45話 出陣です。
「お嬢に何か危機が迫って、マーク、ルルー、アンディだけで対処できなかった場合にすぐ助けられるように、亀様の判断でその現場を見せてもらえるようにしてたんだよ」
今回なぜにドロードラング領の皆の行動が速かったか。
あっさりとニックさんが教えてくれた。
《アンドレイがあそこまで怒気を顕にしたからな。サレスティアの一大事だと思ったのだ》
うん、確かに一大事だったよ。
「イヤーカフを着けたドロードラング領の全員が見たからな、危うく客をほっぽりだして全員で来るところだったわ」
は?・・・全員?・・・まじか・・・恥ずかしいぃ・・・!
ああ、サリオンのサインがあったもんね・・・ってサリオンも思いきりが良すぎでしょうよ・・・判が無かったから無効の命令書だったけども。いや、判があっても無効だよ!
「領地の子供たちは大騒ぎだわ、アイス屋でも娘達はいきり立つわ、リズが仕事中に暴れだすわで、とりあえず戦闘班だけ来たんだ。カシーナたちが戻ったから未遂だった事は説明されてるだろうが、まあ皆を宥めるために領に早目に顔を出してくれや」
「分かった・・・ほんと、こんな事になってごめんなさい」
「牢に入るくらい大した事じゃないぜ?」
へらりと笑うニックさんがいるのは王城に近い牢屋。
アンディをがっつり殴りつけたから一時的に入ることになった。
国王にくっついて来た貴族の誰かがアンディの腫れた頬を見て、「そこまでの無礼は許さーん!」と騒ぎ、それを落ち着かせるためにニックさんは大人しくしている。
よく確認もせずに殴りつけた反省もある。
マークもアンディも二人とも奥歯一本ダメになったからね・・・そんなパンチもらってよくあんなにすぐに立ち上がったよ・・・
ちなみに他の皆は何をしてるかというと。
クラウスはニックさんの始末書を書き、土木班鍛冶班は学園の修理と補修、ライラたち侍女班は保健室等での手当て補助。
戦闘職事務方のルイスさんは妊婦カシーナさんと共に領地に戻って、ネリアさんとチムリさんは、リズさんが大暴れした治療院の手伝いに行った。
狩猟班は騎士科生徒と学園内外の見回りをして、合宿組も何かしらの手伝いをしている。
「で?これからどうするんだお嬢?」
四神の最高技は一日に一度しか使えないらしい。
あんな物が一日に一度って十分に世界が滅ぶ脅威しかないけど、続けて二回も繰り出せば強制的に自動封印されるらしい。
だから四神は大技をあまり使わない。
あれをあと一つやり過ごせば、朱雀は眠りについてハスブナルは力が無くなる。
・・・はずだけど、黒魔法がどう作用するかが分からない。
それに、朱雀を助けて村長に会わせるのが最優先だ。
「まずはハスブナルの城を吹っ飛ばす」
「お、おぉ・・・思ってたより派手な答えだったわ・・・」
「そんで、地下にあるという朱雀の囲われている現状の確認。魔法陣の解析及び解除、そして救助ね」
「・・・見事に朱雀だけの内容だな」
「だってハスブナル国に掛かった呪いは朱雀の力が使われているっていうんだもの。頭のおかしい国王を相手にするより、ヤンさんを認識した朱雀に聞いた方が早いわよ」
「それもそうか」
「ただし、文化的価値のある城なら壊すのは諦めるわ」
「・・・基準が分からねぇ・・・まあとにかく攻める時にはちゃんと俺も交ぜてくれよ。それまでここで休んでるわ」
「了~解」
牢屋としては最高の石のベッドにごろりと寝転がるニックさんが手を振る。
そして私は階段を上り、その場からまた一つの牢を眺める。
牢の前に膝を抱えて座り込んだチェン。私には気づかない。
・・・まあ、チェンのこの様子じゃジーン王子はまだ寝てるんだわね。
でもまあ優しくしてやる義理はない!
一応まだ怒っているからね!私!
・・・まあ、私以上に怒っているのがうちの連中だから、ジーン王子の安全確保のためにも牢に入れられたんだけどね。だからニックさんと階が違う。
チェンを尻目にまた階段を上り、外に出た。
ら、牢の出入り口から離れた所に頬を腫らしたアンディがいた。
ビクッとする。
キス擬きの瞬間を思い出してしまい、なかなか近づけない。
恥ずかしいんじゃない。
・・・恐い。
「ニックさんは?」
いつも穏やかな顔のアンディに表情が無い。頬が痛くてそうなのだろう。
だって、声はいつも通りだ・・・
「で、出番が来るまで休んでるって」
ギャーッ!噛んでしまった!
無駄に緊張している事をアンディに気付かれた。アンディの目が少し細まる。・・・うぅ・・・
「そっか・・・悪いことしちゃったな」
何も悪くないよ、アンディは何も悪くない。
声にできず、首を横に振るしかできなかった。
悪いのは隙のあった私。
結局は未遂だったけど、アンディ以外の男性をあんな距離まで許してしまった。
他の事で気をまぎらわせようとウロチョロしてたけど、アンディと向き合ってしまえば、逃げられない。
婚約者なのに。
今はどうやってそばにいればいいか、分からない。
「・・・お嬢?」
様子のおかしい私を気遣ってか、アンディはことさらにゆっくりと寄って来た。
直視できない。目線が下がる。
そばにいたい。でも逃げたい。・・・貴方に嫌われるのが何より恐い。
「・・・手を、いい?」
ゆっくりと片膝をついたアンディが微笑んで見上げている。
? 何でそんな事を言うの?
「お嬢・・・僕は君にそんな顔をさせる不甲斐ない男だけど・・・君の手に触れる事を許してくれる?」
一瞬で涙が溢れた。
今まで当たり前に繋いでいた手を躊躇わせる私の方が不甲斐ないよ。そう言いたくて、でも口が震えて言葉にできなくて、やっぱり首を横に振るだけに。
それでも左手を、アンディの差し出してくれた右手に乗せた。
きゅっと握られた手に、ぼやけた視界でもアンディが笑ったのが分かった。
「愛しているよ」
!!
「・・・と言うには僕はまだ幼い。だけど、もう僕の心はお嬢にしか向いていない。それをどうやって証明したらお嬢は安心できるかな」
触れた手が熱い。
愛してると言われ、嬉しくて体中が熱くなる。それをどう言葉にすればいいのだろう。
嬉しくて胸がいっぱいだ。アンディありがと、
「と、考えても思い付かなかったから刷り込む事にした」
へ?・・・刷り込む?
アンディが私の薬指に唇をつけた。
は、・・・・・・・・・はああああああっ!?
驚きで逃げようとした手は手首をガッツリ捕まえられた。
そして、離れた唇がまた手に触れる。
柔らかい。
! ぎゃあああっ!? そうじゃなくて!
さっきのさっきにアンディの唇に触れた親指の感覚がおかしくなってきた。忘れたつもりだったのに~! 心臓がそこにあるみたいに手がドクドクしている。顔もドクドクしている。
アンディの口づけはまだ続く。
手の甲、指、そして手のひら。隙間無く。
は!恥ずかしい! 柔らかい! これは恥ずかしいぃぃぃぃ!
羞恥で力が抜ける。その場にヘタリこんでしまった。
まだ手は離されない。
でも、唇は離れた。
「覚えた?」
穏やかな声がする。
な、何でこんな事して、そんな普通な声なの? やっぱりタラシなんだ!きっとそうだ!
「ふむ・・・もっとか」
「お、覚えたーっ! 覚えたから!」
涙は止まったけど視界はグラグラしてる。頭もグラグラしてるし声は裏返る。・・・つい返したけど「覚えた」って何~?
「本当?」
アンディが覗きこんでくる。
「ほ、本当!本当に!覚えた!」
嘘です!分からないけど!ひぃぃ!近い!近いよ!待って!恥ずかしい!
「僕の口、覚えた?」
僕の口~!?
思わずアンディの唇を見てしまい、慌てて目を逸らす。
ぼ!僕の口ってぇぇぇぇっ!
まだ捕まったままの腕がドス赤い。手首を掴むアンディの手がやたらに白く見える。
だけど。
アンディの手も熱い。
左手はフワフワしている。
私もフワフワしている。あああぁぁ・・・
「これから誰が触れても、左手の感触を思い出してね?」
そして、とどめとばかりに手の甲にまた口づけた。
何なのこの子ぉぉぉ! 年下じゃないのぉぉぉ?
手から離れてはにかむ。
その顔反則だからねぇぇ・・・
そしてドス赤いまま、私は気を失ったのだった。




