続続34話 夏合宿その1。<庶民派>
その後は格闘技訓練。
子供たちの相手には元盗賊と義手義足連中。
げんなりする生徒たちをまずは見学させる。
元気に動く子供たちに戦慄しながらも、騎士科生徒は真剣だ。
女子は女子で護身術を侍女たちが指導。
マークの師匠と紹介されたニックさんにビビりつつも、手合わせを願い出るアイス先輩たち。まあ、マークにもまだ勝てないのでこてんぱんだ。でも楽しそう。
その他男子は護身術から。と言いたかったが、体が固くて柔軟を念入りにしている。
「いいかー。自分の体がどれだけ動けるか知っておくのは大事だぞー。誰かを守る時、助ける時、戦いを生業にしなくとも、事故なんかに会った時に避けられるように、自分自身が逃げられるようになー」
訓練終了後、ぜはぜはと言う生徒たちにニックさんが軽く声を掛ける。
・・・聞こえてるのだろうか?
「あと、ここにいる間はきちっと飯を食えよー」
あ、お昼ですよー。
「・・・これだけ体がしんどいと食欲など無いはずなのに、何なんだドロードラングの食べ物は・・・美味い~!」
アイス先輩の呟きに騎士科生徒が頷き、他の生徒たちも口をモゴモゴとさせながら頷く。
今日のハンバーガーは照り焼きだぜ! ちょっと入ってるマヨネーズがいいよね!
「このハンバーガーは王都では売らないのですか? アイスクリームのように紙で包めば持ち帰りもできそうです!」
商家の男の子、テッド・ツェーリが言う。王都のツェーリ商会の次男坊。まさかの魔法素養に家族で驚いたとか。
ほうほう良いね、商売に関する興味を持つのは。
「肉屋とパン屋と八百屋で相談ね。テッドの商会で馴染みの所に教えてもいいわよ」
何故か生徒全員が目を丸くした。
「ええっ!? 余所に教えるって、自分の所で出さないんですか!? このテリヤキソースはどの店にもありませんよ?」
テッドが立ち上がって慌ててる。
あ、やっぱりそう思うんだ。
「でも材料さえ揃えばどこの料理人でも作れる物よ」
「だからそれを独占すれば良いじゃないですか?」
「それも良いんだけど、あんまり派手に売れてもどこかの店が潰れちゃうでしょ。基本的にうちは王都で稼ぐよりも領地まで来て欲しいのよ。その方が安く提供出来るから」
「だけど出し渋っている間に盗られちゃいますよ?」
「いいわよ別に」
ええ~っ!?と叫ばれた。
「味の好みなんてバラバラでしょう? 盗んだ人が美味しいと思う味付けで出せばいいわ。王都だって同じメニューでも店毎に味が違うじゃない? まあそれでもうちの料理人が作った物が一番美味しいけどね!」
「はっはっは。そんな風に言い切られると料理人冥利につきますね」
ハンクさんがお代わりハンバーガーとフライドポテトを持って来た。へろへろの生徒たちの手がまた伸びる。食え食え。
「このイモ揚げだって味付けは塩と胡椒だ。材料さえあれば家でも作れるよ」
「油の値段が高いですし『揚げる』って、初めて食べました」
「そうだな。俺もお嬢がこうしようと言わなければ思い付かなかった調理法だ。うちで安く提供出来るのはお嬢がいるからだよ。薄々気づいてるとは思うがドロードラングには魔法製品が多い。お嬢がいなければできなかった保管庫のおかげで、夏でも肉も野菜も駄目にせずに済んでいる。材料が豊富だから安く提供出来ているのもドロードラングの強みだ。
それを王都の物で作った時に単価がいくらになるか計算してみな。うちのお嬢は庶民派だが、けして慈善家じゃないぞ」
ハンクさんの言葉を聞きテッドが計算を始める。さすが商家の子、暗算か。
「当然でしょ。私は領主よ。自領の利益が一番よ。施しなんかしないわ、投資よ投資。ま、魔法があったから今こうして投資できるまでになったんだけどね」
「では、この合宿は投資か。・・・だが俺はシュナイル殿下から離れる気はない」
アイス先輩が真面目にこちらを見る。
「もちろんそれで良いです。誘った人を全て取り込むのは無理ですよ。私は毎日が平和であれば良いんです。そのためには何だってするつもりです」
そう。できることは何だってしておきたい。
「アイス先輩たちがシュナイル殿下の側にいてドロードラングが平和であれば、何も言う事はありません。皆もそう。どこにいても穏やかに暮らすために頑張ってるなら、それで良い。困ったなら助けに行くし、頑張れなかったら連れて来るだけよ。アーライル国が平和ならそれで良いの。そういう意味の投資よ」
生徒たちがシンとしてしまった。
ハンクさんはにこにことしている。
・・・何かズレてたかしら?
アイス先輩の表情がゆるんだ。
「俺の家名はモーズレイだ。アイス呼びはいい加減止めろ」
「え? 『アイス・モーズレイ』ですよね?」
「違ーう!! マイルズだ!」
「『マイルズ・アイス・モーズレイ』?」
「わざとにも程がある!」
皆で笑った。
午後からは遊園地周辺のゴミチェック。不審者チェックもするので大人と組んでの見回りだ。
私はまた執務室で仕事です。クラウスやルイスさん、クインさんが仕分けしてくれてるけど、書類はなかなか多い。
サリオンは昼寝でアンディはその付き添いに行ってしまった。
・・・姉の領分が・・・! 仕事をちゃっちゃと終わらしてやる!!
『お嬢。今いいですか?』
「ラージスさん? どーぞー」
『見回り中にハーシーが子供に絡まれたんですけど、屋敷の一室借りていいですか?』
は? どういう状況?
そうして連れて来られたのは食堂。
頬を義手で押さえたハーシーさんと、痩せた子供を担いだラージスさん、その荷物を持ったアイス先輩と子供たち。
あ、見回りは終わったのか。
「離せ!離せよ!そこの腰抜けをぶっ飛ばしてやるんだ!!」
騒ぐ少年を椅子に降ろしそのまま押さえるラージスさん。ハンクさんがホットミルクを持って来て少年に渡す。
「まぁとりあえず一杯飲め。突然襲ったら犯罪だが理由によってはその場を設けてやる」
ラージスさんの言葉に渋々とミルクを飲む少年。蜂蜜入りだぜ、たんと飲め。
「うま・・・」
一気に飲み干した。
「もう一杯飲む?」
初めて私に気づいた少年は慌てて首を横に振った。
コップを受け取りながら、どんな理由でハーシーさんを殴ったのか聞いてみた。
「やっと見つけたから、殴った」
少年は真っ直ぐハーシーさんを睨む。ハーシーさんはずっと俯いている。今度はハーシーさんに聞いてみた。
「この少年に殴られる理由があるの?」
深呼吸を一つしたハーシーさんは、ゆっくり顔を上げ、はっきりと口にした。
「息子です」
傭兵だったハーシーさんはとある戦いで大怪我を負い、利き腕を失ったと同時に自信も無くした。遅くに生まれた息子と大事な嫁の元に帰る気も無くなってしまった。
その戦いで死んだ場合、その家族には補償金が支払われると約束されていた。
傭兵としてプライドの高かったハーシーさんは、ボロボロになった自分を家族には見せたくなかった。それに片手では碌な職には就けない。食うに困るならと、死んだ事にして補償金の払いの手続きをした。
死んだ事になったので国に帰る事もできなくなった。
ここから、二人の幸せを祈ろう。
「こんの糞馬鹿野郎!!」
大人しくしていた少年が叫んだ。ラージスさんが慌てて押さえる。
「何が幸せだ!! 何が金だ!! 母ちゃんは!そんなの要らなかったんだ! アンタが帰ってくれば! それだけで良かったんだ!! 最後まで笑ってた! 朝から晩まで俺以上に働いて!体を壊して!休んでって言っても!こんなので寝てたら父ちゃんに申し訳ないなんて言って! お!俺の成人を待って、ゆっくり、眠るように・・・」
少年が、俯いて、服の胸元をぎゅうっと握る。
「利き腕がないからなんだ、片腕だからなんだ! それでも! 母ちゃんは! あんたが戻ってくれば! それだけで幸せだったんだ!! 俺だって働けた! アンタ一人くらい!増えたって! 全然、平気、だったんだ・・・」
ハーシーさんが少年を抱きしめた。成人したと言うわりには細過ぎるその体を、恐々と。
「この、腰抜け!」
「すまない・・・」
「こんな所でのほほんとしやがって!」
「すまない・・・」
「あの世で母ちゃんに土下座しろ!」
「必ず」
ガッと、少年がハーシーさんの服を掴んだ。
「・・・生きてた・・・父ちゃん・・・」
ハーシーさんが、少年をかき抱いた。
二人でずっと泣いていた。
それを、ずっと見守った。
お疲れさまでした。
あ!女子に洗濯掃除しかさせてない!しまった!
次話は色々やってもらおう。
騎馬の民のお引越しもどこかでやります。そのうち……たぶん。
ではまた、次回お会いできますように。




