↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/56

第24幕

 見渡す限りの平原に、爽やかな風が吹き抜ける。見上げる秋の空には、遥か高空を薄雲が流れていた。

 柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり。

 じっと陽光に照らされていると少し暑く思える程の暖かさはあったけれど、馬上の私の頰を撫でる空気は、もう既に芯に冷たさをはらんだ秋のそれだった。

 馬が歩く振動に体を預けながら、私は僅かに目を細め、遥かに続く街道の先を見つめていた。

 アーフィリルと融合した状態の私は、魔素の力を利用すれば馬よりも早く走る事が出来るし、空を飛ぶ事だって出来る。しかしたまにはこうして、馬に乗って大地の上を駆けるのもいいものだなと思ってしまう。

 もっとも私が騎乗しているのは、そうした感傷の為ではない。オラムの町で合流したハルスフォード侯爵護衛役の近衛の隊長から、要請があった為だ。

 エーレスタの顔たる竜騎士が徒歩では、ハルスフォード侯爵や随行するウェリスタの兵たちに示しがつかない、という事らしい。

 風に揺れる長い白の髪を耳に掛け目を伏せると、私はふっと息を吐いた。

 これが護衛任務ではなくただの遠乗りであったなら、素直にこの秋の自然を満喫出来ただろうにと思う。

 ウェリスタの大貴族、ハルスフォード侯爵を公都エーレスタまで護衛する任務の途上にある私は、アーフィリルと融合した大人の状態で、街道に伸びる侯爵一行の隊列の警戒に当たっていた。

 私がアーフィリルと融合したままなのは、もちろんオルギスラ帝国の襲撃や機竜士アンリエッタに備えての為だ。

 帝国の襲撃は1度撃退しているが、だからこそ次は本腰を入れて襲ってくる可能性がある。ましてやそれがアンリエッタなら、アーフィリルと融合する一瞬の隙が命取りという事になりかねないのだ。

 公都エーレスタはもう間近に迫っている。

 私の心配も杞憂に終わればいいのだが。

 このまま何事もなければと、今この場にいる誰もがそう思っているだろう。

 私は、隣を行くウェリスタ王国軍を横目で一瞥した。

 粛々と行軍する彼らから、続いてやや前方を行く大型の豪奢な馬車の一団に視線を送った。

 ハルスフォード侯爵の一行は、侯爵専用の馬車隊を中心に展開した200名程のウェリスタの騎士と兵で構成されていた。

 さらにその前方を、エーレスタの近衛隊3個小隊が先導している。

 私はそのエーレスタの隊には加わらず、遊撃役としてハルスフォード侯爵の周囲を直接警護していた。

 ふとウェリスタ軍の兵士と目が合った。

 その若い兵は、途端に顔を真っ赤にして私から顔を逸らしてしまった。

 私はすっと目を細める。

 ウェリスタの兵たちは皆、槍の代わりに最新式の歩兵銃を装備していた。

 サン・ラブール条約同盟国の正規軍が銃を使用しているというのは、今まで聞いた事がない。

 ハルスフォード侯爵にも直接確認してみたが、やはりこの銃はウェリスタ王国軍の正規の装備ではない様だ。

 銃の運用では専門ともいえるオルギスラ帝国の襲撃部隊を撃退した侯爵の銃歩兵部隊は、今回の戦争が始まる少し前に侯爵自身が私費を投じて設立した新鋭の部隊らしい。

 それを聞いたエーレスタの近衛隊の隊長は、怪訝な顔をしていた。

 現在のサン・ラブール条約同盟国の中では、戦技スキルを駆使する騎士こそが戦場の主役であるという考え方が当たり前だからだ。

 ウェリスタにもスキルを扱う騎士はいる。それにも関わらず、何故銃など使うのかと思うのは当然だろう。

 私もアーフィリルと融合していな状態でその話を聞いていれば、近衛隊長と同様に考えたかもしれない。

 しかし大人状態の私には、そうした固定観念を持って行動する事こそが、帝国軍に付け入る隙を与えるのだという事がわかる。

 思わず怪訝そうな表情を浮かべてしまった近衛隊長と無表情なまま考え込む私に対し、ハルスフォード侯爵はニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。

 そして、こう言い放ったのだ。

「スキルも銃も関係ない。敵を殺すのに効率的な方法があるなら、選ばぬ理由はあるまい?」

 私は、前を行く馬車をじっと見つめる。

 ハルスフォード侯爵家というのは、ウェリスタ王国の中でも軍部と繋がりの太い武門の家柄である事は、事前に聞いていた。それ故に、サン・ラブール条約同盟国の中でも昔から軍事を専門として来た歴史のあるエーレスタ騎士公国と浅からぬ縁がある様だ。

 そしてそんな侯爵家の中でも、私たちが今護衛をしている今代のハルスフォード侯爵は、なかなか苛烈な人物であるらしい。

 侯爵は、ウェリスタ王国内において軍部の増強を主張し、これまででは見向きもされなかった銃を用いる戦術や部隊編成を行うなど、既存の考え方に囚われない軍事力の強化を図っているそうだ。また今回のオルギスラ帝国との戦争では、侯爵自ら剣を取り、これまで前線で戦って来たとの事だった。

 ちなみにこれらの情報は、ゼナ高原からの道中、ウェリスタ王国軍の隊長殿が教えてくれたものだ。

 大人状態の私がにこりと微笑み掛けると、隊長殿は気前よく色々と話をしてくれるのだ。

 そうして色々な話を聞けば聞くほど、そして本人と接すれば接するほど、ハルスフォード侯爵という人物は、ローデント大公とは正反対の人物である事がわかって来る。

 ローデント大公は、対外的にも国内的にも穏やかで消極的な政策を取る人だった。

 それが一転して、強い軍事力で積極的に打って出るハルスフォード侯爵の様な人がエーレスタの方針を決める事になる。

 この転換点はきっと、今後のエーレスタの行く末を大きく変える切っ掛けになるだろう。

 私は、ハルスフォード侯爵の隊列が進む街道の先を見つめる。

 このオルギスラ帝国を巡る戦いの行く末は、まだまだ見えない。しかし私たちエーレスタの騎士を取り巻く状況は、今まさに、確実に変わろうとしているのだ。

 その先にどの様な結末が待ち構えていたとしても、多くの人々が安心して暮らせる為に力を尽くすのが、私の信じる騎士の姿だ。

 エーレスタの騎士として、私は私の力を尽くすだけだ。

 アーフィリルと融合し、普段の小さな私よりも冷静に客観的に物事を考えられる様になったとしても、私の根幹を成すその思いが変わる事はない。

 私は少しだけ目を瞑り、息を吐いた。そして改めて前を見据えると、軽く馬の腹を蹴ってスピードを上げた。

 戦闘時よりも魔素の受容量を抑えている為に放出される光の粒が少ない私の髪が、ふわりと揺れた。

 ハルスフォード侯爵の馬車隊を後方から警戒していた私は、今度は前方に出ることにする。

 敵の襲撃は、どこから来るかわからない。

 私を乗せた馬は、軽快に駆けながらウェリスタ軍を追い抜いていく。

 そこへ前から隊列を逆行して来た騎兵が1騎、私に駆け寄ってきた。

 最前列で警護についているエーレスタの近衛騎士だ。あの顔は確か、今回ハルスフォード侯爵を護衛するために派遣されて来た部隊の副隊長だったと思う。

「アーフィリルさま」

 副隊長は馬首を返して私に並ぶと、さっと敬礼した。

「エーレスタより知らせが参りました。ハルスフォード侯爵さまの受け入れ準備が整ったとの事です」

「ふむ。了解した」

 私は副隊長に視線を送りながらこくりと頷いた。

「この速度で行けば、到着は午後になるか」

 私は街道の先に見える低い丘を見た。あれを越えれば、エーレスタの街が見えて来るだろう。

「はっ。間もなく出迎えの部隊とも合流出来るかと」

「では、侯爵には私からその旨伝えておく。あと少し、より警戒を厳にせよと隊長以下に伝えておいてほしい」

「はっ!」

 私に向かって再び敬礼した副隊長は、短い掛け声を上げると前方へ向かって駆けて行った。

 それを見送ってから、私は侯爵の馬車へ向かって馬を進めた。

 立場のある者を迎えるには、相応の準備が必要なのだ。

 エーレスタから受け入れ体制完了の知らせが来なければ、行軍の速度を落としてでも公都到着時間を調整しなければならないところだった。

 もっとも、あの政務卿たちがそうした部分で手配をしくじるとは考えられないが。

 オルギスラ帝国の襲撃を警戒しなければならない状態で悠長な事だとは思うが、国として体面や公的な行事の形式など、逃れられないしがらみというものが存在するのだ。

 私は髪を揺らしながら、4頭立ての馬車を追い越した。そして馬車の前を行く異様な程大柄な騎馬に、騎乗したハルスフォード侯爵にこちらの馬を寄せた。

 巨躯を誇るハルスフォード侯爵は、私よりもひと回りか二回りは体格の良い馬に自ら騎乗していた。

 わざわざ高級馬車を引き連れて来ておいて、侯爵はほとんど馬車に乗っていなかった。

 甲冑を身にまとい帯剣し、自ら馬を駆る侯爵は、根っからの武人気質なのだろう。

 鍛え上げられた筋骨隆々の体躯や日に焼けた浅黒い肌からも、ハルスフォード侯爵が実際実戦経験豊富な歴戦の戦士であるというのが窺える。

 ちなみに侯爵の高級馬車群には、侯爵の秘書官など随行の文官たちが乗っていた。婦人が愛妾か、何人か女性も乗っているらしい。

 私が並ぶと、侯爵はギロリと鋭い視線を向けて来た。

 エーレスタの受け入れ態勢が整った旨と、もう間もなく公都に到着するだろうという旨を告げると、ハルスフォード侯爵は鷹揚に頷いた。

「竜騎士アーフィリル」

 必要な報告を終え、一旦距離を取ろうとした私は、ハルスフォード侯爵に呼び止められてしまう。

「竜を伴わない竜騎士というのも奇妙ではあるが、貴公の力は把握しているつもりだ。俺がエーレスタに着いた後は、存分に働いてもらう。その心積もりでな」

 私に向かってニヤリと不敵に笑うハルスフォード侯爵。

 ディンドルフ大隊長も武人然とした人物だったが、あちらが落ち着いた古強者といった感じなら、こちらは猛々しく荒々しい豪の者といった雰囲気だった。

 侯爵の笑みに、私はさらなる激しい戦いの予感を抱いてしまう。

「承知している。力なき人々を守るためならば、存分に働こう」

 私は顎を引き、睨み上げる様に侯爵を見た。

 しばし私たちの視線が絡まる。

 馬蹄の音と馬車の車輪の音だけが周囲に満ちる。

 そこで、先にふっと力を抜いたのはハルスフォード侯爵の方だった。

「その美貌に帝国を圧倒出来る強大な力が込められているとは、な。しかし……」

 侯爵の言葉に、私は眉をひそめた。

「俺の前では、貴公の本当の姿でいてもらいたいものだ。あの愛くるしい姿の方が好ましい」

 侯爵の言葉に、私はむっと顔をしかめた。

 私がこの任務の間常にアーフィリルと融合しているのは、もちろん襲撃に備えるという意味もあったが、その他にもう1つ理由があった。

 どうやら侯爵は、小柄な女性が好みらしい。

 合流時の戦闘の後、元の姿になった私を見て以来、ハルスフォード侯爵は執拗に私にもとの姿に戻る様に求めてくる。そして、自分の傍に置こうとするのだ。

 それでは任務に支障をきたす。

 いやそれ以上に小さな状態の私は、まだ良く知らないこの大きな侯爵に、少なからぬ恐怖心を抱いていた。

 私の体の何倍もある巨体でいきなり抱き上げられそうになれば、そう感じてしまうのも当然の事だろう。

 この大人状態であれば、問題ないのだが。

「任務がありますので」

 感情を込めずにそう答える私に、しかしハルスフォード侯爵は笑みを崩さなかった。

「俺の頼みが聞けぬと?」

 低く轟く声でそう告げるハルスフォード侯爵。

 私はキッと侯爵を睨みつける。

 その様に言われれば、従うしかないのが今の私の立場だ。

 立場や任務のしがらみには辟易してしまうが、それが騎士の務めならば受け入れるしかない。私にも大人の分別はある。

 私の求めに応じてアーフィリルが融合を解除する。

 白の光が走ると、私が跨る騎馬がぶるりと身を震わせた。

 うむむ……。

 もとに戻った私は、上目遣いにハルスフォード侯爵を見上げた。

 その私の頭に、ぽすっと小さなアーフィリルが降り立った。

 やっぱり大きな侯爵さま、少し怖い……。

 むむむ……。

 さらに視点が下がると、より侯爵さまが大きく見えてしまうのだ。

「はははっ! 何が損か得か判断出来る聡い娘は嫌いではないぞ!」

 ハルスフォード侯爵さまは、豪快に笑い声を上げた。そして手綱を握ったままぐっと身を乗り出して私の顔を見た。

「しかし、小さい。やはり騎士には見えぬな、貴公は」

 菓子をやろうと、侯爵さまは私に紙包みを差し出して来た。

 それを受け取りながら、私は少し憮然とした。

 ……私、騎士だもん。

 相手がどんなに偉い人でも、それを否定されれば少し傷付いてしまう。

「うむ、少女と子犬の組み合わせも良い。絵になる!」

 嬉しそうにニヤニヤ笑うハルスフォード侯爵。

 ……アーフィリルは竜だし。

 しかしそこで、ハルスフォード侯爵は不意にふっと笑みを消した。

「本来ならば貴公の様な可憐な女子は我が手元に置いておきたいのだがな。そうも言ってられん戦況だ。残念だ。まったく、な」

 侯爵の低い声に、私はドキリとしてしまう。

 ハルスフォード侯爵を見上げる。

 侯爵は、私から視線を外して真っ直ぐに前方を睨み付けていた。

 私たちが進むその先には、いつの間にか公都エーレスタの遠景が姿を現していた。



 エーレスタの街は、私がこちらにやって来てからまだ経験した事のない様な熱気に包まれていた。

 街中には至る所に人が溢れている。

 エーレスタの街の住人たちだけでなく、近隣の町村から集まった人たちやその人だかりを目当てに集まって来た商人たちで、ほぼ全ての大通りは埋め尽くされてしまっていた。

 先ほど私もその街中を巡って来たが、エーレスタの街にはこんなにも人が入るのかと驚くばかりだった。

 そんな人々の頭上には絶えず花火や祝砲が打ち上げられ、街の喧騒に拍車を掛けている。

 各街道へと繋がる大門からファレス・ライト城へと続くメインストリートはもちろん、主だった通りには全てエーレスタの軍旗が翻り、煌びやかな儀礼用の甲冑を身に付けた警備の騎士たちが等間隔で並んでいた。

 そんないつもと違う街中にいると、見慣れた筈のエーレスタの街並みが何だかいつもと違うものに感じられてしまう。

 少し日常とはズレてしまったかの様な、不思議な感覚。

 しかしそれは決して悪いものではなくて、気が付くと自然と胸の内に高揚感が湧き上がって来る様な、特別な日の独特な感覚だった。

 今日この街に集まっている誰しもが、きっとそんな私と同じ気持ちを抱いていると思う。

 公都エーレスタは今、ウィルヘムさまの騎士公位就任の祝賀式典に沸いていた。

 後見人であるハルスフォード侯爵のエーレスタ到着を受けて、エーレスタの新体制の発表も含めた式典が執り行われているのだ。

 統帥部が短期間に準備し、お祭り騒ぎになってしまったこの式典には、ハルスフォード侯爵の歓迎や、新たに竜騎士となった私のお披露目の目的も含まれていた。

 本来なら新しい騎士公の就任のお祝いは、1ヵ月以上掛けて行われるのが通例らしい。サン・ラブール条約同盟国の国々から多数の賓客を招き、大々的に行われるのだ。また、侯爵の歓迎や新竜騎士のお披露目も、普通は別々に行われるべき大きな行事だった。

 しかしながら今は戦時下ということもあり、今回は3日だけと日を区切って祝賀式典が催されていた。

 オルギスラ帝国との戦争突入や帝国のエーレスタ侵攻、それにローデント大公負傷という悪い出来事が続いていたエーレスタの人々にとっては久々の明るい話題という事もあり、街中は異様なまでの熱気と興奮に包まれていた。

 私も一般の方々の側ならば、きっとこのお祭りを楽しめたと思う。

 しかし新任竜騎士として集まった人々の前に立たなければいけないとなると、もうお祭りを気にしている余裕はなかった。

 今日は、朝からひたすら緊張の連続だった。

 現に午前中、エーレスタの街中を巡るパレードを1回こなしただけで、既に私は疲労困憊状態だった。

 幸いアーフィリルと融合した大きな状態の私では、それほど人目は気にならないけど……。

 このパレードは午後、ルートを変えてもう1回行う事になっていた。

 さらに夜には、盛大に舞踏会が開かれる事になっている。

 ……私の体力と精神力は、果たして保つのだろうか。

 一旦ファレス・ライト城の控え室に戻った私は、ソファーにうつ伏せになりながらううーと唸っていた。

 開け放たれた窓の外からは、そんな私の心労などお構いなしに陽気で軽快な楽団の音楽が響き渡っていた。

 みんなの期待を裏切らない様に、しっかりと竜騎士の姿を示さなければならない。

 ……でも。

 やっぱり沢山の人の前に立つのは気が重いし、恥ずかしい……。

 私は顔を埋めたクッションをぎゅうっと抱き締める。

「セナ、服がシワになるよ」

 マリアちゃんに注意されてしまうが、私はそのままぐったりとして、体を動かせなかった。

 その私の背中の上でお座りしていたアーフィリルが、へへへっと息を吐いている。そしてぴょんと背中から飛び降りると、私の脇の下に鼻面を突っ込んでもぞもぞと動き始めた。

『セナ、次はどこに赴くのだ? またあの人山の見物にはいかぬのか?』

 私とソファーの間を鼻で掘り進めるアーフィリル。

 うう……。

 アーフィリル、少し興奮しているみたいだ。

 無数の人間が集まるお祭りを目の当たりにして、ずっと面白い面白いと繰り返していたし……。

「少しじっとしてて、アーフィリル………」

 私はクッションに向かってふがふがと返事をする。

 せめて休憩時間くらいはゆっくりしていたい……。

「セナ、大丈夫?」

 ソファーの横にしゃがみ込んだマリアちゃんが、書類の束でパタパタと私に風を送ってくれた。

「……だいじょぶ」

 やっぱりクッションに顔を埋めたまま、私はもぞもぞと返事をする。

 この後の予定を考えると、さらに溜め息を吐きたくなる。

 2回目のパレードに赴く前に、正門広場でウィルヘムさまのお披露目と後見人のハルスフォード侯爵の挨拶に立ち会わなければならない。そしてそこで私は、アーフィリルの竜の姿を市民の方々の前で披露しなければならないのだ。

 本来の新任竜騎士の就任式典では、竜騎士自身が契約した竜を引き連れて市内を練り歩くのだそうだが、私の場合はアーフィリルと融合した大人状態でパレードに参加する様にとの依頼があった。

 確かに市民の方々の前に立つ新しい竜騎士は、緊張に顔を強張らせた小さな少女よりも堂々とした落ち着いた大人な女性である方が、皆さんに心強く思ってもらえるだろう。

 私も、堂々としたアルハイムさまの凛々しい姿に憧れたのだ。

 しかし常に融合していると、肝心のアーフィリルの竜としての姿を披露出来なくなってしまう。

 そこで別に、アーフィリルの姿をお披露目する場が必要になったのだ。

 エーレスタに暮らす人々の心の支えは、なんといってもやはり竜の存在だ。

 大きなアーフィリルの立派な姿を見てもらえば、きっと戦争や新しい体制へ不安を抱いている人たちにも安心してもらえると思う。

 ……アーフィリルには、見世物みたいにして申し訳なく思うけど。

 アーフィリルにも頑張ってもらうのだ。いつまでも私が寝ている訳にはいかない。

 私はぷしゅうっと長く息を吐くと、ゆっくりと体を起こした。そして膝の上によじ登って来たアーフィリルをぎゅっと抱き上げた。

「なに、心配ないさ。堂々としたもんだったぞ。午後もその調子で行け」

 壁際にもたれ掛かったオレットさんが、ニヤニヤしながら私を見ていた。

 オレットさんも今日は式典参列するために、エーレスタの騎士の正装を身に付けていた。それも今回は、この間の昇任を受けて騎士長の階級の装備を身に付けていた。

 装飾彫刻の施された白銀の立派な鎧を身にまとった姿は、1人の騎士として純粋にかっこいいなと思ってしまう。

 あと、その無精髭を綺麗に剃ってくれれば……。

「まぁ、落ち着いていたいたのは、あちらの姿のセナだけどな。姿形だけでなく、性格まで変わるんだよな」

 凄いなと笑うオレットさん。

 あちらとはもちろん、アーフィリルと融合した大人状態の私の事だ。

 アーフィリルと融合した私は、人前に立つのを苦としない。普段からそう思えればいいのだけれど……。

「セナさま。先ほど竜騎士サルートさまより、昼食をご一緒しないかというお誘いがございました」

 今度はオレットさんとは反対側の壁際に控えていたレイランドさんが、一歩進み出るとそんな報告をしてくれた。

 私は眉をひそめて困り顔を浮かべた。

「えっと、午後の打ち合わせもありますから、ちょっと難しいと思います……」

「承知しております。既にその様にお断りしておきました」

 そう言うと、クイっと眼鏡を押し上げるレイランドさん。

 うむ、さすがだ………。

 レイランドさんは儀礼用の甲冑姿ではなく、丁寧に整えられたテールコートを身に付けていた。

 こちらも良く似合っていて、なかなかかっこいい。何だか清潔感がある。

 飄々としたオレットさんと冷静なレイランドさん。

 そんな対照的な2人が顔を突き合わせている光景こそ、我がアーフィリル隊の日常だ。

 いつもと変わらない2人といつもの屋敷の様な空気に、私は思わず微笑んでしまった。

 何だかこれか控える式典や行事への緊張感が和らいだ気がして、私は微笑みながらふうっと長く息を吐いた。

 アーフィリルがそんな私や周囲のみんなを、きょろきょろと落ち着きなく見回していた。

 そこに不意にノックの音が響く。

「どうぞ」

 一応この控え室内で1番立場が上である私が返事をすると、バタンとドアが勢いよく開いた。

「ばっ! 押すなよ!」

「フェルトがもたもたしてるからだよ!」

「こら、2人とも。少し落ち着きなさい」

 室内に突如、賑やかな声が響き渡った。まるで街のお祭りの喧騒が、そのまま飛び込んで来たかの様だ。

 背中を押されてつんのめる様に部屋に飛び込んで来たのはフェルトくんだ。そしてその背中を押したのは、アメルみたいだ。さらにアーフィリル隊の女性騎士の1人、テレサさんが、そんな2人を呆れた様に見ていた。

 アメルもフェルトくんも、両手一杯に紙袋を抱えていた。

 そちらから甘い様な香ばしい様な、とにかく美味しそうな匂いがふわりと漂って来る。

 この匂い、街中にも漂っていた。

 もしかしてあの紙袋、お祭りの屋台に並んでいた食べ物では……。

「何だ、お前ら。騒々しいな」

 オレットさんがギロリとアメルたちを見た。

「あっ、セナに差し入れでーす」

 特に反省する様子もなく軽く紙袋を掲げて見せるアメル。

 ……差し入れ。

 私はむむっと背筋を伸ばし、体をアメルの方に向けた。

 パレードをしている時から、屋台は気になっていたのだ。

 そこで私は、ふとフェルトくんと目が合った。

「……なんだ、もうもとに戻ってるのか」

 ぼそりと残念そうに呟くフェルトくん。

「ねーねー、セナ聞いてよ」

 むふふと悪い笑みを浮かべたアメルが、私に駆け寄って来た。

「フェルトがね、セナにケーキを買って持って行ってやるんだって、どれがいいか私に相談してくるんだよ」

「違う! 俺は竜騎士のセナに日頃の訓練の感謝をだな!」

 顔をしかめながら、私から顔を逸らすフェルトくん。

 ……まぁ、前からフェルトくんは、大人な私にだけには優しいから。

 私は、ははは乾いた笑顔を浮かべる。

 その間もああだこうだと言い合いを続けるフェルトくんとアメル。その背後で、テレサさんが大きな溜息を吐いていた。

 いつの間さまそんなに仲良くなったのかわからないが、フェルトくんもアメルも打ち解けてくれていて何よりだ。

 金髪美人のアメルと、顔立ちの整ったフェルトくんが並んでいると、何だかお似合いだなと思ってしまう。

「もう、セナは疲れてるんだから」

 私の前に立ったマリアちゃんが、そんな2人の言い争いに参加する。

 その時、再びばっと勢いよく扉が開いた。

「りゅうきしのアーフィリルはいるか!」

 室内に可愛らしい声が響き渡る。

「き、騎士公さま!」

 私は思わず立ち上がる。他のみんなも、凍り付いた様に動きを止めた。

 突然私たちの部屋に現れたのは、今日エーレスタの大公位に就任したばかりの幼いウィルヘムさまだった。

 扉の前で仁王立ちする小さな体の向こうには、慌てふためくお付きの女官や近衛騎士さまたちの姿が見えた。

 特別に設えられた子供用の豪華な衣装が可愛い。

「りゅうきしアーフィリル!」

 少し舌足らずな口調で再び私を呼ぶウィルヘムさま。

「あ、はい!」

 私は慌て一歩進み出ると、姿勢を正した。

 しかしウィルヘムさまは、仏頂面のままきょろきょろと室内を見回す。

「……いない」

 ぽつりとそう呟いたウィルヘムさまは、さっと扉の前から走り去ってしまった。

 その後に続く近衛騎士が、私に一礼してゆっくりと扉を閉めた。

 ……ぬぬ。

 以前お助けして以来、ウィルヘムさまは私を慕ってくれていた。しかしそれは、あくまでもウィルヘムさまをお助けした大人状態の私なのだ。

 まだ小さなウィルヘムさまには、あのアーフィリルと融合した私と普段の私が同一人物だと理解出来る筈もない。

 その為もとの姿でお会いしても、私が竜騎士セナ・アーフィリルだとは認識されないのだ。

「なんだったんだ、今のは」

 フェルトくんがぼそりと呟いた。

 私はそのフェルトくんを半眼でじいっと見る。

 ……フェルトくんも、大人な私と普段の私を別人みたいに扱うのに。

 それから私たちは、フェルトくんやアメルたちが調達して来た出店の料理で腹ごしらえをする事になった。

 この後も予定が目白押しなのだ。しっかりと食べて、備えておかなければならない。

 屋台のお料理は、凄く美味しかった。

 鶏肉の串焼きとかシロップたっぷりのパンケーキ、それにごろごろ野菜のスープとか野菜炒めを挟み込んだパンとか、どれも簡単な料理ばかりで濃い味付けのものばかりだったけど、何だかいくらでも食べられそうだった。

 オレットさんやアメルやみんなで食べるいつもと違った雰囲気の食事は、楽しかった。

 アメルやテレサさんは賑やかに街の様子を話してくれるし、普段はクールなマリアちゃんやフェルトくんも、楽しそうにしていた。オレットさんも笑顔を浮かべていたし、最初は無表情だったレイランドさんも、最後にはふっと笑っていた。

 今が戦時中だという事を忘れそうになる。

 これが、お祭りの空気が持つ特別な力なのかもしれない。

 ……早く戦争が終わって、みんなでこうして過ごす事が当たり前になってくれればいいのに。

 私は、串から外してやった鶏肉をもしゃもしゃと食べているアーフィリルの背中をそっと撫でた。

 その時。

 またもやバタンと控え室の扉が開いた。

 やはり、ノックもなしに。

「セナはいるか!」

 今度は先程とは対照的に、低い声が轟く。

 アメルと街の屋台について話していた私は、ビクッと肩をすくませた。

 ……この声は。

「ハルスフォード閣下」

 レイランドさんがいち早く反応し、姿勢を正す。オレットさんもそれに続くが、アメルやフェルトくんたちは突然の事に怪訝な顔をするばかりだった。

 私も背筋を伸ばして気を付けをする。

「おお! やはり貴公にはツンと澄ました白の竜騎士より、そちらの姿が似合うな!」

 私はを迎え入れる様に極太の腕を広げ、がはははと笑い声を上げるハルスフォード侯爵。

 私は小さな声で「ありがとうございます」と答えながら、すごすごとマリアちゃんの背に隠れる様に後退した。

 ……うぬぬ。

 やはり私は、ハルスフォード侯爵が少し苦手だ。

 さらに、少し悲しい事に気が付く。

 フェルトくんも含めて私を訪ねて来てくれるのは、大人な私に対してばかりだったけど、やっと本来の私を訪ねて来てくれたのが、このハルスフォード侯爵さまだけなのだ。

「さぁ、行くぞ、セナ。これからのエーレスタを担う我らの姿、国民に示さねばな!」

 笑みを消すと、胸元に吊らした勲章をじゃらりと揺らして私を見下ろすハルスフォード侯爵さま。

 侯爵さまも今日は、ウェリスタ王国の騎士服で正装していた。

 私は、ちらりとレイランドさんを見た。

「そろそろお時間です。備えられた方がよろしいかと」

 レイランドさんが小さく頷いた。

 ……お仕事の時間か。

 私は恐る恐るマリアちゃんの背中から出ると、ハルスフォード侯爵の前でぺこりと頭を下げた。

「……よろしくお願いいたします」

 ハルスフォード侯爵がふんっと荒々しく息を吐き、満足そうにニヤリと笑った。



 ファレス・ライト城の正門前広場には、エーレスタ近郊に残留する部隊から選抜された優秀な騎士たちが、見事な隊列を組んで整列していた。

 軽く1000は超えるだろう、騎士たちだけで構成された隊列は、まるで英雄譚の一幕の様に荘厳な光景を作り出していた。

 丁寧に磨き上げられた鎧が、柔らかな午後の陽光を受けてキラキラと輝いていた。直立不動の騎士たちの影が、神殿の柱の様に等間隔に広場の石畳の上に並んでいた。

 あちこちで指揮官たちの鋭い号令の声が飛ぶのが聞こえた。その都度騎士たちの隊列に、新たな隊が加わっていく。

 金属鎧の音や馬蹄の音が響き渡る中、騎士たちはみな口を引き結び、ただじっと前方を見据えていた。

 その騎士隊の向かって右側には、城勤めの部署や統帥部勤務の騎士たちが並んでいた。隊務管理課の皆も、そちらにいる筈だ。

 左側には騎士長以上の幹部たちが並んでいた。さらに、現在エーレスタに残っている竜騎士たちもそちらに集まっていた。

 竜騎士サルートの姿も見える。

 そして、そんなエーレスタ騎士団を取り囲む様にして広がっているのが、一般市民たちだ。

 城内に入る事が出来るのは、街の名士や役職に就いている者、騎士団に縁のある者など選ばれた者だけだったが、それでも立錐の余地がないほど人が集まっていた。

 城を取り囲む城壁の上の歩廊には、巨大なエーレスタの旗を掲げた近衛騎士が等間隔に並んでいる。吹き抜ける秋風に、その旗が大きく揺れているのが見えた。

 エーレスタだけではなく、サン・ラブール条約同盟の旗や各大隊の軍旗など、様々な旗がひるがえっている。

 先程警備にあたっている近衛騎士団長が話しているのを聞いたが、その城壁の外にも集まった一般市民たちが溢れているらしい。

 そんな正門前広場の光景を、私はファレス・ライト城の3階のバルコニーから見下ろしていた。

 既にアーフィリルと融合し、白いドレスを風に揺らしている私の周囲には、政務卿や軍務騎士など統帥部の幹部たち、ディンドルフ大隊長他各大隊と近衛の長、それにウィルヘム新エーレスタ大公にその母親など、現エーレスタの最高幹部たちが集まっていた。

 そしてその中心に仁王立ちし、腕組みをしている巨躯が、ハルスフォード侯爵だ。

 ウィルヘムが私に向かってぶんぶんと手を振っている。こちらに駆け寄ろうとして、母親に止められていた。

 ハルスフォード侯爵は厳しい顔で私を一瞥すると、そのまま集まった騎士団と民衆を見下ろしていた。

 やがて時間になると、政務卿がバルコニーの先端の人々を見下ろす位置に設置された演壇に上がり、大きな声で演説を始めた。

 私は、すっと正門前広場へと視線を送る。

 演壇には魔素を利用した拡声器が備えられているので、政務卿の声はこの広場と城外に集った全員に届いているだろう。

 政務卿の演説が終わると、続いて軍務卿が演壇に上がった。

 その次が、私の出番だ。

 軍務卿の挨拶が終わると、私も演壇の上に立つ。

 この場に集まった何千何万という目が、私を見つめる。

「エーレスタを守護する8人目の竜騎士、セナ・アーフィリルである!」

 軍務卿が声を張り上げた。

 歓声が湧き上がる。

 人々が私に向かって声を上げている。

 その声は、重厚な城を揺るがしてしまいそうな程の圧力を持って、私に押し寄せて来た。

 魔素の光を放つ白の髪が、風に揺らされふわりと広がった。

 私は僅かに目を細めて、正門前広場全体をゆっくりと見回した。

 もとの小さい状態の私ならば、恐らくこれだけで卒倒していただろうなと思う。

『よくぞここまで地に満ちたものだな、人は』

 少し嬉しそうなアーフィリルの声が、胸の中に響いた。

「戦場で臨む敵とは違う。これだけの人間が、アーフィリルの力に期待し、希望を見出している。私たちは、皆アーフィリルに助けてもらっているんだ」

 普段の感謝といつも力を借りている申し訳なさを込めて私がそう伝えると、アーフィリルは少し笑った様だった。

『この人間たちが喝采を上げているのは、セナの決断と行動に対してだ。そこは、素直に誇るべきではないか?』

 私はアーフィリルの言葉に小さく首を振った。

「いや、私など」

 志では遅れを取らない自負はあっても、実際気が小さく力のない私がこうして行動出来るのは、アーフィリルのおかげなのだ。

「それでは、我がエーレスタ騎士公国を守護する新たな竜の姿を見ていただこう!」

 軍務卿がさらに大きな声を上げた。

「頼む、アーフィリル」

 私がそれに合わせてアーフィリルに語りかけると、眩い白の光が走り、私の体からアーフィリルが出て行くのがわかった。

 そして次の瞬間、空中に純白の巨大な翼がひるがえる。

 白の羽毛に包まれたアーフィリルの本来の姿が、翼を羽ばたかせて広場の上空にゆっくりと降りて来る。

 巨大な姿が白く陽光を受けて輝く様は、神々しくさえあった。

 長い尻尾がゆらゆらと揺れる。優しそうな濡れた大きな緑の瞳が、目を丸くして見上げている人間たちを穏やかに見つめていた。

 アーフィリルの威容に一瞬静寂に包まれた城門前広場は、次の瞬間爆発した歓声に包まれた。

 騎士たちが雄叫びを上げて拳を突き上げる。

 一般市民の方々も口々にエーレスタの名を叫びながら、目を輝かせてアーフィリルを見上げていた。

 小さな私もうんうんっと小さく頷きながら、そんなアーフィリルを見上げていた。

 何だか胸の奥がじんっと熱くなってしまう。

 見世物みたいになって申し訳ないけれど、アーフィリルの姿が少しでも人々の支えになってくれるなら、私もとっても嬉しいのだ。

 他の人たちと一緒になってアーフィリルを見上げ、手を振る私の隣に、ぬっと威圧感を伴った巨躯が立った。

 はっとしてそちらを見ると、ハルスフォード侯爵が私を見下ろしていた。

 侯爵は私の顔をほどもありそうな大きな手で、私の頭をくしゃりと撫でた。

 わわ……。

「見たか、皆の者よ! その白き竜の威容こそが、エーレスタ騎士公国の力強き姿そのものなのだ!」

 歓声に包まれる正門前広場に、他の声を押し返す様な大音声が轟いた。

 地の底から響いて来る様な低く力の込もった声に、広場中がすうっと広まって行く。

「私は、ウェリスタ王国にて侯爵位をいただいているハルスフォードである! この度は、我が甥であるウィルヘム騎士公の後見人として、このエーレスタ騎士公国にまかり越した!」

 朗々と演説を始めるハルスフォード侯爵。

 皆の視線が、一斉にバルコニーの演壇へと集まった。

 その声は、きっと拡声器がなくてもこの場の全ての人々に届いただろう。

「現在エーレスタだけではなく、サン・ラブール条約同盟国全てが、オルギスラ帝国の不当な侵略に晒されている。この中には、家や畑を焼かれた者もいるだろう。家族や等しい人を亡くした者もいるかもしれない。現に前エーレスタ大公ローデントさまは、オルギスラ帝国に凶刃に倒れられた。そして現在も多くの国が! 国土が! オルギスラ帝国に蹂躙されている!」

 空中のアーフィリルがゆっくりと方向を変え、演壇の私とハルスフォード侯爵を見下ろした。

「諸君らは、その様な状況に甘んじる事を是とするのか! おとなしくオルギスラ帝国に蹂躙されるのを待つのか!」

 ハルスフォード侯爵が、激しく拳を振り上げた。

「我々がこの様な状況に陥っているのは、果たして我々が帝国軍に劣っているからだろうか?」

 ハルスフォード侯爵は、一拍の間を置く。

「違う! 断じて違う! 諸君らも今、目にしているだろう! 我々には、エーレスタには、何者にも屈指ない強大な力がある! それこそが、今! 諸君らの頭上にある竜であり、そして精強なる騎士である諸君ら自身なのだ!」

 ハルスフォード侯爵さまは、ばっと横に手を振った。

「戦え、騎士たちよ! エーレスタには力がある! もともとエーレスタこそが、サン・ラブール条約同盟の剣そのものなのである! 諸君ら1人1人がその誇りと栄光を胸にして、戦うのだ! 力を合わせ、無法なるオルギスラの蛮族を駆逐するのだ!」

 ハルスフォード侯爵さまが両腕を大きく開いた。

 正門前広場のあちこちからは、侯爵さまの言葉に合わせる様に力強い声が上がり始めた。

「我々は! エーレスタは! 決して無力などではない! 今のこの状況を認めたりはしない! 戦え、エーレスタの騎士たちよ! 私は、諸君らと共に戦う為にここに来たのだ!」

 広場が、お城が、そして恐らく城壁の外で聞いている市民の皆も、侯爵の言葉によって熱狂に包まれていくのがわかった。

 その秘められた熱い巨大な力に、私は思わず胸が震えてしまう。

 そこに私は、頼もしさと同時に微かな恐怖も感じてしまっていた。

「反撃の時だ! これよりエーレスタは、竜騎士アーフィリルを筆頭とした特別遊撃部隊を結成し、オルギスラ帝国に対して打って出る! サン・ラブールの力から帝国を追い出し、さらには今回の戦争を始めたオルギスラ帝国に侵攻し、我らの正義を示すのだ!」

 私は、はっとしてハルスフォード侯爵さまを見上げた。

 帝国への侵攻!

「大陸の平穏は、ひとえに我々の勇戦に掛かっている! 行くぞ、諸君! 我と共に戦え! エーレスタの勇名を、オルギスラ帝国に、大陸全土にあまねく轟かせるのだ!」

 歓声が響く。

 広場が揺れる。

 それはまるて、エーレスタ全体が突貫の声を上げている様だった。

 私はアーフィリルを見上げ、満足そうに広場を見下ろすハルスフォード侯爵さまの横顔を見た。

 新たな戦いは、もうすぐそこに迫っている。

 そんな予感が、私の胸の中に渦巻いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。