35話 夏合宿その2。
うちは代々騎士としてやってきたが・・・遺された者は、皆ああいう心持ちになるのだろうか・・・
泣き疲れて眠った息子を抱えたハーシーさんが食堂から出た後、アイス先輩がぼそっと言った。
ラージスさんが苦笑しながら、ぐしぐしとでっかい手でアイス先輩の頭を撫でる。
「色々考えろよ少年。無意味に振るう剣では役に立たない時があるからな」
そんな行為はあまりされた事がないのだろう。小さくはいと言いながらも、ぐしゃぐしゃになった髪を直さずに呆然とラージスさんを見上げていた。
「では、この一画をお願いします」
「かしこまり~、んじゃ皆見ててね~」
騎馬の国ルルドゥ領にて、今季の耕運機始動いたします。
合宿メンバー全員とアンディで来ました。
ボフッ!!
縦百メートル、横百メートル、厚み五十センチの土が、地上二メートルに浮き上がる。
そして空中でバラける。そのさらに上には馬糞と枯草が浮いている。
シュシュシュシュシュシュ・・・
枯草が細かくなり、馬糞と土と混ざりあい、静かに、空いた穴に戻された。
「はい終了。この作業の注意点は枯草をなるべく細かくすること、混ぜた土を戻す時にそっとすることよー。ここで勢いよくドカンと落とすと、せっかく柔らかくした土が固くなるからねー」
・・・返事がない。
見渡すと、アンディとルルドゥ領主となった元首長だけがにこにことしている。
あと二つ分耕す。
「お嬢、ありがとうございました。これで芋の苗を来週に植えられます」
「あ、畝も作る?」
「それくらいはできますよ。正直、苗が足りないくらい耕してもらったので、他の種も蒔けますから、それに合わせて畝を作ります」
「そう?じゃあ雑草取りとか手伝いに来るから、必要な時は呼んでね」
「その時はよろしくお願いします。あ!そうだ。タタルゥで頼まれていた物を買ってきたらしいですよ。お嬢に見てもらいたいって言ってたんで、ついでに顔を出してやって下さい」
お!あれかな?
「・・・だから、規模が、おかしくない・・・?」
沈黙の生徒軍団からボソリと聞こえた。
ん? 何が? 外国で畑を作ったこと? 騎馬の国とは持ちつ持たれつだから良いんです。
んじゃ今日の実習はこれで終了ね~。
***
次の日。朝食を終え、皆を送り出してから、食堂のテーブルに簡易カマド(コンロ)でコーヒーを沸かしてみた。
メンバーにアンディを含んでの試飲会。
「へぇ~、これが『コーヒー』ってヤツですか。・・・香りが良いような焦げ臭いような・・・」
コーヒー豆を手に入れました! やっぱりあった!
タタルゥとルルドゥと色々と行商に行くようになった先で、黒い飲み物でお茶のように親しまれている物があったら買っといてと頼んでいた。
そこではコーヒー豆を砕かないで煮出して飲むタイプだったみたいだけど、手に入れてソッコー鍛冶班キム親方に道具を発注。
コーヒー豆を挽くミルと、エスプレッソポットっぽい物を作ってもらい(一晩で出来た。オタク万歳)、火にかけて、コップにわけたところ。
黒い液体は醤油で耐性がついたのかあまり騒がないけど、香りが全然違うので皆が覗きこむ。
さっきのセリフは料理長ハンクさん。
「本当ならもっと見て楽しい道具があるんだけど、とりあえずコレで飲んでみよう! このままだと濃いから牛乳と砂糖を入れまーす」
「濃い?」
「お湯や水で薄めればいいけど、この作り方だと強烈に味が濃いよ。健康的にすすめないわ。このままのを味見する?」
じゃあ少し・・・とハンクさんが小皿に分けた少量をグビッと飲んだ。
「ぐはあっ!?ごふぉッ!?」
水っ!水っ!と調理場に走って行く。
わ~・・・ハンクさんのこんな姿、初めて見たわ~。
「何ですかコレ・・・香りに騙された・・・焦げか・・・茶を煮詰め過ぎたやつよりひどいですね・・・」
水を飲みながらコップ片手に涙目で帰って来た。
そのハンクさんに、今度は温めた牛乳と砂糖を入れ、私の味見済み(スプーンでしたよ)のコーヒーを渡す。アンディにも一口くらい。
「はい。私はコレくらいが美味しいよ」
スッゴい顰めっ面で受け取ったハンクさんは、今度はちょびっとだけ口を付けた。
「!!・・・旨い、なんだこれ!?」
「わ、本当だ。へ~」
一口飲むとハンクさんは弟子に渡し、彼らも恐る恐る一口ずつ飲んでいく。
「作り方にも因るんだけど、この道具を使った場合は薄めたり牛乳で割ったりした方が飲みやすいわ。大人は砂糖無しでも飲めると思うけど、子供たちは砂糖が入ってる方が良いかな?」
「じゃあ本当にお茶と同じ扱いなんですね~。は~。色々あるなぁ」
「で、コレでアイスクリーム作りたいんだけど、どう?」
「は~は~なるほど、良いですね。まあ、コーヒーを広めてからの方がアイスの受けも良いと思いますがね」
よし! コーヒー味、近々デビューです!
「あの、さっきのコーヒーだけのも味見させてもらっていいですか?」
とコックたちが言うのでもう一回沸かして飲ませた。
・・・そうしてチャレンジャーたちは水場に群がったのだった・・・
だから言ったじゃん。
「うわっ!・・・これは凄い味だ・・・」
アンディ何してんの!?
「あれ? たんぽぽ茶の匂いがする・・・?」
おやつに戻って来た特別クラスの中の農民女子が一人、ふと呟いた。調理場でコーヒー豆を挽いてはコーヒーを淹れている。
ええ!? アーライル国にたんぽぽコーヒーがあったの!?
聞けば北にあるホイストン領のごくごく一部の田舎で飲まれているとか。
「私の村は昔からたんぽぽの根をお茶にして飲んでるの。お客様には茶葉を使ってお茶を出すけど、村人が家で飲むのはほとんどがたんぽぽ茶だよ。村が貧乏で、茶葉なんて何軒かで出しあって一つを買うんだ。学園に来て茶葉でしかお茶を淹れないって分かって、うぅ、恥ずかしい・・・」
「何言ってんの。私、探してたんだよ!たんぽぽコーヒー! いよいよ自作かと腹を括りそうだったんだから!」
なんて事だ!
てことは?私の欲しい物は大抵揃うんじゃないの?米だってあったし?
「予定変更! この後昼まで事情聴取よ!」
大人たちがざわつく。
「事情聴取って、穏やかじゃないな」
ニックさんが苦笑。
「田舎だけで、地元だけで食べられている、周りは知らない物がまだあるはずよ! それを教えてちょうだい! ということでたんぽぽ茶なんだけど、スミィ! それ、毎年どれだけ生産してるの?商品を見たいのだけど、あなたを送り届けた時に飲ませてよ! そして取引は誰に聞け、ガッ!?」
マークの縦チョップが入った。後頭部が痛い。
・・・ああそうね、おやつだね。
今日のおやつはカスタードクリームにレモン果汁と細かくしたレモンの皮が入ったレモンパイよ。冷し紅茶とどうぞ。
さあ! さっさと食べて教えなさい!
「お嬢様、女子はこの後服飾棟の見学ですが?」
!・・・そそそそそうでしたねカシーナさん。ええ!遠慮なく予定通り日程をこなして下さい! ハイわたくし空き時間を見計らって皆さんに聞き取りイタシマスのでェェっ!
「わはは、お嬢はカシーナには勝てねぇなぁ」
何言ってんのニックさん! 言っておくけどね!ネリアさんにもクラウスにも勝てないわよ!他にも結構いるんだから!
「はぁ良かった・・・実は服飾棟に行くのを楽しみにしてたんだ。ドロードラングのドレスは人気だから、直接見られるのが嬉しいんだ! 自慢しちゃう!」
ねー!と、スミィが女子たちと笑う。
そっか。
大蜘蛛の数は増えたけど、だからって布、服の生産量を増やしていない。うちのお針子たちは優秀だけど、その彼女たちが質を落とすことを許さない。余っている機織り機がある程だ。
ラトルジン侯爵夫人、騎士団長夫人マミリス様と、販路を確保したのに、現在王妃様方を含めた貴族夫人たちにしか販売できていない。それでも貴族のドレスなので、より丁寧に製作する事になる。高く買ってもらえるのはいいが、時間がかかる事が更に稀少価値を付けてしまった。
そして何が問題かと言うと、成長していく子供たちの服を作る事もお針子たちは大好きなのだ。
「子供たちの服とドレス作りは選べない!!」
と言う。
ジャンルがこんなに違うのに、どちらも燃えるらしい。
てか基本、服という全てを作るのが楽しくて仕様がない、という顔で作業をしている。もちろん男たちの服だって手を抜かない。
お針子の数を増やしたいが、なかなかハードルが高い。まだまだ領内では他にも仕事があるので、人数を確保し辛いのだ。
更にカシーナさん、お針子たちが納得する技術を修得しないと作業に参加できないという難関職になってしまった。
なので、やる気のある乙女たちが他の仕事をこなしながらギラギラと修行中。新人は随時募集中である。
もう、男たちからも募集しようかな・・・何人かいるよね、きっと・・・オトメンが。
ミシンを作った方がいいかな~?
蜘蛛たちは増やし過ぎると縄張り争いがあるからな~。そうなるとストレスで糸の質が落ちる。そんな事になったら私が怒られるのだ。
・・・なぜ私なのだろか・・・?管理?不行き届き?になるのか?・・・ならばイタシカタナシ。甘んじて文句を受けよう・・・できれば、ほどほどで、お願いしたい。
今以上の数の大蜘蛛飼育は、担当のロドリスさんの弟子がもう少し育ってからだな~。
そう、ミシン。なぜいまだに作らないかは、なるべく職に就く人数を多くするため。細工師ネリアさんから足踏みミシンの製作の案が出たのだけど「手縫いが基本です」と真顔のカシーナさんに負けました。
確かにお針子たちの手縫い仕事は早い。かつて授業でビクビクとミシンを使っていた私の数十倍は早い。弟の制服の裾直しなんか、手縫いで間に合ったもんな~。テープもあったし。
プロすげぇ。
ということでミシンを作るのは様子をみているところ。
生徒の何人か、将来服飾班に入りたいってドロードラングに来ないかな~。
そうして。
男子が狩りに行き、女子もまた新たな戦場に向かうのを見送ったのだった。




