続続44話 受けて立ちます。<獄卒>
ふと、ジーン王子が私の前に立った。
・・・なんか、じっと見られているんですが?
「何?」
「・・・」
何だ? チェンを見ればこちらを不思議そうに見ている。んん?
しかしジーン王子が躊躇ったのは一瞬で、左手を私に伸ばして来た。
その手が顎に触れる。
すぐに親指が唇に当たった。
何すんじゃ!
と文句を言う間に、ジーンの顔がすぐそこにあった。
ちゅ
時間が止まった。
「さあ、これで傷物になった。アーライル王家に嫁ぐには厳しいだろう? 俺の所にこ、」
ボゴォッ!!
ジーン王子が吹っ飛んだ。
ジーン王子を殴り飛び出したアンディの体から何かが立ち昇る。
「ころす」
ジーン王子は今の一撃で伸びたらしい。ピクリともしない。そこにアンディはゆっくりと近づく。
呪文を唱えながら。
「うわあああっ!? 待て待て待て待てっ!?」
慌てて駆け寄ったマークがアンディを羽交い締めしつつ、魔法を使わせないために手で口も押さえる。
それを振りほどこうと暴れるアンディ。
「アンドレイ様!」
アンディのお付き君たちも押さえに加わる。
五人掛かりでやっと動きが止まった。
気絶したジーン王子の元には真っ青になったチェンしかいない。
そこにゆっくりと近づくのは、手に鞭を持ったルルー。
「今のは、何ですか?」
ルルーの真っ黒いオーラにガタガタ震えるチェンは首を横に振るだけで何も答えられない。それでもどうにか守ろうとジーン王子に被さっている。
「今のは、何ですか?」
平淡な声音で同じ質問を繰り返すルルー。
「誰か!ルルーを止めて~っ! 女子!女子なら手荒にはしないはずだから!」
アンディから離れられないマークが叫ぶ。
「ル、ルルーさんっ!」
キャシー先輩と共に合宿組の二年三年女子たちがルルーに抱きつく。こっちは十人くらいでスクラムを組んだ。
「よし、私が殺る」
今度は私の隣から可愛い声で物騒な一言が。
ビアンカ様とエリザベス様が慌ててミシルに抱きついた。シュナイル様と共に指示を出していたクリスティアーナ様も駆けて来てミシルの口を押さえる。
「お嬢!」
スミィや他の子たちが私に集まって来た。
何も考えられない。
何が起きたのか理解できない。
皆が心配そうな顔をしてる。
でも、どうしたらいいか、分からない。
目に映る光景をぼんやりと見てるしかできない。
それでも何となく、アンディの方を見ていた。
見ていたら、ニックさんが現れた。
・・・ン?ニックさん?
ニックさんは団子になってる所からマークとアンディを引き抜いた。そして、
ボガンッ! ドガンッ!
「お前ら二人が付いていて何やってんだあっ!!!」
マークとアンディが吹っ飛んだ後、鍛練場の空気が響く程の大声を上げた。
激しく地面に叩きつけられた二人は、それでも受け身をとったのか、ふらつきながらもすぐに立ち上がった。
「すみませんでした!」「申し訳ありません!」
マークとアンディがニックさんに向かって直角に腰を折る。
「私としても、まさかこんな事が起きるとは・・・読みが足りませんでしたね・・・」
自室に大事に飾ってあった愛剣を手にしたクラウスも現れた。
その後ろに一瞬遅れで現れたのは土木班鍛冶班狩猟班の面々。
ドロードラング領の戦闘職が勢揃い。
各々の得物を持って勢揃い。・・・ンン?
「お嬢様ご安心下さい。今から証拠隠滅いたします」
カシーナさん率いる女子部戦闘班も現れた。
・・・ショウコインメツ・・・?
「そのクソ餓鬼共々ハスブナルを潰して来るよ。そしたら犬に噛まれたと思えるさ」
やっぱり鞭を持ったネリアさんの眼鏡が光った。口元は笑っているけど、眼鏡に光が反射して目が見えない。
「大丈夫! 国の痕跡なんて遺さないから!」
軽やかに言うチムリさんの言葉に体が恐怖で震えた。
・・・ハッ!?
「は、なに、いってるの・・・」
口の中がカラカラだ。どうにか唾を飲んで潤す。
「大丈夫! 私らそういうの得意だから!」
「大丈夫の意味が行方不明だよ!? チムリさん!」
「気にしなさんなお嬢。因果応報っていうんだよ」
「報いが大き過ぎでしょう!? ネリアさん!」
「馬鹿は死ななきゃ治らないからね~」
「ケリーさんは洗濯班でしょう!? 戦闘班じゃないじゃん!? そして何の解決にもなってないよ!?」
「ぐだぐだうるせぇよお嬢。ハスブナル消滅は決定だ」
「落ち着けニックさーん! 私はそんな決定出してなーい!」
「多数決で決まりました」
「クラウス! 領主の意向は!?」
「何の話ですか?」
「結構大事な所! 無視!?」
「お嬢様、領主代行の許可はあります」
「代行って・・・?」
カシーナさんが出した紙には、
―――――――――――――――――――――
命令書
ハスブナル国を速やかに地図から消してね
領主代行
サリオン・ドロードラング
―――――――――――――――――――――
と書いてあった! サリオ~~ン!?
「がっはっは! 心配するなお嬢! 亀様がいなくても一週間で更地にできるから!」
「そんな事に土木班の能力発揮しないでグラントリー親方!」
「とりあえず溜め込んだだろう金物は確保するからな」
「火事場泥棒を堂々と宣言しないでキム親方!」
「食える物は捕ってくるからな、お嬢」
「食べ物に釣られない時もあるんだからね!? ラージスさん!」
「ライラがどうしても行くって言うんで行って来るッス!」
「そこまで嫁に弱くなくていいんだよ!? むしろ全力で嫁を止めてトエルさん!」
「トエルがついて来てくれるって言うから行って来るね!」
「可愛く言っても目的が恐いよっ! ライラ!」
「お嬢様のこれからのために行って来ますね」
「私のためって言うなら話を聞いて!? インディ!」
「はっはっは。キレたクラウスさんはおっかねぇな~。城の案内は任せろ」
「止めて! ヤンさん!皆を止めて~!」
「お嬢様、お水をどうぞ」
「ダジルイさん・・・! あ、ありがとう・・・」
コップ一杯の水を飲み干すと、ダジルイさんが微笑んだ。
「では行って参りますね」
「行かんでいいっつーの!!」
「はぁ~あ、憂いは取り除いた方が胎教には良いだろうから、さっさと片付けて来ます」
「ルイスさん!皆を止めて~!」
え? たいきょう? ・・・胎教!?
「胎教って、誰!?」
「カシーナですよ。ケリーさん達の見立てでは出産は来年の夏らしいです」
ちょっとはにかむルイスさん。
マジですか!
「やったぁ、やったあ! おめでとう!!」
「ありがとうございます。だからちゃっちゃと片付けて「余計に駄目だっつーの!!」
馬 鹿 な の!?
・・・何か腹が立って来た。
皆が私のために怒っているのは分かったけど、隙のあった私が悪いんだけど、私を無視するのはどうなのよ。
しかも!よりにもよって妊婦が先頭に混ざっているとか!
「・・・いい加減にしなさあああい!!」
私を中心に巻き上がった風が鍛練場を吹き抜けた。
妙に盛り上がっていた鍛練場がシーンとする。
「ハスブナル国に行くことは決定だけど! 消滅でも殲滅でもないから! 朱雀の奪回と!相手するのは国王だけだから!」
「だがなお嬢、「黙らっしゃい!!」
ブゥン、と音をたててハリセンが一つ私の手に現れた。それを見たニックさんが「ひぃっ」と背筋を伸ばす。
一人一人領民を見回して最後にクラウスと見つめ合う、イヤ、睨み合う。
「・・・侍従長、ドロードラング領の現当主は誰?」
「・・・サレスティア・ドロードラング様です」
「そう。理解してるようで良かったわ。まさか誰も私の言うことを聞かない日が来るとは思わなかった」
そっと目線を泳がす面々。
「今回の事は私の油断が騒ぎの原因よね、ごめんなさい」
頭を下げる。
「いいえお嬢様。乙女の純潔を奪う者は抹殺あるのみです」
「カシーナ。苛つき過ぎよ」
自分で乙女って言うのは冗談も入っているけど、誰かに言われるとこそばゆいわ~。苦笑してしまう。
ルイスさんがカシーナさんの腕をさする。
「私も基本はその考えだけど今回のは保留にしてもらえない? え~と、アンディ、私がされた事を貴方にしても良いかしら?」
ポカンとするアンディに近づき、もう一度、いい?とお伺いを立てるとアンディは少し赤らんで頷いた。
う! ちょっと緊張してきた。
「ごめん、膝をついてもらえる?」
うん、上に向かうより下の方が楽にできる。
「見世物にしてごめんね?」
小声で謝ると、笑おうとしたアンディが顔をしかめた。うぅ、痛そう・・・
「いや、他の男にはしないでくれて良かった」
うわあ恥ずかしい! すぐに終わらす!
左手をアンディの顎に置き、親指を唇にあてる。
そして顔を近づけ、自分の親指に口づける。
顔を離すと、ポカン顔のアンディが。
え? と鍛練場中から聞こえた。
「え? してねぇの?」
ニックさんが呟いた。
「してないの。でも混乱しちゃったし、不快ではあったから、アンディが殴り飛ばさなきゃ自分でやってたわ」
そして間もなく、騒ぎを正確に聞きつけた国王達が青い顔で「落ち着け~!」と慌てながら現れた。
お疲れさまでした。
長いこと空いたくせに、朱雀編終わりませんでした(>ω<。)
申し訳ございません。
そして、お待ちいただきまして、ありがとうございます。
やっと、一番書きたかった所がやっと出せたので、達成感はあります。
魔法対決?はもっと派手にと最初は思っていたのですが、こんな感じになりました……なぜ?
血湧き肉躍る描写は、無理みたいです……(それって魔法?)
今回も突っ込みどころ満載でお送りしました。
ではまた、次話でお会いできますように。




