44話 受けて立ちます。
天に太陽が二つ。
いつもの太陽が輝く隣に、真っ赤に揺らめく太陽があった。
その紅い太陽は、黒い稲光のようなものをまといながらゆっくりとこちらに近づいていた。
その色にあの爺の目が被る。
恐い。
恐い、恐い恐い恐い恐い恐い・・・
『ねえジーン、その、さ、助けてもらえないか、聞いてみようよ』
いつかのチェンの言葉がよぎった。
あぁそうだ、これだけ豊かな国ならチェンの一人くらいはどうにかなるだろう。
『まあ駄目なら駄目でこれからも二人で暮らして行こうね』
・・・ごめん、チェン。あんなのを相手に助けてくれなんて言えないよ。
それに・・・それに。
ぶちっ
「うわっ! お嬢がキレたっ!」
「ふ。フフフフフフフフフフ」
「恐っ!? お嬢!こえぇよっ!」
「あんなモノをぶっ放すなんて随分とやってくれるじゃないの・・・ぶちのめしてやるっ!!」
・・・え。
***
人間て、怒りが頂点に達すると笑いが込み上げるみたい。
黒い光がバチバチとまとわりついた巨大な火の玉。
毒々しい。
《あれは朱雀の最高技だ。・・・一つだけの様だな》
ほうほう、朱雀の最高技ね。それに黒魔法をプラスってか。
全く下らない物を作り出しやがって。
腹が立つ。
「亀様。ちなみに聞くけどあの技の効果は?」
《大陸一つ焼け野原》
・・・ふふっ。フフフフフフフウフフウフフフフフフッ!
こえぇっ!って、さっきからうるさいよマーク。
これが笑わずにいられるかっ!!
髪先がふわふわと浮き上がったのが分かった。
暴走しそうな魔力をどうにか練り上げる。
右手と左手、両方にハリセンが現れた。
・・・まだ。今動いたら暴走しそうだ・・・
「ミシル、先に浄化を頼める?」
厳しい顔で空の火の玉を見ていたミシルがそのまま不敵に笑う。
「やる」
青いタツノオトシゴが巨大な龍に変わる。
その鼻の頭に立つミシル。
青龍のたてがみと、ミシルの髪が風もないのに同じ動きをする。
青龍の魔力が展開され、少しずつミシルの浄化魔法に注がれる。
水を司る証か、水滴に反射する光がキラキラと優しくきらめく。
ゆるりと青龍が空に昇る。
火の玉に近づくミシルに、誰かの息を呑む音が聞こえた。
「お嬢!」
振り向けば、エンプツィー様が学園長たちを連れて鍛練場に入って来た。二、三年生の魔法科の先輩たちもいる。
ダンス会で喋った先輩たちがひきつりながらも笑った。
「俺たちも加勢する!」
ありがとうございます!
そして遅れて魔法科一年生もやって来た。
「ぎゃあああっ!! 何あの火の玉!?」
スミィの叫びに笑いそうになった。ほんと、何だかんだとこの子は肝が据わっているよね。こんな状況でもデカい声が出るんだもの。
「皆の魔力を借りるわよっ!」
ハイ!!
返事をした一年生は合宿組だけだった。ふっ、ははっ。
《遅くなった!》
《すまぬ、主!》
シロウとクロウが私の両隣に現れた。
《白虎を起こすのに手間取ったが後はサリオンに任せて来た》
お疲れ!
《おぉあれは、朱雀の最高技だな》
《我らの知る内では一番の大きさだ》
「大丈夫。あんたたちもいるから」
私を見下ろしニヤリと笑うシロクロの尻尾がふぁさりと動く。
《《 然り 》》
そして二頭はミシルのサポートへ翔んだ。
エンプツィー様と学園長が教師や生徒たちの魔力を導いていく。
バタバタと鍛練場に今度はアイス先輩たちが駆け込んで来た。
「殿下っ! 指示を!」
「火の玉は魔法使いたちに任せる! 我らは無防備な彼らの警護だ!」
シュナイル様がすぐに応えた。
「了解!」
駆け込んだ勢いのまま打ち合わせをしたように数人ずつ適当にバラけ鍛練場に広がる騎士科生徒たち。一緒に駆け込んで来た文官科生徒はその邪魔にならないようにか、ひとかたまりになる。
それを確認したシュナイル様はアンディを振り返る。
「アンドレイ、兄上たちを守るのは俺たちだ」
「はい! ルーベンス兄上、僕が補助をしますので『国の守り』を展開する準備を」
「分かった。フッ、まさかこんなに早くに使う事になるとはな」
「準備だけです。使わせません」
国の守り
アーライル国の王家特化の王に成る者しか使えない魔法。
現王と王太子しか使えない不思議仕様。
この魔法のすごい所は国全域が守りの範囲となること。
ただ一つの弱点は、魔力が切れた後は使用者の生命が元になること。
だから長時間は使えない。
使わせる気は無いけど、もしもの準備はよろしく!
「行くよ~! 浄・化っ!!」
ふわふわキラキラとしたものが、ミシルの突きだした手のひらの先から物凄い勢いで火の玉に直撃する。
しかしその光は火の玉には当たらず、黒い稲妻に阻まれた。
白い光と黒い稲妻がバチバチッ!と鳴った。
オオオ゛お゛おぉオオオオオ゛オ゛ッッ!!!
ミシルの光が黒い稲妻に当たると、地の底を這う様な声が響いた。空気が揺れる。
うげっ! 気持ち悪っ!
そして、ほとんどの生徒の顔色が青くなった。
火の玉のゆるゆるとこちらに近づく速度は変わらない。
低い声が響いたまま巨大な火の玉が近づく様は不気味でしょうがない。
「大人しく、昇天さらせぇぇえっ!!」
ミシルの気合いと共にミシルと青龍を起点にまたも膨れ上がった光が黒い稲妻を狙う。
オオオオオ゛オ゛オ゛ッッおおお゛ぉぉオ゛!!
何人も、何十人も、何百人もが怨嗟の声を上げたらこう響くのだろう。
生徒の何人かがその場にうずくまる。
亀様の守りを越えるのか。
「具合が悪くなったら我慢せずに座りなさい!」
キャシー先輩の声が通る。
見れば、侍女科生徒たちが鍛練場に入って来た。
「ごめん!皆と離れている方が恐くて来ちゃった! 邪魔はしないわ!」
若干青い顔のキャシー先輩はそれでも笑いながら座り込んでいる生徒の所に行きその背中をさする。他の侍女科生徒も何人かが同じように動いた。女子も男子も生徒もお付きも関係無い。学園医のマージさんと同じようにしている。
・・・うわ、格好いい・・・!
「そう!今現在サレスティアの傍が一番安全よ! いい判断をしたわね!」
怨嗟の声に負けないようにか、ビアンカ様も笑顔で大声を上げる。
「そこはせめて俺の傍と言って欲しいね」
ルーベンス様が苦笑した。金の光が淡く殿下を包んでいる。
「あら、魔法対決はサレスティアたちに任せた方が確実ですわ。王になるからと何もかもルーベンス様に任せてはルーベンス様が大変ですもの」
ケロッと言い返す姿が危機の中にいる事を忘れさせる。その証拠に震える生徒が何人かぎこちなく微笑んだ。
・・・まったく。
「それに、大将はどんと構えてとどめをさすのが仕事ですわ!」
ぶっ! ふふっ。全くその通り。
「・・・ビアンカは頼もしいな」
「それは、貴方たちがきちんと守って下さるからです」
そしてビアンカ様はぐるりと見回し、最後にルーベンス様を見つめると、とびきりの笑顔を見せた。
「信じていますわ」
ズキューーーン!!
「「「「「 任せなさい!!」」」」」
誰が叫んだか知らないけど、私も叫んだ。
言葉には力がある。
こういう時により実感する。美少女に言われたから余計に感じるのだろうか? お手軽な私。
・・・あ。そっか。
「亀様、私をミシルの所まで上げてくれる? シロクロは今は呼べなそうだから・・・」
《あいわかった》
衝撃の余波がミシルと青龍に届かないように風を展開しているシロクロの間を抜けて青龍の鼻先に運ばれるとミシルが険しい顔をしていた。
「ごめんお嬢、あいつなかなか手強い!」
「うん、ミシルだからこの程度で済んでいるのよ。これから私も浄化をするからミシルは歌と舞を」
「え?」
「そうね、ここで踊るのは大変そうだから歌だけでもお願い」
ぽかんとしたミシルがハッとした。
「・・・何でそれを気づかなかったんだろう?」
「私もよ。ビアンカ様の言葉でやっと思い出したの。やっぱり経験不足なんだわ、私たち」
「ふふっ本当ね。うんじゃあ歌うね!」
「鈴は要る?」
「無くても大丈夫! 青龍、移動させてね」
そう言うと青龍の鼻先から身軽に移動し、角の間に立つミシル。
パンッ!と音高く両手を合わせ長く息を吐くと、その姿のまま子守唄を歌い始めた。
「青龍、私はこのまま鼻先を借りるわね」
《苦も無い》
「ありがと!」
いつかテレビで見た九字に似た印を両手で組んでいく。
あれは仏の力を借りるものだったけど(ドラマの受け売り)、こちらでは浄化魔法の集中力を高める動作だ。
自分の魔力が高まると同時に地上の皆の魔力も感じる。
そして、ミシルの歌で黒い稲妻が弱まった。
歌に浄化魔法をのせている! そんなことできるの!? すげぇ!
よっしゃ!私もやるよ~! ふぅ・・・か~〇~は~〇~、波ーーーッ!!!
両手にあったハリセンが光の玉に変わり、私の狙い通りに火の玉に向かっていく。
やっぱこのポーズが一番安定する!




