おまけSS⑥
タグは恋愛です(笑)
真っ赤な顔で気を失ったサレスティアを抱きとめるアンドレイ。
眉間にしわが寄っていない事を確認して、小さくホッと息を吐く。
《一大事か?》
亀様がそっと伺う。
先程のジーンの無礼の時のように、即ドロードラング領民に伝えずアンドレイに確認したことに信頼を感じる。
「ある意味そうなんですけど・・・ちゃんと伝わったかな・・・?」
アンドレイは今、サレスティアが自分の手の中にある喜びと、気を失うまでのサレスティアの不安気な事への悔恨とが渦巻いていた。
婚約者ということにただ安心しきっていた。
確かに特別な関係ではある。
だが。それが役に立たない事を目の前でされた。
怒りのまま殴り付け、殴られて目を覚まし、サレスティアが近づくままに胸が高鳴ったが、騒動が収まった後に見せた彼女の表情に抉られた。
彼女は傷ついていた。
結果として最悪の事ではなかったが、アンドレイと目が合う度にビクリとする事がアンドレイは悔しかった。
それでもサレスティアは一人で消化しようとしている。
こんな時こそ頼られないとは。
アンドレイは力の無さに落ち込んだ。
確かに自分達は若い。何事にしても初心者だ。恋愛だけに限った事ではないだけに解決方法がすぐに思い付かない。
例え、本当に口づけられていたとしても、嫌いと言われるまでは君を全力で想う。
守れる距離にいて守れなかった僕のせいで君が傷つく事はないんだ。
こんなに愛しいと思う日が来るとは想像もしていなかったアンドレイは、サレスティアの額にかかる前髪をそっと手ですいた。
《・・・目を回しはしたが笑っている。アンドレイ、良くやった》
亀様の声音は畏れおおくもホッとする。
「僕の事では不安にさせたくありません」
《ふふ》
亀様のお墨付きをもらえてほんの少し安心する。ほんの少し。
目覚めたサレスティアの様子を見なければ真の安心はない。
無防備なサレスティアをこれからも近くで見つめたい。
「・・・可愛いなぁ」
「そうか?」
背後からヤンの声が掛かった。気配は感じていたので驚きはない。
「ヤンさんありがとうございました。どうにか信用してもらえたみたいです。あと、お嬢はどんな顔でも可愛いです」
アンドレイのきりっとした言い切りに、ヤンは顔をそむけて口を片手で覆う。
「くっ・・・お嬢馬鹿はクラウスさんかカシーナかと思ってたらお前の方が酷いな。ははっ」
「褒め言葉です」
言葉は雑だが態度は柔らかい。何だかんだとドロードラング領民からのアンドレイへの信頼は絶大だ。
だからニックは大人しく牢に入っている。
そして、アンドレイのドロードラング領民への信頼も絶大である。
アンドレイはこの状況をどうしたらよいか、まずはお付き達に聞いた。アンドレイとさして変わらぬ年齢の彼らは、申し訳なさそうに分からないと正直に答えた。サレスティアが彼らの知る令嬢の枠から大きく外れている事も原因だった。
困ったアンドレイはそこに丁度現れたヤンに即相談した。
「お嬢のあの様子なら上手くいったと思うわ。ま、あんまり押しすぎても逆効果になりそうだから少しは抑えろよ?」
「はい。気をつけます」
愛を囁きながら左手に口づける。
ヤンがそれでダジルイをオトしたとの説明に、それしか無いとアンドレイは迷わず実践することに決めた。
本当は口づけをしたい。
サレスティアからの自分への好意は、以前よりずっと強く感じるようになった。
だけど。
口づけに近い事をしたのに、その事からジーンとの事はそれほど気にしてはいないのかと安心した時にビクリとされたのだ。
自分が安心したいからと、サレスティアに迫る事は躊躇われた。
アンドレイは加減が分からなかった。
だが失敗できない重圧があった。
手に
ヤンの案は福音だと思った。
―――アンディって呼ぶね!
愛称で呼ばれた時の衝撃。
踏み込まれる事を無意識に許した。
その無意識は、妹のレリィスアにも許さなかったのに。
尊敬する兄姉にも許さなかったのに。
それが王族たる自身の矜持だったのに。
サレスティアのそばは心地好い。
四神付きだろうが、領地第一だろうが、時に誰にでも無礼だろうが、あの路地裏での光は今も陰りがない。
いつから愛しいのか。
遡れば路地裏に辿り着く。
それが違うのは分かっている。あの時は友情すらなかった。
花束は純粋に嬉しかった。
初めてドロードラング領に行った時?
確かに驚きの連続で、あの時に心の壁は弛んだ。
入学祝いに栞を渡した時だろうか。
あの時のサレスティアの嬉しそうな顔は、とても、とても可愛いと思った。
アンドレイへ手を伸ばす仕草、アンドレイが差し出した手へその手を重ねる時のはにかんだ表情、嬉しくて赤くなる時、どれも隣で見ていたい。
誰にも譲りたくない。
奪われたくない。
いつからなどもはや意味は無い。
願わくば、自分の生が終わるまではサレスティアのそばに。
ただその隣に。
アンドレイはサレスティアの寝顔を見ながら願った。
ヤンとダジルイが本当にそうなのかは知りません(笑)