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第15幕

 海岸沿いに広がる戦場に、連続して砲声が轟いていた。

 爆発音が、炸裂音が、そして剣や鎧が激突する音が絶え間なく響く。騎士や兵たちの喊声が、怒声が、悲鳴が周囲に響き渡る中、エーレスタ騎士団第2大隊とオルギスラ帝国軍が正面から激突する。

 青い夏の空の下、白い波が繰り返し打ち寄せる海岸線から緩やかに内陸に向かって広がる草原は、白銀の鎧のエーレスタの騎士と黒い軍装の帝国兵士で埋め尽くされていた。

 その中を、私と私の直掩隊であるオレットさんたちが一塊となって駆け抜けて行く。

 私たちはキッと前方を見据えながら、荒い馬の息使いと馬蹄を響かせ、真っすぐに目標地点へと向かっていた。

 全速力で馬を走らせる私たちの前方で、騎兵突撃を行う味方の部隊が、横手から現れた帝国軍の銃歩兵隊に狙い撃ちされるのが見えた。

 騎士たちは障壁のスキルを発動させようした様だが、帝国軍の銃撃の前に為す術もなく倒れて行く。

 戦技スキルが発動していない。

 魔素攪乱幕が展開されているのだ。

 くっ……!

 私はギリッと歯を噛み締めた。手が痛くなる程、ギュッとキツく手綱を握り締める。

「隊列を崩すな! 鏃形! 速度を維持しつつ、左へ回り込む!」

 銃声が繰り返し響く中、先頭を走るオレットさんが後ろに続く私たちを一瞥しながら叫んだ。

 私たちの騎馬集団は、敵の隊列を避ける様に左に進路を変えて草原を駆け抜けて行く。

 先ほど味方を銃撃した敵部隊が、正面から突撃を敢行した味方騎兵隊によって蹂躙されるのが見えた。

 今度は敵の銃撃が、ことごとく障壁の戦技スキルによって阻まれる。

 攪乱幕が消えた?

 その光景を目にした私は、眉をひそめそう思ってしまったが……。

 突然強く吹き付けて来た風に、黒のリボンでまとめた髪が激しく乱された。強い潮の臭いが鼻を衝く。

 うっ……。

 そこで私は、ふと先ほどの疑問の答えがわかってしまった。

 周囲を見回してみる。

 戦場に幾つもひるがえる両軍の軍旗、そして周囲に生えている下草が、強い風にあおられて激しく揺れていた。

 空中に撒かれた魔素攪乱幕も、この海から吹き付ける強い風に煽られてかき乱されているのだ。

 攪乱幕が吹き散らされれば、私たちエーレスタにとって有利になる。

 しかし攪乱幕の展開範囲の予想が出来なくなるという事は、風向きによっては不意にスキルが使用出来なくなってしまう可能性が出て来てしまうのだ。

 結果、エーレスタにとっても、攻撃のタイミングの見極めが難しくなってしまっている様だった。

 戦端が開かれた直後は、両軍とも魔素攪乱幕の展開に応じて組織的な動きを見せていたが、徐々に戦域のあちらこちらで乱戦の様相を呈する様になって来ているのは、そういう理由があっての事なのだろう。

 私たちオレット隊が、敵銃歩兵隊を蹴散らした味方騎兵部隊の近くを通過する。

「行け!」

「頼んだぞっ!」

 剣を高らかに掲げる騎士が、馬を失いながらも敵兵を討ち取った騎士たちが、私たちに向かって声を上げた。

 オレットさんや周りの女性騎士隊の皆さんも、それに応える様に武器を掲げた。

 私もむぎゅっと唇を引き結び、むんっと精一杯腕を伸ばしてぶんぶんと手を振った。私と目が合った味方のおじさん騎士が、少し驚いた様な顔をしていた。

 私たちの目的地点は、海岸沿いに広く伸びる戦場の南西側。海を見下ろす高台だ。

 フェルトくんがもたらしてくれた事前情報から得られた、敵軍船の停泊地。その場所から比較的近いその高台が、私が敵船を狙い撃つ場所に設定されていた。

 体調が万全であれば、戦域外からの狙撃という選択肢もあったと思う。しかし、調子が完全でない今の私が確実に敵を捉え、撃破出来る場所として、アーフィリルや第2大隊の参謀さんたちと相談した上でその場所を攻撃地点に決定したのだ。

 しかしその高台に到達するには、戦場の南側を突っ切って進まなければならない。

 第2大隊本隊が多数の敵を北側におびき寄せてくれているとはいえ、こちら側に残っている敵部隊もまだまだ沢山いた。

 ……いつもみたいにアーフィリルに乗って飛んでいければよかったのだけれど、それは今回、敵の目を引きすぎると禁止されていた。

「右! 敵横隊! 狙われている!」

 お姉さん騎士の1人が鋭い声を上げた。

「側面防御!」

 オレットさんがすかさず反応し、私と平行して走るお姉さん騎士たちがさっと手を掲げ、障壁のスキルを発動した。

 幸いここは、魔素攪乱幕の外みたいだ。

 長い横隊を組んだ敵銃歩兵が一斉に発砲した。

 耳をつんざく様な甲高い銃声が響き渡り、吹き上がる発砲煙が生き物の様にもくもくと広がった。

 飛来する無数の銃弾が、展開された障壁に激突する。

 ヴヴッと空気が震え、小さな白い光が無数に散った。

 障壁に触れた銃弾が空中で停止する。

 狙いの逸れた弾が近くの地面に着弾し、土を吹き飛ばした。

 私はなおも発砲を続ける敵部隊を横目で見ながら、唇を噛み締めた。

 みんなが守ってくれているとわかっていても、一方的に敵に撃たれている状態というのは、やっぱり落ち着かないというか、嫌なものだ。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私の太ももに体を乗せたアーフィリルが、その光景をくりくりした目で興味深そうにじっと見つめていた。

『ふむ。魔素と魔晶石を利用した技術で、外部の空間に干渉しているのか。興味深いな』

 パタパタと羽を揺らしながら、アーフィリルがぶつぶつと呟いている。

「あの木立に入る! 左に回り込んでから、一気に丘へ上るぞ!」

 オレットさんが再び声を張り上げた。

 その瞬間。

 ヒュンっと鋭い風切り音が響いた。

「くっ、何で!」

「ス、スキルが維持出来ない!」

「障壁が抜かれるわっ!」

 私の周りのお姉さん騎士たちが、焦った様な声を上げた。

 障壁が銃弾を食い止めている証である白い光点が、弱々しく揺らぎ始めていた。それに比して、私やみんなの周りを擦過する銃弾の風切り音が、急激に増え始めた。

 スキルが阻害されている……。

 風向きが変わった?

「マリア!」

 私のすぐ後ろを走るオーズさんが叫ぶのが聞こえた。

 次の瞬間。

 こちらを狙っていた帝国兵の胸に、とすっと矢が突き刺さった。

 チラリと振り返ると、オーズさんの隣を走るマリアちゃんが、手綱を手放して弓を構えていた。

 吹き付ける強い風に、三つ編みにまとめたマリアちゃんの赤い髪が激しく揺れていた。

 また1人、敵兵に矢が突き立つ。

 あんな不安定な態勢で……マリアちゃん、凄い!

 こちらを一瞥するマリアちゃんと目が会った。

 賞賛の意味を込めて私はうんうんと頷いたが、マリアちゃんは少し眉をひそめ、仏頂面のままふっと私から目を逸らしてしまった。

 少し恥ずかしそうだ。

 きっと照れ臭かったのだろう。

「陣形を乱すな! 速度を維持しろ!」

 前方でオレットさんが叫ぶ。

「飛ばせ! 走っていれば、そう当たるものではないっ!」

 オレットさんが叫びながら前方の立木、数本の枯れた木や灌木が集まっている場所を剣で指し示した。

 その木々を盾にする様に、私たちの騎馬集団が進路を変える。

「追っ手が掛かった! 騎兵! 10騎以上!」

 殿の騎士さまが叫ぶ。

 振り返ると、黒い鎧をまとった帝国騎士が一団となって、私たちに迫って来るのが見えた。

 マリアちゃんの弓攻撃と隊の進路変更で、何とか銃歩兵の攻撃は凌いだが、敵は次から次へと襲い掛かって来る。

 ……やっぱり、凄い数だ。

 私は、むむむっと唇を引き結ぶ。

「構うな、振り切れ!」

 オレットさんの指示が、近くに着弾した大砲の爆発音に半ばかき消されてしまった。

「前方、目標地点!」

 私の斜め前を走るフェルトくんが叫んだ。

 長めの下草が生い茂る草原の先、前方右方向の地形が急激に盛り上がり、坂道になっていた。

 作戦前に確認しておいた地図を思い返す。

 たぶんその先が、浜辺と海の方へと突き出した高台になっている筈だ。そしてその高台の突端が、目的地なのだが……。

 その登りに入る直前の場所に、黒い兵士の列が並んでいるのが見えた。

 また帝国軍部隊!

 ……くっ、よりによあってなんであんな所に!

 私は思わず、手綱を握る手にギュッと力を込めた。

 このままでは、前方の歩兵隊と後方の騎兵に挟撃されてしまう……!

 顔からさっと血の気が引くのがわかった。

 その時。

 喊声があがる。

 私たちの左手。海とは反対側の丘から、土煙を上げて新たな部隊が迫って来るのが見えた。

「ハリス中隊っ、突撃!」

「うおおおっ!」

「帝国軍を蹂躙せよ!」

 敵を威圧するかの様に広く横に広がりながら猛然と迫って来るのは、白銀の鎧を身にまとった騎兵の集団。

「味方っ!」

 私は目を見張りながら、思わず声は弾ませる。

 整然と隊列を組んで突撃するその姿は、とても勇ましく見えた。

 しかし、私はふと疑問を抱く。

 エーレスタの主力は北側にいる筈。しかしこの応援部隊は、乱戦になっている主戦場を超えて来た様には見えなかった。

 もちろん第2大隊司令部が、私たちの状態を見て援軍を送り込んでくれた訳ではない。司令部から離れた私たちの状態は、向こうにはまだ伝わっていない筈だ。

 という事はつまり、今私たちの側面から迫る味方の部隊は、あらかじめディンドルフ大隊長が伏せていた部隊という事になる。

 ディンドルフ大隊長は、この戦いの推移を読んでいたのだろうか。もしくは、別の目的で置いていた部隊なのだろうか。

 しかしいずれにせよ、大隊長のその判断に助けられた事は事実だ。

 さすが第2大隊だと思う。用兵に抜け目がない。

「後ろはあちらに任せる! 前方の敵を食い破るぞ! サリア、フェルト、ルーナ、先行して道を開け!」

 オレットさんが剣を振り、前方の歩兵隊を指し示した。

「了解! 行くぞ!」

 金髪を短くまとめた女性騎士のサリアさんが、片手で剣を構えて声を張り上げた。

「ベイカーっ、お前らも行け!」

 馬蹄の音が轟く中、背後からオーズさんが叫ぶのが聞こえた。

 先頭のオレットさんに合わせて、私たちはややスピードを緩める。その代わりにサリアさんやフェルトくん、それにオーズさんの部下の兵士さんたちが、手綱を打って一気に加速を掛けた。

 私たちから先行したサリアさんたちは、そのまま目的地点の高台の手前に布陣する敵部隊に向かって真正面から突撃を仕掛けた。

 敵歩兵部隊は、内陸方面から迫るエーレスタの増援の大部隊に気を取られていたのだろう。迫り来るサリアさんたちに反応するのが、一瞬遅れた様だった。

「踏み破れっ!」

「おおおおおおおっ!」

 フェルトくんや兵士さんたちの雄叫びが響き渡る。

 敵兵が味方増援の方へ向けていた槍をこちらに向けようとするが、少しも怯む事なく突進を仕掛けたサリアさんたちは、既にその眼前まで迫っていた。

 まるで敵の迎撃など意に介さない様な全力の突撃には、鬼気迫る迫力があった。

 その気迫に気圧されたのか、敵の一部が怯んだ様に後退る。

 その敵隊列の乱れた部分へ向かって、スピードに乗った勢いをそのままに、サリアさんやフェルトくんの騎馬が突き刺さった。

 馬の巨体に踏まれ、弾き飛ばされた敵兵士たちが次々と倒れる。金属のぶつかる激しい音や馬の嘶き、何かが押し潰され音と共に、激しい怒号や悲鳴が飛び交う。

 オルギスラ兵も反撃しようと試みるが、足を止めずに駆け回るフェルトくんたちを止めるには至らない。

 サリアさんやフェルトくんを中心に、確実に敵の混乱が広がって行く。

「総員密集隊形! 俺に続け! このまま突破する!」

 オレットさんが声を上げ、姿勢を低くした。そして、緩めていたスピードを上げる。

 私を中心に、周囲のみんながぎゅっと距離を詰めてくる。

 私は腰の剣を抜き放ち、姿勢を低くした。

 オレットさんを先頭に楔形になった私たちは、そのまま敵隊列の真ん中に突っ込んだ。

 先行したサリアさんやフェルトくんが穿った敵部隊の穴に向かって、今度は私たちが突撃する。

「くっ!」

 気を抜けばすくみそうになる気持ちを奮い立たせ、私はキッと前方を睨み付けた。

 無数の帝国兵の集団を……抜けた!

 フェルトくんたちが切り開いてくれた道を、私たちは高速で駆け抜ける。

 オレットさんが振り返らず、剣を持っていない方の手をさっと振った。指を立てたり手首を回したりして、何か合図を送っている。

 ちらりと後ろを見ると、フェルトくんやサリアさんたちが敵隊列から離脱するところだった。

 フェルトくんたちはそのままこちらに合流すると、私たちの背中を守る様に展開した。

 今の突撃で、フェルトくんやサリアさんは大丈夫な様だが、オーズさんの部下の兵士さんには怪我をした人が出てしまったみたいだ。

 私は駆け抜ける馬の足元に視線を落とした。

 草がまばらになり、ゴツゴツとし始めた地面は、どんどん急な登り坂へと変わっていく。

 オレットさんもフェルトくんもマリアちゃんも、オーズさんやサリアさんや今この戦場にいるみんなが、傷つきながらも懸命に戦っている。

 エーレスタを守ろうと命を懸けて戦っている。

 ……私も、頑張らなければ。

 私が成さなければならない事に、全力を尽くさなければ。

 何があっても、みんなのためにも、この作戦、必ず成功させて見せる。

 私は、むんっと気合を入れた。

 太ももの間にちょこんとお座りしたアーフィリルが、そんな私を見上げていた。

 私は、そっとその背中を撫でる。

 そして、キッと顔を上げた私は、青い空に向かって伸びるかの様な坂の先を睨みつけた。

 私が力を尽くすべき場所が、この坂の先にある。

 ……よし、行くぞ!



「前方に敵!」

 勢い良く坂を駆け上がる私たちが、攻撃予定地点に辿り着こうとしたその瞬間。

 オレットさんが鋭い声を上げた。

 前方を見つめる私も、顔を強張らせる。

 海岸部に向かって開けた坂の先には、夏の蒼天を背景にして、もこもことした雲の塊が流れていた。

 その手前。

 恐らく周囲を一望できるであろう気持ちの良さそうな場所に、そんな爽やかな風景には似つかわしくない黒い鎧の帝国騎士たちが集まっていた。

 敵騎士の数は多くないが、機獣の姿も見えた。

 金属の光沢を放つ巨躯に長い砲身の大砲を背負った砲撃タイプだ。

 その数は2体。

 機獣たちは四肢を広げて踏ん張り、高台の下の主戦場に向かって砲口を向けていた。

 その周りの騎士たちは、望遠鏡を構えて戦場を見下ろしたり、地図を見ながら機獣に指示を出している様だった。

 中には、立派な鎧の騎士もいる。羽根飾りの付いた兜を被っているのは、どの様なクラスかはわからないが、敵の指揮官なのだろう。

 戦場全体を見渡すこの場所を利用した、遠距離砲撃部隊というところだろうか。

 坂を駆け登って来る私たちに気が付いたその敵騎士集団は、驚いた様にこちらを見ていた。

「制圧するぞ!」

 オレットさんが馬から飛び降り、剣を構えた。

 敵がいる場所は、高台の突端。そこから先は崖の様になっている筈だ。

 馬で動き回るには少し狭い場所だった。

 フェルトくんや他のお姉さん騎士たちも、オレットさんに続いて次々と馬を降りて剣を構えた。

「行くぞっ!」

「続けっ!」

 マントをひるがえし白刃を輝かせ、みんなが一斉に走り出す。

「エーレスタだ!」

「迎え撃て!」

「機獣、回頭しろ! さっさとしろ!」

 敵騎士たちも、剣を抜き放ちながら声を張り上げた。

 敵味方の数は同程度だ。

 先陣を切って、オレットさんの剣が煌めいた。

 戦技スキルスラッシュの斬激波が、先頭の敵騎士を吹き飛ばしたのだ。

「くっ!」

「行くぞ!」

「怯むなっ」

「がああっ」

「隊長に続け!」

 すぐさま怒号と悲鳴が入り混じり、両軍入り混じった乱戦が始まった。

 剣と剣がぶつかる激しい音が響き渡る。敵騎士とオレットさんやフェルトくんたちが激しく交錯する。

 その後ろに控える機獣も、のそのそとした動きでこちらに砲口を向けようと動いていた。

 ……私も戦わなければ。

 短めのスカートをひらりと揺らしてうんしょと馬から下りると、私もさっと剣を構えた。

 ふっと短く息を吐き、気合を入れた私の頭の上に、ふわりと飛び上がったアーフィリルがぽすっと納まった。

 私は、激しい戦いを展開するオレットさんたちをじっと見つめ、斬り込むタイミングを窺う。

 敵の1人が、矢を受けて倒れた。

 マリアちゃんも、積極的に援護射撃を行っていた。

 私はぎゅっと柄を握り直し、下段に剣を構えながら走り出す。

 その瞬間。

「わっ!」

 私は、足元に転がる大きな石に躓いてしまった。

 頭の上のアーフィリルが、ふわりと飛び上がる。

 そしてそのまま私は、ずさっと草むらの上で転んでしまった。

 うくっ……。

 のそっと体を起こす。

 くっ、膝を擦りむいてしまった……!

「お嬢! じっとしていてくださいよ!」

 オーズさんが、慌てて私のもとへと走り寄って来た。

 うう……。

 まだあちこち痛む体は、完全には回復してないみたいだ。昨日は、アーフィリルを抱きしめて寝たのに……。

「でもっ」

 私が起き上がって再び剣を構えた瞬間。

 敵の指揮官らしき騎士と剣を交えるオレットさんが私を一瞥した。普段とは違うその鋭い眼光が、私を射抜く。

 思わず私は、ドキリとして身を固くした。

「セナは待機していろ! まだだ!」

 オレットさんは鋭い声を上げると、敵指揮官の斬撃を受け止める。そして返す刃で、その騎士を斬り倒した。

 私はギリっと剣を握り締めた。

 ……そうだ。

 剣は構えたままでぎゅむっと唇を引き結んだ私は、顎を引いて上目遣いに前方を睨み付けた。

 私には、果たさなければならない役目がある。

 ここでアーフィリルと融合して戦うのは簡単だけど、それでは力を温存するためにここまでオレットさんたちに護衛してもらって来た意味が無くなってしまう。

 仲間と一緒に戦う。

 仲間を信じて戦う。

 オレットさんに教えて貰った事だ。

 それを私は、理解したつもりになっていたけど……。

 でもそれが簡単な事ではないんだという事を、私は今、この場で噛み締めていた。

 みんなが戦っている。

 それを目の前にしてじっとしている事が、こんなに辛いなんて……。

 例え怖い敵を前にしても、飛び出してみんなと戦う方が遥かに楽な気がする。

 でも、今はみんなを信じて待つんだ。

 ……私が戦わなければならないその時を。

「フェルト!」

「ああ、わかってるよ!」

 未だ抵抗している敵騎士を周囲に任せ、オレットさんとフェルトくんが2方向から2体の機獣に向かって突撃を仕掛けた。

 そのずんぐりとした金属の獣は、以前見たことのあるものより大きな大砲を背負っていた。その為か、いつもよりも動きが鈍い。

 オレットさんは、鎧を身に付けているのが嘘の様に素早い動きで機獣の懐に入り込むと、腰の横で剣を構えた。オレットさんの動きが早すぎて、鈍重な機獣が止まって見えてしまう。

 一瞬、オレットさんから白い光が発せられた。

 戦技スキルを発動させたのだ。

 そして次の瞬間。

 オレットさんの剣が、炎を宿したかの様に赤く輝き始めた。

 その剣を、機獣の前足関節に突き立てるオレットさん。剣の軌跡に合わせて、赤い残像が走る。

 赤く光る刃に触れた機獣の金属装甲が、赤熱化し、どろりと溶けて崩れていく。

「おおおおっ!」

 オレットさんが髪を振り乱し、裂帛の気合いを上げた。

 力を込めながら、赤く輝く剣をギリギリと進めて機獣の前足を溶断していく。

 私の知らない戦技スキルだ。

「らああああっ!」

 剣を振り上げ、オレットさんはとうとう機獣の前足を切断してしまった。

 ズシンと地響きを上げ、機獣の巨体が崩れ落ちる。

 その向こう側では、フェルトくんがオレットさんとは違う戦い方を展開していた。

 地を這う様な低い姿勢で機獣の側面に回り込んだフェルトくんは、機獣の装甲の隙間やとっかかりに手を掛け、ひょいとその金属の体の上に飛び乗る。

 こちらも、重い鎧を身に付けているのが信じられない様な動きだった。もしかしたら、身体強化系の戦技スキルを使っているのかもしれない。

「おの……!」

 機獣の背中の装甲板に埋もれる様に騎乗している敵兵が、声を上げる。

 しかしその声を遮り、フェルトくんが剣を振り下ろした。

 瞬く間に、オレットさんとフェルトくんによって2体の機獣が無力化された。

 それと同じくして敵の一般騎士たちも、お姉さん騎士の皆さんにが制圧する。

 激しい戦いだったけど、時間にしては一瞬の事だった。

 オレットさんやフェルトくんはもちろんだけど、お姉さん騎士もマリアちゃんや兵士のみなさんも、強い……。

 私は剣を鞘に納める。そして剣帯ごと剣を外すと、オーズさんに手渡した。

「預かっていて下さい」

 私はオーズさんを見上げて、こくりと頷き掛けた。

「……お嬢。ご健闘を」

 低い声で応援してくれるオーズさんに、私はもう一度力を込めて頷く。

「アーフィリル、行こう!」

『うむ』

 私はぱたぱたと羽ばたくアーフィリルを伴って、戦場を見下ろす高台の先へ向かって歩き出した。

 第2大隊のみんなが整えてくれたこの状況。

 オレットさんたちが勝ち取ってくれたこの場所。

 ……さぁ、今ここからが私が戦う番だ。

 ぎゅっと手を握り締める。そして、きっと前方を睨み付ける。

 私に気がついたお姉さん騎士が、道を開けてくれた。

 サリアさんが私を見ていた。

 機獣を始末し終えたオレットさんとフェルトくんも、こちらにやって来た。

「アーフィリル、お願い!」

 私はすぐ隣を飛ぶアーフィリルに手を伸ばした。

 アーフィリルが優しい緑の目で私を見つめると、こくりと頷いた。

 眩い白の光が、一瞬周囲を満たす。

 私は、すっと目を閉じた。

 アーフィリルの力を感じる。

 アーフィリルの存在を感じる。

 私の胸の中に。

 不安や恐怖や焦りの様な感情が、すっと消えていく。しかしみんなと一緒に戦うんだという決意と、みんなの思いを無駄にしてはいけないという熱い思いだけは、確かに胸の内側に宿っていた。

 大きく息を吸い込む。

 体全体が、温かなものに包まれている。

 そして私は、ぱっと目を開いた。

 白いドレスの裾が大きくはためく。

 魔素を放出する白く輝く長い髪が、ひるがえる。

 大きく膨らむ胸を覆う白の鎧。すらりと伸びた手足。

 体中に、力が満ちていく。

 私は、魔素で編まれたブーツで草原を踏み締めた。

 白の光が収束すると、遠雷の様に砲声が轟く戦場の光景が周囲に戻って来た。

 オレット隊の中には、私の姿を直接見るのは初めての者もいるのだろう。

 周囲の女騎士たちは、目を丸くして私を見ていた。

 いや、驚いているのは私の姿ではなく、この身の変貌か。

 オレットやオーズ、マリアたちも、私がアーフィリルと融合するところを直に見た事はなかったのだろう。ただ口を開き、呆然とこちらを見ていた。

 フェルトは、ちらちらと横目で私を見ていた。その顔は、先ほどまで機獣を相手にしていた様な猛々しい剣士の表情ではない。まるで、年相応の少年の様だ。

 私と目が合うと、フェルトはドキリとした様に視線を逸らしてしまった。

 私は思わず、ふっと微笑んでしまう。

 抜き身の剣を下げたままのオレットが、私に近付いて来た。

「どうだ、セナ」

 鋭い目で私を見るオレット。

 私は微笑を浮かべたまま、片手を腰に当て片足に体重を乗せた。

「ああ、もちろん。問題などない」

 もちろん完調とはいえない状態だが、戦うに不都合はない筈だ。

 きっぱりとそう答えた私に、しかしオレットは少し驚いた様な顔をした。

 何だと視線で問い掛けてみると、オレットはふっと笑った。

「……いや、やはり小さいセナとの微妙な違和感がな」

 ふむ。

 違和感とは、身長の違いだろうか。

「いや、悪い」

 オレットが、ふっと笑みを消した。

「頼むぞ」

 表情を引き締めたオレットが、私の目を見つめる。

 私は髪を揺らし、目を細めて頷いた。

「ああ、任せてもらおう。ここからが私の戦いだ」



 私はすっと、戦場を見下ろす高台の突端に立った。

 海から吹き寄せる風が、私のドレスと髪をふわりと揺らしていく。

 眼下には、エーレスタ騎士団とオルギスラ帝国軍が激しくぶつかる戦場が広がっていた。

 煌めく剣や槍、鎧。煙を上げる銃。大地を揺るがす砲弾。

 歯を食いしばり戦う者。

 物言わぬ骸となって大地に転がる者。

 無数の命がぶつかり、せめぎ合い、散っていく。

 そんな光景を、私は目を細めて見下ろしていた。

 こんな戦い、早く終わらせねばと思う。

 戦場の中央では、敵味方の騎士や歩兵が入り乱れ、激しい近接戦闘を展開していた。こうなれば、既にスキルも銃も関係ない。純然たる数と数の激突だ。

 その両翼では、味方への支援砲撃を行う帝国軍部隊と、敵側面へ迂回、突撃を仕掛けようとする第2大隊の騎兵隊が複雑に絡みあい、争っていた。

 その戦場に、一際大きな砲撃音が轟く。

 夏の陽光を受けてキラキラと輝いているセレナ内海から、小型の帝国船が砲撃を行っているのだ。

 そしてその向こう。

 砲撃を行っている船とは比べ物にならないほど巨大な船が2隻、航行しているのが見えた。

 敵の巨大な装甲船は、ひらりひらりと空中を舞う竜騎士ラルツとヒュベリオンを相手に砲撃戦を行っていた。

 空中に広がる無数の対空砲弾の爆発。

 青い空と青い海の風景に空いた穴の様に、場違いな黒煙が空を汚していた。

 あの砲撃能力が地上部隊に向けられれば、味方の損害は現在の比ではなくなるだろう。

 その前に、あれは私が沈める。

 この高台からアーフィリルの竜の咆哮を放ち、一気に敵大型軍船を沈める。

 それが、ここまで力を温存して来た私の役割だ。

『魔素の受容と流入量の調整は我が行っている。セナは、その魔素のエネルギー転換と収束の制御を行え』

 アーフィリルの声が胸の中に響いた。

「以前の様に弓で射た方が良いのか?」

 収束熱線攻撃の方法については、アーフィリルと融合した際に大まかな事は理解出来た。しかし、その具体的な射撃方法について、良いイメージを思い浮かべられなかった。

 普通の竜の咆哮ならば、その口腔から放たれるのだろうが。

『デバイスは何でも構わない。直接空中に収束させても問題ないし、何かを媒体にしても問題ない。自身が集中し易い方法を選ぶが良い』

 ふむ。

 私はアーフィリルの言葉に、目を瞑り一瞬考え込む。

 しかし直ぐに目を開くと、さっと右手を掲げた。

 手の中に白の光が収束する。

 次の瞬間、私はいつもの白い刃の長剣を握り締めていた。

 その切っ先を、すっと海上の敵大型船に向ける。

 やはり弓よりも、長年鍛錬を積んで来た剣の方が扱い易い。魔素を集中、収束させる媒体が何でも良いならば、私は剣が良い。

 白の剣の切っ先に意識を集中させる。

 ふっと大きく息を吸い込み、体中を流れる魔素を一点に集中させていく。

 刃を白く輝かせている魔素が、すうっと切っ先に集まり始めた。

 体が熱い。

 普段よりも大量の魔素が、私の体の中を激しく流れ回っているのが分かった。

『それでは、収束熱線の照射シークエンスを開始する。補助制御陣を展開する。魔素流入量が増大するぞ。大丈夫か、セナ』

「問題ない」

 私は魔素の制御に意識を集中させながら、アーフィリルに短く答えた。

 私が構える剣のの周囲に白の光が集まり、大きな紡錘形のプレートが形成された。

 輝く半透明のプレートは4枚。

 私と剣を中心にしてX字型に広がる。

 そのプレートに目を凝らしてみると、表面に無数の複雑な紋様が描かれているのがわかった。そしてその紋様全てに、まるで血液が体をめぐるかの様に魔素の光が流れているのが見えた。

「まるで花みたい……」

 背後で女騎士の誰かが、ぽつりとそう呟くのが聞こえた。

『魔素収束開始。第1次展開』

 アーフィリルが低い声で告げた。

 その瞬間。

 ドクンと胸が震えた。

 今までとは比較にならない強大な力が、私の体に満ちる。

「くっ」

 私はギリッと歯を食いしばった。

 気を抜けば、体全体がバラバラになってしまいそうだ。

 しかし、こんなところで弱音を吐く訳にはいかない。

 私は体を流れる膨大な魔素を、剣の切っ先に集める事に意識を集中させる。

 ジジジっと空気が震えた。

 眩い閃光が走り、剣の先端に白の光の球体が浮かび上がった。

 既に強大な魔素が込められたその球からは、高エネルギーが無数の火花となって空中へ弾け飛んでいた。

 海風とは違う大気の流れが、私の周囲に巻き起こる。白のドレスの裾が、ふわりと揺れ始めた。

『第2次展開。防御障壁最大展開開始』

 再びアーフィリルの声が響く。

 私はぐっと身を固くした。

 そして次の瞬間。

 目の前が真っ白になった。

 体の全てが、焼き尽くされる様だ。

 光が、力が、私の体を壊して周囲の全てを呑み込もうと暴れまわっている。

 掲げる剣の切っ先に宿る光が、さらに強く、大きくなって行く。

『仮想照射ラインを展開する。目標を補足。セナ、収束効率が高すぎて体へ負担が掛かっている。もう少し力を抜け』

 アーフィリルが警告してくれるが、私には答える余裕などなかった。

 剣を構える右手に、左手も添える。

 巻き上がる力の奔流に、髪が激しく揺れているのがわかった。

 熱い。

 体が熱い。

 しかし、まだだ。

 私の全てを込めて、この一撃を放つ!

 ギリっと歯を食いしばる。

 後ろの髪だけでなく視界に入る前髪からも、処理しきれない余剰魔素が激しく放出されていた。さらに髪だけでは足らず、背中からも魔素が放出される。

「凄い……。まるで翼みたい……」

 背後で誰かが呟くのが聞こえた。

 私は両手で剣を構え、足を開いて魔素の流れに必死に耐えた。同時に、さらなる力を握りしめた剣に込めて行く。

 その時突然、私の近くに砲弾が着弾した。衝撃音と巻き上げられた土が周囲に散らばる。さらに、無数の銃弾が私を襲う。

 高台の上で派手に光を振り巻いている私に、やっと気がついたのだろう。高台下に展開している帝国軍部隊が、私に向かって攻撃して来たのだ。

 激しい銃撃に晒されるが、直撃しそうな弾はアーフィリルの自動防御が弾いてくれた。

 眩い白の光に満ちる視界の端で、こちらを指差して叫んでいる敵が見えた。

 敵の騎兵隊が動き出す。この高台の登り口に向かっているのだ。

 私を止めようというのか。

「敵が来るぞ! 総員警戒態勢!」

 オレットも、高台下の敵の動きに気が付いた様だ。

「横隊だ。一歩も後ろに通すなっ!」

「「了解!」」

 身動きの取れない私の背後で、みんなが戦闘態勢を取る音が聞こえた。

「アーフィリル!」

 時間がない。

 もういける、だろうか。

 剣の先端で膨れる光の球はどんどん大きく膨れ上がり、今にも暴発してしまいそうだった。

『収束率80パーセント。十分すぎる程だ。セナ、構えろ』

 大気が震える。

 白の球の周囲の空気が、高速で高熱化していく。

『魔素圧縮完了。エネルギー変換完了。収束率83パーセント。何時でも撃てるぞ』

 アーフィリルが厳かに準備完了の旨を告げた。

「竜騎士ラルツ、退避を!」

 私は竜を介し、帝国軍の大型船近くで戦う竜騎士ラルツに声を送った。

「オレット!」

 そして背後の味方にも警戒を促す。

 私は大きく息を吸い込んだ。そして、キッと前方を睨み付けた。

 海の上の黒い船を、今!

「撃ち貫くっ!」

 叫ぶ。

 同時に、力を解放した。

 光が溢れる。

 それはまるで、目の前に太陽が現れたかの様だった。

「うおっ!」

 背後でフェルトが声を上げるのたが聞こえた。

 周囲に溢れた高エネルギーは、私たちの視界を眩い閃光で塗りつぶす。

 しかし直ぐに、その光は1本の光の束へと収束した。

 細い光の線を形成した高エネルギーは、真っすぐに戦場の空を切り裂く。

 雷鳴の様な轟音が響き渡る。

 周囲の空間に火花をまき散らしながら、白の光は真っ直ぐに黒の船へと吸い込まれた。

 魔素攪乱幕や装甲板など全く問題にせず、白の光線は易々と敵船を貫く。

 そしてその船体の背後、光線が突き刺さった海面が、巨大な水柱を立てた。

 それに一瞬遅れて、白の光が貫いた敵軍船が赤熱化したかと思うと、大爆発を引き起こした。

 木っ端の様に吹き飛んだオルギスラ帝国船が、船体の殆どを失いながらそのままセレナ内海へと没していく。

 しかし。

 私は白の光の照射が途切れない様に、剣に力を込めた。

『セナ、もうやめよ』

 アーフィリルが声を上げた。

 まだっ。

「まだだっ!」

 私は腕に力を籠め、剣を左へと振った。

 白の光線が左へと流れる。

 白光が両軍の頭上を通過する。

 それに合わせて、光線の着弾地点である巨大水柱も移動していく。

『セナ、既に照射限界だ』

 アーフィリルの厳しい声が胸の中に響くが、私は力を、魔素を剣に込め続けた。

 歯を食いしばる。

 体そのものが、光となって吸い出されて行く様な気がした。

「くっ! あああああああっ!」

 叫ぶ。

 私は光線の先を、2隻目の船へと向けた。

 白光が敵船をかすめた。

 照射中に無理やり目標を変更したために、直撃させる事が出来なかった。

 しかしそれでも、光線が擦過した黒い船体が爆発を起こした。

 炎を噴き上げ、大きく傾く敵軍船。

 そのまま白の光は左に流れ、小さな島を直撃する。

 そこで、とうとう照射が終わった。

 カっと閃光が走り、光線が吸い込まれた島が大爆発が起こった。

 空が赤く染まる程の爆煙が、天高く吹き上がった。

「はっ、はっ、はっ……」

 私は思わず剣を取り落とし、膝から崩れ落ちそうになった。

 何とか踏ん張り、倒れるのはギリギリのところで踏み止まる。しかし疲労感と脱力感で、私は顔を上げる事が出来なかった。

 膝に手を着いたまま、何とか息を落ち着けようと試みる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 玉の様な汗が滴り落ちる。

 何も考えられない。

 頭の中が真っ白だ。

 霞む視界の隅で、先ほど取り落とした白の剣が光となって消えていくのが微かに見えた。

『……まさかここまでエネルギー量が上がるとはな』

 周囲を満たす爆発と破壊の轟音の中、アーフィリルが少し驚いたという風に声を上げた。

『魔素との親和性が高いのか。しかし、セナ。我の警告を無視するのは褒められた事ではないぞ』

 アーフィリルの厳しい声が響いた。

 私は何も答えず、荒い息をしながらギリっと歯を噛み締めた。

 大型船は撃破したが、小型船は撃てなかった。

 全部仕留められれば良かったのだが。

 私は未だぼうっと熱の籠もる体に意識して力を込めると、何とか顔を上げた。

 その瞬間。

 ふと気が付いた。

「うおおおおおおっ!」

 周囲に轟く轟音。

 爆発か、地響きかと思っていたそれは、人の声だった。

 歓声だ。

 エーレスタの騎士や兵たちが、拳を突き上げ、雄叫びを上げていた。

 戦場のあちこちで。

 いや、戦場全体で。

「おおおおおっ!」

「セナさま!」

「竜騎士アーフィリル!」

「エーレスタ万歳!」

「見たか、帝国め!」

 ちらりと振り返ると、背後のオレット隊の騎士や兵士たちも、口々に声を上げながら拳を突き上げていた。

 全員が顔を紅潮させて、興奮した顔を私に向けている。

 マリアやフェルトも、キラキラと目を輝かせて私を見ていた。

 オレットが進み出てくると、私の隣に立った。

「この戦、勝ったぞ」

 ニヤリと笑みを浮かべて、私を見るオレット。

「お前のおかげだ」

 オレットは、視線で私に戦場を見るように促した。

 眼下に広がる戦場からは、未だにエーレスタの騎士たちの歓声が轟いていた。

 オレット隊のみんなと同じように、気合いの雄叫びと共に私の名前を叫ぶ声も聞こえた。

 エーレスタの騎士や兵たちは、声を上げながらその勢いのままに猛然と帝国軍へと襲い掛かる。中央でも側面でも、この戦域のあらゆる場所で、エーレスタ側が攻勢に転じているのがわかった。

 逆に帝国軍は、どんどん押され始めていた。一部では既に、壊走状態に陥っている場所もある様だ。

『行くぞ、ヒュベリオン! 我らもセナとアーフィリルに続けっ!』

 竜騎士ラルツが叫ぶ声が響いてきた。

 同時に、上空へ退避していたヒュベリオンが、急降下を掛けて敵の小型船に突撃するのが見えた。

「味方がお前の名前を叫んでいる。セナの一撃で、勢いは完全にこちらへと傾いた。あとは、残敵を殲滅するだけの掃討戦だ」

 オレットが私を見て頷いた。

 私は、大きくゆっくりと深呼吸する。そして、キッと戦場を見つめた。

 皆の思いが私に力を与え、私の一撃が皆に戦う勇気を与える。

 これが、仲間と一緒に戦うという事、か。

 私は、ふっと笑った。

 そして、手の中に新たな白い剣を生み出した。

 きっともとの姿に戻れば、また全身激痛で動けなくなるに違いない。

 しかしまだ、私は引く訳にはいかない。

 皆がまだ戦っている。

 ならば最後まで、私も戦わなければ。

「オレット。これより味方の援護に回る。隊を率いて私に続け」

 私は横目でオレットを見た。

 オレットは少し驚いた様に目を丸くしていた。

「大丈夫なのか、セナ?」

「近接戦闘なら問題ない。それに、まだ魔素攪乱幕を搭載した機獣もいるだろうからな」

 私は髪をひるがえし、ドレスの裾を揺らして踵返した。

 体のあちこちに自分のものでないかの様な違和感があったが、今はそれを無視する。

「……まったくな。やっぱりそういうところはセナだな」

 ふっと息を吐きながらも、オレットが私の後を付いて来る。

「総員、これより我々は、竜騎士セナ・アーフィリルと共に遊撃に入る。馬を集めろ!」

「「了解!」」

 オレットの指示に、全員がざっと姿勢を正して声を上げた。

 私はそんな仲間たちをさっと見回した。

「さぁ、行くぞ、みんな!」

 白の剣を振り、私はふわりと微笑んだ。

 再び全員が、剣を、拳を突き上げて気合いの声を上げた。



 イリアス帝歴392年。青蓮の月9日

 この日エーレスタ騎士団第2大隊は、メルズポート北会戦においてオルギスラ帝国軍の侵攻部隊を撃破する事に成功した。

 エーレスタ侵攻部隊の大部分と艦隊戦力まで喪失した帝国軍は、エーレスタ領外まで撤退する。

 これに対してエーレスタ騎士団第2大隊は、部隊の一部と先の戦いで敗れ、国外に待機していた第4大隊の残存戦力を呼び戻し国境監視に貼り付けた。

 そして第2大隊本隊は、補給を終えると公都エーレスタに転進。エーレスタ領内に残る帝国軍残存戦力の掃討に向かった。

 竜騎士セナ・アーフィリルとなった私も、もちろん公都救援部隊に加わる事になった。

 そのまま継続して私の直掩隊となる事となったオレット隊と共に、私たちは一路公都エーレスタを目指す。

 私たちの街であるエーレスタがどうなっているのか。どんな敵が待ち受けているのかは、まだわからない。周囲を囲む帝国軍とは交戦中という情報はあったが、詳しい戦況は不明だった。

 アメルやみんなが無事でいてくれればいいのだけれど……。

 無理をして体を酷使したために、全身筋肉痛の様な激しい痛みで動けなくなった私は、マリアちゃんに看病してもらいながら私用に整えられた馬車の中で横になっていた。

 状況はまだまだ厳しい。

 でも。

 たとえどんな敵が待っていたとしても、私たちが力を合わせて戦えば、きっとオルギスラ帝国軍なんて追い払えると思う。

 小さなアーフィリルを胸の上でぎゅっと抱き締めながら、私は目を閉じた。

 今は眠っておこうと思う。

 私たちのエーレスタを取り戻す、次なる戦いに向けて。

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