4話 亀様です。
クラウスとニックとマークは、全速力でスケボーを飛ばした。魔法は使えないが、もしもの時の為に一段階出力をあげられるようにしていた。その速さで乗りこなせたのはこの三人だけ。
サレスティアが扇のような物で大亀を攻撃した後に咆哮はやみ、大亀は大きな音を立ててその場に沈んだ。
先程から三人で呼んでいるのに、イヤーカフからはサレスティアの返事は無い。
早く!早く!速く!
大亀は動かない。
サレスティアは見えない。
どこだ!? あの様子なら落ちているならこの辺りだ!
そう。落ちたのだ。あの高さから。
あの小さい体が。
大亀はともかく、領民を逃がすだけの時間を稼いだはずだった。
誰もが動かなかったのでその時間は結局無駄になった。
クラウスは、誰よりも信頼した友の孫を探した。
ニックは、かつての息子が育てば同じ歳の女の子を探した。
マークは、暗闇から夢を目指すことを許してくれた主を探した。
「いた!」
大亀の口の前に倒れていた。
真っ青な顔色でかすかな息をしている。三人ともにその事だけで体中の力が抜けた。マークは鼻水をすすった。
出血は無し。骨折もしてはいない。今のところは。
《それは、何だ》
突如聞こえた声に大人二人が武器を構え、マークはサレスティアを抱えた。
《そのような、ものは、我には、きかぬ》
そんな事は子供でもわかる。わかっていて単独で飛び出すのはサレスティアだけだろう。
賢いかと思えば呆れるような事もする、領内では実はアホな子の部類に入っている。
だからと言って見捨てるわけにはいかない。
皆は、マークがサレスティアを連れ帰ったら一緒に逃げ出す事になっている。そしてクラウスとニックには、奇跡が起こりますようにと祈る。
奇跡を祈ることしか出来ない。そんな絶望の中、誰もが涙を堪え、無駄かもしれないタイミングを計っていた。
《それは、何だ》
「・・・ドロードラング男爵令嬢、サレスティア・ドロードラング様です」
大亀は、うっすらと開けた目で、サレスティアを見ている。
時間稼ぎとタイミングを作るためにクラウスは大亀の問いに答えた。
《名ではない。それは、なにものだ》
そんなもの答えようがない。
「・・・ただの、魔力の多い子供だ。何者であろうと俺達にはそれだけだ」
そうとしか答えられない。自分にも注意が向くようにと、今度はニックが答えた。
実際、サレスティアが現れたときは聖女かと思った。ただただ暖かい物を用意してくれて、凍えきったものを、言葉で、体を寄せて、包んでくれる。
起き上がれるようになった時に、良かったと泣くただの人だ。大人顔負けに喋り倒すが、どう頑張って見ても子供だ。折角の魔力を嬉々として畑を耕す事に費やす残念な魔法使いだ。外貨を稼ぐために芸を磨こうとする、残念な領主代行だ。
そこまで考えたら、笑ってしまった。
「ふふ。私達にはとても大事な子供です」
「ははっ! 末恐ろしくも将来が楽しみなお嬢ちゃんだよ」
だから。返してもらう。
《ただの、人の子・・・》
大亀が沈黙する。
クラウスとニックが息を吐き、構えなおす。
それと同時に、サレスティアを抱えたマークがスケボーに乗りかかる。
《それにしては、ずいぶんな、魔力だ》
大亀がどう動くのか。息を詰める三人。
《我は、寝起きが、悪い》
***
止めて!!
それが無くなったら、誰も帰れない!!
お墓があるから残った人達ばかりなの!!
だから、今を頑張れるの!!
壊さないで!!
目を開けたら見慣れた天井だった。
・・・・・・・・・・あれ? 何か、夢を見てたような・・・
「「お嬢様!」」
クラウスとルルーが覗きこんできた。あれ、二人とも顔色悪いな。風邪でもひいた?
「くら・・・るー・・・」
あれ、声が掠れてる。何で?
「良かっ!・・・目を、覚ました!・・・うぅっ!」
「ルルー、しっかり。私は領内放送をしてくるよ。すぐ戻るから、お嬢様を頼んだよ」
ルルーが泣き出して驚いたけど、体が動かない。なにこれ!?
《まだ、動くな。まだ、回復しきれていない》
なに?誰?
《お前が、ぶった、ものだ》
・・・・・・亀!!
《そうだ》
・・・え。話せるの?
《そうだ。寝起きが、悪くて、すまなかった》
・・・ねおき・・・・・・うわあぁ、やってしまった~~ぁ!寝起きにぶってしまって、すみませんでした!!
《・・・いや、お前は、守るものを、守っただけだ。今は、まだ、休むといい。お前の体は、小さい》
・・・は~、私こんなに短気だったとは・・・・・・ありがとう、何もしないでくれて。
《?》
皆に何もしないでくれたんでしょ? あなたが動いたらきっと領地には何も残らない。私はこの部屋で目覚めることはないだろうし、クラウスもルルーもいなかったでしょ?
《・・・礼を、言うのは、我だ。いつも、目覚めるまで、国を三つ四つ、潰して、回るから。今回は、憂鬱に、ならずに、済んだ》
・・・・・・マジですか・・・何てモノに飛び込んだ、私・・・お馬鹿・・・
「お嬢様、水を飲みましょう?」
涙を拭いて真っ赤な目になったルルーが聞いてくる。声が出ないし体も動かないので目で訴える。飲みたい!
「では体を起こしますね。匙で少しずつ入れますよ」
一匙、一匙、私を見ながら飲ませてくれる。椀に注いだ分がなくなったのと丁度に満腹。いや、満足か。
「あり・・・ル・・・」
お礼の声も出ない。なんなの?どうした私?
食器を片しながらルルーが静かに言った。
「ふふ。無理をしないでください。一週間も意識が無かったんですから」
・・・は!? 一週間!?
「元気になりましたら、皆でお説教しますからね?」
にこやかに微笑むルルーに寒気が。
「吊し上げますよ」
・・・あ~・・・う~・・・・・・寝よう・・・うぅ。




