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第39幕

 夜空から降り注ぐ淡く朧な月明かりが、私の眼前に降り立った空色の竜を照らし出していた。

 地の底から溢れて来る様な、低い唸り声が響き渡る。

 私は口元を笑みの形に歪めながら、その巨影を見上げた。

 この姿を、私が見間違う筈がない。

 今眼前にいるのは、空色の竜、ルールハウト。

 エーレスタの竜騎士、シエラ・アルハイムの騎竜だ。

 何故ここに、とは思わなかった。こうして、このタイミングで駆けつけてこその竜騎士だ。私の知っている、私が目指すべき竜騎士なのだ。

 胸の中をかき乱していた苛立ちと切迫感が、すっと消えていくのがわかる。体の中に溜まってしまっていた余剰な魔素の熱が、じわりと排出されていくのがわかった。

 思わず私は、ふっと笑ってしまう。

 人間とは単純なものだなと思う。

 どんな苦境にあったとしても、目の前に一筋の希望があったなら、それが何であれ、いとも容易くまた前を向く事が出来るのだから。

 ルールハウトが身を屈める。

 竜の首筋には、白銀の鎧をまとい、夜に溶ける様な黒髪をなびかせた騎士の姿があった。その手には、武骨で長大な竜槍が握られている。

 間違いない。

 竜騎士シエラ・アルハイムだ。

 彼女の姿は、私がセナ・カーライルという人間である限り、無二の希望となり得るものだった。

 いくらアーフィリルと融合していても、私は私という事か。

『セナ?』

 私を心配する様なアーフィリルの声が響く。

「ああ。問題ない」

 私はアーフィリルに短く答えると、さっと左側面へと手をかざした。

 突然現れた眼前のルールハウトを迂回する様に進路を変え、馬車隊に向かおうとする敵騎兵部隊に向けて、私は魔素の光弾を放つ。

 先ほどまでの様に、白の光球を力任せに全力投射するのではない。力を絞り、魔素の負荷を和らげて、エネルギーの転換効率を高めた攻撃だ。

 それでも白の光の弾は、直撃した騎士を文字通り吹き飛ばし、衝撃波で周囲の騎兵たちを薙ぎ倒した。

 夜の原野に爆炎が吹き上がる。

 爆風が吹き荒れる。

 その一撃により、突然のルールハウトの登場で凍りついていた戦場の空気が、音を立てて崩れた様だ。一気に戦場の喧騒が戻ってくる。

『この攻撃力、間違いないな……』

 戦場の騒乱の中でも、竜の力を介したシエラ・アルハイムの声は、良く聞き取る事が出来た。

『私は、エーレスタ騎士公国所属の竜騎士アルハイム。白花の竜騎士殿とその騎士団とお見受けする。これより、貴公らの援護を開始する!』

 私はさらに迫って来る敵部隊の方を向きながら、横目で竜騎士アルハイムを見上げた。

「助かる、竜騎士アルハイム。こちらは現在、退避するグリッジの民間人を護衛中だ。申し訳ないが、手を借りるぞ 」

『了解だ』

 私の言葉に短く明瞭に頷いたアルハイムは、手にした竜槍でこちらへ迫って来る敵集団を指し示した。

『目標、前方帝国軍部隊! 薙ぎ払え、ルールハウト!』

 竜騎士アルハイムの凛とした声が響いた。

 その声に応える様に、ルールハウトが咆哮を上げる。

 そして、その口腔が眩く輝き始めた。

 ルールハウトの魔素が膨れ上がるのがわかる。

『ふむ』

 アーフィリルが感心する様に呟いた。

 ルールハウトの力は、私たちが直接出会って来た竜の中では一番強大だった。アーフィリルは、それに驚いている様だ。

 もちろん、アーフィリルの魔素量には遠く及ばないのだが。

 ルールハウトの牙の間から、光が溢れる。

 漏れ出た魔素が、大気中で激しく弾ける。

 そして。

 くわっと開かれたルールハウトの口腔から、破壊の力が放たれた。

 光が走る。

 夜闇が切り裂かれる。

 猛烈な衝撃波に、私のドレスや白の髪が激しく乱された。

 これが、ルールハウトの竜の咆哮か。

 破壊の光は、そのまま南東から接近する帝国軍部隊を直撃した。

 爆炎が吹き上がる。

 魔素撹乱魔を展開していなかった帝国軍部隊は、その一撃で半数を失った様だ。

 炎に照らし出される中、暴れる馬をなだめながら残存する敵部隊が引き返し始めたのが見えた。

 ルールハウトの竜の咆哮は、氷や炎など特異な属性は持たない様だが、シンプルな収束熱線であるからこそ威力も高い様だ。

 さすがだなと思う。

 魔素撹乱幕が展開されていればそれを突破出来るだけの魔素量はなさそうだったが、それでも竜が放った一撃の示威効果は抜群だった。

 ハインケル城を脱出した馬車隊を南側から脅かしていた帝国軍の各部隊は、ルールハウトの竜の咆哮を目の当たりにして、一斉に反転撤退し始めたのだ。

 私も人間ではなくアーフィリルの格好をしていれば、もっと敵を戦かせる事が出来るだろうか?

 ともあれ、これで馬車隊への脅威は北側から迫る大軍団のみとなった。

 私は北へと視線を向け、目を細める。

 あちらの目標はおそらく白花の騎士団本隊だろうが、ハインケル城から出た馬車隊を見逃してくれる筈が無い。さらには、あれ程の部隊に側面を攻められれば、白花の騎士団本隊にも大きな被害が出てしまうだろう。

 あれは、私が止めなければならない。

 私の視線から次の目標を把握したのか、ルールハウトとアルハイムも北の敵集団へと向き直った。

『現在、サン・ラブール連合軍北部方面軍の2個師団が全力で西進中だ。我らはその先遣隊だ。本隊が来るまで保たせれば、我らの勝ちだ』

 竜騎士アルハイムの声が、竜の遠話と直に聞こえる声と二重になって響く。なんだか奇妙な感じだった。

 付近の敵が撤退し、速度を上げている馬車隊も離れつつあるため、私たちの周囲には夜らしい静けさが戻りつつあった。

 味方の増援か。

 敵の規模を察して、グレイあたりが手配していたのだろうか。

 しかし、それにしても2個師団とは大戦力だ。簡単に動かせる規模の戦力ではないし、それ程の部隊が動けば、帝国軍と対する東部戦線に穴が空いてしまう気がするのだが。

 それに今、アルハイムは自分の事を我らと言った様だが、他にも師団から先行する味方増援部隊がいるのだろうか。

 探る様に竜騎士アルハイムを見た瞬間。

 私は、はっとする。

『来たか』

 アルハイムがそう呟くのと、私が西の空を見上げるのは同時だった。

 月明かりが満たす明るい夜空に、2つの黒い影が見える。

 巨大な魔素の反応が、急速に接近して来るのを感じる。

 あれは、竜か。

『久しいな、竜騎士アーフィリル』

 低い声が響く。

 紫の鱗の竜が、私たちの上空を高速で通過する。

 あれは、紫鱗の竜ヒュベリオンと竜騎士ラルツか。

『もう、アルハイムは先行しすぎだよ!』

 そしてもう1体。

 緑の鱗の4枚羽の竜が、ヒュベリオンと同時に頭上を通過した。

 竜たちの巻き起こす突風が、私の髪とドレスを激しく揺らす。私は髪を押さえて、夜空を見上げる。

 あの緑の竜は、風竜シルフィルドか。

 たしか、竜騎士ハイネの竜だ。

 ハイネとは、一度だけエーレスタのファレス・ライト城で挨拶した事がある。確か、茶色の髪を短く刈った、少年の様な小柄な騎士だったと思う。細い目にやたら鋭い眼光を湛えた青年だったと記憶している。

『揃ったな。では、ラルツ卿は白花の騎士団の援護を。ハイネは、私と共にアーフィリル殿の援護だ』

 アルハイムが、上空で旋回する2騎の竜に指示を飛ばした。

『メルズポート以来の活躍、後ほどゆっくりと聞かせて欲しいものだ』

 竜騎士ラルツはそう告げると、ヒュベリオンを白花の騎士団本隊が戦っている方向へと向けた。

『うへー、あの大軍なんだよ。あれ、一個大隊はいるよ』

 北から迫る敵部隊を目視したのか、竜騎士ハイネが嫌そうに呟く声が聞こえた。

 私を含めて竜騎士が4騎。

 新規の私を加えて世界で8騎しかいない竜騎士の半数が、この戦場に投入されている事になる。

 私は、思わずニヤリと笑ってしまった。

 グレイめ、どんな手を使ってこれだけの援軍を呼び寄せたのだろうか。

「北の帝国軍を殲滅する。馬車隊の護衛を頼む」

 私は横目でアルハイムを見ながらそう告げると、飛行の為の光の翼を展開した。

 魔素の輝きが強まり、ふわりと体が飛び上がる。

 一瞬驚いた様に息を呑んだアルハイムだったが、しかし直ぐに手綱を引いてルールハウトの翼を広げた。

『あれだけの敵部隊に突っ込むなど無謀だ。我らも援護をする。ハイネ、馬車隊に敵が迫らない様に監視しつつ、援護を。上空から戦況の把握を頼む』

 私はアルハイムの言葉に返事はせず、小さく息を吐いてから剣を握りしめた手に力を込めた。

 あの竜騎士アルハイムの援護があるならば、心強い。背後を気にしなくて良いなら、私も存分に戦えるというものだ。

 馬車隊に被害を出す訳にはいかない。白花の騎士団本隊も、壊滅させる訳にはいかない。ならば、アルハイムが言う味方増援本隊が到着するまで防御と後退で時間を稼いでも良いのだが、私にはそうも言っていられない理由がある。

 素早く敵を倒し、ハインケル城で戦うグリッジ王の援護に向かわねばならないのだ。

 ここでいくらかの戦力をハインケル城の援護に向かわせるのは容易いが、その場合馬車隊を危険に晒す恐れがある。数の上では、まだまだ私たちの方が圧倒的に不利なのだ。

 個の力がどんなに強力でも、数の力の前には抗えない場合がある事は、先程までの戦闘で思い知ったばかりだ。

 ここで防衛目標の優先順位を見誤り、グリッジの人々を危険に晒せば、あの地に残った王の決意を無駄にする事になる。

 ならば。

 私に出来る事は、可能な限り速やかに馬車隊を安全圏に導き、可能な限り速やかにハインケル城に戻るしかない。

 私は大きく息を吸い込む。全身に流れる魔素の力を感じる。

 まだだ。

 まだ、行ける。

 アルハイムたちの加勢のおかげで、一旦仕切り直す事が出来た。

 これならば、問題ない。

 帝国軍など殲滅して見せよう。

 この私が!

『竜騎士アーフィリルか。お手並み拝見だね』

 竜騎士ハイネがそんな言葉を残しながら、馬車隊の方へと進路を変えた。

「では、吶喊する」

 私は静かにそう告げると、光の翼にぐっと魔素を込めた。




 一度の加速で馬車隊に追いつくと、私はタンっとオレットの馬の隣に着地し、一旦減速した。

「西からサン・ラブールの援軍が来る。竜騎士が援護に就いてくれている。脇目を振らず、全力で西を目指せ」

 私は疾走する騎馬に速度を合わせながら、横目でオレットを見た。そしてその返事を聞かないまま身をひるがえすと、北へ向かって飛翔する。

「セナ! おい! あの馬鹿、また突撃しやがって!」

 馬車隊から離脱する間際、そんな声が聞こえた気がしたが恐らく気のせいだろう。

 私は光る翼を展開し、白の光を放つ髪をなびかせながら低空を高速で駆け抜ける。

『なんて速力……!』

 上空からこちらを見下ろしている風竜シルフィルドの竜騎士ハイネが、そう呟く声が聞こえる。

 私の後方には、翼を広げたルールハウトが追随していた。

 あちらも巨体の割には、なかなかのスピードで飛ぶものだ。

『あの空色の竜、年若い竜にしては、なかなかしっかりしている様だ。魔素の量も他の幼竜どもより多い様だな』

 ぼそりと胸の中で響くアーフィリルの声が、そんな事を教えてくれる。

 やはりルールハウトは強いのか。

 私は加速しながら、ふむっと頷いた。

 あの竜の咆哮は、見事な一撃だった。

 しかしそう思ったのは、どうやら私だけではなかった様だ。敵方も、ルールハウトの脅威については、十分認識している様だった。

 北から迫る敵集団は、既に臨戦態勢を整えて私たちを待ち受けていた。

 敵が、対空砲撃を開始する。月光の薄明かりの下、次々に発砲炎が煌めく。

 凄まじい砲撃の数だ。

 前方に広がる原野のいたるところで、地上で星が瞬く様に無数の砲撃の閃光が走った。

 続いて、鋭い風切り音を響かせて砲弾が飛来する。

 しかしそれは、低空を飛ぶ私を飛び越える。そして、私の背後で炸裂した。

 敵の狙いは、ルールハウトだ。

 アルハイムの騎竜が、無数の砲弾の直撃を受けて爆炎に包まれる。

 黒煙でルールハウトの姿が見えなくなると、さらにそこへ次の砲撃が突き刺さった。

 しかし。

 この程度の砲撃で、エーレスタの竜が傷付く筈がない。

 砲弾の爆炎を突っ切り、ルールハウトがぬっと姿を現わす。

 障壁を展開して砲撃を無効化したのだろう。

 無数の砲弾を食らってもなお悠然と飛行するルールハウトには、敵を押し留めるだけの迫力があった。

 敵部隊の前衛が、足を止めて部隊を左右に展開し始めた。ルールハウトの竜の咆哮を警戒しているのだ。

 バラバラに広がってしまう前に、出鼻を挫いてしまう方がいいだろう。

 私は身体を立てると、前進に費やしていた力を一気に上昇へと転じた。

 身体に強力な負荷が掛かり、弾ける様に地面が遠ざかる。

「敵前衛を薙ぎ払う!」

 私は高度を取ると、右手の剣の切っ先を敵部隊に向けた。

「アーフィリル、低出力で構わない。竜の咆哮だ」

『承知。出力15パーセントで限定照射。射撃シークエンスを繰り上げる』

 私の意図を悟ってくれたアーフィリルが、白の剣の先に補助制御陣を展開する。

『ルールハウト、我々も仕掛ける。ハイネ!』

 アルハイムが声を上げた。

『了解っ!』

 私の攻撃に合わせて、下方のルールハウトと上方のシルフィルドも攻撃態勢に入った。

 準備が整うのが早かったのは、2体の竜の方だった。

『ルールハウト、放て!』

『やっちゃえ、シルフィルド!』

 帝国軍の砲火とは比べものにならない閃光が走る。

 やはりルールハウトの一撃の方が、風竜シルフィルドより強力な様だ。私の下方を走る光の方が、上空から撃ち下ろされる光よりも強力だった。

 収束熱線の光が、私の上下を通過して帝国軍へと突き刺さる。

 いや。

 突き刺さったかの様に見えた。

 2条の光は、実際は敵集団の前で拡散、消滅する。

 魔素撹乱幕だ。

 前方の敵は、竜の攻撃に対してきちんとした防御態勢を敷いている様だ。

 ルールハウトたちの攻撃が通じないならば、やはりここは私が食い破るしかない。

「アーフィリル!」

『了解。準備完了だ』

 アーフィリルの完了の言葉と同時に、私は剣先に収束した魔素を解放した。

 3撃目の光が、帝国軍に向かう。

 その魔素の光は、風竜シルフィルドの竜の咆哮よりもか細いものだった。

 もしかしたら帝国軍将兵たちは、また無駄な攻撃をとせせら嗤うか、今回も防ぎ切れると安堵していたのかもしれない。

 しかし。

 1条の白の光は、呆気なく魔素撹乱幕が滞空している空間を突破する。そして、私たちを迎え撃つべく広く陣を展開していた帝国軍先鋒を直撃した。

 アーフィリルの攻撃は、他とは魔素の密度が違うのだ。

「はっ!」

 私は収束熱線を放つ剣を、さっと横薙ぎに振り抜いた。

 白の光が夜空に走る。

 高密度の魔素の熱線が、帝国軍の前衛を薙ぎ払う。

 その光線が通過した後。

 一瞬の間を置いて、爆炎が立ち上った。

 夜が瞬間的に昼間と化す。

 炎が吹き上がり、私のところまで衝撃波が押し寄せる。

『なっ……!』

『……これが、噂の白花の竜騎士か』

 ハイネとアルハイムが、同時に呟く声が聞こえた。

「帝国軍の足を止める」

 竜騎士たちに静かに告げると、私は爆炎の向こうの敵に向かって突撃を開始した。

 今私の放った一撃は、威力よりも速射性を重視したものだ。剣を振って着弾面積を広げたから派手には見えるが、帝国軍を壊滅させるには明らかに力不足だ。

 すぐに無傷な敵の後続が出てくるだろう。

 私は両手の剣を大きく開き、輝く長い白髪をなびかせながら敵の渦中へと飛び込む。

「アルハイム! 既に魔素撹乱幕が展開されている! ルールハウトは後方支援を!」

 私は振り返らずに、未だ健在な敵集団の中心へと降りたった。

 爆発と帝国兵たちの悲鳴が響く。

 物の焼ける臭いが鼻を突き、吹き上がる炎が肌を舐める。

 地獄の様な戦場で、白いドレスをまとった私は、着地の姿勢からゆっくりと身を起こした。

「怯むな! 敵は1人だ! 囲んで仕留めろ!」

「回り込め! 同時に掛かれ!」

 帝国軍の部隊指揮官が声を張り上げる。

 この混乱の中にあっても取り乱さず、秩序を取り戻そうとするとは敵もなかなか優秀だ。やはり今まで戦って来た部隊とは練度が違う。士気も高い。

「だが」

 私はぐっと身を屈めると、敵の中核と思われる重装騎士部隊に向かって突進を開始した。

 一気に敵部隊指揮官の懐に踏み込む。そしてその面防に覆われた顔を見上げて、私はにっと微笑んだ。

「ここからは、簡単に先に進めると思うなよ」

 剣を振り上げる。

 敵部隊指揮官を両断する。

 その屍が崩れ落ちるより先にくるりと振り返った私は、左後方の敵集団に向かって白の光弾を打ち込んだ。

 さらに、こちらに向かって来る敵集団に向かって踏み込む。

 両手の剣で敵騎士の相手をしながら、左右に展開した白の光球から光弾を放ち、遠距離の敵集団を狙撃していく。

 敵騎士の剣を弾き、その胴を横薙ぎにしながら、私は僅かに顔をしかめる。

 くっ。

 敵の攻撃に当たったのではない。

 左右の腕と2つの光球を同時に違う目標に向けながら戦闘を続ける事が、なかなかの負担なのだ。

 しかし。

 敵を全滅させる必要はない。

 ひとまずは足を止めさせて、その目を私に向けさせるくらいならばっ!

 私は四方へ向けて攻撃を繰り出しながら、敵集団の中を疾駆する。

 全方位攻撃を継続する私に、態勢を立て直した敵銃歩兵が発砲を開始した。

 その瞬間。

 大地が震える様な咆哮が響き渡った。

 ちらりとそちらに目をやると、翼を広げたルールハウトの巨躯が真っ直ぐに戦域に突入して来るところだった。

 その巨大な影が、月明かりを遮る。

 ルールハウトは、地響きを上げて敵銃歩兵部隊の頭上に降り立った。

 その大質量に、複数の敵が踏み潰される。

 私はあまりの力技に一瞬ぽかんとしてしまう。しかし、すぐに攻め寄せて来る敵兵へと目を戻した。

「アルハイム、この戦域には、既に魔素撹乱幕が展開されている。竜騎士といえども危険だ。撹乱幕範囲外から援護してもらえれば、十分だ」

 私は高速で機獣群の間を駆け抜けながら、アルハイムに声を飛ばした。

 唐突に横合いから飛び出して来た敵騎士の一撃を身を捩って回避し、その勢いのまま首を刎ねてしまう。

『ふっ。魔素撹乱幕については、無論こちらも承知している。その上で、我らにも戦い様がある』

 不敵な笑みと共に、アルハイムの声が響く。

 さらに敵陣深くへ斬り込みながちらりと背後を一瞥すると、ルールハウトの巨体が猛然と敵陣中を駆け巡っているのが見えた。

 空色の鱗に覆われた強靭な体躯が、敵集団を撥ねとばす。長い尾の一薙ぎで敵部隊を吹き飛ばし、鋭い爪が生えた腕が敵騎士を天高く吹き飛ばした。

 ルールハウトの咆哮が轟く。

 巨大な竜が玩具の様に人間を吹き飛ばしている姿は、まさに圧巻だった。

 四肢を伸ばし、その背で器用にバランスを取る竜騎士アルハイムが、手にした竜槍で次々に目標を指し示していく。

 圧倒的な暴力の塊となり、肉弾戦を展開するルールハウト。

 なるほど。

 魔素撹乱幕によって外部への力の発露が制限されているため、竜の体内に流れる魔素を利用し、その圧倒的な身体能力をもって敵を圧倒しているのだ。

 フェルトが、無意識の内に体内の魔素で身体能力を強化しているのと同じ理屈だ。

 暴れ回るルールハウトに対して、付近の敵銃歩兵たちが一斉射撃を浴びせる。

 しかし空色の竜は、無数の銃弾を浴びてもびくともしない。

 アーフィリルと違って防御障壁を展開出来ない筈のルールハウトは、その銃弾を強固な外皮で受け止めているのだ。

 巨体のわりに身軽な動きで身をひるがえしたルールハウトは、翼を広げてふわりと跳躍すると、先行する私の傍に、土を巻き上げて派手に着地した。

『このまま部隊の頭を潰す!』

「了解だっ!」

 私は防御陣形を固める敵部隊に向かってさらに踏み込みながら、アルハイムを見て微笑を浮かべた。

 さすがは竜騎士アルハイムとルールハウト。戦い慣れている。

 私の隣で、豪快な地響きを上げてルールハウトと牡牛の機獣が激突する。

 2本の後脚を踏ん張り、機獣の衝角を受け止めるルールハウト。

 突進を仕掛けた機獣の巨体が徐々に持ち上がり始めると、ルールハウトは金属の塊である機獣を敵集団に向かって投げつけた。

 剣を振るい、光球や光弾を放ちながら、私はふっと息を吐いた。

 あれ程遠い存在だと思っていた竜騎士アルハイムとこうして並んで戦う日が来ようとは、少し前の私ならば想像も出来なかっただろう。

 グリッジ王らの事を思えば時間の猶予はない。私たちが崩れれば、民を満載した馬車が危険に晒される。

 そんな危機的な状況ではあったが、私は自分を取り巻く状況が大きく変化したのだと言う事を改めて実感していた。

 前方から敵の新手が現れる。

 歩兵銃が通じないと悟った帝国軍は、砲撃型機獣の群れをルールハウトに差し向けた様だ。

「させるかっ」

 私はふんっと小さく呟くと、一気に加速してその機獣群に突入した。

 反対側から、地響きを上げながらルールハウトも突進を仕掛ける。

 砲声が轟く。

 爆炎が吹き上がる。

 私は視界に入る敵を斬り捨て、光弾を撃ち込みながら敵集団をかき分けて前進する。

 その前方。

 吹き上がる黒煙を突っ切り、別方向から敵集団に突入していたルールハウトが姿を現わした。

 爛々と金の目を輝かせるルールハウト。

 黒髪をなびかせる竜騎士アルハイム。

 その両者と交錯する刹那、視線を絡めた私たちは弾かれる様に散会すると、別の敵集団に向かって再度突撃する。

 オルギスラ帝国軍はなんとか態勢を立て直して組織的な反抗を試みている様だったが、私とルールハウトの展開速度について来れていないのは明らかだった。

『3時と11時方向から敵の新手だよ! それと、6時方向の残存部隊が街道の方を向いている。迎撃して!』

 こちらは、風竜シルフィルドが空からの目となって私たちを誘導してくれている。対して帝国軍は、夜間という事もあり部隊間の連携が上手くいっていない様だった。

 こうなれば、先程まで脅威だった帝国軍の数の優勢がその足枷となる。

 一度広がった混乱と恐怖は、そう容易には打ち消すことが出来ない。

 この機に乗じて敵司令部を撃破すれば、敵軍は総崩れとなるだろう。

 私はふわりと飛び上がって広域に魔素の光弾を撃ち出しながら、ルールハウトを狙う砲撃型機獣に白の剣を投擲した。

 ルールハウトは敵騎兵を文字通り叩き潰しながら、尾の一振りで敵集団をなぎ倒していた。

『やあああっ!』

 竜騎士アルハイムとルールハウトの咆哮が、戦場に響き渡る。

 そうして、どれ程深く敵陣に入り込んだ時だっただろうか。

 戦闘開始から、どれ程時間が経過した時だっただろうか。

 私は、ふと夜空を見上げて眉をひそめた。

 最初の竜たちの咆哮を防いでからずっと一定の濃度が維持され続けていた魔素撹乱幕が、不意に薄くなった。

 そんな気がしたのだ。

 突撃型の機獣を3つに切断した私は、さっと周囲を窺う。

 何だ?

 撤退するにしても、魔素撹乱幕がなくなれば敵の損害が大きくなるだけだというのに。

 私がそんな事を考えた次の瞬間。

 不意に、ルールハウトの至近距離で爆発が起こった。

 黒煙からよろける様に飛び出したルールハウトが、苦痛のものとも怒りのものとも取れる唸り声を上げた。

 砲撃か?

 さらに爆発が連続する。

 ルールハウトが、一気に膨れ上がる爆炎の向こうに消えて行く。

 しかし、砲声は聞こえなかったがっ!

 私は迫る機獣の相手をしながら、周囲に目を向ける。

 重なり合う爆音の中に、ルールハウトの咆哮が微かに聞こえる。

『あれは、砲撃ではないな。空間中の魔素を制御した爆発反応だ』

 アーフィリルがふむと声を上げながら解説してくれる。

『この制御技法は、うむ、そうだな。あのレティシアという女の技と同系統のものだ』

 魔術スキル、か。

 私は敵騎士を両断しながら、目を細めた。

『フハハハハハハッ、我ガ竜ヲ仕留メタゾ!』

 そこに、甲高い哄笑が響き渡る。

「退け! 後退だ!」

「全隊、後退!」

 同時に、周囲の帝国部隊がさっと後退し始めた。

 私は、追撃を仕掛けない。

 敵部隊の代わりに、前に進み出て来た集団があったからだ。

 それは、夜闇に溶ける様な漆黒の鎧に身を包んだ異様な部隊だった。面防に覆われたその頭部には、赤い目だけが爛々と輝いていた。

 夜目の効く私には、その鎧が竜の意匠が施されたものであると見て取れる。

 オルギスラ帝国軍の機竜士か。

 私は両手の剣を握り直しながら、僅かに目を細めた。

 竜の鎧の数は5体。

 アンリエッタがいるかとやや警戒を強めるが、4体は簡易な鎧の形状から、今までも度々遭遇して来た雑兵の鎧だとわかる。

『貴様ガ白花ノ竜騎士カ。竜騎士ヲ2騎モ血祭リニ上ゲラレルトハ、我モ幸運ダナ!』

 他よりも複雑でうるさい程の華美な装飾が施されている鎧が、甲高い声を上げる。男とも女とも判断出来ないその声は、かなり耳障りだった。

 隊長格らしいその鎧は他とは違う様だが、どうやらアンリエッタではなさそうだ。その言葉からして、どうやらその隊長の竜鎧が魔術スキルを放ち、ルールハウトを攻撃した様だ。

 ちらりと左に視線を送ると、ルールハウトが煙を上げながらうずくまっているのが見えた。

 障壁を展開出来ない状況で機竜士の魔術スキル攻撃を受けたのだ。竜といえども、さすがにダメージがあったのだろう。

 俄かに静かになった戦場に、微かにアルハイムとルールハウトの苦悶の声が聞こえる。

 とりあえずは、両者とも無事な様だが。

『アノ高慢チキンナ女ヲ撃破シテクレタ白花ノ竜騎士ドノニハ、感謝シテイルノダヨ。ダカラコソ、貴様ハ我ガ、手ズカラ楽ニ殺シテアゲヨウ!』

 竜の鎧の不快な声が響き渡る。

 そしてその装飾過多な鎧は、尊大な態度で私を見下す様に、さっとこちらに向かって手をかざした。

 私の周囲の空間の魔素が、異様な動きを始める。

 それまで自然に流れていた大気中の魔素が、次々と別のものへと組み替えられていく。

 自身の魔素を操って何かしらの現象を引き起こす戦技スキルに対して、世界に漂う魔素に干渉し、それを組み上げるのが魔術スキルだ。

 その高度な情報処理を人間の身で行うのは、相当な負担の筈だ。だからこそ、レティシアたち魔術スキルの使い手は希少なのだが。

 その魔術スキルの使い手が竜の鎧の中にいるとは、帝国軍も侮れない。

『死ネ、白花ノ竜騎士!』

 魔術士の竜鎧が叫ぶ。

 同時に、激しい爆炎が私を包み込んだ。




 私を包み込む炎は、派手ではあったけれど大した威力ではなかった。アーフィリルの自動障壁が容易く防いでくれる。

 ルールハウトも障壁を展開出来ていれば、ダメージを負う事はなかっただろう。

 私は次々に襲い掛かって来る炎や雷撃、それに氷柱などを無視しながら、ルールハウトのところに向かって歩みを進めた。

 厄介なのは、魔術スキルの攻撃よりも他の4体の鎧たちの近接攻撃の方だった。

 それぞれ剣、戦斧、そして短槍で武装した竜の鎧たちが、魔術スキルの合間に代わる代わる襲い掛かって来る。

 その力や速度は大した事はないのだが、魔素の刃を持つ武器である以上はこちらも迎撃せざるを得ない。

『ハハハハハッ、死ネ死ネ!』

 自身は後方にいて魔術スキルを放ちながら、高笑いを上げている魔術士の竜鎧。

 その耳障りな声は、私が雑魚の鎧を1体斬り捨てた時点で少し変化した。

『ア? 何ンダ?』

 2体で連携を取りながら斬り込んで来る竜鎧を、私はこちらから踏み込んで迎え撃つ。

 力を込めて魔素高めた白の長剣で、1体目の得物を両断する。

 もう1体の大振り一撃を身を屈めて回避し、その懐に潜り込むと、左の白の剣でその胸部装甲を刺し貫く。

 倒れるその鎧をひらりと躱した私は、武器を失い後退しようとしていた先程の一体を、袈裟懸けに斬り倒した。

『オ、オイ! キ、貴様、ヨクモ!』

 魔術スキルによる攻撃が激しくなる。

 私の進む先が炎に炙られ、雷鳴に彩られる。

 それでも私は、剣を手にしたまま粛々とルールハウトへ向かって歩き続けた。

 最後に残った戦斧の鎧が私の前に立ちはだかる。

『ギギ』

 両手で戦斧を構えた竜の黒鎧は、地を滑る様な滑らかな動きをで私に向かって突撃を仕掛けて来た。

 迎え撃つべく、私は両手の剣を構えてその戦斧の鎧を見据える。

 青黒く輝く戦斧の刃が振り上げられた刹那。

 私の全周囲の魔素が変質する。

 魔術スキルによって操られた炎と雷撃が、襲い来る斧の鎧ごと私を包み込んだ。

 大爆発が起こる。

 視界の全てが炎に塗り潰される。

 もっとも、障壁に守られた私には届いていないのだけれど。

 魔術スキルの多重爆撃にさらされ、ボロボロになった斧の竜鎧が、それでも私に向かって刃を振り下ろして来た。

 私はさっと左の剣でその斧を払い、右の剣でその首を落としてやる。

 未だに残る魔術スキルの残り炎をさっと斬り払い、私は起き上がろうと悶えているルールハウトの傍に膝を着いた。

『バ、馬鹿ナ……。我の渾身ノ一撃ガ防ガレルナド、アリ得ナイ……!』

 呆然とした声を上げながら徐々に後退る魔術士の竜鎧を、私はすっと一瞥した。

 あれが全力の一撃であるならば、この竜鎧は大した事がない。

 他の鎧と違って偉そうにぺちゃくちゃと色々話しているが、アンリエッタには遥かに及ばない雑魚の様だ。

 私は竜鎧を放っておいて、改めてルールハウトとアルハイムを見た。

「大丈夫か」

「くっ、面目無いな……」

 ルールハウトに身を預ける様にして座り込んだアルハイムが、片目を瞑りながら私を見上げた。

 あの竜騎士アルハイムと空色の竜ルールハウトがここまでやられてしまうなんて、俄かには信じられなかった。

 エーレスタ最強の、いや、サン・ラブールでも最強の竜騎士が、膝を折る事があろうとは。

 しかし、それもやむを得ないかと思ってしまう。

 間近で見ると、ルールハウトの空色の体はボロボロだった。

 私は、すっと表情を消してルールハウトの傷を見つめる。

 無理もない。

 ルールハウトは、障壁も展開出来ない中、銃弾にその身を晒しながら戦場を駆け抜けて来たのだ。いくら強固な鱗に守られているとはいえ、無傷という訳にはいかないだろう。

 そしてそれは、今日の戦いだけの事ではない。

 思い返せば、竜騎士アルハイムとルールハウトは、この戦争の始まりである帝国軍のアーテニア侵攻からずっと戦い続けて来たのだ。他のどの竜騎士よりも、魔素撹乱幕が支配する戦場を駆け抜けて来たのだ。

 スキルを封じられたサン・ラブール条約同盟軍が今日まで帝国軍の侵攻に膝を屈する事がなかったのは、この竜騎士アルハイムとルールハウトの奮戦があっての事だと思う。

 その事に、疑いの余地はない。

 この傷だらけの体が、その証左だ。

『オノレ、死ネ死ネ死ネ死ネ!』

 竜の黒鎧がヒステリックに叫びながら乱発する魔術スキルの攻撃からルールハウトとアルハイムを守りながら、私は目の前に横たわる空色の竜の鱗にそっと触れた。

 そして、軽く息を吐いて小さく頷いた。

「アーフィリル。ルールハウトに魔素を分け与えるのはどうだろうか」

 私は、ふとそんな事を提案してみる。

 アーフィリルの強大な魔素をもってすれば、竜の治癒能力を活性化出来るのではないかと思ったのだ。

『うむ。この竜ならば可能だな。良いだろう。我はセナに従おう。セナの望む通り、その意を示してやるといい』

 アーフィリルが了承の意を伝えてくれる。

「アーフィリル、殿?」

 怪訝な顔をするアルハイムに、私はにこりと微笑んで頷いた。

 かつて、私はこのアルハイムに助けられた。アルハイムたちが、私の家族を、町を救ってくれたのだ。

 そして先程も、アルハイムとルールハウトが救援に駆けつけてくれなければ、私は冷静さを失って自滅していたか、味方に被害を出す結果になっていただろう。

 やはり私は、彼女らに助けられた。

 ならば。

 今度は、私が彼女たちを救う番だ。

 私は、ルールハウトに当てた手にそっと魔素を込める。私の体を通して、魔素を流し込む。

 合わせて、これまでの謝意とこれからは共に戦うというのだという私の思いも乗せて。

 その瞬間。

 ルールハウトとアルハイムの体が、ふわりと淡く輝き始めた。

「何だ?」

 私は目を丸めて呟く。

 私の触れた部分から、ルールハウトの体全体がさらに眩い光に包み込まれていく。

 それはまるで、私がアーフィリルと融合する際の光の様な、真っ白な光だった。

「これは、力か……。体が熱い。力が、溢れる……!」

 アルハイムの声が響いた刹那。

 パッと弾ける様に、白の光が周囲に広がった。

 そしてその光が消えた後、私が触れている箇所からルールハウトの鱗が純白へと変わり始めた。

 みるみる内に、空色の竜が白く染め上げられて行く。

 その体躯が完全に純白と化すのに、さしたる時間はかからなかった。

 白く輝く鱗に包まれたルールハウトが、ゆっくりと起き上がった。

 その傍で、同じく純白の鎧を身に付けた騎士が立ち上がる。

 こちらは、竜騎士アルハイムか?

 その姿は、先程までとは違う鎧に包まれていた。

 彼女は身に着けているのは、私がドレスの上から装着している装甲と同じラインを描く鎧だった。その顔は完全に兜に覆われ、手には細やかな装飾が施された長槍が握られていた。

 純白の鎧を身にまとったアルハイムの姿は、まさに白騎士という形容が相応しかった。

 何が起こったのか理解出来ず眉をひそめている私に対し、純白のルールハウトと白騎士と化したアルハイムが揃って頭を垂れた。

 ルールハウトが低く唸る。

「……確かにその力、その意、お受けした。竜の王よ」

 アルハイムが跪きながら、低い声でそう告げた。

 私は、思わずむうっと眉をひそめる。

 アルハイムは、突然何を言っているのだろうか。

『何も難しい事ではない。我らの魔素を受け入れた竜が、我らに隷属したに過ぎぬ。セナの意を乗せた我が魔素の力を、かの竜が認めたのだ』

「然り。竜と世の理を統べる祖竜アーフィリル。その存在を従える貴女を、我がルールハウトが認めのです」

 アルハイムの声で、白騎士が静かに告げた。

 白騎士がすっと立ち上がる。そして、首を下げた白きルールハウトにさっと騎乗した。

「共に戦いましょう、我らが王。ルールハウトと契約した者として、微力ながら私も貴女に従います故」

 未だに執拗に魔術スキル攻撃を続ける黒鎧に向き直るルールハウト。

 ぞろりと鋭い牙が並ぶ口腔から、低い唸り声が漏れる。

 私はそのルールハウトとアルハイムらに並びながら、小さくため息を着いた。

 私とアーフィリルの力を得た事で、ルールハウトらは回復するだけでなく新たな力を得たという事か。

 その代償が、私、アーフィリルの配下となる事、という事なのだろうが。

 私が力を分け与える行為にその様な副次効果あるのならば、事前に教えてもらいたかったものだ。

「アーフィリルの力を受け入れる事によって、アルハイムたちに何か負荷は掛かるのか?」

 私は、胸の中のアーフィリルに問い掛ける。

『ふむ。力の発露には時間的なリミットがある。か弱い幼竜ならば問題もあろうが、かの竜ならば大丈夫であろう。人間の方も、竜と深く繋がっている故の変化だ。竜がもとに戻れば、同様にまたもとの姿を取り戻すだろう』

 そう答えてくれたアーフィリルの声は、楽しそうに弾んでいた。

 図らずしも私が新たな従者を得たというこの状況を、面白がっている様子だった。

 私は軽く目を瞑り、剣を握ったままの手で目頭を軽く押さえた。そして小さく息を吐き軽く首を振ると、目を開いてキッと前方を見据えた。

 アルハイムたちの変化も、一時的なものであるならば問題ないか。

 私にとっては恩人であり、尊敬すべき存在である竜騎士アルハイムを従えるなど、いささか目まいを覚える様な状況だ。小さい姿の私ならば、固まってしまって半日は戻って来れなくなってしまうだろう。

 しかし。

 アルハイムとルールハウトが力を得たのであれば、まずはこの場で勝利を得るのが先だ。

 今は、立ち止まっていられる状況ではないのだから。

「では、行くか、アルハイム」 

 私は、横目で白の竜騎士を見やる。

「御意」

 アルハイムが短くそう答えると、槍を構えた。

 私は飛行用の光の翼を展開すと、ふわりと飛び上がった。ルールハウトも私に従い、大きく翼を広げて飛翔する。

『エエイ、貴様ラ、サッサト死ネェェ!』

 絶叫を上げながら、両手を私たちに向かって突き出す魔術士の竜の鎧。

 いい加減に諦めたらよいものを、まだ攻撃を続ける様だ。

 私はそちらに冷たい視線を送ると、光の翼に魔素を込めて敵軍中枢に向かって突撃を開始した。

『吹キ飛ベ!』

 魔術士の鎧が、私たちに向かって巨大な火球を放った。

 私が対処行動を起こす前に、ふわりとルールハウトが前へと飛び出す。

「障壁」

 アルハイムが小さく呟き、ルールハウトの前方に障壁を展開する。

 巨大な火球は、その障壁に触れた瞬間容易く掻き消されてしまった。

『ナッ!』

 魔術士の鎧が、驚愕の声を上げる。

 その次の瞬間。

 くわっと開かれたルールハウトの口腔から、白の閃光が放たれた。

 夜を切り裂くルールハウトの収束熱線は、魔術士の鎧を光の中へと呑み込む。そしてその後方に広がる帝国軍をも吹き飛ばし、地平線の向こうで大爆破を巻き起こした。

『魔素撹乱幕を切り裂いたなんてっ! アルハイム、どうなってるの?』

 上空を警戒していた竜騎士ハイネが声を上げる。

 確かに帝国軍部隊の周辺には、未だ十分な濃度の魔素撹乱幕が展開されていた。純白に染まったルールハウトの一撃は、容易くその壁を突破したのだ。

 光が終息した後には、広範囲に広がる火災とそれに照らされた抉れた大地が広がっていた。

 光線が擦過した付近の帝国軍部隊は、根こそぎ消滅していた。

『ガ、ガガガ……』

 至近距離からルールハウトの一撃を受けた魔術士の竜鎧は、体の殆どを消し炭にされながも何とか形を留めて地面に横たわっていた。

 私は、その傍をさっと通過する。その私の背後に、ぴたりとルールハウトが従う。

『クソ、クソ、グゾッ、竜ヲ従エタ……白……ノ姫……ソレガ、ワ、ワタシの終……ノ、ハナナナナ……』

 竜の鎧が最後に何かを言い残したのか、微かに耳障りなノイズが聞こえた。

 先程のルールハウトの一撃をもってしても、私たちが進む先には未だ平原を覆い尽くすかの様な帝国軍の大部隊が広がっていた。

 馬車隊が安全圏に脱するまで。

 味方の増援が到着するまで。

 厳しい戦いはまだ終わらない。

 帝国軍部隊から、再び発砲炎が煌めく。

 その向こうで、東の空が僅かに白くなり始めていた。




 昨日の夕方から夜通し繰り広げられたグリッジ王国を巡る戦いは、日が昇り、翌日のお昼を迎える頃になってやっと趨勢が決した。

 付近のオルギスラ帝国軍は、なんとか撤退してくれた。

 今ハインケルのお城の周辺は、私たち白花の騎士団と増援として到着したサン・ラブール連合軍が完全に制圧していた。

 私たちは、何とか勝つ事が出来たみたいだ。

 帝国軍はハインケル周辺からは撤退したみたいだけど、周辺地域は未だ帝国軍の勢力下だ。勝ったとはいえ、まだまだ楽観出来る状況ではなかったのだけれど……。

 戦闘が終わり、アーフィリルとの融合を解除して元の姿に戻った私は、ハインケルの町片隅でぽつんと立ち尽くしていた。

 唇を噛み締めてぎゅっと手を握り締めながら、私は目の前に横たわる鎧姿の騎士をじっと見つめていた。

 その騎士は、もう事切れている。

 彼は、グリッジの王さまと一緒にこの町に残った騎士さんの1人だった。

 周囲には、同様に力尽きたグリッジの騎士さんたちが沢山倒れている。

 そして、王さまも……。

 熱いものがこみ上げて来る。

 今私の周りでは、そのグリッジの騎士さんたちの亡骸を回収すべく、味方部隊の皆さんが忙しく動き回っていた。

 皆が働いている中で、白く花の騎士団の団長である私が子供みたいに涙を流す訳にはいかない。

 そう、思ってはいても……。

 私の頰を、ポロポロと涙が零れ落ちる。

「うう……、ひっく」

 ぎりっと歯を食いしばっても、涙を押し止める事は出来なかった。

 私たちが、もう少し早く帝国軍を撃退出来ていれは……。

 もう少し早く、このハインケルに戻って来れていれば……。

 もしかしたら、町に残った王さまや騎士の皆さんを救えたかもしれない。

 もしかしたら……。

 噛み締めた唇が、プルプル震える。

 白くなったアルハイムさまとルールハウトと協力して敵部隊の中心に突撃した後。

 私たちは敵の司令部を撃破する事に成功した。そして竜騎士ラルツさまが掩護してくれた白花の騎士団本隊も、敵部隊を押し返す事に成功した。

 でも、敵の攻勢はそれで終わりではなかったのだ。

 その後も敵部隊は断続的に攻め寄せて来た。私たちは、日が昇った後もその対処に追われる事になった。

 帝国軍がようやく私たちの事を諦めてくれたのは、お昼近くになって援軍のサン・ラブール連合軍の大規模部隊が到着してからの事だった。

 敵が撤退を始めて直ぐに、私はオレットさんたちの制止を振り切って1人先にこのハインケルに戻って来た。

 ……しかし。

 私を待ち受けていたのは、既に力尽きた王さまたちの亡骸だった。

 ……皆さんが足止めしてくれたおかげで、馬車隊はハインケル方面からの敵部隊に襲われる事はなかった。

 王さま以下、町に残った騎士の皆さんは、命を賭して立派に己が務めを果たしたのだ。

 騎士として立派に……。

 でも。

「うう、うう……」

 でも、やっぱり、思ってしまう。

 もう少しやり様があったのではないか、と……

 王さまたちも馬車隊の一般人のみなさんも守れる方法が、きっとあったのではないか、と。

 後続の味方部隊も到着し、ハインケルの町とお城の状況の確認と残敵掃討が始まっても、私はそのまま騎士の皆さんの亡骸の前で立ち尽くしていた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 やっと涙も止まった頃、不意に私は、背後からぐいっと巨大なものに押された。

 大きな姿のアーフィリルが、私の腕と体の間に無理やりその巨大な鼻を押し込もうとしているのだ。

 振り返ると、アーフィリルがくんっと鼻を鳴らした。潤んだ大きな瞳が、至近距離からじっと私を見つめていた。

 私はばっと身をひるがえし、ふわふわもふもふの羽毛に包まれたその顔にぎゅっと抱き付いた。

「おーい、セナ!」

 遠くから、私を呼ぶ声が近付いて来る。

 ……あの声は、フェルトくんだ。

 私は身を起こすと、声のした方向を見た。

 ……今日のところは、オルギスラ帝国を追い返す事が出来た。

 犠牲は大きかったけど、グリッジの人たちを退避させる事にも成功した。

 でも、戦いは明日も続く。

 明日もその次の日も、生き残った私たちは戦わなければならないのだ。

 グリッジの王さまや騎士の皆さんの犠牲を、無駄にしない為に。

 王さまが望んだとおり、このサン・ラブールの地から帝国軍を追い払い、平和で穏やかな日々を取り戻す為に……!

「フェルトくん!」

 私はごしごしと目元を拭ってから、フェルトくんに向かって大きく手を振った。そしてそちらに向かって駆け寄ろうとして……。

「わっ!」

 足がもつれてしまう。

 転ぶ!

 石畳に激突するのを予測してぎゅっと目を瞑った私は、ぼふんと何か柔らかいものに受け止められた。

 すっと目を開けると、目の前に白い羽毛が広がっていた。どうやら、アーフィリルが咄嗟に前足で受け止めてくれたみたいだ。

 ……うう。

 フェルトくんに、転ぶ瞬間を見られてしまった……。

「……ありがとう、アーフィリル」

 私は頰がかっと熱くなるのを感じながら、ゆっくりと体を起こした。

『疲れているのだ。休息が必要だな、セナよ』

 アーフィリルの優しい声が響く。

 ……確かに連日の戦闘で、もうくたくただったけど。

 まだ私は、立ち止まる訳にはいかないのだ。

 私は髪を揺らしてパタパタと頭を振った。そして、むんっとアーフィリルを見上げる。

「まだまだ頑張るよ、アーフィリル!」

 私はふしゅんと息を吐いて、気合いを入れ直す。そして、改めてフェルトくんの方へと駆け出した。

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