5話 出稼ぎです。
たぶん、残酷表現はないと思います。
「いやあ凄かったよ!噂以上だった!休憩時間に見に行けて本当に良かった! 女房なんて帰りにもらった匂袋に喜んでいたよ。一品奢ることしかできないが、ゆっくりしていってくれ」
「そんな奢るだなんて!とんでもありません。ご主人、私たちは己の芸を披露しただけです。皆様からは観覧料もきちんといただいておりますので、それ以上の事はどうぞ無しでお願いします。こうして喜んでいただいた感想を聞かせてもらえれば充分でございます」
宿屋の主人がクラウスに照れている。
「俺のようなただの宿屋に随分と丁寧にしてくれるもんだ」
「我等は新参者ですので、丁寧にすることは心掛けてます。時々抜けてしまったりもしますがね」
「ははっ!慣れない事はボロが出るわな! とにかく俺はあんた達の興行はまた見に行くよ! 後で女房も挨拶に来るかもしれないが、勘弁してくれな」
「ありがとうございます」
にこやかだった主人が、スッと真顔になる。
「恥ずかしい話だがうちの領主は手癖が悪い。おたくらは綺麗どころばかりだから、明日の朝すぐに発つといい。夕飯前だが朝飯用にこれを渡しておく。 あ~あ、うちは朝飯も売りなんだがな」
ニヤリとした主人が布袋をクラウスに渡す。
「ありがとうございます。次もこちらの宿屋でお世話になります」
「よろしくな。次も楽しみにしているよ!」
宿屋の主人が去っていく足音を確認して、ルイスさんが笑う。
「さて、荷物をまとめてさっさと出ますか」
「そうですね、気を使っていただいた様なので奥さんがいらっしゃる前にお暇しましょう」
「ご主人、奥さんに怒られないかしら?」
「蹴っ飛ばされるくらいはあるんじゃないですかね」
「・・・あの、私らには何が何だかわからないんですけど。何で宿を出ちゃうんですか? 今、追い出されてたんですか?」
うちの歌姫ライラが不思議そうな顔で荷物をまとめながら聞いてくる。
「そ。助平領主が朝イチで迎えに来るからその前に出た方が良いよ、ってとこかな?」
「ルイスの言う通りでしょう。奥さんが来るときは夕飯に仕込んだ薬が効いているかの確認でしょうな。この朝食に何も仕込まれてなければ、ご主人は純粋に私たちを逃がしてくれようとしてます」
「え!・・・これに何かを仕込んだなら、どうなるんですか?」
ライラが恐る恐る、朝食にと渡された袋を指さす。
「逃げた先の街道で眠っているか痺れているかしている俺らを領主が捕まえて囲うってこと。そうなると主人もクロだが、上手くいけば逃げられる。味方はできないが逃がしたい苦肉の策なんだろね」
《普通の食料だ。薬も術も掛かっていない》
「ということでご主人はシロね。せっかくの好意だから騒がしく行きましょ。トエルさん、リズさん、よろしくね~」
バターンッ!!「っざっけんじゃないわよ!!」「ま、待て待て待て待て待て待て待って!落ち着け!落ち着いて!話せばわかる!」「その話とやらを聞いてこうなってんでしょうが!」「ごごごご誤解だって!」「やかましいわ!」
突然聞こえてきた男女の言い合いに、他の部屋の客が顔を出す。
「今日という今日は許さーん!」「いやいやいやいや、だから誤解!」「うるさい!そこへ直れぃ!もいでやる!!」「何を!?嫌だ~~ぁぁっ!!」
痴話喧嘩をした一組の男女が宿屋から飛び出す。それに続いて、荷物を抱えた旅芸人一座が慌てて二階から降りてくる。
「おいおい、なんの騒ぎだ!?」
宿の主人の前を一座が通りすぎていく。子供達は、待って~と言いながら先の二人を追いかけているようだ。最後尾の座長が大荷物を持って、申し訳なさそうに主人に近づく。
「すみません、ご覧の通りの痴話喧嘩が始まってしまいまして、このままお暇させてもらいます。あの二人は体力の限りに走り続けますので、追いかけないとはぐれてしまいますから」
「あ、じゃあ宿泊代を返すか」
「いえ、お騒がせしましたので迷惑料としてそのままどうぞ。ではまた次回の公演もよろしくお願いいたします。お世話になりました」
「ああ、気を付けてな。また来てくれ!」
ニヤリとした主人ににこりと返す座長。一礼すると騒がしい一団を追いかける。それを店の表で見送る主人。
「・・・また見たいが、来てくれるかねぇ・・・」
寂しげに呟いて、仕事に戻った。
街外れで息を切らせている二人に追いつくと、笑いが込み上げた。
「ふ、二人とも、名演技お疲れさま! トエルさんのダメ男っぷりが、すっごく良かったわ! リズさんの、鬼気迫る演技も見物だった! これなら劇もいけるんじゃない?」
「ダメ男限定ですか。嬉しくないッス~。あー疲れた!」
「私も、出来れば可愛らしい役がいいです~。は~もう今日は走りませんよ~」
「二人とも声の通りがいいから、誰が聞いても痴話喧嘩でしたね」
「クラウスさん、そんな誉め方複雑ッス・・・」
「まあまあ、とにかく逃げ出せたから、さっさと次に行きましょうよ。お土産も買えませんでしたからね」
ルイスさんの言葉にハッとする。そうだった! 今回連れてきた子供達も初旅なので買い物をとても楽しみにしていたのだ。
次の町は平和に興行出来ますように!
***
翌日、宿泊した街で二回公演をし、夕方前に皆でお土産選びをしていたら、なんと!
誘拐されました。テヘ。
ちょうど私が最後尾になってしまった時に衝撃を感じて気がついたら抱きかかえられていたという状況。
不幸中の幸いというか、私だけみたいでホッとした。
イヤまあ、ホッとする状況でもないんだけど。他の子が拐われるよりはいい。
まだ空が明るいからそんなに時間は経っていないはず。イヤーカフからは誰の声もしないから私からの連絡待ちだろう。さっと目をつぶって寝たふり。
《気づいたか》
ぅお!亀様!どこに?
《お前と共にくくられている》
じゃあひとまず安心。皆は無事?
《お前以外は何もない。無事だ》
良かったー。んじゃ私はどうしよっかな。今動いても変わらなそうだから、とりあえず誘拐犯が一息つくまで大人しくしてますかね。
亀様、クラウスとルイスさんに伝えてもらっていい? 通信機だと喋らなきゃいけないし、まだ危なくなりそうなことは控えたい。
《もう伝えてある。クラウスが追って来ている》
ありがとう。
あ、亀様私の下敷きになってんじゃん! うわっ、ごめんなさい!
《? 重くも痛くもない。お前が怪我をしなければ良い》
おおおおお男前~! 亀様イケメン!
《? よくわからんがじっとしておれ。なかなか良い馬だから、落ちたら大怪我をするぞ》
はい!
しっかり抱えられているけど、かなり風の流れが速い。亀様のおかげで感じる振動が少ないだけで、ものすごい速度で走っている。
馬の駈ける音は一頭分しか聞こえない。単独犯か、アジトで合流か。ん~、どこに連れて行かれるやら。
することもないし、亀様がいる安心から寝たふりから本気で寝ちゃいました。
・・・図太くなったなー。
ふわりとした感覚で目が覚めた。
麻布の上に亀様と私をそっと寝かすと、誘拐犯は火を熾こす。お湯を沸かす準備をして、馬を撫でて労う。
寝起き頭でぼんやりしていると、フードを取った誘拐犯がこちらを見た。
「もうすぐお湯が沸くから待ってね」
女性だ。
お茶のいい香りがする。
鍋で煮たお茶を木の椀にわけて私に寄越す。
「熱いから、ふーふーするのよ」
小さい子に言うみたいって、私まだ小さい子のくくりだったわ。その事に笑ってしまったまま、椀を受け取って少し冷まして飲む。・・・薄。ふむ、子供にはちょうどいいかな? 喉も渇いているし状況的にちょうどいい。
「ごちそうさまでした」
お茶を飲み干して椀を返す。そして誘拐犯もその椀でお茶を飲んで一息つく。
「私をどうするの?」
私の質問に苦しげな顔になり、目を逸らした。
「取り引きに付き合ってもらうわ。拐っておいて信じられないでしょうけど、あなたのことは無事に帰すから。大人しくしててね?」
取り引きって何を要求するつもりだろう?
私ら一座は自領から馬で一週間かかるところまでで興行をしてきた。噂はちょっと広まったらしく、初めて行く町なのに歓迎されたことがある。次の興行地を指定しないので、それもまた特別感があるらしい。しめしめ。
目玉はもちろん成長促進魔法だ。楽しそうという理由で始めたけど、案外とこの魔法は舞台や大道芸では使われていない。
まあ、魔法で芸を磨くのは私くらいなのだろう。魔法使いというだけで貴族お抱えになれるし、やっぱり王都に集まるらしい。給料が良いのは大事よね~、モチベーションが違うもの。
冒険好きやお宝狙いの単独魔法使いももちろんいる。
あ~、うちも早く給料制にしたい。せめて新婚さんが屋敷から独立出来るくらいには! 新婚生活は二人でさせてあげたいわ~。
おっとそうそう。誘拐犯の様子を見る限り、取り引き材料は成長促進魔法しかないっぽい。
お金なら歌姫ライラも狙い目だけど、私と交換するより直接拐った方が早い。どこぞに売りつけて足がつく前に逃げられるからね。
何よりこの女は痩せている。
日焼けをしてるようだし、パッと見精悍だけど、やっぱり頬が痩けている。あれだけの速度で馬を走らせるのに一番小さい私に狙いを付けたのだろう。
ただ、私の相手をする時の目が優しい。
母親経験有り・・・か?
理由を聞きたい。
《クラウスが来たぞ》
亀様が言うと同時に誘拐犯が私の後方を睨みながら立ち上がる。私には米粒にしか見えないのに、この女よくわかるな~。
何かを感じたのか、馬も寄ってきた。・・・綺麗な馬・・・。
そう思ったのが伝わったのか、鼻を寄せてきた。
ふふ、愛されている子だ。鼻筋を撫でさせてくれた。いいこ。
クラウスが速度を落として馬から降りる。
私を確認して少しホッとしたよう。アッサリ拐われてごめんなさい、と手を合わせたジェスチャーをする。それに薄く笑って、紙のような物を取り出し、誘拐犯に突きだした。
「要求は何だ」
どうやら誘拐犯はクラウスに場所を指定したメモを渡していたようだ。っていうか・・・
ふぉぉぉぉぉ!クラウスの口調が! 私後でどんだけ怒られるの!? ひ~~っ!?
気持ち、私とクラウスの間に立つ誘拐犯に隠れる。
「貴方の『緑の手』が欲しい」
『緑の手』?・・・って何?
《その土地を豊かに出来る者のこと又はその能力のことだ。その者が居るだけで農作物が豊作に、花は長く咲き、森もよく茂る。獣も幾らか穏やかになる》
そんな人材うちにも欲しいよ!
残念ながらクラウスはちょっと、イヤかなり、イヤ恐ろしく強いと思われるただの人だ。魔法は使えない。
植物巨大化の演目はクラウスがやっている様にタイミングを合わせているので、誰もがクラウスの魔法と思っているだろう。他の子たちの演目でもクラウスは必ずお客から見えるところの舞台上にいるし、私がやっていると気づかないと思う。
私が拐われない為の予防策だったのだけどなぁ。




