43話 反省房です。
「青龍が付いているなら、私がお世話します」
ミシルが真剣に言った。
それにすぐさま反論したのはエリザベス姫。
「私が一応婚約者候補ですし、貴女を危険にさらすことはできないわ」
エリザベス姫は本気でミシルの身を心配している。もちろんミシルだって姫を心配しての名乗りだ。
でもね姫様。ミシルはドロードラングで体術も魔法もそこそこ鍛えられたし、何より、
「青龍がうっかり暴走した時にミシルなら物理で止められますよ」
そう。ミシルなら言葉一つで止められるくらいに青龍は彼女に懐いてる。言葉一つですむならゲンコツ一発で圧勝だ。
「・・・そういう事ならば、仕方ない、の、かしら・・・?」
「物理」の単語になんだか難しい顔をした姫を置いて、ジーン王子の看病役はミシルになった。
ジーン王子が姫に対し、婚約者だからと優しくする気がないのを私たちは見ている。王族の誰かなんて論外だし、反省房は狭いので付くのなら一人で色々できる人がいい。
「危険があったら遠慮しないで」
姫はミシルの手を両手で包み、それを強調した。
ミシルは安心させるように微笑みながらはいと頷く。
え?私は無理よ。奴の胸ぐら掴む自信があるから。わはは。
反省房は全部で三部屋。お貴族様仕様なのでワンルームでも八畳くらいの広さがある。簡易ベッドは庶民の標準よりも綺麗だし、窓もある。反省文を書くための机と椅子もシンプルながら高級品。もちろんトイレも普通に仕切られている。
なめてんのか! 貴族には狭く何もない空間かもしれないけど平民には快適な空間だわっ! 学園の寮の仕様が上等過ぎるのよ! 平民はこの部屋でほっとするっつーの!
ただ、廊下と部屋は壁ではなく鉄柵で仕切られているので部屋の中は丸見え。見ると凹む。いや、反省しろ。
そんなコントじみた反省房の真ん中の部屋へ向かう。鉄柵に寄ってこちらを見たミシルに手を振る。ミシルも手を振り返しながらシー、と口の前に指を立てる。
「どう?」
小声にする。足音も気を付けた。
「チェンさんがやっと寝付いてからジーン王子が目覚めたんだけど、水をお椀に一杯だけ飲んだらまた寝ちゃった」
ベッドで死んだように眠るジーン王子に、ベッド脇に付き添ってうつ伏せで眠るチェン。息できてんの?
「チェンさんの方は少し顔を動かしたよ」
苦笑するミシル。まあ、ちゃんと息ができてるならいいよ。
「青龍は?」
「隠れて付いてくれてるよ。特に魔力の動きもないし、目覚めた途端に目にしたら緊張するだろうからって。頭の中で会話ができるから私も静かにしていられるよ」
おお、仕事してるね~。
「今のところ二人とも寝言もないよ。王子は目覚めた時もほとんど喋れなかったみたいだった。水を飲まされるのも不満そうだったけど、されるがままだったよ」
眠りが深いのかそういう処置をしてるのか。処置ならば魔法がからむだろうから亀様たちが気づくはず。
まあ、寝言だからって真実だとも限らないけど。
「そっか。アイス屋が終わったらダジルイさんが来てくれるから、それまでよろしくね」
「ダジルイさん? 何だか申しわけないね・・・」
「いいの。アイス屋の従業員を何人かずつ領地と交代制にすることにしたのよ。それにダジルイさんには事が落ち着いたら一月の休暇をあげる事になったから」
「ええ!お嬢太っ腹! あれ、休暇はダジルイさんだけ?」
「ヤンさんもよ。ヤンさんから言われたし、ほら、ハスブナル国に潜入してもらった時のも含めてだからさ。そんなんで済ませてくれるんだから安いものよ」
「新婚旅行かな? いいな~」
「そんな色気のある休暇になるならいいけどね~」
「そう? まあ二人でいられるなら何でもいいと思うけど」
「お!ミシルがそんな事を言うなんて!」
「女主人公はだいたいそう言うよ? お嬢だってアンディ様とはそうなんでしょ?」
「ぶふぅ!!」
これだよ・・・とミシルが半目になり、その後噴いた。
「ふふっ。お嬢が看病役になるのをアンディ様は大反対だったしね。進展してるんだ?」
何が!?
「結婚式は呼んでね」
・・・・・・・・・え~と・・・
結局その日はミシルがダジルイさんと代わっても、朝になってまたダジルイさんとミシルが交替しても二人は眠ったままだった。
さすがに心配すると、亀様から答えが。
《ミシルが子守唄として歌っているのは鎮魂だ。魂を落ち着かせる歌だからな、彼らはよほど疲れていたのだろう。大事ない》
え。・・・たましずめ?
《懐かしいな。ノエルが歌っていたのに似ている。いつ覚えたのだ?》
タツノオトシゴがニコニコとしている。表情が豊かになったなぁ。
「・・・あれ?いつだろ?・・・お母さんが歌っていた気がするんだけど・・・あれ?」
ミシルが悩んだ。・・・これは。青龍に憑かれた時に何かごっちゃになった?
「ていうか、普通の人に聞かせて大丈夫なの?」
《元々、神がそれを詠っていたのだ。この世の全てに害は無い》
《それに似ているのであって本質ではないからな。よく効く子守唄程度のものだから害は無い》
ミシルも、今日は一緒に付いて来ていたマークとルルーもホッとしたようだ。
「じゃあ二人はいつ起きるのかな? 歌わない方がいい?」
《治癒は施してあるのだ。どうしようもなく腹が減ったら起きるだろう》
急に本能的!
「亀様、それ、人間仕様?」
《? ぁあそうか。全ての生き物はそうだ》
んじゃOK。
「何だ、やっぱり気ぃ張ってたのか。どうすんの?お嬢」
マークがなぜか少しほっとした。
どうすんの、か。
そりゃあ、ね~?
「うわっ出た悪い顔!」
うっさいマーク!
***
「う、うわわあぁぁぁ・・・」
「あらあら、情けない声を出してんじゃないわよ」
「だ、だって、だって・・・ああぁぁ」
「ああ、こうして欲しいのね?」
「ち、違う!」
「あっはははっ! 遠慮しなくていいのよ~? だって時間はたくさんあるんだもの~」
私の目の前には涙目のチェン。
何をしてるって? 目が覚めたチェンに拷問中です。
いやぁ、心が痛むわ~、こんなことなかなか無いから、慣れてないんだもの~。
慣れてないから、精一杯しないとね~!
ジーン王子はまだ寝てるので隣の反省房にチェンを移動させて、してます。うふ。
椅子ごとぐるぐるとロープで縛られてもはやへろへろになっているチェンに一歩近づくと、面白いくらいにビクッとする。歯を食いしばっていても目は泳いでいる。が、私が持つものが気になるのかチラチラと見る。
「ねえ?チェン。正直に全部言っちゃいなさいよ。そうしたら幸せになれるわよ? 一時だけど~、あは!」
「そ、そんなの・・・ジーンを裏切れない!」
「あ~らあら美しい主従愛ね~。でも、さっきからコレを見たままじゃないの・・・欲しいんでしょ?」
「い、いらない」
「またまた~!素直に認めなさいよ。欲・し・いって」
「要らない!」
「そんなに頑張ったって知ってるのよ? コレが好きなコト。うふふ」
「よ、寄るなぁ・・・」
「そんな冷たい事を言わないでよ。せっかく用意したのに~」
「止めろ・・・う、ぅうあぁっ!」
「あ~っはっはっはっは!!」
何だろう? テンション上がる~!
ぐったりしているチェンに悪役令嬢本領発揮か? うはは!
ガシャンッ!!!
「てめえっ!! チェンに何をしている!!」
ジーン王子の怒鳴り声が響く。
おや、起きたか。
鉄柵をどうにかしようとしてるのか隣からガシャンガシャンとか弱い音もする。音がか弱いのは鉄柵が頑丈だから。生徒どころか成人男性だってそうそう揺らせない。
にしても、起きぬけに鉄柵をこれだけ揺らせるなんて、体力はあるんだな。
「あら王子様やっとお目覚め? あ~あ、もう少し寝ていて下さればチェンを落とせたのに~」
「ふざけるなっ!! チェンに何かしたらお前を殺してやるからな!!」
おぉおぉ、吠えるのぉ。
怒れる王子の声にチェンは安心したのかポロポロと泣き出した。
「あらあら今まで頑張っていたのに、とうとう泣いちゃったわ~」
「きさま~っ!?」
「じ、ジーン、僕は大丈夫だよ。ジーンは?痛いところはない?」
主の心配をするなんて美しいね。でも。
「ひとの心配している場合? まずはあなたでしょうチェン? 声に張りがないわよ。ああほらこの色白な・・・」
「あ、」
「ほ~ら、もちもちしてる!」
「ふわあ・・・」
「うふふ・・・美味しそう、ねぇ?」
「あ、あ!?あっ!」
ガッシャンッ!!!
「おいっ!チェン!?」
悲壮な呼びかけのわりにさっきよりも鉄柵の音が大きい。体当たりでもしてるのだろう。
「危ない! そんなに当たったら怪我を、」
「うるさい!離せっ!」
「きゃあ!」
「ちょっと! あんたこそミシルに何してんのよ! ブッ飛ばすぞコルァ!」
「やれるものならやってみろ! その前にミシルを殺すぞ!」
「ざけんなっ! こっちにはチェンがいるっつーのっ!」
「くっ」
「吠える前に自分が何をやらかしたのか思い出すのね」
ジーン王子が静かになるとチェンがまたハラハラと泣き出した。
「・・・チェン? 泣くなよ、約束したろ?」
「な、泣いて、なんかいない」
「・・・下手くそ・・・なぁ頼むよ、チェンには何もしないでくれ。そいつは関係ないんだ。何かするなら俺に、俺だけにしてくれ・・・チェンには何もしないでくれ・・・」
「じ、ジーンこそ、約束破るな・・・」
チェンのすすり泣く声だけになった。
「だったら、こっちの質問に全て答えて知ってる事を全部吐くのね」
返事は無かったけど、部屋を出るタイミングはミシルに任せていたので、隣から開錠の音がしてもそのままにした。
「さ、立って下さい。辛いなら寄り掛かって下さいね」
体当たりで消耗したのかミシルのよっこいしょというかけ声が。
そうして、ミシルに肩を借りつつこちらの部屋を覗いたジーン王子は、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「・・・何だ、これは・・・?」
こちらの部屋にいるのは、椅子に縛られたチェン。
その正面に立つ、丼と箸を持つ私。
あるはずの無いコンロで鍋をグツグツさせているマーク。
もう一つのコンロでフライパンを見ているルルー。
そして、ハンクさん。
反省房に机をさらに持ち込んで、その上には大皿が乗っている。
私は丼に入っているものを箸で摘まんでジーン王子に見せた。
「何って、餃子パーティーだけど?」




