36話 夏合宿その3。
「よし。今日も頑張ろう」 オオーッ!!
アイス先輩の掛け声に男子生徒たちが拳を上げる。
「今日もしっかりとこなしましょう」 ハイ!!
女子生徒もまた、キャシー先輩に返事をする。
この二人がまとめ役になったようだ。
アイス先輩もキャシー先輩も視野が広くなってきた。自分の仕事をこなしながら、手こずっている人の助けに入る事が多くなったそうだ。それにつられてか他の先輩たちもそのように動くようになってきた。
学園で教えるのは、自分一人で仕事をこなす、自分の割り当ては完璧にする、というもの。
まあ、貴族または王族に仕えるのに、個のスペックは高い方がいい。だけど助け合いも必要だ。それで早く済ませる事ができるならその方がいい。
ドロードラングで単独で動くのは私とクラウスを含めた男(親父)たちが何人かだけ。女子は例え強かろうが二人以上で行動する。例外はネリアさんだけ。
防犯目的の事だけど、成人しても男女共に、仕事以外でもまだ下の子たちの面倒をみる。
後輩を育てるのも大事な仕事だ。
「これからも良いんじゃない? 合宿」
皆を見送って、アンディが言った。
「そんな事言うならアンディも組み込むよ? もちろん教える方で」
「僕が? 何を教えるの?」
「王族への対処」
「王族自ら?」
「一度で覚えるんじゃない?」
厳しいな~。そう笑って私たちも執務室に向かう。
「僕も狩りにまぜてもらえないかな? 魔法科の生徒にどんな風に魔法を使うか見せた方が良いでしょ。お嬢じゃ特異過ぎて参考にならないだろうから」
言うね~。そうかもだけど。
でも、そんな前線に立って大丈夫だろうか。
「大丈夫とは言い切れないけど、今後魔物が目の前に現れない保証もないから僕もそれに慣れておきたい。亀様を信用していない訳じゃないよ。万が一の時に安心に胡座をかいて全然動けないんじゃ意味がない」
ふむ。
「じゃあ私も一緒に行く。私だっていつまで助手をやらされるか分からないから、順を追って魔法を見せられるようにならなきゃ」
学園には討伐実習がある。
ギルドが初心者用の依頼を生徒用に分けてくれる。もちろんクリアすれば報酬をもらえる。平民生徒にはいい収入源だ。
文官科侍女科には薬草採集や代筆なんかもある。
「お嬢様、アンドレイ様、先程ジアク領ギルド長よりトレント討伐の依頼が届きましたので、昼前に行かれますか?」
クラウスがその封書を持ってきた。
んじゃあ木材調達に行きますか~。
「おりゃあーーっ!」
トレントがまた一体、木材に変わる。
「とまあ、最終的にはこう加工出来ると後が色々楽になる。が、それは置いておく。さて、トレントに有効なのは火だ。討伐するだけなら燃やして構わない」
私がトレントを討伐する後ろでアンディが皆に説明をしている。
「火が使えなくても、戦士職と組むならば他の魔法でも戦える。例えば水だ」
手のひら程度の直径の水球を出したアンディは、それをトレントの目に当てる。トレントの動きが一瞬止まる。
「あの程度の大きさのものでも、目に当てて視界を塞げればトレントの動きを一時的に止められる。対象の動きが止まれば戦士職もだいぶ楽になる」
止まった隙にアイス先輩たちが枝を切り落として行く。
「トレントの討伐で気をつけるのは枝だ。あれを振り回されると近寄るのが難しい。威力の弱い魔法では弾かれる時もある。なので、目に当て続けて動きをなるべく止めたまま、次は足だ」
そうしてまた水球を目に当てる。今度は続けて。
「足の方が枝より太いから時間が掛かる事に注意するように。だから魔法攻撃が途切れないようにする」
そして足が切り落とされたトレントは倒れた。
「トレントは根である足が無くなればほぼ討伐終了だが、目の光が無くなるまでは油断しないように。その後は火をつけても良し、討伐部位を取って帰っても良しだ」
「ドロードラングに限って言えば、枝葉以外全部持ち帰ってくれると尚良しね」
腐葉土を作るのに葉っぱは残さないとね~。
割り当て分を倒した私もまざる。今回は大量発生ではないのですぐに終わった。
私の持ち帰り発言に苦笑したアンディは皆に続ける。
「人数が多いからと油断はしないように。僕ら魔法使いは遠距離攻撃になるが、討伐対象以外の魔物が寄って来たりもする。それにも注意を払わなければならない」
その事に気づいて顔色を青くする生徒たちに笑いかけるアンディ。
「経験は大事だというのはそういう事だ。討伐実習は教師が付く。守りの強い内に魔力が弱いからと遠慮せずに何度か参加するように」
はい!と皆が返事する。
「ああ、明らかにランクが上の魔物と出会ったら全力で逃げるのも大事だよ」
アイス先輩が恐る恐る手を上げる。
「逃げられないと思うのですが・・・」
まあ普通はそう思うね。
なので、シン爺ちゃんに手伝ってもらう事にしました。
今日の午後はシン爺と鬼ごっこよ~と言うと、ゲェッ!?と騒がれた。
「逃げられないと思うのですが!?」
まあ「練習」だから~。
「今日のおやつはパンケーキ~。蜂蜜いっぱいかけなさいよ~」
誰一人としてシン爺ちゃんから逃げられず、そして時間の限りに何度も追いかけられ、食堂で席に着くなりテーブルに突っ伏した。
「ほっほ~!すまんのぅハンク殿」
一人元気なシン爺ちゃん。目の前にホカホカのパンケーキを置いてくれたハンクさんにもニコニコだ。
「いえいえ。パンケーキでこちらを手伝ってもらえるなら腹がはち切れるまで焼きますよ」
「なんという贅沢!死してなお一片の悔い無しじゃな!」
はい。シン爺ちゃんの好物パンケーキで釣りました。
安い!助かる!
教会の分も焼いて、後で迎えに来るであろうギンさんに渡す予定。シン爺ちゃんに預けると確実に減るから。
そしてぐったりしていた生徒たちも起き上がる。
「嫌だもう・・・美味しそうな匂いだけで疲れが飛びそう・・・」
キャシー先輩がのろのろとした動作で、バターが溶けだしたパンケーキに蜂蜜を掛ける。
「私たち本当なら配膳もするはずなのに・・・すみません、インディさん・・・」
お茶をついで回っていたインディに、キャシー先輩が頭を下げた。
「ふふ、いいのよ、シンお爺さんとの鬼ごっこだもの。私だって立ち上がれなくなるわ。本当にたくさん焼いてあるから、温かい内にいっぱい食べてね」
フワッと笑うインディに男女皆がうっすらと顔を赤くしながらフォークを手に取り、ふわっふわのパンケーキの美味しさに大騒ぎになった。
「これ!このパンケーキにはどんな秘密が!?」卵をとにかく泡立てるのだよ、ツェーリ商会のテッド君。とりあえず食え。
この道具を使うのさ、とハンクさんが泡立て器(手動)をテッドに見せる。
受け取ってしげしげと見るテッド。
ボウルと卵を持ってきて使い方を教えるハンクさん。
皆がその様子を見ている。
「ほら、このくらいになったら粉とさっくり混ぜるんだ」
「もうこんなに!?」短時間でふんわり泡立った卵に女子が驚く。
パンケーキなら平民だって作るので女子は経験があるのだろう。
調理道具といえば、柄の長いヘラ、柄の長いフォーク、柄の長いスプーン、フライ返し、お玉。
箸文化では無いので菜箸もないけど、泡立て器が画期的な道具だったのには驚いた。だからハンクさんは最初ロールケーキにハマったのだ。毎日毎日スポンジばっかり焼いてたもんな~。生クリームも毎日泡立ててたな~。
「はいはい、お代わり欲しい人~。今食べないとあげないわよ~」
うちの歌姫ライラがパンケーキがたくさん乗った大皿を左手に持ち、右手にはトングを持ってやって来た。
・・・結婚してから旦那に似て逞しくなったな~。
「何、お嬢?」
いえいえ何も~!
軽やかに笑う派手美人にやっぱり皆赤くなりながらも、お代わりの手を上げたのだった。




