらじりじりと小さくなっていく。
バランスを崩して仰向けに倒れこんだ私は、それを見つめた。
【 朕が こんなァ こんなところでぇ 】
・・・くっ、あいつまだ動けるのか。
じたばたとする姿がだんだんと鳥の形を崩していく。だけどまだ動いている。
「お嬢!」「お嬢っ!」「お嬢様!」
三人ともちょっと煤けてるけど怪我は無さそう。アンディは私を抱き起こし覗きこみながら治癒魔法をかけてくれる。マークとクラウスはめり込んだ両足を丁寧に引き抜いてくれた。
「みんな、油断、しないで、」
治癒をかけられてもまだヘロヘロだ。うまく口が動かない。
「大丈夫、しない」
アンディが微笑む隣でクラウスとマークが空と周辺を警戒している。
【 朕はァ 終わらぬゥ 】
髑髏顔がこちらを見た。ぐぐぐっと浄化の光から抜け出そうとして、さらにバリバリと音が鳴る。
「来ますよ」
クラウスが言いきりマークが構えた瞬間、半分にちぎれた髑髏顔が迫って来た。アンディが浄化魔法を唱える、間に合うか?
速い。
私はまだ立てない。亀様ガードで大丈夫だろうけど、素直に受けてられるか。横たわったまま防護魔法を唱える。くっ、間に合うか?
【 ふはははァ お前の力をォ 貰うぅ! 】
赤い目が光る。口が開く。私らを呑み込もうと迫ってくる。
アンディの服をぎゅっと掴んだ。
間に合え!!
スッと私たちの間に人影が見えた。
スケボーに乗った二人。
「何してんの!?」
「村長さんが連れてけって言うもんで」
停止したスケボーからヤンさんだけが飛び降りる。残った村長は髑髏に向かって両手を広げた。
「ドロードラングさん!ヤン君!ここまでありがとうございました! あれが朱雀を取り込んだ姿だと言うなら俺が迎えに来ないと」
「村長!待って!そんなの朱雀じゃないよ!やめて!」
皆で呼んでも村長は振り向かない。
「でもあの中にあいつを感じるんです。ならやっぱり、あいつですから」
髑髏顔が村長を呑み込んだ。
瞬間。
髑髏顔が紅い炎に包まれた。
【 ギャアアアぁぁああアああッッ!! 】
あの火の玉よりも紅い炎がゴゥンごぅんという音を立てて踊る。
炎が動く度に髑髏顔が削れていく。
何これ・・・?
【 ぁぁぁァァァ・・・ 】
髑髏顔がどんどん小さくなっていく。
そして炎の中に、二人分の人影が。
《人の国がどうなろうと我自身は関わらぬつもりでいたが、シュウを害するならば話は別だ》
声が聞こえると、炎の中で人影が一人分だけ小さくなっていく。
《ハスブナルの王よ、四神の力を人は得られぬ》
【 ぁ ァァ ・・・ 】
《我の焔に焼かれるといい》
そして炎の中は影が一人だけ残り、それを確認したかのように宙に浮いていた炎は地面に降りるとゆっくりと消えた。
そこには火傷痕一つないポカンとした村長が。
私たちと目が合うとハッとし、キョロキョロとしだした。地下への階段を見つけると駆け出す。
え、何? え、何今の?
「アンディお嬢を背負え、クラウスさん先に追います!」
マークがヤンさんと共に村長を追って地下へ向かう。
「・・・今の、もしかして、朱雀だった?」
「みたいだね」
するりと私を背負ったアンディは体勢を整えるとクラウスに先導されて階段を下りた。
うっっ!?血臭が凄い。
思わずアンディの服を握る。クラウスですら階段を下りる速度がゆるんだ。
「大丈夫ですか?」
この先に進めばさらに匂いが酷くなるだろうからか、クラウスが心配する。
「大丈夫よそのために来たんだから。おぶさったままでごめんねアンディ」
「全然。君の見るものを僕も見たいから一緒に行くよ」
クラウスがふと笑い、また進む。
その部屋は何も無かった。
いや、報告通りに朱雀の檻はある。
酸化しただろう黒ずんだ血溜まりに豪奢な椅子が一つある。
壁には三つの黒線、びっしりと文字が描かれている。
檻の前に村長が穏やかな、いとおしそうな顔で檻に向かって座っている。
「こんな所に独りにしてごめんな・・・遅くなった・・・なのに助けてくれてありがとう・・・」
《せっかく戻って来たのだ・・・シュウの話を聞かぬうちに死なせる訳にはいかぬ・・・》
朱雀は本当に小さかった。
雀よりは鳩くらいの大きさに見えた。それでも小さい。
《檻には触れるなよ。人なら死ぬし、魔物なら魔力を盗られて死ぬ》
全く人とはとんでもない物を創る・・・
横たわったままの朱雀は呆れたように呟いた。
村長を見つめたまま。