38話 ミシルの村で。(後)
「はははっ! そんな言い方をしたら、俺が物凄い武人みたいじゃないですか。腕っぷしは全然の、逃げ足だけが自慢のこそ泥ですよ」
村長がわははと笑う。隣を見ればクラウスも笑っていた。
「影は追えても姿を見れず、敵の部隊がどうしても一人足りない。最後は文字通り網を張って追い込んで捕まえました」
クラウスの説明に、いやあ、逃げ場が無いって恐かったですね~とまた笑う村長。
え、笑い話?
お祖父様とクラウスに追いかけられるってただ恐怖なんですけど?
「こちらとしてもハスブナルの兵は逃がしたくなかったですからね。必死でしたよ」
ハスブナルの兵!?
あ、でもそうか、戦争の相手だもんね。
あれ? でも逃がしてもらったって・・・
「無様に泣き喚いたんですよ。三日かけて泣き落としたんです」
・・・うわぁ。?でも、それだったら他にも捕虜がいたと思うけど?
「捕虜になった人間は頑張っても数時間で諦めるんですよ。泣く気力も起きなくなるんです」
クラウスが穏やかに言う。そのまま村長に目を向ける。
「その後、どうでしたか?」
村長は静かに苦笑した。
「あの時の約束はまだ果たせていません。まあ、ここに一人でいるのがいい証拠です」
村長は静かにお茶を飲んだ。酒は飲めないらしい。
クラウスも護衛役なのでお茶だ。
私だってもちろん飲めない。
村人たちは各々呑んでいる。死者への供養にどんちゃん騒ぎだ。
私たちの話が聞こえているのはミシルだけ、かな?
「俺は、ただのこそ泥だったんです」
村長は私とミシルに向かって言った。
「盗賊団に所属しない、義賊でもない、その日その日を他人様からちょろまかして一人で生きていました。ある裕福そうな家に盗みに入った時、檻に囚われた小さな魔物と会ったんです」
魔物と聞いてミシルと見合う。
「仰々しい檻のわりに小さな魔物でした」
***
《何者だ》
誰もいないと思われた真っ暗な部屋に入った途端に声を掛けられ、慌てて部屋の暗がりに潜んだ。
《我に闇は効かぬ。窓から入るのは無作法だな》
丸見えと言われてしまった。どこからか確かに視線を感じる。汗が一筋流れた。猫の鳴き真似は効かなそうだ。
「・・・ええと、通りすがりのこそ泥です・・・」
《こそ泥?・・・あぁ盗みに入ったのか。悪い事は言わん、この家の物は止めておけ。高価な物には魔法が掛かっている。前にも盗もうとした者が消し炭になった》
盗めない宝の部屋と分かったが、声も視線もどこからのものか判断がつかない。にしても静か、いや、落ち着いた声だ。
「・・・あの、泥棒だ捕まえろ~とか、騒がないの?」
《何故? 我自身が捕らえられているのに。ここの家人に恨みは特に無いが、助ける義理も無い》
捕らえられている? なるほど。そういう事なら、まあそうだわな。
《お前は・・・変だな。落ち着いている》
「いや混乱してるけど、突き抜けたというか、あんたは何者だい?」
《あぁ、お前の正体は聞いたな。我は、・・・すまぬ、言えぬ》
謝られた!?
《姿を見せる事は構わんが、それで良いか?》
この短時間で相手がだいぶお人好しなのは分かった。だからといってこっちが無事で済む理由も無い。
はっきり言えば恐怖だが、湧き上がった好奇心に従った。
《一番大きな檻は見えるか? その中だ》
部屋に明かりを灯す事はできないが、窓から射し込んだ月明かりがその檻を少しだけ照した。天井にまで届きそうな縦にも横にも大きな檻。
それに寄って行く。そうして見えた姿は、
「あれ? 小さい?」
《まあ、そうだな》
「・・・檻から抜けられそうだけど?」
《檻にも触るな。死ぬぞ。たくさんの術が籠められているらしくてな、通り抜けられんのだ》
魔物自身が頑張れば通り抜けられそうな隙間は罠らしい。
「へー。あ、ご飯の時はどうしてんの?」
《食物は檻の隙間を通れる。投げ入れはせぬが転がして寄越すぞ。我は何も食べぬのに毎朝持ってくるのだ》
「へー。食べなくていいんだ、いいね。俺なんかすぐに腹減るけどなぁ」
途端にぐ~ぅと腹がなった。少々気まずい。
《何だ今のは?》
「俺の腹の虫が鳴いたの」
《ふむ。人とは腹に虫を飼うのか》
噴いた。
「違うよ、腹が減ると音が出るだけだよ。どうなってるのかは分からないけど、虫に腹を食い破られた話も聞いたことないし、う~んと、例え?」
ほぅ、そういうことか。と真面目に言う。
なんだかな~・・・
「ははっ、あんた、面白いな」
《そうか? 我はお前が面白い。この果物を食らうといい》
「え、あんたの飯じゃないの? 良いの?」
《要らぬと言っても家人が持ってくるのだ。腐らせるのも嫌なので食べるが、持ち帰ってもいいぞ》
そうして魔物がこちらへ林檎やその他を色々と転がす。
「やった!ありがとう!」
魔物がぽかんとこちらを見た。
*
次の日。の夜。
窓がスッと開く。
《何だ。また来たのか》
「ちぇっ。今度はバレないと思ったのに~。お、今日も新しい果物が! 毎日桃があるとか、金持ちだなこの家」
《ももというのか》
「うん。街の八百屋ではなかなか見ない高級品だってさ。確かに旨いよな!」
《街の、やおや・・・?》
野菜が色々売られているんだ。
そんな話をした。
*
《まだ隠れる気か?》
「今日こそバレないと!」
《無駄だ。お前の気配は屋敷の外でも分かる》
「がーん!逃げ足と気配の殺し方は自信があったのに!」
*
《何だ怪我をしてるのか?》
「いやあドジった。鳥の巣から卵を取ろうとして木から滑り落ちたんだ。ま、擦り傷だけどな!」
《こちらへ寄れ。治癒を施してやる》
「いいよ、もうかさぶたになったから。あれ?檻の中に本がある」
《うむ。お前の話が面白くてな。本を所望したのだ》
「へー。魔物でも字が読めるんだ。スゲエ!」
《お前も読めるのだろう?》
「読めねぇよー。お触書だって読めねぇし、本なんか触った事もねぇもん」
《・・・そうか。この本はお前にも読ませたいと思ったんだがな》
「・・・ふぅん?」
《そうだ。少し我の加護をやろう。名は何というのだ?》
「名? ねぇよ、そんなもん」
《? 人にはあるものだろう?》
「人は人でも、名前があるのは親がいる奴だけだって」
《・・・そうか。ならば、我の、いや我が付けてやる》
「え、いいよ、今さら・・・」
《・・・シュウ、はどうだ》
「シュウ?・・・シュウ・・・シュウ、か」
《シュウ》
「何?」
そう応えた途端、一瞬目眩がした。
その瞬間に何かに包まれた気がした。ほんのほんの僅かな時間。
ハッとする。
《どうだ?》
「え?どうだも何も・・・あれ、本の字がわかる。あれ?読める?」
《ふむ、上手くいったな》
「え?何?これ」
《果物をやるからシュウは我に面白い話を語れ。シュウの話は面白い》
「・・・うん? よくわかんねぇけど、わかった」
《うむ》
*
「ちょっと! ちょっとちょっと!」
《どうした騒々しい》
「足が速くなってんだけど! コレも加護?」
《そうだ。シュウが捕まってしまったら誰が我に語るのだ》
「あ、あぁ、そういうことか。ありがとな!」
*
《なるほどな。本に書かれている事は事実もあるのか》
「そうみたい。歴史書は大抵同じ事が書かれてたよ。恋愛?は俺にはよく分からねぇ。ただ疲れただけだった・・・。やっぱり物語が一番面白いな~」
《うむ。お前の話は面白い》
「俺のじゃないよ。本にあった話だよ」
《ふむ。我はお前が語れば面白い》
「・・・そう? へへっ!」
*
「この本にあった宝石、本当にあるんだって! 今日ギルドで聞いたんだ。びっくりしたよー!」
《ほぅ》
「冒険家って奴が持ち込んだんだって。大陸中もその他も色んな所を見て回るんだってさ。あ~あ、お前と一緒に行けたらなぁ」
魔物は呆けた表情をした。
「何でそんな顔してんの? お前、閉じ込められてるわりに色んな事を知ってるけど、本当はその色んな事を自分で確かめたいだろ?」
魔物のおたおたした姿も初めて見た。
「ははっ!面白れ~!」
《・・・我は、シュウからの話を聞ければいい》
「俺もお前に話すのは楽しい。・・・いつか、一緒に行けたらいいな?」
《・・・ふ。そうだな》
*
《何だと?もう一度言え》
「だから冒険家になるって言ったの。お前の知りたい所に行ってみて、どんなだったか教えるよ。今までみたいに来れなくなるけど、お前もいつその檻から出られるか分かんねぇし、本だってこの部屋にあるヤツを暗記しちまうよ。つまらないだろ?」
《だが、その檻の中に居る我にも分かる程この国は危うい。戦が起こるのではないか? 危険だ》
「まあ、そうなんだけどさ。でもだから旅の資金を貯めるのにいい機会なんだ、傭兵とか募集兵とか。お前のおかげでどこまでも逃げられるから大丈夫だって」
《浅はかな》
「適当なところでずらかるって。戦なんか最後まで付き合うかよ」
《シュウ》
「考えてもみろよ。途中で逃げ出せば戦の間は余所の国にいるんだ。その方が安全じゃねえ? お前のこの家はデカいし、まあ大丈夫だろ」
《シュウ》
「この憎らしい檻だって、戦の時は守りになるだろ」
《シュウ!》
「この檻を壊す方法を見つけて帰るっ!! 絶対お前をこれから出すっ!!」
いつかのように目を丸くする魔物が面白い。
「いつになるかなんて分からねぇけど。へへっ、俺、お前に触りたい」
《・・・・・・馬鹿め・・・外は危険なのだろう》
「お前の加護があるからな、大丈夫だろ」
《命の保障は無いぞ》
「全力で逃げるって! なあ、行ってらっしゃいって言ってくれよ。そしたら絶対に帰って来れそうだろ?」
《・・・》
「なあ、なあなあ」
《・・・行ってこい》
「ははっ。色気ねぇの」
《行って、来い》
しばし見つめ合う。部屋の外がいつもより騒がしくなってきた。
「やべ、さっき大声だし過ぎた。じゃあな!」
窓枠に足をかける。
《行って!来い!》
「へへっ、行って来ます!」
そして窓から飛び出し駆け出してから、涙が出た。
必ず、お前の所に帰る。




