続35話 夏合宿その2。<出世払い>
子供たちの舞台の練習を見ていた時、ハーシーさんの息子さんがやって来た。
「あの!お騒がせした上に、お世話になりました!」
ガバッと直角に体を折る。
その姿はもう旅装束だ。その腰には子供たち用うちの仕様の保存袋が付いている。
「ちゃんと休めた? ハーシーさんには挨拶したの?」
「はい。用はもう済みました。ご飯、すげぇ、いえ、とても美味しかったです!ご馳走さまでした。保存袋もありがとうございます。とう、ち、父に聞きました!」
ははっ、たどたどしいな~。
ハーシーさんの息子さんはお母様が亡くなった後、冒険者になったそうだ。ギルドでたまたま出会った初心者たちと六人パーティーを組んだらしい。
この細っこい体で?と言ったら弓専門ですと答えた。ハーシーさんがいなくなってからそれで足りない分の飯を賄っていたというから、随分小さい頃から培った自信のある腕なのだろう。うんうん。
そのギルドでハーシーさんの元同僚に偶然会い、アーライル国で似た男を見かけたと聞き、ドロードラングにたどり着いた。特に焦る旅でもない初心者パーティーだ。仲間のモヤモヤを解決しようと皆でやって来たが、うちで宿が取れず、仲間たちはダルトリー領で待っているそうだ。
「とりあえず一発殴ったのでもういいです。自分としては精一杯の力を込めたんですけど、倒せませんでした・・・」
悔しそうに苦笑する。
「そんなのまた挑戦すればいいわ」
息子さんの目が丸くなる。
「あなたのお母様が最後まで信じた男よ。息子とはいえたった一発でそうそう倒れるわけ無いじゃない。でも、お母様はあなたを誇りに思ってる。一人遺しても心配ないから先に旅立たれた。
だから、あなたはこれからもっと強くなる。ここまで付き合ってくれた仲間とね」
握りこぶしが震える。
私に付いているマークと息子さんに付いていたラージスさんがニヤニヤする。
「ハーシーさんがいる限り何度でも来なさい。そのついでに珍しい食材を持ってきて。物によっては買うから」
隣にいたマークが噴いた。
そして笑いを堪えたラージスさんが息子さんにピアスを渡す。
「これは一回だけ使える物だ。ハーシーの所にと強く願えば転移できる。お前さんの触れた全てを連れる事ができる。ただし、お前が身に着けていないと使えない。他の誰も使えない。これもハーシーの願いだ」
説明を聞いた息子さんは腰の保存袋に触れながらも呆然とラージスさんを見上げる。
「餞別だ。また会うための」
息子さんの肩に手を置き、ニヤリとするラージスさん。
「親父の代わりに言ってやるよ。『何かの時は頼れ』。全滅する前にな」
「そうよ。死んでなければどうにかしてあげる」
「でもまあそれまでは死ぬ気でやれよ。親父さんはどうか知らないけど、うちのお嬢はそこら辺厳しいからな~」
マークもそう笑いながら彼の肩を叩く。
息子さんはまた直角になった。
そして鼻をすすって顔を上げると、背筋を伸ばして「ありがとうございました!次も歩いて来ます!」と仲間の元へ戻って行った。
後ろ姿を見送って、ハーシーさんが作業してるだろう方向を見る。
「泣いて別れを惜しむってそんなに恥ずかしいかしら。男って本当カッコつけよね」
「ゆうべ済ませてたみたいですよ、ぎこちなく」
ぎこちなく!ははっ!
「まあ、あのピアスをお嬢に頼むくらいには大事に心配してるのは分かりましたね」
「ラージスさんも要る?」
「そうですね~。冒険者になりたいと言うならピアスが必要ないと思えるくらいには鍛えてから見送ります。ナタリーは頼むかもしれませんけど」
「ラージスさんとこ娘でしょう。どれだけ鍛える気ですか・・・」とげんなりマーク。
「ん? お嬢と渡り合えるくらい」
「ごくごく普通の女の子に育ててあげてっ!! 絶対恨まれるからっ!!」
スケボーで追いかけっこを始めた私とマークを子供たちが笑って見てた。
「「「 お嬢!!」」」
お昼に戻ったら女子たちに囲まれた。侍女科魔法科全員だ。
な、何何何何!?皆目が恐い!?ミシルの目も恐い!?
なに!?服飾棟で何があったのー!?
「・・・これ、出世払いで良い?」
侍女科三年のキャシー先輩が自分の胸を指しながら、コソッと言う。
?? 大きくて羨ましいソレで何を払う気だ・・・?
あ!
そっか、ブラか。
ラトルジン侯爵夫人より綿レースをいただいた。
懇意にしているデザイナーのお弟子さんが練習で作った物。当然売り物にはできないので、ドレス全体のデザインをする時の試しにしか使われない。
そして流行り廃りの服飾関係なので、型落ちの綿レースその他は処分になる。たまたまその現場に立ち会った夫人が交渉してくれて、無料でいただけました。
レース作りまで手を出せなかった服飾班は現物を見て狂喜乱舞。
・・・マジ恐かったんでそのまま渡しました。私は箱の蓋を開けただけでした。
で、うちでも売り物には使わないと決め、レース編みの見本として使う、服のデザイン案としてあてるとなった。
使いたいのに使えない。地味にフラストレーションがたまってしまって殺伐とした服飾棟の雰囲気に困ったカシーナさんが相談に来た。
領民全員には足りないし、男連中はまあ必要ないだろうけど、子供たちにも足りないかも? 一人につき少ししか使えない・・・。
さて困ったな~、と閃いたのがブラジャーとショーツへの飾り使い。
見えないオシャレというのもツボだったのか、服飾棟は新たな熱気に包まれた。
それが入学前の話。今回生徒たちはマーケティング目的で試着させられたんだろう。
「カシーナさんが出世払いでって言ったの?」
皆がブンブン!と首を横に振る。恐っ。
「試供品だから持ち帰っていいって! 使用感を教えてもらえればそれでいいって! スパイダーシルクのレースのリボン飾りが付いた下着なんて着け心地がものすごく良くたって無料だと恐いのよ!? 忘れているようだけど平民にはお目に掛かれない生地だからね!? 出世払いって言ったけど支払い終わるまで私たちじゃ何年もかかるからね!?」
代表でキャシー先輩が私に迫る。ああそういうことか~。
「はいはい落ち着いて~。ドロードラング領にある布はほとんどスパイダーシルクよ。うちはこれが主流なの。シルクと言いながらもものすごく丈夫だし、材料に困ってない。今は逆に綿の方が貴重なの。下着類の改良点も外からの意見が欲しいし、そういう投資なのコレも。許可済みよ」
女子たちが微妙な顔になる。う~ん。
「下着はいつかは商品として売り出すわ。だから次に欲しくなったら自分で買って。ちなみにうちの下着は売れると思う?」
「「「 思う!! すごく高価そうだけど!!」」」
おおぉぉそうかい、うん、そんなに寄らなくても聞こえるよ~。
「じゃあその時は宣伝もよろしくね。それがうちの目的だから今回だけよ無料なのは。わかった?」
納得してくれたのか集まりは解散となった。さあ、お昼を食べましょう。
キャシー先輩がまだそばにいた。真っ直ぐ私を見る。
「お嬢、私、けっこう本気でドロードラング領で働きたくなってきたんだけど」
おおぉっ!
「とても嬉しい。まずは、親御さんとよく話し合ってからね」
「・・・そうね・・・うん。今回、ドロードラング領に来られて本当に良かった。掃除洗濯のコツも学園で習ったよりもあったし、護身術もとても為になったわ」
我が儘なお嬢様に仕えてそこで手堅い結婚相手を探そうと思ってたけど、それよりもずっとずっと、ここでは楽しく生きていけそうだもの。指導は厳しいけど。
そう笑って、キャシー先輩は食事の列に並んだ。
それを一緒に眺めていたミシルがこちらを向く。
「私もすごく楽しい。空を飛ぶなんて思ってなかったし、仕事がたくさんあるし、ご飯はとても美味しいし、皆がとても優しい。連れてきてくれてありがとう。・・・ふふ、お嬢ってよく泣くよね。青龍と同じくらい?」
違うと言いたかったけど、ビアンカ様の本で青龍と同じくらいに泣いた事があったので黙ってた。それにまだ泣いてないやい!声は出せないけど!
「どうしたの?」
「あ、アンドレイ様、サリオン様」
ミシルが二人に対して礼をする。貴族に対する練習だ。とっさの時にもできるようになってきた。よしよし。
「先輩にドロードラングがとても楽しくて本気で働きたいと言われて、この状態に・・・」
喋れない私の代わりにミシルが答えた。
「姉上は嬉しいんですね」
「その様だね。良かったね、お嬢」
アンディが頭をポンポンとし、サリオンが手を繋いでハンカチをくれた。
私の下手くそ刺繍ハンカチ。
刺繍が下手くそ過ぎて情けなくて泣きそう・・・




