続38話 ミシルの村で。(後) <構わない>
「必ず報いたい友がいる。冒険家になって一緒に世界を歩くんだと、彼は言い続けたんです。その時に所持していた武器には人を斬ったあとが無かったのもあり、ジャンが辟易としてそのまま放り出したんです」
クラウスが静かに語った。お祖父様の事を話す時はいつも穏やかに笑う。
村長は苦笑しながらも、一点を見つめたままだ。
「戦場で死体から色々と掠めて溜め込んでいた物をそのまま持たせてくれたんですよ。まあ、檻を壊す程の魔法使いを雇うには全然足りませんでしたけどね。逃がしてもらえたのでそのまま一度帰ったんです」
その屋敷は火事になっていて焼け焦げた残骸しかありませんでした。
村長の目が、仄暗くなった。
魔物の居た屋敷が無くなっていた。
私の体のどこかが、わずかに震えた気がした。
「近所の家の人に聞きました。その理由を誰も教えてはくれませんでしたが、噂は残っていました。
その家は、お上への反乱を企てていた為に焼き討ちにあった、と」
ミシルが手で口を押さえたのを、視界の端に見えた。
「魔法使い以外に誰も運べない筈の檻も残らない焼き討ちとはどれ程なのか? 調べて調べてやっとたどり着いた場所に忍びこんで、隙間からあいつを、やっと見つけました・・・」
村長の暗い目が、恐い。
「生きていました。ただ、あの見慣れた檻の外側に、三重に檻が増えていました」
魔物が生きていた事にホッとした。喜べる状況じゃないけど生きているなら。
「近づいたからアイツも分かったのでしょう、目が合いました。そして直ぐに逃げろと言われました。俺も助ける手段が何もなくて、すごすごとその場を離れました」
すごすごなんて嘘。血の涙を流して、胸を掻きむしって、喉を枯らして。
そんな姿が、村長の表情に見えた。
ミシルが私の腕に触れる。その手に私の手を添えた。
自分以外の温もりにホッとする。
クラウスは村長の肩に手を乗せていた。
「それからずっと調べる事と自棄になるのを繰り返して、生活は荒れました。そうこうしている内に戦が終わりましたが、逃走兵の俺は国を出ていました。そして、行った先々のギルドに世話になりながらアイツの助けになる何かを探しました」
そのうちに一つの噂を聞きました。
と、村長の目が更に暗くなる。
「ハスブナル国が四神を捕らえたらしい、と」
私とミシルは息を呑んだ。
村長はどこを見つめているのか、動かない。
「もしかしてとは思っていました・・・。言葉を話す魔物は珍しい。だけどアイツは見た目も雀のように小さく、全身が赤いのがただ珍しいだけ。ハスブナルが大見得を切っただけだと。
調べる程によく分からなくなりました。アイツは俺にただただ優しくしてくれた。資料にある四神の様に荒ぶる事はいっさい無かった」
村長は顔を両手で覆った。
「アイツが四神だと言うなら、同じ四神を探そうと、それらしい話のある所に行きました。アイツは話が通じたので他の四神も話は聞いてくれるかと。
アイツを閉じ込めているのが魔法使いなら、俺は魔法使いには助けを求めないと決めました。
でも、どこもかしこも空振りで四神なんて居なかった。竜神を祀る地域はたくさんあったけど、この村だけが、何かの気配がありました。それがアイツの加護のおかげかは分かりませんが、この村に留まりました」
村長の手はそのまま。
「四神は人間には脅威でしかない。二体がつるんで現れた事も歴史上無い。本当に話が通じるかも分からない。それでも、俺にはそれしか手が無かった。もしかしたら、ジャンさんとクラウスさんならと思ったが、逃がしてくれた恩ある人達をそんな危険には晒せない」
手が、離れた。
村長の目は濡れていた。
「生きて会うことは、もう叶わないと、覚悟を決めながら、生きてきました。・・・まさか、この村に青龍が本当にいたとは・・・」
村長がミシルを見た。
「ミシル、一度だけ、青龍に、願ってもいいだろうか? 無理と言われても構わない」
光の宿った静かな目。
私の腕を握るミシルの手が震えてる。
「か、構わない、とは、どういう事ですか?」
「助けられないと言われてもその覚悟はあるんだ。その時は村長を誰かに任せて村を離れるだけだよ」
村長は私をも見る。
「旅をしながら色々な物語を覚えました。アイツの近くでそれらを聞かせることにしようと思っています」
穏やかな顔だ。
その魔物のそばに行くということは、とても危険な事だろう。
逃げろ、と言われたのだ。危険しかない。
ただの人が魔法を無効にするのは難しい。素手ではまず無理だ。
無理。でも、諦められない。
かつての想いがよぎった。
私の叶わなかった想い。
でも、それはあっという間に風に吹かれ、星空を背にしたアンディが手を差し出す姿が見えた。
それは、月明かりだったり青空だったり。
いつものアンディ。
いつもアンディはそこにいて、微笑む。
・・・・・・まいったなぁ
「もうこの歳ですし元々最後はそのつもりだったんです。この村での心残りはミシルだけだったので、これだけ元気になって安心しました。あとは、まあ彼らはどうにか生きて行けますしね」
村長が村人の様子を優しく眺める。
「ここに一緒に住むのもいいなと、少し長居し過ぎました・・・」
よくよく見れば、皆の中にタツノオトシゴと白ワンコがまざっている。子供達にじゃれているようだ。
この村もなかなかの人達がいるよね。ミシルのお母さんだって明るい人だったし。犬はともかく、タツノオトシゴはもっと警戒しなよ。
つい脱力してしまう。
「・・・ふふ、そうね。一緒に住むには良いんじゃない? あ、骨を埋める前にドロードラングにも来て欲しいわ。二人で」
村長は静かに微笑んだ。
「では、作戦を立てませんと」
クラウスがにこりとしながら座り直した。村長の眉毛が上がった。
「まずは偵察ね。あまり行かせたくないな~」
「ヤンとルイスに行ってもらいましょう」
「え、その二人? 恋人と奥さんいるじゃん。嫌がるんじゃない?」
「情報について領では速さと確実さは突出した二人ですよ。アーライル国で把握してない情報があれば欲しいですね」
「そっかそうね。その情報をまずは侯爵や宰相とすり合わせましょう。ミシル、その情報によっては青龍にも頼むよ?」
「え!? 私に聞くの?」
「あれ? 青龍とはまだ何も無い?」
「何もって何? 村長みたいな加護とか? 無いよ~! 自分の魔力だってまだまだ使いこなせないのに青龍に助けてもらうのは図々しくない?」
「そう? 私らみたいに遠慮しないでばんばんと付けてもらえばいいのに。亀様に頼んでるのは防御だけど、それでも四神が相手じゃ怪我するけどね~。まあ、白虎も手伝ってくれるんじゃないかな? サリオンの影響か大人しくしてるけど、本当は派手なの好きだろうし」
「え。ねえ、四神が揃うって、大丈夫なの? 学園だって大変だったのに」
あ。・・・ハスブナル、沈むな・・・
「まあそれでも良くない? あの国本当評判悪いしあそこの役人嫌いだし、一回国ごと耕して「駄目ダメ止めて~!」冗談よ」
ミシルがじとんと見てくる。冗談ですよ冗談。
「ふふふ。それをしないための情報収集ですよ」
クラウスが穏やかに言えば、ミシルも落ち着く。
「というわけで村長、もう少し時間をちょうだい。貴方の判断で動いても良いけど、ここで会ったのも何かの縁よ。私魔法使いだけど手を組みましょうよ」
と村長を振り返れば、顎が落ちているんじゃないか?というくらいに口が開いていた。あれ?
オーイと目の前で手を振ってみたら、ハッて言った。大丈夫?
「ち、ちょっと待って。え、四神て、え、今現在、揃っている・・・??」
国潰しの大精霊と言われる、ほっこり穏やか玄武。
眷属に力を預けたままの、抱っこ大好き、甘えんぼ白虎。
目覚めたばかりの残念マザコン、社会勉強中の生真面目青龍。
そして、村長と冒険家になりたい、囚われの朱雀。
村長は白目を剥いて気絶してしまった。
「村長ーーっ!!」
ミシルの叫びに皆がこっちを見た。




