続39話 夏休みの終わりに。<クッキークリーム>
「で?何でここでお菓子作りなんです?」
王都アパートに逃げて来ました。簡易台所でクッキーを作ってます。
「だって屋敷のどこにいてもいたたまれない気がしたんだもん。休みの日にうるさくしてゴメンね、リズさん」
呆れた顔をしていたリズさんだったけど手伝ってくれている。
「そんなのいいですよ。休日に一人って特に何もしませんからね~。洗濯も掃除も終わっちゃったし、お嬢が来てくれてちょっと助かりました」
ふふっと笑ってくれた彼女にホッとする。
リズさんのいる治療院はお医者先生が他にも弟子をとったのでシフトを組めるようになった。連休じゃないけど週休二日。お医者先生は週休一日のままだけど、ヨールさんも色々任される事が増えたそうなので、お医者先生は前より楽になったと聞いた。
「クッキー生地を捏ねるって、いいですよね・・・」
リズさんがしみじみと言った。
「あれ、何かあったの?」
「何で私に恋人ができないんですかね?」
何も無かった!! 無さ過ぎた!! しまったーっ!!
「あ~あ、私もお嬢みたいなロマンスが欲しいぃい!! ここにも良い女がいるっての!」
捏ねるはずが、勢いがついて叩きつけている。・・・うどんにすれば良かったかな? きっと美味しいのが出来たろうなぁ。
「お嬢、何を逃避してるんですか」
「いや!? ロマンスとか考えられなくてアパートに来たんだからね!? そういう話題私に合わないでしょ!?」
ビダンッ!ビタン!と叩きつけていた音が止まる。
リズさんが呆れた顔で私を見る。
「何言ってんですか合いますよ。私らのお嬢ですよ?恋愛残念仕様でもこんなに可愛いんだからお釣りが来ます! これでアンディが何かやらかしたら私だって黙ってませんからね」
ウフフと据わった目で笑うのは止めて!?
「お嬢は女の子なんだから、そのままで良いんですよ」
そう、引っ掛かるのはそこ。
私は現在12才だけれど、実際はそうではない歳の差。
本当ならお互い恋愛対象になり得ない。
だけど。・・・だけど。
「何でそんなに自信無さげなんですか? 別にアンディの前で猫を被ってたわけでもあるまいし。むしろ生き生きしてますよ、お嬢は。そんなにさらけ出していて今さらですって。アンディだって嫌だと思ったら婚約解消の相談くらいしてきますよ」
何かにすがる思いがしてリズさんを見上げる。
「それだけの信頼はお互いにあるでしょう? 私らがアンディにヤキモチ焼くくらいには、二人でいるのは当たり前ですよ。この際だからシワッシワの老人になるまで添い遂げるつもりになって下さい。ま、それは私の理想ですけど! 恋人~っ!!」
そしてまた隣でビダンッ!ビタン!と音がなる。
・・・クッキーなんだけどそれ、焼き上がっても食べられるかな?
ちょっと逃避しつつ、ちょっと安心しつつ、私の分は普通に作った。
一度に大量に焼くためにお店の窯を借りに行く。
「恋バナしながらリズに作らせたら駄目ですよ・・・」と、堅過ぎクッキーを前にコックたちに呆れられる。
はい、すみません。私が責任持って食べます。焦がさずに焼いてくれてありがとう!
これを砕いてバニラアイスに混ぜ込めば少しはふやけて食べやすいかなと、アイスを少しもらいスプーン二杯程度のクッキーかす(ごめん、リズさん)を混ぜる。
混ざりきってすぐ一口食べたら「ガリッ!!」となったので、そのまま少し置く。
ちなみにリズさんは焼き上がりを待つ事なく、私を店に送り届けると街に繰り出して行った。ハントしに行くのかと思いきや、街を歩くだけでも楽しくて気分転換になると言う。
・・・王子が現れるのを待つタイプなんだなぁ。
再び一口食べる。クッキーがサクッとした。うまっ!
私の顔を見たコックたちが味見をすると「堅過ぎクッキーかす」を全て持って行ってしまった。
あれ? 私の密かな楽しみになるはずだったのに・・・
「お嬢、はい! これは領地の分で、こっちはアンディの分ですからね。忘れないで下さいよ!」
どんと容器ごと置かれたクッキークリームを持ってまずは領地に。
粉まみれの服を着替えてアンディの元へ、お邪魔してもいいかの確認を取ってから亀様転移。
「いらっしゃい」
そう微笑んで迎えてくれたアンディの後ろには、国王、お妃方、兄王子たち、姫たち、宰相、団長、侯爵、他の大臣方もいた。
「会議中じゃんっ!?」
「うん、ちょうど休憩しようとしたところだったんだ。新作アイスだって?」
国王のお付きさんにアイスの入った容器を渡すと、手を引かれ何故か用意されたアンディの隣の席に座らされた。逆隣は侯爵。
え、ちょっとアンディさん? なぜ私もここに座る?
うわ!?挨拶!!
「突然お邪魔してしまい申し訳ありません」
「いや、アンドレイからの申し出に許可を出したのは私だ。そのままいるがよい」
そう言いながらも国王の視線はアイスに向いている。
ふと見ればレシィもこちらを見てニコニコしてる。
・・・うんまあいっか。
「丁度良かったわ。ドロードラングで掴んだ情報を教えてもらいたいと、私が呼んだのです」
王妃が・・・あれ?側妃方も眉間にシワが。
兄王子たちがため息をつき、王妃たちの並びに座るエリザベス姫もため息をつく。レシィはニコニコ。
何があったの?とアンディを向けば眉が下がった。
「ハスブナル国から姫様方への縁談の申し入れがあった」
侯爵の説明に、反応が一瞬遅れた。
姫様方って、レシィも!?
「それだけではない。サレスティア・ドロードラング伯にもその打診がある」
宰相の言葉に顔が崩れた。
ハア!? 私!?
ここでアイスが各々に配られた。
うん、とにかく食べよう・・・うん旨し。よしよし皆喜んでるな。甘いのが苦手な人はまあしょうがない。
姫たちや側妃たちも会議に出席してるのは、姫たちに直接関わる事だからだろうか。王妃はともかく他の女性の参加は珍しいよね。
ドロードラングだけの仕様だと思ってたのに。
・・・あ。
「私にもということは、ミシルにもあるのでしょうか?」
宰相が首を横に振る。
「いや。ドロードラング伯を指名したから彼女の存在を知らぬ訳は無かろうが、平民相手だからどうとでもなると思っているのだろう」
「最終的な目標はドロードラング伯だろう」
王太子、ルーベンス殿下が続けた。
「領はアーライル国で今一番の成長株ですし」
シュナイル殿下も食べ終えたようだ。
私を狙うというからには、まあ四神が目的なのだろう。
あ~ここまでは無かったわ~。自国の王子と婚約しているってのに。
無茶言うなぁ、ハスブナル。
だいたいそもそもが国同士で不仲のままだろうが。お前のとこと繋がってもこっちに何の利益も無いのにうちの姫を嫁にやるわけないだろうが!
「随分と舐められたものだ、と思っていたところだ」
ラトルジン侯爵が鼻で笑う。目が恐いんですけど。文官のふりして下さいよ。
「何番目か分からん王子の名前を出されてな。そやつを学園に留学させたいらしい」
は? なにそれ?
「今までもハスブナル国から他国に留学したらしい王子や姫は居ったが、国に戻ってからの消息が掴めない事が多い。自身の子をどうしているやらわからん」
はぁ!? なにそれ!?
「ひと昔前にはうちの学園にも何人か留学したが、帰国後その子等へのこちらからの問合せに対して梨の礫だ。戦後は国交断絶したままだからな、今さら縁組みしようなど四神目的としか思えん」
侯爵のオーラが恐ろしい事になっている。
が、私もそれに気づかないくらいに腹が立っている。
自分の子供をどうしたって?
「落ち着いて下さい」
左手を軽く握られる。アンディは苦笑しながら侯爵を見ている。
「こんなあからさまな方法で仕掛けて来たのです。対策しやすいではありませんか。丁度ドロードラング伯もいらしたことですしさっさと決めてしまいましょう」
ん?
「また兄上が王太子の許嫁なら諦めるのではなどと言い出さない内に作戦を立てましょう」
ンン?
「だからそれは、」
「仮初めだとしても、私はそれを許さない。サレスティア・ドロードラングの婚約者は私です」
ルーベンス様の言葉をぶった切って、アンディは言い切った。
そして私を振り返る。
「君がその案を良いと言う事も許さないよ」
・・・あぁ、どうしたらいいんだろう・・・?
どうしようもなく嬉しいなんて。




