34話 夏合宿その1。
後半は充分に空の旅を堪能した生徒たちは、ドロードラング領の様子を確認し、近づくにつれ口数が減った。
初めて見る物に圧倒されているようだ。
ホテルではなく、屋敷の前にゆっくりと降りる。
屋敷に今いるメンバーが出迎えてくれていた。
「はい到着。シロウ、クロウ、お疲れさま。楽しかったよ。さあ皆、降りて」
アンディが指示していく。
なぜか。
私が使い物にならないから。
屋敷の上空に差し掛かった時から、私の目は涙ですぐ前に座るミシルすらよく見えない。
地上で領の皆と白虎が待っていてくれた。
白虎の隣には、サリオンが立っていた。
学園に行く前は、耳と尻尾が付いていた。
コトラの姿で見送ってくれた。
でも、その白虎は、隣にいる。
サリオンが自分で立っている。
地上に着いてクロウが伏せてくれても、もう一人では降りられない。
クラウスが苦笑してる。と、思う。私を抱き上げて降ろしてくれた。
サリオンがてくてくとこちらに来る。
「お帰りなさい。姉上」
コトラと同じ声。だけど、違う。
ああ、こういう顔で笑うんだ・・・
「・・・びっくりした?」
少し不安げに首を傾げ、私を見上げる。
ああ、サリオン・・・
「・・・う゛ん゛!」
抱きしめた。
ぼったりと腫れ上がった瞼をそのままに、広間に待っててもらった生徒たちに合宿の流れを説明をする。
皆の視線はスルー。
とりあえず今日は領の見学とその他。皆若いし、体力あるから見学は歩きねー。
「皆様こんにちは。いつも姉がお世話になっております。僕は弟のサリオン・ドロードラングです。この合宿が有意義なものになるように、微力ながらお手伝いいたします」
私の隣でサリオンが練習したであろう挨拶を堂々とする。
よく出来ましたーっ!
あまりの可愛さにおねーちゃん鼻血が出そうだよ!!
ああ!なでなでしたい!!撫でくりまわしたい!!
でもまだ一人で動くようになって一ヶ月そこそこ。コトラとして舞台も立っているけど、自分一人で動くのはまた違うらしい。
ので、白虎(現在柴犬の成犬程の大きさ)がぴったり付いている。
そしてサリオンは、広間の壁にクラウスたちと並んで手招きするアンディにてくてく近づいて行く。
所作はアンディにも習ったそうだ。
いつの間に!?っていうか、よくも黙っていたわねアンディ!
アンディはそれもあって忙しかったそうだ。
ああ!アンディがサリオンをなでなでしてる!?
よく出来ました、っていうアンディがすっかり兄ポジション。
え!?あそこに私の入る隙はあるの?
・・・ええ~、何に嫉妬したらいいのコレ?
「お嬢、続き」
マークが突っ込む。マークたちは亀様転移で来ました。私の忘れ物が無いかを一応チェックしてもらいました。
えーと、説明は一応終わったから、えーと・・・
「はいじゃあ、おやつ出すぞー」
「「「 ハンクさん!!」」」
皆の胃袋鷲掴み、料理長ハンクさんが登場。うちの侍女たちがトレイに生徒たち分のチーズケーキを持って来る。女子でも三口で食べきれる小さい物だけど、お茶も飲んでちょこっと寛げたかな?
アイス先輩が項垂れている。
「ドロードラングのデザート事情はどうなってるんだ・・・美味い~~っ!」
あざーす!
さて、見学開始です。
まずは保管庫、冷凍冷蔵庫。ここに屋敷とホテルで使う食材が入ってます。あ、ジャーキーとか売り物用に保管庫一個追加しました。
家畜小屋。現在も鶏と牛。増築済み。
作業小屋。土木班専用作業場&保管庫。鍛冶班作業場&保管庫。服飾班&染織班の合同作業場。
細工班の小道具が増えて、一棟増設。
薬草班も薬草畑のすぐそばに一棟建てた。
大蜘蛛飼育場。大蜘蛛の数はたぶん増えてる。敷地も倍になった。うっかり姿を見た子が絶叫。うん定番。
畑をぐる~っと回り、騎馬の民が半分国に帰った騎馬の里を案内。男子二十五人はこっちでテントだよ。屋敷までちょっと遠いから嫌がるかと思ったけど。まあ、ザンドルさんが見せてくれたテントにテンション上がったようだから大丈夫か。
そして温泉、遊園地とホテルの脇を通り、屋敷に到着。
「はいお疲れ~。まあ、うちなんてこんなもんよ。自分等の領地とたいして変わらなかったでしょう?」
「色々おかしいのいっぱいあったぞ!?まずこの大通りだ!どうしたらこうなる!?」「あの!あの保管庫!いくらで売ってもらえます!?」「畑の広さが異常だよ・・・」「・・・大蜘蛛って飼えるもの!?」「騎馬の民って、砂漠の国だよな、何でいるの?」「いやまず移動に使った荷車だろ!浮くってなんだ!?」「鍬や鋤が尋常じゃない煌めきだったんだけど!?あれ農具だよね!?」
はいはい落ち着け~。
とりあえずお昼にするから、ほれ、屋敷に入れ入れ~。
と。騒ぐ生徒をハンクさんのオムライスで黙らせ、寛いだ所を子供たちが「絵本を読んで!」と襲撃。
漏れなく皆が読まされている間、私はサリオンとアンディの元へ。白虎は騎馬の里にいるらしく、今はそばにいない。
先に気づいたのはアンディ。私に向かって小さく手を振る仕草にサリオンもこちらを向いて笑う。
「・・・怒ってる?」
そばによってもジリジリとしている私に、アンディが少しだけ恐る恐ると聞く。
「ううん、悔しいの。サリオンが自分で立つ時は私が一番に見られると思ってたから。私の知らないところで二人が仲良しなのも悔しい。どっちに妬いたらいいのかしらと思ってる」
ぼそぼそと呟く私に気を抜く二人。
「僕だって姉上がコトラをとても可愛がるのにやきもちを妬いたよ。白虎も大好きだけど、僕なのに、って」
ええ~?だって、サリオンが動いてるんだよ?可愛いじゃん!
あ。
サリオンの笑顔がアンディに似てる。
仕様がないなぁという感じ。・・・大人だな!
・・・あれ? 私、弟にも甘やかされてる・・・?
「愛だよ、愛」
ブッ! アンディがそういう風に言うとは!
サリオンが立ち上がり、両腕を広げる。
また抱きしめた。
小さい身体。
7才なのに、私の肩にも届かない。
でも、元気だ。
うちにいる他の7才の子よりも動けないけど、元気だ。
「白虎も、アンディも、ありがとう」
サリオンの私に触れる手に力が入った。
ああ、サリオンが動いてる。
自分で、自分を動かしている。
嬉しい
サリオンが自分の意思で生きている。
嬉しい
「おじょー! お兄さん読むのヘター!」「おねーさんもヘター!」「貴族のおにーさんの読み方、こーわーいー!」
どうやら読み聞かせは散々なよう。
子供って素直だからね~。お貴族様も関係無い。容赦無いね、うちの子たちは。
先輩方がうちひしがれている。
だよね~。こんな風に言われる事がないもんね~。
「あ! サリオンずるい! 僕もおじょーと抱っこ!」「アンディ!ぼくも抱っこ!」「わたしも!おじょー!」
わらわらと寄ってくる子供たち。サリオンを避難させてアンディとアイコンタクト。
よし来ーい!
その後生徒たちは子供たちと行動を共にした。
乾いた洗濯物を取り込み、シーツやらテーブルクロスやらを子供監督の指示のもと畳んでいくのだけど、ここでも子供たちからの「下手っぴコール」が響いた。
お貴族様たちはもちろん初体験。平民たちは丈夫な真っ白い布に触った事が無いのでビビって力加減ができてない。
それを子供たちがわりと丁寧に指導していく。
「ピタッと合わせないと、かさねてしまうのができないの」
なるほどと頷く。
「終わったかー? 畳み方を終えたら男は俺に付いて来いなー」
ニックさんがヒョコっと顔を出す。その後ろからはカシーナさんが。
「女子は私の所へ集まって下さいね」
お、ここから男女別か。後はよろしく~。
ニックさんは親指を立て、カシーナさんはにっこり頷く。
そんじゃあ私は執務室にいます。
よろしくね~。




