続33話 一つの決着です。<クリスティアーナ・カドガン>
「そうだったの・・・そのことを私が聞いても良かったのかしら?」
エリザベス様の部屋のソファセットに座らせてもらってます。
エリザベス様は一人、その向かいにクリスティアーナ様と私が並んで座ってます。
「さすがに食堂の男性の前や平民棟の私の部屋では他の生徒に聞こえる恐れがありました。思い付いたのが領地かエリザベス様だけだったのです。突然にすみませんでした」
「も、申し訳、ご、ござい、ませ、ん、」
ボロボロに泣いているクリスティアーナ様。二枚目のハンカチも半分がびしゃびしゃになっている。
「いいのよ。貴女もたくさん我慢してたのね」
エリザベス様が優しく声をかけると、さらにクリスティアーナ様の涙が溢れた。
叫んだ事で気が抜けたのか、目の前に姫が現れたからか、クリスティアーナ様はパニックを起こしてわんわんと泣き出してしまった。
まあ、王宮で聞いた事を大っぴらに叫んだのだ。よっぽどの動揺だったのだろう。
今回は呼び出して叱られるだろうな。・・・擁護に行こう。
アンディに今日はゴメンと連絡をし、エンプツィー様には遅刻しますのでよろしくお願いいたしますと釘を刺し、マークとルルーにはそういうわけで普通に登校してくれと伝えた。
エリザベス様とクリスティアーナ様の事は、エリザベス様のお付きに頼んで欠席の連絡をしてもらった。
エリザベス様たちの試験日じゃ無くて本当に良かった・・・。
クリスティアーナ様が手をあげた理由を教えてくれた。
クリスティアーナ様の初恋はアンディだった。
小さい頃から賢い子だったクリスティアーナ様に宰相様は、アンディと結婚してカドガン家に入り婿になってもらいたいと言っていたらしい。
大好きな父親の言葉を守るべく勉学に励み、アンディに並んでも恥ずかしくないようにと努力をした。
そしていつしか、アンディに恋をした。
恋を知り、更に努力を重ねた。
なのに、婚約が決まったのはシュナイル第二王子殿下だった。
ショックだった。
アンドレイ王子の婚約者には、よりにもよって奴隷王という国犯の娘だった。
父が最後まで反対をした。でも、国王、ラトルジン侯爵、当時の学園長の三人の推薦には誰も勝てなかった。
犯罪者の娘でも、その犯罪を止めたのがその娘だったから。
自分には無い大きな大きな功績があった。
努力して努力して努力しても、好きな人に届くことはなかったと呆然とした。
シュナイル第二王子殿下は寡黙な方だ。
ショックを引きずる自分には会話の糸口すらも見出だせない。
淑女として会話が成り立たないのは落第だ。
王族の伴侶に選ばれるのは栄誉だ。自分だけの事ではない。
わかっている。でも、・・・でも。
カドガン嬢は、確か花が好きだったな。庭に出てみないか?
無表情で手を差し出す殿下に正直戸惑った。
でも誘われたなら行かなければ。
手をとった。
そして、花が咲き乱れる庭園をクリスティアーナに合わせて進んでくれた。
綺麗な花に癒されたし、言葉が少なくともそばにいてくれた事にも、ほんの少しだけ心が動いた。
それからも、二人でいても特に会話が弾む事は無かった。
天気が良ければ外に出て、部屋ではクリスティアーナの淹れたお茶を美味しいと言ってゆっくりと味わってくれた。
日々、些細な事しか無かった。
けれどそれが、クリスティアーナの心を癒した。
シュナイル殿下は、クリスティアーナの心が彼に追い付くのをただ待っていてくれている。
そんな気がした。
だって、学園で親しげな友人たちに向けるものとは、同じようで違う目をしていたから。
とても、優しかったから。
安心して、踏み出せた。
なのに。
四神が付いているのならドロードラングのをルーベンス殿下にあてがったらいいのではないかと誰それが言っていたな。
ほう。それは良いかもしれん。
しかし、バルツァー国の姫はどうする?
シュナイル殿下に変更すれば良い。あちらも第二王子なら文句はあるまい。
ではカドガン卿の娘はアンドレイ殿下か。
父に頼まれて王宮へ出向いたら、そんな話が聞こえてしまった。
また、ドロードラングか。
どこまで、さらっていくのか。
その姿を見つければ、近づいていた。
「私も殴るわ~」
「激しいわねサレスティア・・・」
「ついでに親父たちも!」
「そうねいいかもしれないわ。女はいつも身の無い話をするなんて言うわりに、男もそういう事をするのよね。馬鹿馬鹿しい」
「まあ元はと言えば私のせいですけど、もう今更アンドレイ様は誰にも譲りませんから!」
まだ涙を押さえていたクリスティアーナ様は、え、とハンカチを持ったまま顔を上げた。
「もし、それでもルーベンス殿下にというなら、アンディを拐って行きます! 国外脱出です! それでも追いかけてくるなら、アーライル国を潰しますね。えへっ」
「恐い! 笑顔が恐いわサレスティア! 国を潰さないで!」
「一応国王様にはそう脅しを、あ、了承を得ています!」
「言い直しても不穏さが滲み出ているわ・・・」
「そういう訳なので、婚約者変更はありませんよ」
「・・・本当、でしょうか・・・」
まあデカい失敗の後はすぐには気持ちは浮上しないよね~。さてどうしたものかと思った途端、部屋の外が騒がしくなった。
ドンドン!とドアが叩かれる。
「エリザベス! 俺だ! クリスティアーナはそこにいるのか!?」
「!・・・シュナイル様・・・」
シュナイル様の声にビクッとしたクリスティアーナ様は慌てて目元を拭くが、真っ赤な目鼻は隠しようもない。
そんなクリスティアーナ様に目配せをして、エリザベス様と私がドアの前に立つ。
「あらお兄様どうなさったの?」
「エリザベス! アンドレイに聞いた。ドロードラング嬢と何があった? 開けてくれ」
エリザベス様のとぼけた質問にシュナイル様は焦ったように返す。いつもからは考えられない慌てぶりだ。
でも姫はドアを開けない。
「へぇ、シュナイル様も焦るんですね?」
「ドロードラング嬢か!? クリスティアーナと何があった!? クリスティアーナに何をした!」
ボソッと言ったつもりがしっかり聞こえてた。平民棟より遥かに立派なドアなのに。シュナイル様すげぇ。
「ちょっとお兄様、サレスティアが何かしたと決めつけるのは失礼ではなくて?」
すみません、大抵は私がきっかけなもので・・・
「頼むエリザベス! クリスティアーナがいるなら姿を見せてくれ!」
「いくら兄妹とはいえ淑女の部屋に入ろうというのに理由もなく喚き散らすのは紳士としていかがなものかしら」
「クリスティアーナが無事ならそれでいいんだ!」
わお。
エリザベス様と見合う。そのままクリスティアーナ様を振り返ると、止めたはずの涙がまた溢れていた。
「・・・会わせても、いいのかしら?」
エリザベス様がクリスティアーナ様に聞くと、はっとした彼女は首を横にブンブンと振る。ポニーテールが顔を打ちそうだ。
ですよね。好きな人に涙でぐちゃぐちゃの顔を見られたくないよね。クリスティアーナ様も普通の女の子だな~。
「もう少し時間を置いてからにしましょうか」
私がそう言うと、今度は縦にブンブンと首を振る。・・・目を回さないんだろうか?
バン!!
「時間を置くとはどういう事になっているのだ! クリスティアーナは無事なのか!!」
待ちきれなくて勝手にドアを開けたシュナイル様は、顔を隠したクリスティアーナ様を発見。
その姿に何を勘違いしたのか、私に向かって来た。
「貴様! クリスに何をした!!」
私を掴もうと伸ばした手をくぐり、そのまま胸元を掴んで後ろに倒れながら足に力を入れる。
綺麗に巴投げができた。イエス! 勢いが良かったので想定よりも吹っ飛んだ。ありゃ失敗。
シュナイル様はクリスティアーナ様の足元に叩きつけられた。
「したと言えばしたかもしれませんが、してません」
受け身をとったシュナイル様はすぐさま立ち上がるが、それよりも先に立ち上がり仁王立ちの私の台詞が理解できないようである。変な顔をしている。
でもその片手は、顔を隠したままのクリスティアーナ様を抱き込んでいる。
「わ、わたくしが、サレスティアさんを、た、叩いたのです・・・」
蚊の鳴くような声でクリスティアーナ様が顔を隠したまま説明してくれる。が、ますます混乱したようなシュナイル様。
「え!?・・・え、と、何故?」
シュナイル様がクリスティアーナ様を覗き込もうと少し屈んだ瞬間、エリザベス様が間に入った。
「お兄様が朴念仁だからですわ」
呆気にとられたシュナイル様からクリスティアーナ様を取り返して背に庇った。シュナイル様の手が無様にさ迷う。
「さあ! 私からクリスティアーナさんを奪いたければどれだけ大事に思っているのか納得させてごらんなさい!」
「は!? 何故そうなる!?」
「二人きりだろうと今まで口説いた事もないでしょう! それを朴念仁と言わずに何と言うのかしら? クリスティアーナさんは王宮で、婚約者の変更の噂を聞いてしまったのです。いくらサレスティアの近くに四神がいるとはいえ、そんなあり得ない事を信じてしまうほどに婚約者であるはずのお兄様に蔑ろにされたクリスティアーナさんが可哀想です! ねえ、サレスティア?」
「そうですね、朴念仁が嫌ならば、腰抜けとかボンクラとかポンコツとかいかがですか?」
「ああ! 我が兄ながら、なんと情けない二つ名の羅列・・・」
「待て!?」
おお。無表情がデフォのシュナイル様が真っ赤な顔でつっこんだ。さすが妹。
「ェ、エリザベス様、悪いのは、わたくしですので、シュナイル様には、その、」
「俺は! クリスティアーナ・カドガンが好きだ! 変更はあり得ない!」
突然の告白に皆で動きが止まる。
なんだ!? どした!? 赤面したのでキレたのか?
でもその目はクリスティアーナ様を見ていた。




