続4話 亀様です。<人をみたい>
私が意識を取り戻して吊し上げを喰らうまで、更に一週間かかった。その間に部屋に見舞いに来てくれた人のお小言を聞き流しながら、気絶した後の事を知った。
大亀はその場にじっとして、クラウスたちに謝罪したそうだ。
言葉が通じる事にも驚いたのに、人間側の事も理解している様子に戸惑った。大亀の攻撃する意思はないとの言葉を信じてとりあえず皆と合流。真っ青になっている私に騒然となったが、そのまま逃げるよりはこのまま回復を待つことにしたそうだ。
大亀は大人しいし、私らには頼る所が無かったから。
私の様子が丸一日変わらず、不安になったルルーがマークと一緒に大亀の元へ、何か回復の助けになるものを聞きに行った。
大亀の見立てでは魔力の一時的な枯渇が原因だそうだが、私の他に魔法使いは領内にいない。近隣の田舎領地にも魔法使いがいるかは不明。四方八方の地域に散らばって一番近くにいる魔法使いを連れて来ようと焦っていると、大亀が自分の魔力を分けようと言った。
魔力とは基本はみな同じらしい。ただ、大亀のものは人間に比べると強力なので、私の体が耐えられるようにごく少しずつ流す。
時間がかかるぞ。というセリフを聞き終える前に二人は飛び出し、皆に判断を仰いだ。それは満場一致で採用される。
私の事は大亀に任せ、それぞれ日常の生活を心がける。魔力以外の一切を受け付けない私を心配しながら、仕事の合間に私の様子を聞くために大亀の元に通った。
大亀から魔力の充填が済んだと聞いたのはダンだった。転がるように走りながらマークに突撃する。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらどうにか伝えると、吠えるように泣き出した。
そうして、私の側には今まで以上の人数で必ず誰かがついた。少しも見逃さないという気迫で。
「皆様には、大変にお世話になりました! 心からお詫びとお礼を申し上げます! ありがとうございました! これからは無茶な飛び出しはいたしません! 右を見て、左を見て、深呼吸をして、皆様の避難を最優先にします! そして後から必ず意識を持って追いかけます!」
そうして現在、「お墓は大事だけども生きてる者を第一に!」と皆からのお説教中。私は土下座をしております。チビッコたちにまで一人残らず怒られました・・・心配させてごめんなさい!
「お嬢様の回復をお祝いしたいところですが、それは明日、大亀様のそばですることにして、今夜はこれまでとします」
クラウスの締めで解散。おやすみなさいと子供たちが手を振って、大人たちは正座をする私の頭を撫でて行く。
生きてて良かった、私。
助けてくれてありがとう、皆。
翌日。皆で大亀の前に集まりお礼をする。言葉の他には野菜と干し肉を持てるだけ持ち、大人たちの蜂蜜酒を供える。神様扱いだ。特に動くこともなく、もっぱらテレパシーで誰とでも会話をする不思議穏やか神様と認識されている。まあ、その姿もある意味神々しいのだが、扱いが雑である。特に子供たち。
「カメ様のしっぽ面白~い!」
前世であれば段ボールで土手を滑る遊びも、段ボールなんて無いので木でソリを作りました。子供たちが運びやすく乗りやすいように紐つけて。見た目はほぼ板だけど、急拵えの割には楽しく遊べているようだ。ガタガタ音はご愛敬。摩擦で火がつくと困るのでコーティングもしてある。
やっぱり子供たちの笑い声って和む~。
そんな遊び場にされてもカメ様はへでもない。しっぽ部分が一番長く滑れるようにと、実はちょっと動いてくれてたし。
・・・「神様」ってそんなことする!?
《永く生きてはいるが、神ではない》
なんと土属性の魔物だそうだ。亀なら水属性じゃないの?と聞いたら、土属性にと割りふられたとの返事。・・・誰に・・・?
そしてなぜか人に興味津々。小さいくせに賑やかなのが興味をひくらしい。地下で眠りながら地上の世界を感じていたそうだ。で、何年かに一度寝ぼけて地上に出ると国を潰してしまい、人がいなくなった場所でまた静かに眠りにつく。今までその繰り返しで、今回早くに覚醒できた事をとても喜んでいるらしい。
大きさや破壊力の規模と目覚めのスパンから、どう考えても神話級の存在である。
《人間を見てみたかった》
変な魔物。
だが、彼(と言っていいものか?)が友好的で喜んでいるのは私たちの方だ。主に私。そして領民はまた戦慄する。
「カメ様さ~、しばらく起きてるなら私の教師になって欲しいんだけど、どう?」
《きょうし?》
「色々と教えてもらいたい事があるんだ。いい?」
《我で、わかることは、構わない》
神をも畏れぬ所業。誰かが呟いたけど立ってるものは親でも使えって言うじゃない! これで魔法専門教師をゲットです!
ただ。私の快気祝いという名の宴会の隅で、恩人に対する言葉使いではありませんでしたね、とカシーナさんに正座で説教されました。・・・とほほ。
***
広場に歓声があがる。
色とりどりの花が観客の上に舞っている。その花は手に取ると香りを残してフッと消える。その不思議さに大人も子供も喜んだ。
祭りでもないのに季節外れに訪れた旅芸人の一座が、観覧料を無しで広場を使わせてくれと来た。自分等は駆け出し芸人なので芸の感想を聞かせて欲しいと。
十人程度の一座は、農閑期の暇をもて余していた客をあっという間に夢中にさせた。ムクムクと大木に育った豆だったり、大きな蕾が咲いた中にフワフワとした服を来た幼女が座っていたり、三人の少女が揃いの衣装で歌えば客席を含めたあちらこちらに花が咲き、剣舞をする少年たちの剣先から花が飛んできたり、とにかく花尽くしの時間を楽しんだ。
「無料で見せたわりにおひねりが多かったわね。ウケたと思っていいかしら?」
芸人一座として泊まった宿で集計金額に驚いた。これだったら観覧料をとっても良かったんじゃない?
「そうですね。収穫期の後なので客の懐具合も良かったのでしょうが、次の町では予定していた料金でやってみましょうか」
クラウスの言葉に「そうだな」と「え!?」と二種類の声があがる。
「そうだな」は裏方のニックさん、ラージスさん。
「え!?」は舞台に上がった少年少女。
「一旦、領に帰るって!」
普段着に着替え、ホッとしていたルルーが立ち上がる。膝上十センチのワンピースは恥ずかしかったらしく、一番に着替え終えていた。けどゴメンね~。
「皆なかなか舞台度胸があるじゃない! とても初めてとは見えなかったわよ。その調子であと二ヶ所くらい回りましょ」
えええええ!!
「だって、まだこれしか出来ないから同じものを毎日は見せられないでしょ?」
「とりあえず一回って言ったじゃないですか!」
マークも立った。
「一回やって良かったから次もやろうってんじゃないの。ライラたちの歌、とても良かったもの! お客さんうっとりしてたわよ~。もちろんマークとタイトの剣舞も!」
「じゃあせめてルルーたちの衣装の丈を伸ばして下さいよ。足が出過ぎでしょう!」
「不可!」
「早っ!」
「あんたたちも女子の綺麗な足にウハウハだって知ってんのよ!」
「その言い方!おっさんか! 他の男に見せたくないって言ってんの!!」
「そんな事を言うくらいならルイスさんみたいに俺の嫁だから駄目くらい言ってみろ! カシーナさんでも計画立ててたのに! 頓挫だよ!」
「ハイ。俺はお嬢の言う通りウハウハなので女子の衣装はそのままで」
剣舞担当タイトが手を上げると、マークが掴みかかった。
「タイト!てめえ!裏切り者!」
「俺は欲望に忠実なんだ。ライラもインディもルルーも可愛く似合っている! あれ以上に足を出すのは嫌だけどな」
しれっと言うタイトにマークの体がわなわなしてる。
「お、俺だって可愛いと思ってるよ! だけど駄目だ!」
「何でさ?」
「だってルルーは!・・・・・・・・・うぅ、うが~~っ!」
バタン!と部屋から飛び出すマークを見送り、ルルー以外の全員が蹲った。やり取りに茫然としていたルルーがハッとしてマークを追って出ていく。その足音が遠ざかったのを確認して大・爆・笑。
「もうちょっとだったのに~!」
「あ、あそこまで言ってるのに!」
「マークの照れポイントがわからない!」
「あ、あんまり、いじってやるなよ? やり過ぎると意固地になるぞ。まわりは面白いけどな~」
「ひ~、け、経験談ですか?」
「そ。タイトもそのうちどうしようもなくなる時が来るぞ。ラージスはなかったか?」
「俺もありますよ。まあ、その時に自棄になったお陰でナタリーを嫁にできましたけどね。クラウスさんは?」
「私の場合は妻は婚約者として紹介されましたから、マークの様子は新鮮です。お嬢様、衣装の丈は直しますか?」
「あのカシーナさんから了解を取ったのよ、変えないわ。それともやっぱり嫌?」
いくら淑女教育の鬼軍曹から許可を取ったとはいえ、着ている娘たちが嫌なら変更はするよ。とライラたちの方を見ると二人とも笑った。
「私ら全員気に入っていますよ! ちょっとだけ恥ずかしいですけど。ね?インディ」
「うん!衣装可愛いです! お嬢様の衣装もフワフワが可愛いです! 蕾が開くと妖精がいるって客席がざわつきましたよね!」
うし!多数決~!
「だよね~!あれは気持ち良かった! 服飾班に一番に報告よ。じゃあ明日は隣町で頑張りましょう!」
おーっ!
《マークとルルーを放って置いていいのか?》
皆の視線が私の抱く白い亀のぬいぐるみに集中する。
「大丈夫。文句を言ったって最後にはしっかり付き合ってくれるし、ルルーが一番に追っかけていけばすぐに機嫌が直るんだもの」
《そうか。人とは奥深いな》
「思春期の少年少女が一番不可思議で面白いですぜ、亀様」
ニックさんの言葉にまた皆で笑った。