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第36幕

 頭上には、冬の澄んだ夜空が広がっていた。

 冷え切った大気の向こうで瞬く満天の夜空を見上げていると、思わず吸い込まれそうになってしまう。

 片手に白く刃の輝く長剣を握り締めた私は、そんな夜空を見上げながらほうっと息を吐いた。

 白くなった息が、天高く星空へと吸い込まれて行く。

 今は暗く夜闇に隠されているけれど、昼間見た周囲のアーテニアの山々は、白く雪化粧をしていた。

 季節は既に冬だ。

 私たちが今作戦行動中のアーテニア王国は、大陸でも北部に位置しているため、ここ最近は朝夕とも身を切る様な寒さが続いている。

 しかしこの地域は、寒風に晒されても、身動きが取れなくなる様な大雪は降らないとの事だった。

 大雪が降っては戦闘どころか行軍にも影響してしまうから、その点はありがたいと思う。

 アーフィリルと融合した大人状態の私は、静かな夜空から周囲の状況へと目を戻した。

 静謐な夜空とは対照的に、私の周囲には白花の騎士団とオルギスラ帝国軍がぶつかる混沌とした戦場が広がっていた。

 朽ちた古城を利用したと思われるオルギスラ帝国軍の駐屯地は今、あちこちから火の手が上がり、無数の帝国将兵の屍に覆われていた。

 周囲には、銃声と気合の雄たけびと悲鳴が絶え間なく響き渡っていた。

 倒れ伏している者の中には、もちろん私たち白花の騎士団の仲間たちの姿もあった。

 双方入り乱れての乱戦は、熾烈を極めている。

 物の焼ける臭いが立ち込め、剣戟の音が甲高く響き渡る中、私はすっと目を細め、倒れた仲間の亡骸を見つめた。

 仲間が倒れても、私たちは立ち止まる訳にはいかない。

 小さく息を吐き、さっと髪をひるがえした私は、先ほど斬り倒した竜の黒鎧の残骸を避けながらゆっくりと歩みを再開させた。

 味方の損害は皆無とはいかないが、全体としてここまでは、レティシアの作戦は順調に推移しているといえた。

 アーテニア領に入った直後、たまたま敵の集団と遭遇するという事はあったけれど、その部隊を蹴散らした私たちは、そのまま東部帝国占領地域に進出。現在は、山間に作られた帝国軍の竜晶石採掘地点と思われる拠点の制圧に当たっていた。

 このままこの周辺のオルギスラ帝国軍を撃破した後、白花の騎士団は、主戦場となっている東部戦線の敵後方に回り込んで奇襲を掛ける予定になっている。

 私たちの行動が早ければ早いほど、味方の損害を減らす事に繋がる。ここは迅速に敵を殲滅して行かなければならないが、竜晶石を供給している拠点は確実に潰しておく必要もあった。

 私は剣を無造作に下げながら、敵陣地内を進んで行く。

 正面門と前衛部隊は突破したが、敵戦力はまだまだ尽きない様だ。機獣の大規模部隊や強力な火砲を備えた部隊、さらには雑兵版ではあるが、あの竜の黒鎧までいるとなると、この拠点にいる敵がなかなかの大部隊だという事がわかる。

 私が今攻めている採掘の指揮と竜晶石の集積の為の拠点とは別に、もう少し山間に入った場所には別の拠点があり、そこが実際の竜晶石の採掘現場となっている様だった。

 その坑道方面には、オレットとレティシアの別働隊が急襲を掛けている筈だ。

 今のところ援護を求める連絡がない事から、あちら側は順調なのだろう。黒鎧の部隊は現れていないと思われる。

 前方から銃声が響いて来る。

 新たに現れた敵銃歩兵の部隊が、機獣群を盾に隊列を組みながら、味方部隊に一斉射撃を浴びせていた。

 また新たなる魔素撹乱幕が展開された様で、防御障壁を展開出来ない味方部隊は、近くの建物や資材の山にその身を隠していた。

 接近戦を仕掛けるには、まだ距離がある。微妙な間合いだった。

 接近してしまえばこちらの剣に蹂躙される事がわかっているから、敵も有効打にならないと知っていても、とにかく射撃を続けて弾幕を形成している。

 しかし。

 その拮抗した状況は、直ぐに動き始めた。

 敵の隊列に、砲撃型の機獣群が現れたのだ。

 その姿を認識した瞬間。

 私は地を蹴り、飛び出していた。

「機獣隊! 斉射……」

 敵指揮官が、指揮杖を振り上げ叫ぶ。

「アーフィリルさま!」

 こちらを見て叫ぶ味方の脇を通り抜け、私はその前へと飛び出す。

「ってぇ!」

 敵指揮官が絶叫する。

 それと同時に、私は機獣部隊に向かって左手を突き出した。

 歩兵銃とは比べ物にならないほど重々しい砲声が轟く。

 本来なら身を隠している障害物ごと目標を吹き飛ばしてしまう威力を秘めた砲弾は、しかし私の直前で見えない壁に阻まれる。

 そして、爆裂する。

 耳をつんざく爆音が轟く。

 しかし爆風は私の展開した障壁に阻まれ、こちら側には届かない。

 爆音が静まると、もうもうと広がる黒煙の向こう側から、敵集団のどよめきが聞こえて来た。

「馬鹿なっ、砲撃を防いだのか……!」

「白い騎士がいた……」

「白花の竜騎士か!」

「一旦下がれ! 接近されたら……」

 敵は機獣部隊を前面に押し立てて、一旦下がる様だ。

 確かに後退という判断は正しい。

 しかし今から退いたところで、私の間合いから逃げられるものではない。

 私は剣を腰だめに構えると、僅かに姿勢を低くする。そして、足に魔素を込めて地面を蹴りつけた。

 未だ残る砲弾炸裂の黒煙を切り裂き、私は敵の眼前に飛び出す。

 正面には驚愕に顔を歪める敵集団。

 一足の踏み込みで、私は砲撃型機獣の懐に飛び込んだ。

 目の前で歩兵銃を構えていた敵兵が、私と目が合った刹那、ぽかんと惚けた様な顔からみるみるうちに驚愕の表情へと変わっていく。

 私は、その兵に向かってにこりと微笑んだ。

 同時に、片手でさっと剣を振り上げる。

 白の長い髪が、ふわりと舞い上がる。

 私の剣は、いとも簡単に砲撃型機獣の頭部を切断する。

 そのまま頭の上で剣を両手で握り直した私は、タンっと地を蹴って方向転換。後ろを向くと、そちらに控えていた別の機獣に向かってさらに刃を振り下ろした。

 続けて、高速の斬撃を叩き込む。

 瞬く間に4つの鉄塊に成り果てる砲撃型機獣。

 凍て付いた大地に、機獣の残骸が崩れ落ちる。

「なっ!」

「何でっ……」

「ひっ、ああああ!」

 周囲の兵たちが、悲鳴を上げて逃げ始める。

「馬鹿者ども! 隊列を組め! 構えよ!」

 銃歩兵隊の指揮官が唾を飛ばしながら叫び、指揮杖を振るって私を指し示した。

「この至近距離だ! 撃てば防げん! 構え、一斉射!」

 指揮官の怒声に、敵部隊の一部が銃を構え、何とか隊列を組み直そうと動き出す。

 同僚が斬り倒されて怒ったのか、さらに3体の機獣が巨大な衝角を私に振り向け、身を屈めて突撃の姿勢を取った。

「ってぇ!」

 敵指揮官が絶叫する。

 私を半包囲した銃歩兵隊が、一斉に発砲した。

 もうもうと湧き上がる発砲煙が、周囲に吹き上がる火の手に照らし出される。

 同時に、大地を揺るがして、牡牛の機獣が突撃を仕掛けて来る。

 襲い来る銃弾は、周囲に展開された自動障壁が防いでくれる。

 歩兵銃程度では、私を傷付ける事など出来ない。

 銃弾が障壁に弾かれる中で、私はふっと軽く息を吐きながら、突進して来る機獣の1体に向き直った。

 このタイミングで突撃すれば、味方の射撃に当たってしまうのではないのかと思ってしまう。突然の乱戦で、敵も混乱しているのだろうか。

 まぁ、味方の銃撃で倒れるのも私に斬られるのも、大差はない。

 いずれにせよ、この場にいる帝国軍はここで終わりなのだから。

 私は薄く笑いながら、正面の機獣に向かって踏み込んだ。

 巨大な衝角を左右に振り回す機獣。

 私はその衝角に軽く剣の腹を当て、その反動を利用してひらりと体を回転させる。

 白のドレスの裾が、ふわりと広がる。

 私は1回転しながら機獣の側面に回ると、その勢いを利用して機獣の巨体に白の剣を突き立てた。

 刃を突き刺したまま、機獣の尾に向けて剣を振り抜く。

 体を上下に斬り裂かれ、後足を斬り落とされた機獣が突撃の勢いを殺せず、もんどりうって地面に突っ込んだ。

 背後から迫る轟音。

 私は勢い良く踵を返す。

 白の長い髪が、ふわりと弧を描く。

 目の前に迫る機獣の巨体。

 剣を構える。

 私はすっと膝を曲げて姿勢を低くすると、迫る2体目の機獣の衝角の下へともぐり込んだ。

 巻き上がった私の髪を、機獣の衝角が刺し貫く。

 私は低い姿勢からさらに踏み込むと、機獣の顔面に刃を突き出した。

 剣を握る手に、鈍い衝撃が走った。

 突撃を止められず、自ら串刺しになる機獣。

「……嘘だ」

「機獣の突撃を、止めたのか?」

 周囲の帝国兵が呟く声が聞こえた。

 私は、顔面に突き刺した剣だけで機獣の巨体を押し留める。

 足が、僅かに地面にめり込んだ。

 さら私は、両手で握りしめた剣に力を込めた。

「はっ」

 剣を振る。

 機獣を突き刺したまま。

 ハンマーを振るう要領で。

 串刺しにした機獣を、突撃してくる別の機獣目掛けてぶつける。

 金属の装甲板で覆われた巨体が舞い上がる。

 盛大な激突音と土煙を巻き上げて、周囲の兵をも巻き込みながら、激突した2体の機獣が地面を転がった。

 私は剣を構えなおしながら、残った敵部隊と機獣群に向き直った。

「ひっ」

「ば、化け物……!」

「だから白花なのか……」

 私の周囲の帝国兵たちは、一旦は隊列を組み直していたものの、口々に悲鳴を漏らしながら再度崩れ始めた。

 敵隊長も顔を引きつらせている。今度は叱責出来ない様だ。

 しかしその敵の後方からは、さらなる増援部隊が姿を見せていた。今度は全身鎧に身を包んだ帝国の重装騎士も多数混じっている様だ。

 既に私たちは、敵拠点深くまで斬り込んでいる。相当数の敵を打ち倒している筈だ。そろそろ打ち止めにしてもらいたいものだが。

 私はいささか辟易しながら小さく息を吐くと、僅かに首を傾げた。

「白花の騎士団、何をしている! セナに続け!」

 その時。

 背後から、気合いの籠った声が響き渡った。

「おおおおっ!」

 青く刃の輝く魔刃剣を振りかぶり、雄叫びを上げながら飛び出して来たのは、フェルトだ。

 未だ魔素撹乱魔は展開されていたが、フェルトは気にした素ぶりもなくそのまま敵の渦中へと飛び込んだ。

 一刀のもとに、先ほどまで指揮杖を振っていた敵指揮官を斬り伏せるフェルト。そのまま返す刃で、別の帝国兵を斬り倒す。

 瞬く間に、フェルトの周囲に血風が吹き荒れる。

「アーフィリルさまに続け!」

「我らも行くぞ!」

「突撃! 突撃! 斬り込め!」

 そのフェルトの獅子奮迅の活躍に呼応するかの様に、帝国軍拠点のあちこちから白花の騎士団の騎士たちの勇ましい声が轟いた。

 私は突進して来る機獣に剣を突き立てながら、ふっと微笑んだ。

 フェルトもなかなかやるものだと思う。

 前線の斬り込み役が様になって来た。

 皆を率いているという訳ではないのだが、フェルトの戦い方には自然と他を奮い立たせる様な凄みがあった。

「はああっ!」

 混乱する敵銃歩兵の間を駆け抜けるフェルト。

 その背を狙う敵兵に矢が突き刺さる。

 マリアと弓兵隊の援護射撃だ。あちこちで上がっている火の手が篝火代わりになっているとはいえ、夜に良く当てられるものだと感心してしまう。

 弓兵の的確な援護を受けながら、フェルトは流れる様な動きで敵を屠っていく。高速で敵の間を駆け抜けるその動きは、常人よりも遥かに速い。

 フェルトたち味方に向かっていく帝国騎士部隊を魔素の光球で殲滅しながら、私はふむと首を傾げた。

「フェルトの動き、あれは戦技スキルを使っているのか?」

 私は機獣の衝角を斬り飛ばしながら、胸の中のアーフィリルに尋ねる。

 随分と薄くなって来たとはいえ、周囲には未だ魔素撹乱幕が展開されている。戦技スキルの使用は阻害されている筈だ。

『確かにかの少年の体内魔素は、活性化している。それにより、身体能力が強化されている様だ』

 アーフィリルの言葉に、私は小さく頷いた。

 やはり。

『ただし、戦技スキルという騎士の技に比べれば、微々たる強化に過ぎぬ様だ。ふむ』

 アーフィリルが、興味深そうに唸った。

『どうやらあの少年。無意識に体内の魔素を操作している様だな。天性の勘か、魔素への適性が高い様だ。なるほど、あれならば外的要因に阻害される事もないだろう。これは面白い』

 アーフィリルの説明を聞いてる間も、私は機獣を斬り倒す。

 白の剣をぶんっと振り、私はふっと息を吐いた。

 フェルトに、その様な適性があったとは驚きだ。しかしこれで、フェルトの動きの冴えにも納得がいく。

 もともと生き物の活動には、魔素の流れが必要不可欠だ。この世に生きるものの中には、多かれ少なかれ魔素が流れている。

 魔素撹乱幕は、あくまでも外的な魔素の発露に干渉するのであって、そうした生命の根本的な部分に干渉出来る訳ではない。

 フェルトは、生命が自然と体内に備えるそうした魔素を、自分自身の動きを強化する様に最適化させているのだろう。

 簡単に言い換えれば、フェルトは他の者よりも、戦う事については天性の才があるという事だ。

 興味津々なアーフィリルの様子からしても、珍しい才能なのだろう。

 頼もしい限りではあるが、しかし今は少し張り切り過ぎだ。

 敵中に突撃したフェルトは、いつの間にか複数の帝国騎士に取り囲まれてしまっていた。

 いくら身体能力が底上げされているからといって、障壁の守りを展開できる訳ではない。近接戦闘を行っている最中に遠距離から狙撃されば、危険な状況に陥るだろう。

 幸い周囲では、既に味方が帝国部隊を圧倒し始めていた。敵拠点の完全制圧も、時間の問題だ。

 私の周囲でも最後の一体が擱座すると、とうとう動ける機獣はいなくなった。

 次は、フェルトの掩護に回るとしよう。

 私はだらりと無造作に剣を下げたまま、フェルトを囲む帝国騎士たちに向かって進み始めた。

「おのれ!」

「オルギスラ帝国万歳っ!」

 こちらに気が付いた敵騎士が、私に向かって斬り掛かって来る。その鎧の胸部装甲には、竜と獅子の紋章が刻まれていた。

 例の親衛師団という部隊か。

 竜晶石に関係する場所には、必ずこの親衛師団の騎士がいる様だ。

 私は歩みの速度を緩めず、そのまま帝国騎士を斬り倒す。そして敵騎士と激しい攻防を繰り広げているフェルトまで辿り着くと、踵を返してその背を守る様に立った。

「先行し過ぎだ、フェルト」

 私の注意に、魔刃剣で敵を貫いたフェルトがふっと笑うのが聞こえた。

「はぁ、はぁ、はぁ、その台詞、そっくりそのまま返すぞ、セナっ」

 息を弾ませながらも、背後でフェルトが剣を構え直すのがわかった。

 私は思わず笑ってしまう。

「確かに、その通りだな」

 騎士団長となっても、私に出来るのはその程度の事だ。実際の部隊の指揮は、グレイやオレットに任せてある。

「では、我々2人でもう少し敵を引きつけるとするか。まだ行けるか、フェルト?」

 私はふっと微笑みながら、背後のフェルトに声を掛けた。

「……ああ! もちろんだ、まだまだ行ける!」

 背後から、力のこもった声が返って来る。

 私は静かに微笑みながら頷くと、左手にもう一振りの白の長剣を生み出した。そして、遠巻きに私たちを取り囲む帝国騎士へと向かってゆっくりと歩き出した。




 竜晶石採掘拠点となっていたオルギスラ帝国軍の拠点制圧が完了すると、私はサリアやフェルトたちに、物資の回収と労働力として捕らえられていた一般の人々の救助を命じた。

 それが終わるころには、坑道方面に向かっていたレティシアやオレットたちからも敵施設制圧の報告が来ていた。

 レティシアからの報告によると、アーテニアの山々に穿たれた洞窟の奥には、確かに竜晶石の鉱脈が存在したとの事だった。しかしそこには、アルテラールの世界樹の様に竜の遺骸は無かったそうだ。

 アーフィリルの話によれば、死した竜は永い時間を掛けてその身を竜晶石へと変化させ、やがて大地と1つになって完全に消滅するという。

 アーテニアのこの地は、そうして大地と完全に1つになった古い竜の墓所だったのだろう。

 冷たい冬の夜の風に大きくドレスをはためかせながら、私は空中から、そんな竜の墓所の上に築かれた帝国軍拠点を見下ろしていた。

 暗く夜闇に沈む山間で火の手を上げる帝国軍拠点は、空の上からでも良く見て取る事が出来た。同様に、少し離れた坑道入り口も良くわかる。レティシアたちの攻撃を受けた物見櫓が燃え上がり、巨大な松明の様になっているおかげだ。

 この拠点を攻略した事で、帝国軍の竜晶石を利用した兵器供給に少しでも打撃を与える事が出来たなら良いのだが。

 私は静かに目を瞑り、息を吐く。

 白くなった息が、夜の空気に溶けていく。

 白花の騎士団の戦いは、まだまだ始まったばかりだ。迷う事なく、立ち止まる事なく、私たちは速やかに次の目標に向かって進まなければならない。

 ただし。

 次の目標に向かう前に、今回の竜晶石拠点攻略作戦の仕上げをしておかなければならないが。

『セナちゃん。坑道方面も撤収は完了したわよ。各施設の調査まだだけど、言われた通り、奴隷にされていた人たちもとりあえずは収容したわ』

 耳に装着した遠距離通話機器から、レティシアの声が響く。

 私はすっと目を開き、眼下の帝国軍拠点を見下ろした。

「了解した。レティシアやオレットも退避しているな?」

 私は風に弄ばれる髪を抑えながら、レティシアに問い掛ける。

『ええ、騎士団の陣地まで戻って来たわ。セナちゃんは今どこにいるの?』

「私も、直ぐに戻るさ」

 私はレティシアにそう答えながら、片手に携えた白の長剣の切っ先を帝国軍拠点に向けた。

「行くぞ、アーフィリル。竜の咆哮の準備を」

『了解。収束熱線準備。補助制御陣を展開する』

 アーフィリルの声に合わせ、私の掲げた剣の周囲に紡錘形のプレートが現れた。

 びっしりと細かい文様が刻まれたそのプレートは4枚。白の長剣を中心に、X字型に展開する。

 体が熱くなる。

 私の中に、大量の魔素が集まって来るのがわかった。

『収束開始。第一次展開』

 アーフィリルの厳かな声と共に、地上に差し向けた剣先に魔素の光が収束して行く。

 私はじっとその光球に意識を集中させ、体の中で暴れ回る魔素を集めて流し込む。

 巨大な力を、純然たる破壊のエネルギーへ。

 徐々に大きさを増して行く剣先の白球から、溢れた魔素がほとばしる。その力の奔流は、スパークとなって夜空に弾ける。

 幾度かの戦闘を経て強大な魔素の行使に体が慣れて来たのか、初めて竜の咆哮を放った時に比べれば私は冷静だった。

『な! な、何よ、それ!』

 レティシアの声が聞こえて来る。

 さすがにこの量の魔素を展開すれば、レティシアが気が付かない筈はないか。

『セナちゃん、空の上にいるの? 何をしているのよ、それ!』

 耳に装着した機械からレティシアが騒ぎ立てる声が聞こえて来るが、私はそれに答えずに体の中で暴れる魔素と、剣先に膨れ上がる光球に意識を集中させた。

 くっ。

 ギリっと歯を食いしばる。

 慣れて来たとはいえ、強大な魔素の負荷を完全に無視する事など出来なかった。

『第2次展開。防御障壁展開。仮装照射線を展開する』

 アーフィリルの宣言と同時に、剣先の光球と4枚の補助制御陣が激しく発光し始める。

「目標を2点に設定」

『承知した。目標補足。魔素収束率43パーセント。収束熱戦照射設定を全てクリア。セナ』

「了解」

 私は大きく息を吸い込み、剣を握る手に力を込めた。

「射撃、開始!」

 私は、キッと帝国軍拠点を睨みつける。そして、それまで抑え込んでいた力を一斉に解放した。

 その瞬間。

 白光が夜を斬り裂いた。

 溢れた光が大気を焼きながら、一条の光へと収束する。

 光の柱が地上に突き刺さる。

 照射時間はほんの一瞬。

 出力は半分も出していない。

 しかしさっと白光に撫でられた地面は、一瞬の間の後、大爆発を起こした。

 爆音か、盛大に夜の山間に轟いた。

 帝国軍拠点の施設が、瞬時に地表面ごと消滅する。

『なっ……』

 レティシアが絶句する声が聞こえた。

 しかし、まだ終わりではない。

 もう1つ、目標は残っている。

 私はすっと剣の切っ先を、山腹の坑道へと向けた。

「放つ!」

 再び白光が煌めく。

 私の放った収束熱戦は、山を抉り、燃え上がる物見櫓ごと帝国軍の痕跡を吹き飛ばした。

 夜に沈んだ山が震える。

 北国の山間に、2つの爆炎と巨大な黒煙が立ち昇った。

 私は剣を下ろすと、深く息をついた。

 これで万が一帝国軍が三度この場所に押し寄せて来たとしても、竜晶石を得るのにかなりの時間と労力が必要となるだろう。

 私は白の剣を消すと、軽く目を瞑る。そして改めて足元を見ると、ゆっくりと眼下に広がる暗い森に向かって降下を始めた。

 その間もずっと、耳に装着した機械からはレティシアの声が響いていた。

 私の竜の咆哮の威力や魔素に驚きの声を上げていたレティシアは、帝国軍拠点が吹き飛んだ事を知ると、直ぐに猛烈な抗議を始めた。

 拠点に残る施設には、竜晶石利用の手掛かりがあったかも知れないのに。もしかしたら、竜晶石の加工に役立つ設備があったかもしれないのに、と。

 私はそれを聞き流しながら、ふわりと地面に降りたった。

「お疲れ、セナ」

 針葉樹が生い茂る夜の森の中、良く知っている声が響いた。

 声のした方に目をやると、フェルトが近付いて来るところだった。

「派手にやったな」

 黒煙を上げる帝国軍拠点跡地の方を一瞥するフェルト。

 白花の騎士団各員には本陣まで後退する様に伝えてあったが、フェルトは命令には従わず、わざわざ私を待ってくれていた様だ。

 私も立ち昇る黒煙の方向を一瞥してから、レティシアやオレットか待つ陣地に向けて歩き始めた。

「行こう、フェルト。ここで成すべき事は終えた」

 そう声を掛けると、少し慌てた様子でフェルトが私を追い掛けて来た。

 人気のない冬の夜の森に、私たちの足音とフェルトの鎧の音が微かに響く。

「……セナ。その、戦闘が続いているが、体は大丈夫なのか?」

 私は、後ろをついて来るフェルトを一瞥した。

「なんだ、心配してくれているのか?」

 そしてニヤリと微笑む。

 フェルトはうっと唸ると、顔をしかめた。

「あ、当たり前だろう。お前は、俺たち騎士団の頭なんだからな」

 フェルトが私に並びながら、ぶっきらぼうに呟いた。

 その様子が面白くて、やはり私はふっと微笑んでしまった。

「無茶をしたら、またうーうー唸って寝込むんだろう。まったく、何だかんだで結局無理するんだからな、お前は……」

 笑ったのが気に食わなかったのか、低い声でそう言い放ったフェルトが横目で私を睨んだ。

 アーフィリルと融合した状態で並んで歩くと、フェルトの顔を見上げずに済むのが新鮮だ。大人状態でもやはりフェルトの方が少し背が高いが、これならば側から見ても、私たちが同じ年齢だという事に納得してもらえるだろう。

 普段は、2人で並んでいると兄妹にしか見なされないのだが。

 怒った様にぞんざいな口調だったが、私を気遣ってくれているフェルトが微笑ましくて、私は目を細めながら隣の少年を見やる。

 こうして大人状態の私がフェルトと並んで歩く機会は、案外今までなかったなと思う。

「……くっ」

 私と視線を交えるのに耐えきれなくなった様に、フェルトが目を泳がせる。

 フェルトはしばらく視線を彷徨わせた後、私の胸元をじっと見たかと思うと、さらに顔を赤くしさっと前を向いた。

 ん?

 私は僅かに首を傾げる。

 そのまま口をつぐんでしまうフェルト少年。

 しばらくの沈黙の後、私はふっと息を吐いた。

「フェルトは強い。私もその力は認めているつもりだ。今日の様な無茶は良くないが、頼りにはしているぞ」

 私は、微笑みながら目だけで隣のフェルトを見た。

 フェルトの強さは本物だと思う。アーフィリルの力を借りているだけの私とは違う。

 そこは、純粋に尊敬している。

 初めてエーレスタの竜舎で出会ったあの時から。

 フェルトは、しかし私の言葉を聞いた途端顔をしかめると、ぎゅっと拳を固めた。

「……まだだ。俺は、もっと強くならなければ」

 低い声が、夜の森に響く。

 その言葉には、フェルトの強い想いが込められているのが良くわかった。

 そうだった。

 フェルトも私も、共に強くなりたいと望んでいたのだ。

 2人で剣の稽古をしている間、ずっとそんな話をしていた頃もあったか。

 私は、騎士として理不尽な暴力から力無い人々を守る為に力を望んだ。フェルトは、力を求める為に騎士になったと言っていた。自分自身の為に強くなるのだと。

「竜騎士になったお前と一緒に戦っていれば、俺はもっと強くなれると思う。そうすれば……」

 ぐっと拳を固めるフェルト。

 私はその姿を横目で見つめるが、フェルトはそれ以上言葉を続ける事はなかった。

 視線を戻し、私は軽く目を瞑ってふっと息を吐く。

 最初にその強さに対する思いを聞いた時は、それが認められなくて、私はフェルトとぶつかってしまった。

 でもそれは私の独善であり、戦う理由は人それぞれだという事は今は理解しているつもりだ。大人状態の私には、むしろ感情的になったあの時の自分の方が恥ずかしく思える。

 しかし。

 フェルトが強さを求める理由には、もっと別の何かがある様な気がする。

 富とか名声とかその様なありふれた欲望の為だけでなく、もっと根幹的に、この少年を突き動かしている大元の部分に、強さへの希求が繋がっている。

 今の私には、フェルトの姿はそんな風に見えるのだ。

 そういえば、改めて考えてみると、私はフェルトの事をあまり良く知らないと思う。これまでの経歴、出身地、エーレスタの騎士になった理由や趣味嗜好など、フェルト自身の事については今まであまり聞いた事がない。

 今度機会を作って、きちんと話してみるのも良いだろう。

 フェルトが今私に従ってくれているのは、強さを求めるが故にアーフィリルの力の強大さに惹かれているからだとしても、私たちは共に戦う戦友なのだから。

 目的の自覚なくして力を求め続ける姿勢は、危ういものだ。

 私はフェルトから、そんな印象を受けていた。

 脳裏に、ちらりとあの竜の黒の鎧のアンリエッタの姿が浮かぶ。鎧を赤黒く輝かせながら、あの鎧も自分が強くあらねばと叫んでいた。

 今は生きる為に強さが求められる戦乱の時代だが、あの様に力だけを求める者の末路は見えている。フェルトには、あの様にはなって欲しくない。

 フェルト自身の事をもっと良く知る事が出来れば、私にも何か手助けが出来るかもしれない。

 私はすっと目を細めて、夜の深い森の先を見つめる。

 黒い柱となって並ぶ木々の向こうには、うっすらと篝火が見えていた。白花の騎士団の本陣の明かりだ。

 私はアーフィリルにお礼を言うと、融合を解除してもらう。

 夜の林に白光が広がった次の瞬間、私の視線はいつものフェルトくんを見上げる位置に戻っていた。

 ふうっと大きく息を吐くと、私は両手を上げてんっと伸びをした。

「そうだ! 戻ったら、一緒にごはんにしようね、フェルトくん」

 私は腰の後ろで手を組むと、フェルトくんを見上げてふわりと微笑んだ。その私の頭の上に、ぽすっと小さなふわふわのアーフィリルが降り立つ。

 一緒にごはんを食べてお話すれば、フェルトくんの事について何か知る事が出来るかもしれない。

 我ながらの名案に、私はうんっと小さく頷く。

 そんな私を見て、フェルトくんは何故かがっかりした様に溜め息をを吐いた。

 あれ?

「……目の前で変身されなきゃ、同一人物なんて信じられないんだよな」

 ぼそりと呟きながら頭をガリガリと掻くフェルトくん。

 その動きがまるでオレットさんみたいで、私は思わずふふふっと笑ってしまった。

 私はととと軽く駆けてフェルトくんの前に出ると、白のコートの裾をひるがえしてくるりと振り返った。

「次の作戦も、また一緒に頑張ろうね!」

 私は後ろ向きに歩きながら、明るく声を上げてぎゅっと握り締めた両手を掲げて見せた。

 フェルトくんが一瞬驚いた様に目を丸くする。そして、少し呆れた様にふっと微笑んだ次の瞬間。

 私は、何かつまずいた。

「あ!」

 ぐらりと体が流れ、後ろ向きに倒れそうになる。

「セナ!」

 咄嗟に伸びて来たフェルトくんの腕が、がしりと私を捕まえる。そしてそのまま、私の体を軽々と引き戻してくれた。

 しかし。

 今度は勢い余って、フェルトくん側に倒れ込む私。

 うぐっ。

 次の瞬間には、私はフェルトくんの腕の中に収まっていた。

「だ、大丈夫か、セナ。まったく、元に戻った途端これかよ……」

 私を覗き込んで来るフェルトくん。

「あっ、えと……」

 私は何が起こったのか理解出来ず、フェルトくんの腕の中でぽかんとしてしまう。

 ……フェルトくんの腕、思ってたより太いなぁ。

 しかめっ面のフェルトくんを見上げながら、私はぼんやりとそんな事を考えてしまった。

 それに、なんだかぽわんと温かい。

 フェルトくん、鎧を身に付けているのに……。

 こちらを覗き込んでいたフェルトくんが、不意に顔を赤くして顔を背けた。

 ……む?

 ……あ。

 しばらくの間の後、私も顔が真っ赤になる。

 わ、私、今、男の人に抱き締められて……。

 あわわわっ。

 緊張できゅっと体を固くしながら、私は小刻みに震え始める。

『ふむ。仲睦まじい事は良い事だ』

 不意に、アーフィリルの声が響く。

 私は、ハッとして身を捩る。

 フェルトくんは、直ぐに私を離してくれた。

 私は、飛び退く様にフェルトくんから身を離した。ついでに、いつの間にか地面にお座りしてこちらを見上げていたアーフィリルを広い上げ、ぎゅっと抱き締める。そしてむむむっとフェルトくんを睨み付けた。

 悪いのは転んだ私で、フェルトくんは助けてくれただけなのに、何故かそうせざるを得なかったのだ。

「あ、なんか悪い……」

 フェルトくんがバツの悪そうな表情を浮かべて謝る。

「うん、私こそ……」

 私も気不味くなって目を逸らすと、しゅんと肩を落とす。そしてそのままアーフィリルを抱き締め、騎士団の本陣に向かって足早に歩き始めた。

 うむむ、私とした事が、なんて恥ずかしい事を……。

 本陣に戻れば、本陣帝国軍拠点を吹き飛ばした事できっとレティシアさんに抗議される。その対処方法とか、次の作戦の事とか、考えなければならない事は山ほどあるのだ。

 私は意識してお仕事の事を考える様にしながら、アーフィリルを抱き締める腕にそっと力を込めた。

 熱くなってしまった頰と胸のドキドキを何とか治めておかないと、みんなの所に戻った時、アメルあたりに何を言われるかわかったものではない。

「おい、セナ。また転ぶぞ」

 背後からフェルトくんの声が聞こえるが、私はそのまま振り向かずに本陣の篝火の方へと向かった。

『……うむ。我とした事が邪魔をしてしまった様だな。真に難しきは、人の心の機微だ。うむ、興味深い』

 腕の中で、アーフィリルがふしゅんと息を吐く。

 私はそれにはあえて何も言い返さず、疲れを吐き出す様にふいっと深く息を吐いた。




 アーテニア内の帝国軍竜晶石採掘拠点を攻略した私たち白花の騎士団は、その勢いのままアーテニアに残った帝国軍部隊を撃破しつつ、当初の予定の通りに南下を始めた。

 アーテニア王国軍の残存部隊とも協力し、アーテニア領内からほぼ帝国軍勢力を一掃した私たちは、いよいよ帝国軍占領地域に対して進軍する事になった。

 今回の作戦は、残念ながら帝国軍を完全に駆逐する事を目指しているものではない。あくまでも帝国軍勢力圏をかき乱し、東部戦線で戦っている味方を支援するのが目的だった。

 電撃的に敵拠点や移動中の敵部隊に強襲を仕掛け、打撃を与えた後に速やかに離脱する。

 そんな戦法を取りつつ、私たちは敵に占領されたサン・ラブール東部地域を一気に駆け抜けた。

 同時に、アーテニアやラドリアと同じく、帝国軍が竜晶石を採掘しているのではないかと思われる地点に対しては、積極的に偵察、制圧戦を仕掛けた。

 しかし、そうそう上手く事が運ぶものでもない。

 アーテニア以来、私たちは帝国軍の竜晶石の供給地点を見つける事は出来なかった。

 その為、レティシアさんの機嫌は悪化する一方だった。

 アーテニアの帝国軍採掘拠点では私が施設を吹き飛ばした事で新たな研究素材が得られず、さらに竜晶石調査の進展に繋がる様な新たな敵拠点が発見出来なかった事で、イライラが募っていたのだろう。

 レティシアさんは、ぶつぶつと文句を言いながら私とアーフィリルに体を調べさせて欲しいと迫って来たり、帝国軍部隊に新式の大規模破壊魔術スキルを放ってみたりと大暴れ状態だった。

 騎士団長である私はおろおろするばかりだったけど、そんなレティシアさんをなだめる担当は、いつの間にかオレットさんになっていた。

 結構前からオレットさんとレティシアさんは仲がいいなと思っていたけれど、2人の間には、最近はますます親密な雰囲気が漂っている気がする。レティシアさんも、何だかんだでオレットさんの言う事は聞き入れるし……。

 何だか2人が怪しいという事をアメルやマリアちゃんに話してみたら、2人して私にはまだ早いと怒られてしまった。

 ……私、マリアちゃんよりは年上なのに。

 そんなレティシアさんの活躍もあり、竜晶石採掘拠点の発見に至らないという点を除けば、私たちの進軍は順調だった。

 敵の撹乱が目的とはいえ、帝国軍部隊を壊滅させてしまった戦闘も何度かあったし、占領されてしまった町村や城を奪還出来た事もあった。

 しかしいくらみんなが頑張ってくれているといっても、無限に戦える訳ではない。

 帝国占領地域への侵攻後1ヶ月が経とうとしていた時点で、私たち白花の騎士団は休養と補給の為に、一度味方の占領地域へ向かって転進する事になった。

 その時点で私たちは、三軍に分けて東から攻め寄せている帝国軍主力部隊の北側の一軍の背後を駆け抜けた事になる。地理的には、サン・ラブール北東部に広がるオルテンシア平原を縦断した状態だった。

 伝えられる戦況はまだまだ厳しかったけれど、私たちの行動に呼応して各地で味方が攻勢に出ているという情報もあった。

 私たちが頑張れば、少しでも状況が良くなる。

 それを信じて、連戦の疲労と倒れた仲間への悲しみ、そして敵の支配地域にいるのだという重圧に押し潰されそうになりながらも、白花の騎士団の誰もが歯を食いしばって必死に戦った。

 私は、そんなみんなには申し訳ないのだけれど、行軍中は馬車で休ませてもらう事が多くなっていた。

 アーフィリルと融合して戦闘する機会が爆発的に増えた為に、高濃度の魔素に晒されている体にだんだんと疲労が蓄積して来ている様なのだ。

 具体的には、凄く眠い。

 眠くて眠くて、一度行軍中に落馬しそうになってしまった。

 その時も、フェルトくんが助けてくれたのだけれど……。

 それ以来私は、オレットさんやグレイさんの命令で、敵が近くにいない間は、貴族の方が乗る様な馬車で眠らせてもらう事になったのだ。

 騎士団がサン・ラブールの支配領域を目指して転進してから3日目。

 その日も私は、いつもの様に馬車の中でうつらうつらと微睡んでしまっていた。

 きちんと座っていた筈なのに、いつの間にか私は、付き添いのマリアちゃんに膝枕してもらっていた。

 ぽかぽかと暖かくて柔らかなマリアちゃんの太ももに頭を預け、体の上に乗っているのだろうアーフィリルの重みを感じながら、私は覚醒と浅い眠りを繰り返していた。

 そこへ不意に、馬車の扉をノックする音が響いた。

 私は、目をしばしばさせながら起き上がる。

 いつの間にか馬車は、停止しているみたいだった。

 直ぐに私は、敵部隊に遭遇したんだと悟った。このな形で始まる敵との遭遇戦は、帝国占領地域に入ってからしばしば起こっていた。

 敵部隊との遭遇は、むしろ歓迎すべき事だ。こちらから出向いて探さなくても、敵部隊を殲滅出来る絶好の機会を得られるのだから。

 その様な機会を逃さない為に、私たちは積極的に周辺に偵察部隊を放っていたのだ。

 私は頰をばちんと叩いて眠気を追い払うと、馬車を降りた。

 直ぐにオレットさんやレティシアさん、グレイさんたち騎士団の幹部のみんなが集まって来る。

「セナさま。前方に敵大規模部隊、並びに交戦中の味方部隊を発見しました」

 低い声でそう報告してくれるグレイさん。

 私は、思わずむっと眉をひそめた。

 味方……。

 味方部隊の存在は、予想外だった。

 ここはまだ帝国占領地域の筈だ。味方部隊が帝国軍と睨み合っている前線地域までは、まだしばらく掛かる筈だったが……。

 直ぐ様私たちは、味方を救うべく援護攻撃の態勢に入った。

 偵察隊によると、帝国軍部隊は機獣も含めた大部隊だった。広く布陣し、味方を包囲殲滅しようと部隊を展開させているらしい。

 対するサン・ラブール連合軍は、総崩れ目前といった状態の様だった。

 何とか組織的に撤退しようと試みているものの、足並みが揃わず被害が拡大しているみたいだ。一部の部隊は、未だ踏みとどまって応戦しているらしいけれど……。

 私たち白花の騎士団は、そんな味方から敵を引き剥がすべく、部隊を2つに分けて時間差で突撃する事になった。

 まずアーフィリルと融合した私が、騎士団の半数を率いて敵側面を強襲した。

 私が白の光球で先制攻撃を仕掛け、突破口を開く。そこにオレット隊を先頭にした騎兵隊が突入する。

 帝国軍は、自らの支配地域において側面から奇襲を受けるとは思っていなかったのだろう。

 動揺し、混乱ている敵陣中深くまで突き進んだ私たちは、そこで敵の気を引くべく全力戦闘を展開した。

 私も白の光球を四方に放ちながら、両手の剣で帝国騎士と機獣を斬り倒す。縦横無尽に戦場を駆け巡りながら、脅威度の高い敵を優先的に潰していく。

 直ぐに態勢を立て直した帝国軍部隊が私たちを包囲しようと迫って来るが、私とオレットは何とかそれを阻止する様に立ち回りつつ、その場に踏み止まり続けた。

「左、騎兵隊!」

「ロイド隊、迎撃!」

「前方に機獣隊! 突撃して来ます!」

「セナ!」

「承知している!」

 私は地を這う様に低い姿勢で突撃すると、その勢いを殺さずに、そのまま機獣の群れに突っ込んだ。

 白のドレスをひるがえし、次々に機獣を屠る。

 オレットやフェルトも、騎兵突撃で敵の隊列を引き裂いていく。

 だんだんと帝国軍も、私たちを無視出来なくなって来たのだろう。

 敵の注意がこちらに向き始める。

 私たちに襲い掛かって来る帝国軍の厚みが、格段に増していく。

 所詮は多勢に無勢であり、じりじりと私たちも後退を余儀なくされてしまう。

 しかし、こちらに注意を引く事こそが私たちの狙いなのだ。

 そしていよいよ敵がこちらに主力を向けようとしたタイミングで、今度は敵軍の後方に回り込んでいたグレイとレティシアの部隊が突撃を仕掛けた。

 派手な火柱が上がっているのは、レティシアの大規模魔術スキルが炸裂した為だろう。

 ここに至り敵帝国軍は、最初に襲い掛かっていたサン・ラブール連合軍から、完全に私たちへと攻撃目標を切り替えた。

 レティシアの隊と私の隊で挟撃態勢に入った白花の騎士団は、そのまま敵陣を切り裂く様に合流を目指して前進を続ける。そして戦域の中央で合流を果たすと、部隊を合わせて帝国軍を押し返し始めた。

 私の光球が、連続して爆炎を巻き上げる。

 レティシアの魔術スキルが、敵集団を吹き飛ばす。

 そこへ、オレットやフェルトが正面から斬り込んだ。

 最初は、分散する私たちを各個に包囲、殲滅しようとしていたオルギスラ帝国軍だったけれど、私たちが合流を果たした時点で後退を開始した。

 どうやら敵には、冷静な指揮官がいる様だ。

 私たちを各個撃破を果たせなかった事により、帝国軍に残された選択肢は、私たち白花の騎士団と正面からぶつかるしかなくなった。

 既に死に体のサン・ラブール連合軍を討ち果たす為に白花の騎士団と正面からぶつかり、自軍に大きな損害を出すの訳にはいかないと判断したのだろう。

「ふむ。なかなかやりますな。引き際もそうですが、奇襲を受けてからの立ち直りも早かった。優秀な指揮官がいる様です」

 私に馬を寄せて来たグレイが、撤退して行く帝国軍を眺めながら不敵な笑みを浮かべた。

 もちろん私たちは、それ以上の追撃は行わなかった。

 私は、この場で出来る限り帝国軍の数を減らしておくべきだと思ったのだが、グレイが深追いは禁物ですと反対したのだ。

 確かに私たちの目的はサン・ラブール連合軍の救援なのだから、味方が安全圏まで退避するのを優先すべきなのは当然だ。

 私は目を細めて帝国軍部隊が退いて行く方角を睨み付けてから、白く輝く髪をひるがえし、壊滅直前だったサン・ラブール連合軍へと向かった。

 帝国軍に襲われていた部隊は、サン・ラブール連合軍北部軍団第3軍に属する第35混成連隊だという事がわかった。

 その指揮官は既に戦死してしまったということなので、私たちは副官や連隊の幕僚から事情を聞く事になった。

「あなたが白花の竜騎士……!」

「この方が……」

「ご活躍、聞き及んでおります!」

 胸の下で腕を組み、背後にレティシアやオレットを従えて立つ大人状態の私の前に、血と汗とドロに塗れた騎士たちが膝をついて深々と頭を下げた。

「救援、感謝致します」

「白花の竜騎士さまに来ていただけなかったら、我々は……」

 口々に感謝の意を伝えてくる連隊の騎士たちを、私は手で制する。

「謝辞はいい。それよりも速やかに撤退してもらおう。この地が帝国軍の占領地域である事は、貴公らも承知しているだろう」

 有無を言わさぬ口調でそう告げた私に、口髭を生やした年配の騎士が膝をついた姿勢のまま、キッと強い視線を向けて来た。

「……残念ながら、それは出来ないのです。我々はこのまま進軍し、グリッジ王国の国王陛下以下の救援に向かわなければならないのです」

 血と汗で汚れた顔で真っ直ぐに私を見つめる騎士は、唐突にばっと頭を下げた。

「白花の竜騎士殿。助けていただいて感謝申し上げます! その上で! さらにお願い申し上げたい!」

 私は目を細めてその騎士を見下ろしながら、沈黙によってその言葉の先を促した。

 その私を一瞥した騎士は、再び頭を下げる。

「我々は、この先にあるハインケル城に向かい、そこで未だオルギスラ帝国軍に対して抵抗を続けるグリッジ王国の王を救援する為に参りました! その途上で敵大部隊の迎撃にあい、この様な状態に……」

 騎士たちがぐっと苦悶の声を漏らす。

「しかし、孤立無援状態で帝国に抵抗を続けておられる国王陛下とグリッジの者たちを見捨てる訳にはまいりません! どうか、お力添えを!」

 聞けば第35混成連隊は、このオルテンシア平原付近の国々から落ち延びて来た騎士や兵で編成された部隊との事だった。

 彼らの国は、残念ながら既に大半がオルギスラ帝国軍に占領されてしまっているのだ。

「未だ抵抗を続けているというグリッジ王国を、オルテンシアの同胞を、見捨てる訳にはいかないのです! どうか!」

 その口髭の騎士だけではない。ここに集まっている騎士たち皆が、強い力の籠った目で私を見上げて来た。

 私は軽く目を瞑ってから、後ろに立つグレイを一瞥した。

 グレイは厳しい表情を浮かべていたが、私と目が合うと少し困った様に笑った。どうやら私が何と答えるかわかっている様だ。

 私は、髪を揺らしてさっと敗残の騎士たちに向き直る。

「了解した」

 そして短くそう告げると、ふわりと微笑んだ。

 騎士たちが、目を大きくして息を呑む。

 私は、跪くそんな騎士たちに向かって力を込めて頷き掛けた。

「味方の救援、我が騎士団も協力させてもらおう」

 私は、1人1人の騎士たちへと視線を送る。

 敵の渦中において、必死に戦っている味方がいる。ならばそれを見捨てられる筈などない。

 オレットやレティシアあたりからは、また何か言われるかもしれないが、騎士としてここは引く訳にはいかない。

 再び口々に謝辞を述べる騎士たちに手を上げてから、私はドレスをひるがえして踵を返した。

 眼前に広がる無数の屍が転がる戦場には、灰色の空から、はらはらと細かな雪が舞い降り始めてた。

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