37話 ミシルの村で。(前)
シロクロカー(仮名)にて生徒たちを家もしくはその近くまで送った時、平民は呆然とするばかりだけど、貴族は大騒ぎでお抱え騎士&魔法使いがお出迎え。
アイス先輩の家は魔法使いがいなかったけど。
危うく戦闘になるところをアンディが取り成してくれたので、誰一人怪我もなく送り届ける事ができた。
が。
「なんだこれは!? 俺抜きでばかり楽しい事をしやがって! 乗せろー!今すぐ乗せろー!ドロードラングの税金上げるぞー!」
最後にアンディを城の敷地に降ろした際に、国一番の我が儘親父に取っ捕まり、十分の空の旅を強要された。
緊張するから嫌だと言うミシルを泣き落として、アンディにも再び乗ってもらっての四人でフワフワしていたら、我が儘親父の奥さん方にも見つかりレシィとエリザベス姫も一緒にさらに十分の空の旅。
なんだこれ、ハーレム飛行か。
そして王城の庭に皆を降ろしたら王様は宰相様と侯爵様に連れて行かれ、王妃様方は可愛いミシルを取り囲み、私は姫たちとじゃれて一息ついた。
アンディに振り返る。
「じゃあ行ってきます!」
「うん、気を付けてね」
「うん。着いたらクラウスを呼ぶし大丈夫」
にこやかに目を合わせるアンディ。
・・・うん? いつもより長くない?
ふとアンディが両手のひらを上げたので、それに私の手を乗せた。
ぎゅっ。
お互いに少しだけ力を入れる。
「クラウスでも手に余る事が起きたら呼んでよ」
「うん、ありがと」
「亀様、お嬢とミシルをお助け下さい」
《うむ、請け負った》
ミシルと二人でシロウに乗り、クロウには荷車を領に返してもらう為、こっから別行動。
「私、空にいるんだね。貴重な事だけど、やっぱり変な感じ」
あはは!そうかも!
「こうして見ても全然国が見えない。遠いんだなぁ」
ミシルが進行方向を見ながら呆れたように言った。
「本当ね。学園が無かったら会えなかったかもね」
学園が無かったら私たちはどこで会えたんだろう?
私の前のミシルが振り返る。
「学園に行けて良かった」
ちょっと照れた感じで笑っちゃって、私をどうしようというのさ!可愛いなー!
「ふふ。さっき、チューするかと思った」
へ?
「お嬢とアンドレイ様」
へ? 私とアンディがチュー? 何で?
「・・・何でそんな顔するのか、こっちが不思議なんだけど・・・」
《ミシルよ、それが主なのだ》
シロウが言う。ミシルが微妙な顔になる。え?何が??
「お互いに好き合っているんじゃないの?」
好き合っ・・・!
「ルルーさんとマークさんみたいな雰囲気になるから、政略婚約って聞いたけど恋人同士なんでしょ?」
恋人!?こっ恋人!? え?ウン?・・・婚約者、だし、違うくはない・・・? えぇ!?あれぇ!?
「え、っと、・・・友だち?ではあるよ・・・?」
うわ、久しぶりにミシルの眉間に皺がよった。
「・・・侍女さんたちが言っていたけど・・・」
《我はアンドレイを連れ出す以外は何も出来んぞ》
「え、亀様も関わってるんですか!?」
《カシーナたちも努力はしているんだがな・・・》
《主はそれを物ともせんのだ・・・》
亀様の苦笑に続き、シロウがため息まじりに呟く。
呆れた空気が漂うとともにミシルの皺がさらに深くなった。えぇ~・・・
「手強い・・・いや、重症・・・?」
何が!? 元気だよ!? とっても元気!
***
「私」の恋は一度だけ。
兄の友人に10才から十年の片恋。
妹としか思われずにアプローチは悉く失敗。
今日こそはと本気の告白をした時ですら「うん、俺も好きだよ!」と朗らかに返された。
私の本気は、妹からの愛情としか認識されなかった。
それでも諦められず、兄弟たちからは呆れられたけど、結婚を決めた彼女を紹介されるまで続いた。
「可愛い妹に一番に報告できて良かった」
無遅刻無欠席皆勤賞を誇った私の勤務経歴に、一週間の空きが出来た。
世界が滅べばいいと布団の中で呪い続けた。
それでも、お腹はすくしトイレにも行く。
健康優良児に超が付く私は、昼も夜も布団の暗闇にいることにも世界を呪うのにも飽き、朝日と共に起きて走って風呂に入り垢を落として家族分の食事を作り食って出勤した。
隈はすぐには取れなかったけど。
あの人には好意しか伝わらなかった。
愛していると言ったけど、私の思うように正しく伝わらなかった。
あの結婚報告の時に彼女の顔が少し青ざめたから、私の本気は彼以外には伝わっていた事に後から気付いた。
私の想いは、好きな人にだけ通じなかった。
十年の付き合いの中、彼は私に向けた事のない顔で彼女を見つめて、微笑み合ってた。
・・・素敵な事だ。
素敵な、結婚式だった。
やっと、諦める事にした。
その夜は、家族団欒で酒を飲んだ(弟はジュース)。
その月は、私が家計簿をつけ始めて最大赤字の月になった。
それくらい飲んでも、怒られなかった。
そうして私の恋心に費やされていたエネルギーは、家計簿とへそくりと借金残高を減らす事に注がれる事になった。
***
「「 磯の香り~!」」
ミシルとハモった。
見慣れた地域に入ったのか、ミシルがあれはねと色々説明してくれる。私も海に近い地域にはあまり馴染みが無いのでとても新鮮だ。年イチの海水浴場しか知らないもんな~。
「あの林を抜けた所に村があるの」
と言いながら既に見えた村には、懐かしの、掘っ立て小屋に似た物がたくさんあった。
「波が荒くなるとすぐに逃げ出せるように、変に家を丈夫に作って逃げ遅れたりしないように粗末な作りなんだって」
なるほどね~!
「まあ、貧乏なのを上手く言ったなって今は思うけど」
目を丸くした私に、ミシルがえへへと笑う。
「今の説明スゴく納得したのに!」
「私もそうだったの!都会に行って気付いたの!」
笑い声が聞こえたのだろう。家の中で作業していたであろう村人が一人二人と現れた。
それに気付いたミシルが手を振る。
「ただいま~!」
シロウがふわりと村に降りた。
見るからに魔物なシロウを恐れてか、一定の距離から誰も近寄らない。ありゃ。
そんな中、一人の爺ちゃんが一歩出た。
「ミシルか・・・!」
「村長!」
声の張り具合から、爺ちゃんではなくおじさんに変更。
ミシルが駆け寄り、深く頭を下げた。
「ただいま戻りました。まだ修行が必要ですが、誰かに怪我を負わせる事はなくなりました。学園が夏の長期休暇に入ったのでドロードラング様に連れて来てもらえました」
上体をガバリと起こしたミシルは周りの人々と目を合わせ、村長にまた向き合う。
「私、元気です!」
村長がミシルを抱きしめた。
それを皮切りに村人たちが群がった。
ミシルが人波に埋もれるのを、シロウと並んで見てた。
「そうか、イムは駄目だったか・・・」
ミシルの母親の遺体は今、青龍に預かってもらっている。
まずは村長に大まかに説明をして、その後村に連れて来てもらう予定。結局皆に話してしまったけど。
村長含め、村人たちはそっとミシルの母親の冥福を祈っていた。
はい、ただいま村長さん家にお邪魔してます。家の中にも外にも村人さんがいます。
「ドロードラングさんでしたか。大変にお世話になったようで、感謝の言葉もございません」
「いいえ。ミシルが魔力を安定して使いこなせるまで学園で指導しますので、今すぐ帰す事ができず申し訳ありません」
「いやいや! それはドロードラングさんやリンダールさんが納得するまでお願いします。私らでは何もできませんから。ミシルもそれで良いんだろう?」
「はい!」
そこで話は一区切りとし、外に出て亀様にクラウスと青龍を呼んでもらう。
砂浜に音も無くクラウスが現れる。
ざわめく村人たち。
「あれ?青龍は?」
「ご自分でいらっしゃるそうです」
ふうん? ミシル母を連れて来るのに何か手間取っているんだろか?
と思っていると、青空に胡麻粒を発見。
隣のミシルが私の袖をそっと掴み、クラウスがあぁと呟く。
その胡麻粒はぐんぐんと大きくなり、青く煌めくモノになった。
脱力する私らに気付いた村の人が、目線の先の空飛ぶ物体を見つけた。
その間もぐんぐんとそれは近づき、その異様な姿に何人かが腰を抜かす。
ぐんぐん、ぐんぐんと迫るスピードに反して、風の流れも感じさせずにそれは砂浜に静かに降り立った。
ミシル母をくわえた標準サイズの青龍が現れた。
《すまぬ。遅くなった》
「馬鹿かーっ!!」
《ええっ!?》




