続41話 ダンス会です。<淑女>
保健室には私もいるので、おやつにはドロードラング領の物も忍ばせている。小さくても莫大なカロリーを擁するチーズケーキ、ドライフルーツてんこ盛りパウンドケーキがここでも人気。
おかげであまり交流の無かった魔法科の三年生と少し打ち解ける事ができた。お菓子サマサマ、料理長ハンクさんサマサマである。アイス屋に行ってくれた人もいた!あざーす!
そうしてちょっと寛いだ所にまたも誰かが運ばれて来た。
扉を開けて入って来たのは、ジーン王子のお付きのチェンに姫抱っこされたエリザベス姫。
「すみません! あ、足の治療を先にお願いします!」
抱っこされた状態で見えた足は、真っ赤に腫れ上がっていた。
「この足で踊った!?」
愕然としたアンディをそのままに私たちはすぐに姫をベッドに誘導し、まずは靴の上から治癒をする。靴を触るだけで姫が呻く。
「す、すみません、うちの王子、ダンスが苦手で、だいぶ姫様の足を蹴ってしまっていたようで・・・」
チェンがビビりながら私に向かって説明をする。大丈夫、あんたには怒らない。私を見たエリザベス様が苦笑する。
「大丈夫よチェン。ジーン様からダンスは苦手だと聞いていたもの。それより早く戻って? 私のお付きたちがジーン様に詰め寄っていたでしょう。私は回復したから早く迎えに来てと伝えてちょうだい」
泣きそうな顔をしたチェンが、姫に向かって腰よりも低く頭を下げてから保健室を飛び出して行く。
「ありがとうサレスティア。楽になったわ」
「まだお待ち下さい。靴と服に防護魔法を掛けます」
我ながら低い声が出た。
ミシルがアイスティーとチーズケーキを姫に持って来る。
「まあ!チーズケーキ大好きなの! ありがとう」
笑顔で受け取る姫にアンディが声をかける。
「姉上。無理はしないと約束したはずです」
「無理など。こんなこと少々の内に入るでしょう? 何て事もないわ」
「姉上!」
「アンドレイ落ち着きなさいな。ダンスで相手の足を踏むなんて、慣れていないならよくあることよ。私も小さい頃はよくしたわ。貴方の足も何度も踏んでしまったでしょう? ふふっ、懐かしいわね。
・・・ねえ? あなたたちがいてくれるからやり通そうと思えるの。見て、もう治ったわ。ありがとう」
姫もまた、気持ちを隠すのが上手だ。学園や公共の場は特に。
「それにもうすぐ昼休憩になるし、それが終われば残りは半分よ」
難しい顔をしたアンディをそのままに、チーズケーキを美味しそうに食べる姫。そんな笑顔をするから何も言えなくなる。
お茶を飲んで一息ついていると、また廊下が騒がしくなった。
保健室だというのに勢いよくドアを開けて入って来たのはハスブナルのジーン王子だった。
「何だ、もう治ったくせに迎えに来させたのかよ?」
優雅にお茶をしている姫を確認すると鼻を鳴らした。それでもなに食わぬ笑顔を返す姫。
「常に二人組で行動する決まりですわ。せっかくいらしたのですからお茶をいかがです?」
「どこの物とも知れない物など要らないね。そんな時間がもったいない。行くぞ」
ドカドカと入って来て姫の腕を無造作に掴んだジーン王子の腕を、アンディが掴む。
一瞬睨み合う二人。
「・・・何だ?」
「・・・女性へは優しく紳士であれ、だ。それも見られる事を忘れるな」
「はっ。はっはっは、生粋の王子様はお優しいことで」
鼻を鳴らしてアンディの手を振り払う。姫の腕を離し手のひらを差し出すと、姫が優雅に手を乗せた。
「治療をありがとう。ケーキもご馳走さま」
にこりとしたエリザベス姫の姿が見えなくなると、ミシルが私にお茶を持って来た。
「落ち着いて」
わりと真剣なミシルの顔に我に返る。
うん。ありがと。
「あれで少しは改善されるといいんだけど・・・」
アンディが困った様な顔で出入り扉を見ている。
どうかな。姫に歩調を合わせないで自分のペースで進んでるようだし。
「靴と服に防護魔法目一杯掛けたから。百回蹴られてももう痛くない」
まだ低い声の私にアンディが苦笑しながらありがとうと言った。
いくらダンスが苦手でもあんなに腫れる程に当たるだろうか?
運動神経は騎士科所属だし悪くない。ていうかダンスが苦手だとしても普通はあんなになるまで放っておく訳が無い。
そしてあの態度! マジ意味分からん! 姫が大丈夫と言わなければ、速攻シメるのに!
「お嬢、彼は一応他国の王子だからね?」
「ドロードラングに来たのならボッコボコにできたのに・・・」
「いやそれでも駄目だよ・・・」
外交は我慢だ。相手の出方が分からないならなおさら。
外交官がどんなに嫌な奴でも、こちらの要望を通すのに相手と付き合わない訳にはいかない。
ハスブナル国からはジーン王子とチェンしか来ていない。留学という形ではあるが、本人の意思がどこにあるかも分からなくても、こちらはそう受け取る。アーライル国の姫の許嫁候補という位置付けも、外交に関わらせようとする意図がある。
本来は留学生にそこまでさせないが今回は特殊。
自分の行動で自国にも影響が出る、という自覚がいまだに無さそうなのがまた腹立つ!
「姉上はね、お嬢が怒る姿を見ると頑張ろうって思うんだって」
「え?どういうこと?」
「お嬢を暴れさせる訳にはいかないからだよ。それにだいたい僕らは本来、武力よりも話術で渡り合わなきゃいけない。今回それが未熟だと痛感せざるを得ない。ジーンの本音を誰も聞けていないからね」
頭に上っていた血が少し下がる。
「ごめん・・・」
アンディがにこりとする。
「いいんだよお嬢はそれで。感情が分かりやすいのが君だからね」
・・・褒められてない・・・
「怒っても構わないけど一人で先に行かないでね? ちゃんと僕を待って」
「うぅ・・・ハイ」
反省する私の後ろの方では静かに歓声が上がる。「アンドレイ様スゴい!」と。
「これにて、ダンス会を終了します」
終了時間の鐘が鳴り、学園長が終了宣言をする。
今年は途中リタイア脱落者が出なかったようで、全員で終われるらしい。お疲れさま!
ホールに立っていた生徒全員がへたりこんだ。
「今年も皆お疲れさまでした。よくやり遂げましたね」
生徒たちがへたりこんでいても構わずに学園長は話す。例年終了はこんな感じだそうだ。体力化け物のラッカム先輩も座っている。保健室に来なかったのはさすがだ。
ちなみにこの日のために音楽隊も呼んであり、彼らも三交代で演奏しぃの現在ぐったり中。お疲れさまでした。
「このまままとめて回復しますので、音楽隊の皆様もそのまま楽な姿勢でいて下さい」
魔力を回復済みの回復役がホールの壁際に並ぶ。
学園長の音頭に合わせ呪文を唱える。
回復役がそれぞれにぼんやりとした光に包まれると、それは広がり、ホールをドーム型に包んだ。
あ。ミシルの気配がする。
私らのバラバラな魔力を上手くまとめているのは現学園長だ。回復・治癒に関しては私もアンディも普通。それ以上である先輩方はもう就職先が決まっていたりもする。
その先輩すら押しのける勢いがあるのがミシルだ。
エンプツィー様との夏休み特訓は新学期が始まってからも何度か学園で行われた。勘を鈍らせないようにと、ミシルがエンプツィー様に頼んだのだ。
エンプツィー様はやる気のある生徒(又は生徒に限らない相手)にはスパルタだ。これはドロードラングで初めて知った。
私らはミシルの根性を見た。
私はさらにファンになった!
で。そんな事を知らない魔法科生徒が、ミシルだけの特別補習がズルいと何人かが乗り込み、うちひしがれて帰って来た。
補習風景は生徒の誰もの想像を上回る散々な物だった。
とにかく鍛練場がメチャメチャになる程、エンプツィー様はミシルに魔法を向ける。
それを弾いたり相殺したり。
おいおい治癒はどうした?という程に治癒系以外も鍛えられた。
いつもは大人しめのミシルが気合いを入れるために叫ぶ叫ぶ。その様子にもショックを受けるようだ。
という事で、ミシルは先輩方からは一目置かれている。
何たって誰も想像していなかった『怒濤のエンプツィー』を相手にしているのだ。元学園長の誰も希望しない超特別補習。飄々としたただの研究オタク爺じゃなかった事にもショックを受けるらしい。
国王やラトルジン侯爵は「あぁ~」と天を仰いだとアンディに聞いた。何を知ってる?
土木班長グラントリー親方は「昔聞いた、素材ごと吹っ飛ばす魔法使いって学園長(元)の事だったのか!」なんて言うし。
その時の二つ名が『素材殺し』。パーティーが組めず、討伐以外はギルドの依頼をまわせなかったとか。それでよく王族教育係が務まったな・・・
そしてヘロヘロになったミシルを回復するのは私。逆もまた然り。
治癒力を鍛えるためのまさかのスポ根である。
・・・領地でも護身術でけっこうヘロヘロだったけど、魔法でもこうなるとは・・・
あ、亀様の教え方は優しいよ。
ミシルとしてはお世話になった村長のために頑張っているんだろうけど、やり過ぎないように見張るのは私。
エンプツィー様を止めるのも私。ハイになってくるんだよね。
ほんと何度ハリセンが唸ったか。主にエンプツィー様にだけど。
そして鍛練場の補修は学園長が手伝ってくれた。
そうしてミシルは、回復役として学園長から許可が出るほどになった。
ミシルの回復は普通のよりも柔らかい気がする。
母親が幼児をよしよし撫でるような感じ、だろうか。
そうっと包まれる感じ。
そのまま寝てしまいたくなる。
ここは安心できるところ。
心地良い。そして、また立ち上がれる。
続々と回復した生徒が立っていく。
最後の一人が立ち上がり、学園長がそれを確認して解散となった。
皆本当にお疲れさま!




