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第35幕

 華やかで煌びやかな晩餐会の会場を出ると、アーフィリルと融合した大人状態の私は、ふっと短く息を吐いた。

 白い髪をさっと掻き上げドレスの裾をひるがえすと、私は踵を返してラドリア王城内にあてがわれた部屋に向かって歩き出した。

 晩餐会の会場に王城内の人員が集中しているためか人気のなくなった薄暗い廊下に、カツカツと私の足音が響く。

 耳を澄ませば、楽団の奏でる陽気な音楽が聞こえて来る。宴を楽しむ人々の笑い声も聞こえて来る。

 今宵。ラドリアの王城では、私たちエーレスタ・ウェリスタ連合部隊のオルギスラ帝国軍駆逐作戦成功を祝う晩餐会が催されていた。

 アルテラールの世界樹を占拠していた帝国部隊を制圧し、王都に戻った私たちを労うために、ラドリア国王が開いてくれた酒宴だったけれど、私はもう会場に戻るつもりはなかった。

 私は今、機嫌が悪い。

 怒っている。

 あの世界樹の地下から、ずっと怒っているのだ。

 オルギスラ帝国軍がアルテラールの様な竜から生まれた魔晶石を兵器として利用していると聞き、憤慨しているのも私の不機嫌な理由の1つだけれど、大きな原因は別にあった。

 私が怒っているのは、レティシアがアルテラールの遺骸や、その身から生み出された魔晶石を研究利用したいと言い始めたからだ。

 もちろん私は、即座に反対した。

 あれは、アーフィリルの友人の亡骸だ。アーフィリルの力を借りている私が、その友の遺骸を切り刻んで利用する事など認められる筈がない。

 世界の為にその使命を果たし、永劫の時の果てにようやく死の眠りを得た祖竜の墓所をあばくなど、許される事ではない。人として、行ってはいけない事なのだ。

 ましてや、レティシアが研究に利用するとなれば、純粋な学術調査で終わる筈がない。今回の戦争の、対オルギスラ帝国用の兵器開発に利用されるのは目に見えている。

 それでは、不遜極まりないオルギスラ帝国と同じになってしまう。

 さらに腹立たしいのは、そんな事を言い出したレティシアの主張を、オレットがすんなりと受け入れてしまった事だ。

 まったく、オレットがその様な男だったとは思わなかった。

 墓荒らしの真似事をするくらいなら、私とアーフィリルが単騎でも帝国軍に突入してやる。

 騎士ならば、例え剣の質で敵に劣るとしても、その志と技で立ち向かってみせるのが本当だろうに。

 私は、ランプの灯が等間隔で並ぶ廊下の先を、キッと睨み付けた。

 ラドリアの城には、魔晶石の灯は整備されていなかった。王城といっても作りは簡素で、陽が落ちた今、場内は薄暗くしんと静まり返っていた。

 下界に比べて季節の巡りが少し早い高地に位置するラドリアでは、もう秋の虫の声も聞こえない。ただ、カツカツと勢いよく歩く私の足音が響き渡っているだけだった。

 時折所在なさげに立っているラドリアの警備兵が、ちらちらとこちらを窺っていた。私と目が合うと、警備兵たちはびくりと身をすくませて、慌てて直立不動の姿勢を取った。

 私は無表情を保ったまま、足早にその前を通り過ぎる。

 私にあてがわれた部屋まで戻ると、その前で警備に就いていたアーフィリル隊の女騎士が、姿勢を正して敬礼した。

「セナさま。お早いお戻りですね」

「ああ」

 警備の女騎士にすっと視線を送りながら、私は部屋に入った。ただ目をやっただけだったが、彼女もラドリアの兵と同様に、びくっと身を強張らせていた様だった。

 私は、そんなに怖い顔をしているのだろうか。

 バタンと扉を閉める。そこで私は、胸の奥に溜まったもやもやした怒りや苛立ちを吐き出す様に、ふうっと深く息を吐いた。

 ラドリア国王の催した宴を中座するなんて、少し大人気なかったかもしれないとは思う。しかし不機嫌なままあの場にいても、私も周囲も不愉快なだけだっただろう。

 晩餐会の始まる直前、レティシアが再びアルテラールの魔晶石について話をしようとしていたので、余計に苛立ってしまっていたのだが、ラドリア国王には後で無作法を詫びなければならないと思う。

 私は先ほどまでとは対照的にゆっくりとした歩調で隣の寝室に向かいながら、マントを外して近くの椅子に掛けた。

「アーフィリル。ありがとう、もういい」

 白いドレスを押し上げる自分の胸に手を押し当ててそう囁くと、アーフィリルが『うむ』と応えてくれた。

 さっと室内に眩い光が広がる。

 歩きながらもとの小さい姿に戻った私は、眉をぎゅっとひそめて立ち止まった。

 きゅむっと唇を噛み締めて、目を伏せる。

 そして私は、しょぼんと肩を落とした。

 ううう……。

 先程までは怒りに満ちていた胸の内に、急激にむくむくと不安や後悔が沸き起こって来る。

 うう、またオレットさんやレティシアさんと仲直り出来なかった。それどころかさらに関係が悪化する様な態度をとってしまって……。

 とぼとぼとベッドへ向かって歩き出した私の頭の上に、小さなアーフィリルがぽすっと降りて来た。

『どうした、セナよ。元気がないな』

 前足を伸ばしてポスポスと私の額を叩くアーフィリル。

 ……アーフィリル、優しい子だ。

 お友達が亡くなっているのを目の当たりにして、それが蹂躙されているのを目撃して、アーフィリルが一番辛い筈なのに。

 私は頭の上に手をやると、アーフィリルを抱き上げた。そしてそのままぎゅっと胸に抱き締めた。

 アーフィリルは特に抵抗もせず、ただ尻尾をパタパタとさせていた。

 私はアーフィリルを抱き締めたまま、大きなベッドにごろりと横になった。

 アーフィリルのふかふか羽毛に顔を埋め、私は丸くなる。

 アーフィリルのお友達であるアルテラールの魔晶石を帝国軍の様に利用する事については、もちろん反対だ。

 でもオレットさんも言っていたけど、あの青のクリスタルを解析、利用する事によって魔刃剣の量産など何か帝国軍に対抗出来る手段を増やせるならば、それは私たちサン・ラブール条約同盟側にとって歓迎すべき事なのだ。

 味方の犠牲を減らして、戦争を早く終わらせる事が出来るかもしれない。

 それは、誰もが望んでいる事だろう。

 ……でも。

 やっぱり、騎士として、ううん、違う。人として、やってはいけない事というのはあると思うんだ。

 勝つ為なら何をしてもいいというのは、違うと思う。

 誇りを持って戦わなくてはならないんだ。

 騎士として。

 でも……。

 戦争の犠牲者を減らせるなら、それはやっぱりどんなものでも利用すべきではないのかなとも思う。

 今、苦しんでいる人たちのためには……。

 うーん。

 うーん……。

 うー、うぐぐぐ……。

「……きちんと自分の考えもまとめられないのに、レティシアさんやオレットさんの意見に反対しちゃうなんて、私、ダメだね」

 私はアーフィリルを抱き締めたまま、もごもごと愚痴をこぼした。

『時に、合理性よりも己の善と思った事を優先しようとするのが人だな。セナのその葛藤は、実に人らしいな』

 大人しく私に抱き締められているアーフィリルが、厳かにそう答えてくれた。

『人の行いも我らが世界の営みの一部だ。アルテラールの亡骸がかの様に消費されるのも、この世界を支えんとした竜の、最後の運命やも知れぬな』

 あくまでも穏やかなアーフィリルの声に、私はむうっと頰を膨らませた。

 それではまるで、帝国軍の行いを肯定しているみたいではないか。

「アーフィリルは、お友達があんな風になって、利用されてしまって嫌じゃないの?」

 私は思わず声を低くしてしまう。

 アーフィリルは、私の腕の中でふしゅんと息を吐いた。

『アルテラールは良き友であった。不当な扱いには憤りを覚える。しかしそれは、あくまでも我の感情でしかない。セナが我に気兼ねする必要は……』

 なんだ、やっぱりアーフィリルも怒っているんだ!

 私はぎゅっと力を込めてアーフィリルを抱き締めた。

「アーフィリルが怒ったり悲しんだりする事が、私には嫌なの! やっぱり私たちが帝国軍の真似をしちゃダメなんだ……!」

 私たちが今日まで戦ってこれたのは、そして勝利を得られて来たのは、アーフィリルが力を貸してくれたからなのだ。

 そのアーフィリルを大切にしても、蔑ろにするなんて事があってはならない。

 私はアーフィリルを抱き締めたまま膝を折って丸くなった。

 目を瞑り、良く天日干ししたお布団みたいなアーフィリルの匂いを感じる。

 やっぱりもう一度、オレットさんやレティシアさんたちと話してみよう……!

 感情的にならずにきちんと話し合えば、レティシアさんたちもわかってくれる筈だ。みんな、それぞれ個性的だけれど、決して悪い人たちではないのだから……。

 私はふうっと大きく息を吐いて、くたっと全身から力を抜いた。

 柔らかなベッドと、その上に敷かれた毛布の温かさが心地いい……。

 取りあえずの方針を決めた事で、世界樹での出来事以来ずっと張りつめていたものが、少し緩んだ様に感じられた。

 今まで忘れていた疲れが、どっと押し寄せて来る。

 私は、静かに深く息を吐く。

『……しかし、な。魔素結晶を利用する程度ならば、さほど問題ないのだ。世界にとってはな。そこから先。より強大な力を求めた時、悲劇は訪れる』

 私の胸の中で、アーフィリルが何か難しい事を呟いている。

 しかし私は、何だかぼうっとし始めていた。ほっとしてしまうアーフィリルの匂いとポカポカとするその温かさのせいで、だんだんと眠くなって来たみたいだ。

 うーん……。

 まだまだ色々と考えなければいけない事はあるのに、襲い来る睡魔に抗えなくなってしまう。

「アーフィリル……」

 私はうとうとしながら、小さくつぶやいた。

『セナを見ていると、他を思いやる事が出来るのが人間だという事を思い出す。しかし、な。一旦力を得てしまえば、際限なくさらなる力を求めるのも、また人間なのだ』

 アーフィリルは、私腕の中で小さく深呼吸をした様だ。

『今度は、あの悲劇を繰り返さぬ様に。我は、それを願ってやまぬ』

「……うん」

 強い眠気のせいでアーフィリルが何を言っているのか、私が何に頷いているのか、よくわからなかった。

『再び混迷の中に落ちようとする世界で、セナはどのような未来を選ぶのだろうな』

 どこか遠くに想いを馳せる様なアーフィリルの声を聞きながら、私は静かにゆっくりと微睡みの淵に落ちようとしていた。




「うん……」

 寝室とは扉なしで繋がっている隣の部屋から、ざわざわと賑やかな声が聞こえて来る。

 浅い眠りに就いていた私は、その声でゆっくりと目を開いた。

 目をしょぼしょぼさせながら体を起こした私は、ぺたりとベッドの上で座り込み、うーと唸った。

 隣では、アーフィリルが丸くなっていた。

 いつの間にか眠ってしまった私と同じように、アーフィリルも眠ってしまったみたいだ。

 しかし私が起き上がった振動でやはりアーフィリルも目が覚めたらしく、のそっと顔を上げて私を見上げて来た。

 その顎の毛が、寝癖でぺしゃんこになっていた。

 私が頭を撫でてあげると、アーフィリルはくりくりした目を細めてくぱっと欠伸をした。

 そうして2人でぼうっとしていると、隣の部屋からひょっこりと金髪の少女が顔を出した。

 ……アメルだ。

 寝起きの頭には、その事を認識するのに若干時間が掛かってしまった。

 アメルは、私たちの正装であるエーレスタの騎士服で、さらにラドリア国王陛下の晩餐会出席の為にきちんとお化粧をして、髪も結い上げていた。

「あ、セナが起きた!」

 私を見て微笑むアメル。

 騒いでいたのは、アメルたちだったみたいだ。

 ……やっぱり。

「オレットさん! セナが目を覚ましたよ!」

 アメルが、隣の部屋に向かって元気に声を上げた。

 私は、思わずドキリとしてしまう。

 さっと眠気が吹き飛んだ。

 オレットさんも来てる……。

 アルテラールの関係で衝突した上に、大きな私は当てつけみたいに今夜の晩餐会を中座してしまったので、今オレットさんと顔を合わせるのは何だか気まずかった。

 私は肩を落として視線を伏せる。

 ……どうしようか。

「セナ、みんな集まってるから、こっちにおいでよ」

 アメルがベッドの脇まで駆け寄って来る。

 みんないるという事は、レティシアさんもいるのかな。だとすれば、なおさら気不味いし……。

「セナ、お疲れだねー。でも、ちゃんと食べなきゃダメだよ。パーティーでもあんまり食べてなかったみたいだから、色々料理も持って来てもらったんだよ」

 アメルが膝を折って私の顔を覗き込むと、ニコリと笑った。

 アメルの笑顔は、いつも無邪気だなと思う。

 ……何だかまったく悩みがないみたいで、羨ましい。

 私は上目遣いにアメルを見上げ、思わずふふっと笑ってしまった。

 その瞬間。

 くうっとお腹がなった。

 うっ。

 私は、ぎくりとして固まる。

「うん、セナのお腹は素直だねっ!」

 アメルが私の頭をポンポンしながら、ニコニコと嬉しそうに笑った。

 私は思わず顔が赤くなってしまうのを感じながら、照れ隠しにアメルをギロリと睨み上げた。

 むむむ……。

 身動きが取れなくなった私の代わりに、隣でむくりとアーフィリルが動き出した。

 アーフィリルはぴょんとベッドから飛び降りると、トコトコと歩いて隣の部屋に消えて行った。

「ああ、アーフィリルもお腹が空いているみたいだねー」

 アメルがフフンッと訳知り顔で微笑んだ。

 私は愕然とする。

 アーフィリルに裏切られた!

 一旦寝室を出て行ったアーフィリルは、しかし直ぐに戻って来ると、寝室の入り口から頭だけを出してじっとこちらを見つめて来る。

 まるで、私が来るのを待ち構えているみたいだった。

 私は、小さくため息を吐いた。

 ……いつまでもうじうじしているわけにはいかない。もう一度話してみようと、先ほど決めたではないか。

 私がのそりとベッドを下りて隣の居間に向かうと、アメルも後をついて来た。

 隣の部屋を覗き込むと、満足した様にパタパタと尻尾を振ったアーフィリルが、改めて料理やカットフルーツが沢山載ったテーブルに向かって歩いて行った。

 ラドリアの国王陛下から私用にお借りしている部屋には、オレットさんやレティシアさん、それにマリアちゃんにフェルトくんといういつものメンバーが集まっていた。

「おう、セナ。寝てたのか」

「お邪魔しているわね、セナちゃん」

 オレットさんたちが、声を掛けてくれる。

 私は意を決してみんなの前に立つと、すっと大きく息を吸い込んだ。

「……あの、オレットさん、レティシアさん! えっと、そのアルテラールの世界樹の事なんですがっ!」

 私は両手を握り締めて2人を見る。

「いくら戦争を終わらせる為でも、やっぱり帝国軍と同じ事はしてはいけないと思うんです!」

 顔を見合わせるオレットさんとレティシアさん。

「……やっぱりそれを気にしてたのか」

 オレットさんが小さく呟くと、ガシガシと頭を掻いた。

 レティシアさんの方は一瞬キョトンとした表情をした後、ふわっと優しげな笑みを浮かべた。

「世界樹の魔晶石を研究する事は、サン・ラブール条約同盟にとっては必要なことだわ。これはわかるわね、セナちゃん」

 私はレティシアさんを上目遣いに見つめながら、小さく頷いた。

 ……それはわかる。

 でも!

 私がぎゅっと手を握り締めて反論を口にしようとした瞬間、腕を組んだレティシアさんが大きくため息を吐いた。

「でも、現状私たちがあの世界樹の魔晶石を採掘する意味はないのよね。ラドリアにでも監視をお願いして、あの場所を管理するというのが妥当な対処でしょうね。取りあえず、今は」

 私は、レティシアさんの言葉にきょとんと目を丸めた。

 てっきり、これからウェリスタ、又はサン・ラブール条約同盟を上げて採掘作業が始まるものだと思っていたけど……。

 どうしてと疑問符を浮かべる私を一瞥して、レティシアさんはもう一度ため息を吐いた。

「帝国軍が採掘した分の世界樹の魔晶石、竜晶石とでも呼びましょうか、あれを調べたのだけど、内包する魔素が大きすぎて加工出来ないのよね、あれ」

 少し悔しそうな顔をするレティシアさん。

 レティシアさんの説明によると、サン・ラブール側の魔晶石加工技術では、あの竜晶石の力を引き出す事が難しいのだそうだ。

 純粋にただの高純度魔晶石として利用するならば問題はない。しかし、帝国軍の様にその特性を引き出して活用するには、今の技術レベルではそれなりの検証と時間が必要らしい。

「実用化には、かなり時間が掛かるでしょうね。取り敢えずは、帝国軍が切り出した分の竜晶石を分析してさらに確認する事になると思うけど、本格的な利用の目処が立つまでは、あの場所は現状維持になると思うわ」

 現状維持……。

 取り敢えずは、アルテラールの世界樹が、大挙して押し寄せた騎士や兵士のみなさんに打ち壊されるという事はないという事か。

「晩餐会の前にこのお話をしようと思ったのだけれど、竜騎士のセナちゃんは短気なのかしら?」

 苦笑を浮かべるレティシアさん。

 私はそのレティシアさんの顔を見て、視線を泳がせる。顔がカッと熱くなる。

 しかし直ぐに、私は眉をひそめた。

 でも。

 アルテラールの世界樹が無事でいられるのは、今はという限定的なものに過ぎない。竜晶石の利用方法が確立出来れば、容赦なく利用すると言っているのだ、レティシアさんは。

 私は眉をひそめたまま目を伏せるが、そこで、はっと息を呑んだ。

 ……時間はある。

 ならば、その間に戦争を終わらせる事が出来たら……?

 それならば!

 アルテラールの世界樹を荒らす事もなくなる筈だ!

 私は、大きく息を吸い込んで勢いよく顔を上げた。

 今まで思い悩んでいた事への解決策が見えた気がして、心の中がぱっと晴れ渡ったかの様に胸が軽くなる。

 ……そうだ。

 要はもっともっと頑張って、ささっとオルギスラ帝国の軍隊を追い返してしまえばいいんだ!

 私は大きく目を見開いて、むんっと両手を握り締める。

「私、頑張るからね、アーフィリル!」

 私は料理の沢山乗ったテーブルを見上げてお座りをしているアーフィリルに、そっと囁き掛けた。

 その私の声が聞こえたのか、マリアちゃんが訝しげな顔をして私を見る。オレットさんも、私を見てニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 私は、さっと室内のみんなを見回した。

 アメルはフェルトくんに絡んでいて、フェルトくんは迷惑そうな顔をしながらもそれに応えていた。レティシアさんも、微笑みを浮かべながら私を見ている。

 ……私には、頼りになる仲間たちが沢山いてくれるんだ。

 私やアーフィリルの力だけでは足りないなら、みんなで協力すればいい。そうすれば、きっと……!

「レティシアさん。アルテラールの世界樹の監視と管理の手配、よろしくお願いします」

 私はレティシアさんの方を向いてぺこりと頭を下げた。

「竜晶石の件は今後の研究課題ね。誰かに横槍を入れさせたりはしないわ」

 レティシアさんが、艶然と微笑む。

 取り敢えずはウェリスタ主導で管理が行われれば、竜晶石の情報が広まったとしても他の国が簡単に手出しするのは難しくなるだろう。

「セナ。何だかやる気に満ち満ちているみたいだが、張り切りすぎたらまた転ぶぞ」

 茶化す様にそんな冗談を口にするオレットさん。

 む、転ばないもん。

 オレットさんは、しかし不意にふっとその軽薄そうな笑みを消すと、鋭い眼差しで私を見た。

「セナ。急ぎすぎるなよ。急くだけでは、足元をすくわれるぞ」

 オレットさんの低い声が響く。

 ドキリとする。

 ……やっぱオレットさんは、私の考えなんてお見通しみたいだ。

 私も表情を引き締めると、こくりと頷いた。

「……そんなセナに報告がある。多分吉報だ」

 オレットさんがふっと息を吐き、ニヤニヤ顔に戻った。

「晩餐会の前に伝えようと思っていたんだけどな。セナがおっかない顔してたから、言いそびれた」

 オレットさんの言葉に、私は少し赤くなる。

 ……うむむむ。

 あの時は、本当にオレットさんやレティシアさんの事が腹立たしくて……。

「グレイのおっさんから伝令が来た。正式な通達は本隊と合流してからになるだろうから、一応これは部外秘という事になるんだが、まぁ、ここにいる面子なら問題ないだろう」

 オレットさんはもったいぶる様に私たちを見回した。

 みんなが自然とオレットさんに注目する。室内には、アーフィリルがマリアちゃんに取り分けてもらった料理をパクパクと食べている音だけが響き渡っていた。

「エーレスタ騎士公とその後見たるハルスフォード侯爵の命により、エーレスタ特務遊撃隊とレティシア麾下のウェリスタ王国軍は、東部戦線への転戦と同時に、独立騎士団へと再編される事になった。副団長には、レティシア・フォン・エーレルト、そして団長には、竜騎士セナ・アーフィリルを指名するとの事だ。なおこれは、サン・ラブール条約同盟国最高評議会の承認事項らしい」

 オレットさんは、私を見たまま大きく頷いた。

「騎士団長就任、おめでとう、セナ」




 ……は?

 ニヤリと笑うオレットさん。

 私は、ぽかんとしたまま首を傾げた。

 騎士団……。

 騎士団長?

 固まったまま、オレットさんの言葉を呑み込むのにしばらく時間が掛かる。

 騎士団とは、独自の判断で動くために大きな権限を付与された独立部隊に与えられる名称だ。

 通常は、長期の部隊派遣や各国にまたがる様な遊撃任務、そしてサン・ラブール条約同盟の領域外へ派遣される大規模な部隊が、騎士団として編成される場合が多い。それらの任務では、逐次各国の判断や一部の国の利益を優先して行動していては柔軟な対応を取る事が出来なくなるため、騎士団の長には、独自行動の大きな権限が与えられるのだ。

 もちろん独立部隊といっても、エーレスタやサン・ラブール条約同盟国の指揮下から完全に独立するという訳ではないから、名誉称号的な側面も大きいけれど。

 しかし騎士団は、サン・ラブール内では、ただの部隊ではなく一国の国軍として遇される。少なくとも、ノルトハーフェン攻略の為に派遣された特務遊撃隊という一部隊からは、権限も責任も格段に大きくなるのは間違いなかった。

 ちなみに、私がエーレスタに来てから騎士団が編成される様な事態は起こっていない。現在なら、東部戦線に参加しているサン・ラブール条約同盟国各国の軍隊が、大規模な騎士団に編成されている筈だけど。

「エーレスタ本国は、独立部隊である騎士団の権限をもって東部戦線の各国部隊と臨機応変に連携し、帝国軍を押し戻せと言って来ている。まぁ要するに、いちいち本国に細かい判断を仰ぐんじゃなくて、とにかく敵を倒せっていう事だろ」

 そう言うとオレットさんは、私に向って不敵な笑みを浮かべて見せた。

 私は、きゅっと眉をひそめた。

 ……きっとそんなに簡単な話ではないと思う。

「エーレスタの人が想定している事はわからないけれど、あのロリコン侯爵の考えている事は簡単にわかるわ」

 今度は、レティシアさんがふっと嘲笑めいた笑みを浮かべた。

 ロリコン……。

 ハルスフォード侯爵さまの事か。

「あのロリコン、白花の竜騎士として敵にも味方にも有名人になっているセナちゃんを旗頭にして特別部隊を組む事によって、サン・ラブール軍全体の士気を高めようとしているのよ。それに合わせて、私たちを派手に暴れさせて帝国の注意をこちらに向けようって魂胆も見え見えね。確かに、いい手ではあるわ。それに……」

 レティシアさんは、目を細めて薄く笑った。それは、心なしか寒気を覚える様な凄みのある笑みだった。

「セナちゃんと私の部隊なら、色々と動き易くもあるわね。帝国軍が求める竜晶石の件も含めてね。セナちゃんという強力な戦力があれば、多少の無理は効くでしょうし」

 レティシアさんが、そのまますっとオレットさんを見た。

 視線を絡める2人。

 言葉のないその一瞬の間に、どの様なやり取りがあったのだろうか。

 只ならぬ大人の雰囲気を漂わせる2人の間に、もちろん私は踏み込めない。おどおどと交互に2人を見る事しか出来なかった。

 でも、私が騎士団長だなんて……。

 そんな重責、務まるのだろうか。

 私に……。

 突然降って湧いた話が大きすぎて、私には当然抱くべきそんな不安さえいまいち実感する事が出来ていなかった。

 そんな私に、がばっと勢い良くアメルが抱きついて来る。

「やったね、セナ! 騎士団長なんて凄いよ!」

 ぎゅぎゅとアメルに抱き締められながら、グリグリされる私。

 あわわわわ……。

「……さすがはセナね」

 静かに、しかし密かに頰を紅潮させたマリアちゃんが、小さな声で呟きながら真っ直ぐに私を見つめて来る。

 壁にもたれ掛かり、腕組みをしていたフェルトくんも、ふっ、やるなみたいな表情で微笑んでいる。

 ひとしきり私を抱き締めて撫で回したアメルが、今度は私の髪をまとめていたリボンを解くと、鼻歌を歌いながら勝手に三つ編みにし始めた。

「騎士団長さまなんだから、寝癖のついた頭なんてしてたらダメだよ」

 う。

 さっきは、髪を結ったまま寝てしまったから……。 

 私は眉をひそめたまま、アメルのなされるがままになる。

 しかし、騎士団長だなんて……。

 私が、騎士団の一番偉い人……?

 竜騎士と呼ばれる事だって、未だに違和感があるというのに……。

 うーん、騎士団長さまって何をしたら良いんだろう。

 騎士団というものも、一般的常識的な事しか知らないし。

 私が騎士団長……。

 私の騎士団?

 うう……。

 私はアメルにまとわり付かれたまま、助けを求める様にアーフィリルを見た。

 ……ダメだ。

 アーフィリルはまだ、晩餐会の料理に興味津々の様だった。

 私は次に、眉をひそめたままオレットさんを窺った。

「ああ、そうだ」

 オレットさんは、何かを思い出した様にぱっと声を上げた。

「当分は今までの面子と変わらないが、騎士団になるからには、名前を考えなければな。お前ら、何か良い案はないか?」

 オレットさんが明るくみんなに問い掛ける。

 あれ。

 混乱する私を放置して話が進んでいく……。

「セナちゃんと仲間たちの団!」

 アメルが楽しそうに笑った。

「……アーフィリル騎士団」

 少し恥ずかしそうに、マリアちゃんがぼそりと呟いた。

 フェルトくんは何か言いたそうにちらちらとこちらを窺っているが、聞こえて来たのは、最強なんとかという部分だけだった。

「セナちゃんの通り名は、白花の竜騎士でしょ? オルギスラに対する示威効果を考えるなら、白花の騎士団で良いんじゃない?」

 腕を組んだレティシアさんが、私を見ながらふわりと微笑んだ。

 良いも悪いも、私は先ほどのフェルトくんみたいに口をパクパクさせる事しか出来なかった。私はまだ、騎士団長になるという辺りから話を呑み込めていないのだから……。

「それが無難だな。グレイのおっさんの所へ戻す伝令にも、その名称希望って回答しとくか」

 オレットさんが頷く。

 なんと、あっという間に騎士団の名前まで決まってしまった……。

「ところで、白花の竜騎士という呼び名は帝国軍の間で広がっていると聞いたけれど、なんで白花なのかしら?」

 レティシアさんが横目でオレットさんを見た。

「ああ、それな」

 オレットさんは、無精髭の生えた顎に手を当てた。

 戦場で私と対面したオルギスラ帝国軍の騎士や兵たちが、終の花とか白花という言葉を口にする場面は今までも何度かあったと思う。

 何故そんな風に呼ばれるかには、少し興味があった。

 ……騎士団の事を考えるのは、取り敢えず後にして。

 まさか大人状態の私が、白く輝く長い髪を揺らし、白のドレスをひるがえしているという理由だけで白花なんて表現をされているのだろうか。

「サン・ラブールじゃ、あんまり有名な話ではないみたいだがな。オルギスラ帝国がある大陸東部じゃ、人は死ぬ間際、命の最後の輝きで花を咲かせるというお伽話があるんだ。その花の色や種類が、その人のそれまでの行いを示していると云われている。俺は少し聞きかじっただけだが、終の花の伝説って言えば、あちらじゃ子供から老人まで信じている有名な話だ」

 今際の際に咲く花。

 なんだか素敵なお話だ。

「帝国の奴ら、自分の命を刈り取るセナの姿を、その花に重ねたんだろう。終の花が咲けば、命の終わり。命の終わりをもたらす目の前の少女は、白い終の花だってな」

 ……なるほど。

 帝国軍の反応には、そんな理由があったのか。

「その終の花に例えられるなんて、セナは帝国軍にとって絶対的な死。まさに、死神って見なされているという事ね」

 アメルに髪をいじられながらふむふむと頷く私に、レティシアさんがにこりと微笑み掛けた。

 ……死神。

 私は、終の花という表現の方が好きだな……。

 でも、どう表現したところで、私はそうやって恐れられるだけ帝国騎士や兵士を倒して来たのだという事実は変わらない。

 でも私は、その事に後悔はない。

 騎士団として再編された私たちは、これからさらに激しい戦いが待ち受ける東部戦線に向かう事になる。そうすれば、今まで以上に厳しい戦いに身を投じなければならなくなると思う。

 アーフィリルの力を借りた私は、その先頭に立つ。

 騎士団長とか騎士団という肩書きにはやっぱり実感出来なかったけれど、その事を他に譲るつもりはなかった。

 罪もない一般の人たちを理不尽な暴力から守る為に、悲しい戦争を早期に終わらせるために、そして、アーフィリルのお友達の竜を辱める様な事がない様に、私は戦うんだ。

 それが騎士となった私の責務。

 アーフィリルの竜騎士となった私の責務なのだから。

 ……例え、死神だなんて思われたとしても。

 私は、目を伏せてぎゅっと手を握り締めた。

「セナ。良ければ、今後の方針を固めておきたいと思うんだが。素早く動くなら、グレイのおっさんに連絡して、出撃の準備を整えさせた方が良いだろう」

 私がすっと顔を上げると、オレットさんが私を見つめていた。

 真っ直ぐに、ギラリと強い光を湛える目で。

 私も、オレットさんを見つめ返してこくりと頷いた。

「ふふんっ。やる気になって来たわね。なら、私も」

 レティシアさんが、人差し指を立てて艶やかに微笑む。

「セナちゃん団長の副官になった私から、1つ作戦提案があるわ。聞いていただけるかしら、竜騎士セナ・アーフィリル?」

 私は大きく息を吸い込み、さっとみんなを見回した。そして自分自身に向けて、こくりと大きく頷き掛ける。

「もちろんです! では、白花の騎士団の作戦会議を始めましょう!」




 ラドリア国王さま主催の晩餐会の2日後。私たちはグレイさん率いる特務遊撃隊改め白花の騎士団主力との合流を目指して、ラドリア王国を発つ事になった。

 ラドリア国王さまは急な出立に驚き、大人の私と最後に挨拶したかったと残念がっておられた。

 私も晩餐会を中座した負い目があったので、既に旅装を整えてはいたけれどアーフィリルと融合すべかと悩んでいたけど、オレットさんがさっさと国王陛下に、竜騎士アーフィリルは先に出発しましたと告げてしまった。

 これで結局、私はラドリア王国において、この小さい私自身が竜騎士アーフィリルだと名乗る機会を失ってしまった。

 むーん……。

 でも、嬉しい事もあった。

 ラドリアの騎士見習いらしき若い女の子が、竜騎士アーフィリルに感謝と応援の言葉を伝えて欲しいと話しているのが聞こえて来たのだ。

 女の子たちは、将来竜騎士アーフィリルや隊の女性騎士みたいに立派な騎士になりたいと熱心に訴えていた。

 ……私やみんなの行動が、誰かに勇気を与えている。

 そう実感出来た事は、私にとっても今後の戦いへの大きな活力となるだろう。

 それに私は、彼女たちの姿に少しだけ昔の自分を重ねてしまった。

 昔、竜騎士アルハイムさまに憧れていた幼い自分を……。

 もっとも、今の私とアルハイムさまを重ねるなんて、怒られても仕方ないほど畏れ多い事ではあるけれど!

 私も一応、その見習い騎士の少女たちに挨拶しようとしたけれど、それはタイミング悪く話し掛けて来たフェルトくんによって阻まれてしまった。

 うーむ……。

 国王陛下や短い間だったが行動を共にしたラドリア王国の方々に別れを告げた私たちは、ラドーナ山地を下り、そのままノルトハーフェンへは戻らずタバサ街道に出ると、さらに北へと向かった。

 タバサ街道はサン・ラブール条約同盟の領域を北部から西部に走る主要街道で、私たちが今いる位置から北へと向かえば、ローリッシャ公国を経由した後に、アーテニア王国へと至る事になる。

 私とオレットさんたちは荒涼とした原野の中を走るタバサ街道を駆け抜け、そのローリッシャ公国領の手前の森で、グレイさんたちの本隊と合流した。

「よく戻られましたな。ラドリア王国での活躍、我々も聞き及んでおります」

 グレイさんが、にこやかな笑みを浮かべて私たちを迎えてくれた。

 グレイさんの部隊運用の手腕は、さすがだと思う。

 位置関係や私の指示が伝わるタイミングから考えて、このローリッシャ公領の合流地点へは私たちが先着するものだと思っていたけれど、グレイさんは動きの重い大部隊を率いて私たちを待ち構えていたのだ。

「それよりも、大変な事態となっているのはご理解いただいておりますか? 我々が独立騎士団となったのですぞ?」

 グレイさんとは対照的に、カウフマン参謀はかなり興奮しているみたいだった。

「はい」

 私は、カウフマンさんを見上げてこくりと頷いた。

「……私たちを騎士団に認定してくださったハルスフォード侯爵さまやエーレスタ本国の期待、決して裏切ってはいけません」

 私はカウフマン参謀だけでなく、自分自身にも言い聞かせる様にゆっくりと決意の言葉を口にした。

 そしてその期待に応えた上で、今の私たちに出来る事、すべき事を成さなければならないのだ。

「では、タバサ街道ではなく、シャルケ街道で最短距離で東進すべきではないでしょうか」

 カウフマン参謀が厳しい顔付きで私を見る。周囲に集まったウェリスタ軍の将校たちも、カウフマン参謀の言葉に同意する様な表情を見せていた。

 私たちの部隊が騎士団に認定された今、サン・ラブール条約同盟国内の領域は、その地の領主の合意がなくても強制的に通行する事が出来る。さらには、無条件での支援を要請する事さえ出来るのだ。

 その強権があれば、東部戦線に向かうのに問題は何もない。

 しかし。

 私は、むんっと力を込めて白花の騎士団のみんなを見回した。

「みなさん。私たちはこれより、アーテニアに向かいたいと思います!」

 そして、胸を張ってそう宣言した。

「アーテニア……?」

 カウフマン参謀が声を上げる。

 私はカウフマン参謀を見上げ、こくりと小さく頷いた。

「これより、私たちが白花の騎士団として最初に挑む作戦についてお話ししたいと思います。聞いていただけますか?」

 私は少し緊張しながら、噛まないようにゆっくりと、レティシアさんから提案された作戦について説明を始めた。

 レティシアさんの作戦の第一目標は、アーテニア王国東部地域に居座るオルギスラ帝国軍の殲滅だ。

 アーテニアは、今回の戦争の始まりの場所だ。

 最初にオルギスラ帝国侵攻を受けたアーテニア王国は、激しい戦火に晒された。

 エーレスタから派遣されたアルハイムさまたちサン・ラブール条約同盟国の支援を受けて一度はオルギスラ帝国軍を撃退する事に成功したアーテニアだったが、戦争がサン・ラブール全域に拡大し、アルハイムさまたちエーレスタの部隊が東部戦線の主戦場に向かう事になると、再び帝国軍部隊の侵攻を受ける事になった。

 幸いにもカルザ王国の様に国自体が陥落する事はなかったみたいだけれど、東部地域を含めて国の半分以上が帝国軍に占領されてしまったというのがアーテニアの現在の状況だった。

 しかしアーテニア東部は、特に戦略的な価値がある場所ではない。重要な拠点や資源がある訳でもない。

 そんな場所を帝国軍が最初の侵攻地点に選び、一度は撃退されても再侵攻を仕掛けた理由。

 レティシアさんはそれを、竜晶石が関係しているのではと推測していた。

 エーレスタに限らず、古来から竜騎士が存在していたサン・ラブールの領域は、竜と縁が深い土地だった。

 竜が住む山や湖といった伝承やお伽話の類は、あちこちに存在する。

 アーテニアにも、古い時代人間と契約した竜王の伝説が存在するとの事だった。

 アーテニアに帝国軍が求める竜晶石があるのなら、それを奪取し、帝国軍兵器の補給を断つ。もし竜晶石と関係なかったとしても、東部戦線を側面から脅かす帝国軍部隊を排除する事が出来る。

 そしてアーテニア解放を踏まえての作戦の第二目標として、私たちは騎兵主体の白花の騎士団の機動力と私やレティシアさんの火力を生かし、オルギスラ帝国占領地域に対しての侵攻と後方攪乱を仕掛ける。

 もちろんそれと合わせて敵部隊の情報を探り、帝国軍が他にも竜晶石採掘を行なっているポイントがあれば、優先的にその地点を攻撃する様に努める。

 これが、私たち白花の騎士団が目指す作成の概要だった。

 簡単な作戦ではない。

 もちろん、厳しい戦いになる事は承知しているけれど……。

 私たちが提案したこの作戦案に、カウフマン参謀たちの同意も得る事が出来た。

 敵占領地域への突撃や各地への遊撃は、独立部隊として身軽に動ける騎士団にはうってつけの任務なのだ。

 カウフマン参謀たちも、私たちの部隊の特性は良く把握している。その上でレティシアさんの作戦の有用性を認めてくれたのだ。

 白花の騎士団として同じ部隊となったエーレスタ隊とウェリスタ隊は、再編成と部隊連携を高める為の訓練を繰り返しながら、即座にタバサ街道の北上を開始した。

 道中私たちは、目標地点であるアーテニアや戦争全体の状況について積極的に情報収集を行なった。

 今回の作戦は、迅速な行動と敵要衝を的確に攻撃する事が求められる。正確な情報は必須だった。

 しかし、聞こえて来るのは良くない知らせばかりだった。

 戦争全体の状況としては、エーレスタ、ウェリスタがある南部の方ではこう着状態であるものの、中部から北部にかけては帝国軍の大規模な侵攻を許してしまっているというような状態の様だった。

 すでに4つの国が陥落し、その倍の国々が激しい攻撃に晒され、領土を蝕まれている。

 地理的にサン・ラブール条約同盟の中心部に位置するハッシュバルト王国ですら、既に帝国軍の攻撃に晒されているのだ。

 ハッシュバルトが堕ちれば、善戦している南部の国々も帝国軍によって半包囲されてしまう。そうなれば、いくらノルトハーフェンを解放出来ても形勢は一気にオルギスラ帝国優勢となってしまうだろう。

 やはり、機獣の強固な装甲と戦技スキルを阻む魔素攪乱幕は、一般兵のみなさんにとっては大きな脅威になっているみたいだ。

 アーテニアの帝国軍占領地域を目指す私たちにも、その戦況の悪化の影響は、直ぐに降り掛かって来る事になった。

 それは、私たちがアーテニア王国領に入って2日目の事だった。

「右前方、行軍する部隊を発見!」

「騎兵隊、銃歩兵、機獣部隊を確認! オルギスラ帝国軍部隊です!」

「敵大隊規模と推定! 南下する進路を取っています!」

 アーテニア北東部の山岳地帯にある帝国軍拠点を目指していた私たちは、不意に敵の大部隊に遭遇してしまったのだ。

 先行偵察に出していた部隊から次々と飛び込んで来る敵発見の第一報に、私はきゅっと眉をひそめた。

「グレイさん。ここはまだアーテニアの勢力下ですよね?」

 私は後方に控えるグレイさんを一瞥した。

「はい。前線はまだかなり先の筈ですが。もっとも、我々の持っている情報の限りではという条件付きではあります」

 グレイさんが低い声で答えてくれる。

 アーテニアの帝国軍は、これまで一部の地域を占領するだけでアーテニア王都に対してはさらなる侵攻を加えて来る様子はなかった。

 しかし今帝国軍が目指している先には、アーテニアの都市が存在する。恐らく敵の目標は、そこだろう。

 ここに来て大部隊を動かして来たという事は……。

「帝国の動きが変わったのかもしれませんな。ノルトハーフェンを失い、西部侵攻を諦めざるを得なくなったために、東側で大規模攻勢を仕掛けて来たのかもしれません」

 私はグレイさんの言葉に、ぎゅむっと唇を噛み締めた。

「やりますか、騎士団長殿?」

 オレットさんが、気軽に訪ねてくる。

 まだ敵とは距離があるみたいだ。ここでやり過ごす事も可能だろうけど……。

「……迎撃しましょう。全隊、戦闘準備を!」

 私は周囲に居並ぶ騎士団の仲間たちを見回し、声を張り上げた。

 グレイさんが厳しい顔のまま頷き、カウフマン参謀と相談を始める。オレットさんが不敵に笑い、フェルトくんに指示を飛ばし始めた。レティシアさんは気怠そうに溜息を吐くと、尖り帽子を被り直す。

「全隊戦闘準備!」

「戦闘準備だ! 隊列を組め!」

「サリア隊、本隊の直掩に付け! クルツ隊、ザクセン隊は、左翼警戒!、周辺偵察を厳にしろ!」

「あちらからも偵察は出ているぞ! 見つけ次第潰せ!」

 行軍隊形を取っていた白花の騎士団の部隊が、みるみるうちに戦闘態勢を整えていく。

 騎士団としては新設でも、カルザ以来の実戦経験とこれまでの訓練のおかげで、騎士団全隊の動きは悪くない。

 これならば、大抵の敵に遅れを取る事はないだろう。

 私は、太ももの間でお座りしているアーフィリルをそっと撫で、力を貸してくれる様にをお願いする。

 さっと白光が広がり、私が騎乗している馬さんがぶるりと身を震わせた。

 その次の瞬間。

 私は魔素の光を煌かせ、大人の姿となっていた。

「グレイ。私が先行突撃して敵を崩す。包囲殲滅せよ。ここで敵を逃すわけにはいかないぞ」

 私は僅かに振り返り、目を細めてグレイを見た。

「はっ! 了解致しまたした!」

 グレイが姿勢を正して敬礼する。

 私はふっと微笑み、白の刃の長剣を生み出した。

 その私の両脇に、魔刃剣を携えたオレットとフェルトが馬を並べた。

「指揮官が先陣切って突撃とは……まぁ、セナらしいが」

 オレットがガシガシと後頭部を掻く。

「背中は任せろ。俺が守ってやる」

 フェルトが鋭い眼光で私を一瞥した。

 私は微笑を浮かべながら、小さく頷いた。そしてキッと前方、帝国軍がいる方向を睨みつけた。

 吹き付ける冬の冷たい風に、光を放つ私の白い髪がふわりと広がった。同時に、居並ぶ騎士たちのマントも大きくはためく。

「行くぞ! 前方行軍中のオルギスラ部隊を撃滅する! 我々白花の騎士団の初陣である! 総員刃を掲げろ! その剣に恥じぬ戦い、私に示せ!」

 私の声に、直ぐに周囲から雄叫びが上がる。

 私は手綱を打つと、馬を走らせ始める。

 背後には、オレットの部隊が私を頂点に三角陣形を組んで続く。

 白い花と竜の部隊章があしらわれた軍旗がひるがえる中、剣や槍を掲げ、気合の声を上げている味方の間を、私は白く輝く髪をなびかせて駆け抜ける。

 薄曇りの空の下。冬枯れの大地が広がる北部地域の荒涼とした原野において、私たち白花の騎士団とオルギスラ帝国軍との戦いが始まろうとしていた。

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