続続45話 出陣です。<悪役>
青龍の頭の辺りに陣取った弓隊は、ヒャッハーッ!と叫びながら前方の魔物を消滅させていく。
その様子に、近衛に守られている国王は遠い目をし、団長は白虎とうずうずしている。
エンプツィー様、学園長以下魔法使いは地下の魔法陣解読に備えてもらうため、弓隊の方に行けないように近衛の何人かに押さえてもらった。
矢が尽きると共に綺麗に青空が見えるようになる頃、ハスブナル国の国境が見えた。そして亀様、白虎&シロクロが打ち合わせの場所へ移動する。
「何、あれ・・・」
前方には地表から黒い霧が発生した風景が。ミシルが思わずと呟いた疑問に、私は答える気が起きなかった。
「何なのあれっ!?」
ミシルが悲鳴じみた声をあげる。
黒い霧は静かに蠢いていた。国と思われる広い範囲を覆いながら。
「どれだけ・・・」
国王の愕然とした震える声が聞こえた。
「こうやって見ると、俺ら無事に帰れて良かったな?」
「全くだ」
潜入してもらったヤンさんが軽い調子で言うと、バジアルさんが笑って返す。そんな二人にも冷や汗が流れている。
「・・・何だこれは!?」
後ろからジーン王子の掠れた声がした。チェンは声も無い。
「こんなに濃いのは初めて見ました」
人質扱いのジーン王子に見張りとして付いていた村長も声が震えてる。
ん? 濃い?
「戦場ならこんな感じですよ。向こうが見えない事はありませんが」
クラウスが教えてくれた。
・・・なるほど。
「・・・嫌だ、嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!」
後ろ手に縛られたジーンが跪く。
「どこまで!あの爺どこまで腐ってるんだ!! 国王じゃないのか? 自国民を何だと思ってんだ!? 何で俺はあの爺の居場所が分からないんだ!? 何で!アイツの前だと体が震えて動かなくなるんだ・・・!」
叫ぶジーン王子に同じく縛られたチェンが寄り添う。
「こんなになってるなんて・・・もう・・・俺には、もう・・・!」
ジーン王子の強く閉じたまぶたから涙が流れる。チェンは歯をくいしばっている。
その二人に村長がそっと手を置いた。
「俺は、ざっくりとしか君たちの事を聞いてないのだけど、君たちがどんな風に考えていたか教えてもらえるかい? この状況をどうにかする何かがあるかもしれない」
穏やかな村長の声をしっかり聞き取ったのだろう。ジーン王子は体を起こした。顔は下を向いたまま。
「・・・ハスブナル国王が、さらに四神を手に入れるためにアーライル国に目をつけた。俺たちはその駒になるまで、ハスブナルがどれだけ危ういか知らなかった」
がらんとした城内の理由は奴隷や罪人の他に臣下も手にかけたから。そして国民から魔法使いを狩り、一般人から生命力を奪う。
「王太子から聞いた話だ。・・・爺は、親父を憑代に若返りをしようとしている。それは囚えたと噂のある朱雀だけでは足りないらしい。どういう仕組みでそんな考えになったかは親父も分からない。それを知ってから何度も自殺しようとして、その度に阻まれたらしい・・・そうしているうちに爺は、第二の憑代として俺を見つけた」
血が濃い方が移りやすいため、憑代の第一候補は王太子のまま。
「親父は、俺のために死ぬことができなくなった」
兄や姉たちの変わり果てた姿を見て、逃がしたはずの弟や妹の変わり果てた姿を見て、さらに息子をたてにされた王太子。
息子を生かすために自身にできる事であらゆる策を講じた結果、アーライル国へ行き、ハスブナル国を攻めてもらう判断をした。
「アーライル国の情報は奴隷売買で得ることができていた。騎士団の評判、大魔法使い。十分な戦力だ。そして最近では公式発表をしていないが四神が二体もいるとそこかしこでの話があった。親父からは、泣きつけという指示だった」
「ならなぜ、あんなに横柄な態度を?」
アンディが静かに聞く。
「喧嘩腰の方が早く事が進むと思ったんだ。・・・それに、」
「・・・それに?」
ジーン王子が、ぼたぼたと涙をこぼした。
「上手くいって俺が生き残ったとして、あの爺の血を継ぐ俺がいつまで正気かなんて分からない! もし、もしもチェンを手にかける事があったら・・・ハスブナル王家など、親父も含め皆一緒に殺されれば良い・・・!」
「・・・ジーン!・・・なんて事を・・・」
チェンが真っ青になってジーン王子を凝視。そんなチェンに微笑むジーン王子。
「エリザベス姫は想像以上に我慢強かった。もっと早くに兄弟か親に泣きつくと思ってたのに、淑女ってのを侮った。剣はシュナイルには敵わないし、ルーベンスには逆らえない感じだし、アンドレイも紳士だし、王家相手にはどんなに素行が悪くても相手にされず、早々に手詰まりだった」
参ったと小さく笑う。
「ミシルの回復魔法が・・・チェンの両親のものに似てたんだ。だからつい近寄ってしまったが、なぜかドロードラングが釣れた」
王家にしか注意していなかったため、学園内を改めて観察してみることに。
「そして、あの火の玉が飛んで来た時。中心にいたのはサレスティア・ドロードラングだった」
恐ろしくて何もできず腰を抜かすほどだった自分のそばで「ぶっ飛ばす」と笑った。
そして宣言通りに火の玉を消し去った。
四神並の脅威。
だからドロードラングをどうにかすればハスブナル国を潰せると思った。
「・・・ったく、そんな事であんな大騒ぎを起こしたのか。お前何かやらかすならもっと考えろ! こっちの寿命が縮まったわっ!」
うちの国王の泣き言にポカンとするジーン王子。いやいや、国王の言い方よ。
ハッとしたジーンが国王を睨む。
「な、泣きついて無理矢理あんな恐ろしい物の相手をさせるより怒らせた方がいいだろう!? そんな事って言うな!俺には力も無けりゃあ考える頭もねぇんだよっ!」
「だったら再教育だ! 留学のついでに帝王学も叩き込んでやる。腕っぷしはとりあえず置いて、ルーベンスの元でチェン共々学べ」
びっくりした。クラウスまで目が丸くなっている。そんな周りの様子に気づいた国王はふて腐れた。
「国を維持するのも重労働だが復興はそれ以上だ。さっき聞いた話ではハスブナルは随分と人手が足りないようだからな、だったら勝手に死ぬな充分に復興させてから死ね。それが王家に連なる者の責任だ」
ジーン王子の口が真一文字になった。その目は国王を見つめたまま。
「血が繋がっているから何だ。国の祖などどこの国も蛮族だ。そしてそこのドロードラングを見ろ! 両親は見事な犯罪者だが、本人は有能で小生意気な魔法も使える小娘だ。血縁関係はお前と大して変わらん。為政に血など関係無いが、お前が糞王の孫だっていうなら遠慮も要らんからな、存分にアーライル国で鍛えてやる」
まだポカンとした顔のチェンが、ジーン王子と国王を交互に見やる。
「うちが勝つからな。敗戦国にはこちらの言い分を全て聞いてもらうぞ」
ニヤリ。
アンディが困った顔をしたが、私も呆れた。
わざとらしく大きなため息をついたのはハーメルス団長。
「はぁ、子供相手に大人気ない・・・」
「うるさいぞヒューゴー。お前こそ出発前に白虎と共にソワソワしていただろうが。どこのデカい子供かと思ったわ」
「ぐっ、だいたい勝負すんのはお嬢たちでしょうよ。今回あんたはお飾り!」
「分かってるわそんな事! だがお飾りだろうが大将は俺だ。指示は一つ、勝って俺にとどめを刺させろ」
エンプツィー様が噴いた。それに続いて皆が小さく笑いだす。
村長がジーン王子とチェンの肩にポンと手を置く。
「君たちの希望通りに元には戻らないかもしれないが、これから君たちは誰かの希望にならないといけないみたいだね。さあ、落ち込んでも腹は減る。人生は案外と忙しいよ? まあまずは一緒に生き残ろうか」
日に焼けた村長の、皺が刻まれた笑顔が眩しい。
ふと、空気が冷えた。
【 ふはははは 塵共よ 四神と共に朕の糧に成るがいい 】
底冷えのする声が空間を震わす。気味の悪い振動。
前方の黒い靄が舞い上がり、中空に人の顔を形作る。それは髑髏のような顔となり、その真っ暗い眼窩の奥の赤い光が私らを見た。
悪意の塊。ちょっとの間に目にしただけで寒気がする。なんておどろおどろしい。
【 青龍 白虎 ふふははは 玄武まで居るとは ふははははは 】
爺・・・とジーン王子が呟く。
あれがハスブナル国王・・・うん。
「竜巻」
私の手から放たれた細い細い風魔法が髑髏の鼻部分に綺麗な丸い穴を空けた。
皆が私を見た。
「あーっはっはっはあっ! 塵の塊が間抜け面晒して何をほざいてやがる! 青龍も白虎も亀様もあんたにはやらないし、朱雀はこっちがもらう! 私の総取りだ!」
恐くない訳じゃない。こんな巨大な悪意なんて大声を出したって足が震える。
だけど。
私は一人じゃないし、それが領地の平和を脅かすならば取り除く!
穴空き髑髏に人指し指をつきつける。
「こんだけの人を巻き込んで嗤う奴が、綺麗に成仏出来ると思うなよっ!」
どっちが悪役だよ、ってうるさいよマーク!
終わらんかったーっ!すみません!もう一話!
間におまけを挟みますが、読まなくても本編に影響ないです。