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第14幕

 空中でアーフィリルと融合した私は、ふわりとスカートを膨らませ、月明かりに照らされた草原へと降り立った。

 森の木々も周囲に生い茂る夏の草花も、驚いた様にこちらを見ているフェルトも、そしてそれを取り囲む帝国騎士たちも、全てが夜空に輝く月の青白い光に照らし出されていた。

 良い夜だ。

 私は、ふっと口元に笑みを浮かべる。

 素早くこちらに反応した帝国軍がさっと展開し、私を取り囲んだ。しかし、こちらに向かって武器を構える彼らの顔は、やや引きつっている様に見えた。

「あの白い女、まさか……」

「機獣部隊を全滅させた奴なんじゃないか?」

「くっ、何でここに!」

 私は、そんな帝国騎士たちを見据え、すっと目を細めた。

 アーフィリルと融合すれば、体中の痛みはなくなる様だ。

 しかし、微かに体が熱い。

 体の中を流れる魔素も、安定しない。指先や首筋が、排出しきれない余剰魔素に当てられて、チリチリと痺れていた。

 やはり、先の戦闘の反動から、まだ完全に回復しているとは言い難い状態の様だ。

 しかし、フェルトを取り囲むこの帝国騎士たちを排除する程度なら問題はないだろう。

 見渡す限り、敵は20名ほど。

 機獣や銃歩兵は見当たらない。全て黒い甲冑を身に付けた重装騎士たちだ。

 私は、すっと掲げた手の中に、白の剣を生み出した。

 すっかり慣れてしまった筈のその動作にも、僅かに時間が掛かってしまう。

「くそっ、やれ!」

「そいつは、エーレスタの主力だ! ここでやれば手柄になる!」

「同時に掛かれ!」

 敵騎士が吠えると、私に向かって突撃してくる。

「おおおっ!」

 気合いの入った雄叫びが、月下の草原に轟いた。

 私が剣を構えた瞬間。同時に、視界の隅でフェルトが動くのも見えた。

 敵が私に気を取られたその一瞬の隙に、反撃に転じたのだ。

 振り下ろされる敵の剣をひらりとかわした私は、そのままその騎士の腕を掴んで力任せに引き倒す。私の動きに合わせて、ふわりと髪が流れる。

 同時に別方向からさらに襲い掛かって来た騎士を、私は白の剣の一閃でその鎧ごと斬り捨てた。

 1人ずつ相手をしていては、フェルトにたどり着くまで時間が掛かりそうだ。

 私は襲い来る黒の騎士の剣と首をはねてから、ふっと息を吐いた。そして、白の剣を低く構え、タンっと強く地面を蹴った。

 低い姿勢を保ち、ドレスの裾を大きくひるがえしながら、私は敵のただ中を高速で駆け抜ける。

「なっ、くそっ!」

 立ちはだかる、というよりも、たまたま私の進路に立っていた帝国騎士を一刀の下に斬り捨て、私はフェルトを半包囲する敵群まで一気に到達した。

 フェルトは、同時に襲い来る敵騎士4人のうち、既に1人を倒していた。

 しかし敵はまだまだ沢山いる。倒しても直ぐに代わりの騎士が、フェルトに襲い掛かった。

 フェルトは、立ち替わり入れ替わり繰り出される帝国騎士の刃を、巧みに捌き続けていた。

 無理な踏み込みはしない。しかし、敵が晒した隙には、鋭い攻撃を繰り出す。

 そうやって上手く立ち回りながら、しかし決して敵に背後は取らせない。

 常にフェルトは、森を背にするポジションを維持していた。

 さすがだ。

 上手いなと思う。

 劇的な何かがある訳ではないけれど、自分の力量と敵の力、それに戦い方というものを良く心得ている動きだと思う。

 孤立し、多数の敵に取り囲まれているこの状況で、一撃一撃に冷静に対処しているその姿は、単純にフェルトが戦い慣れしているという事を示していた。

 私と同い年の筈なのに、な。

 やはりオレットが認めるだけはある。

 私はフェルトを囲む敵騎士の1人を斬り伏せながら、ふっと微笑んだ。

 その瞬間、ちらりとこちらを一瞥フェルトと目があった。

 フェルトが怪訝な顔をする。

 私はふっと微笑み返す。

 さらにフェルトが、眉をひそめた。

 その一瞬のやり取りの隙を、敵は見逃さなかった。

 敵騎士が正面からフェルトに仕掛け、その気を引いた瞬間。マントをひるがえした敵が、フェルトの背後へとさっと回り込んだ。そして、戦斧を振り上げる。

 フェルトの反応が一瞬遅れる。

 その瞬間。

 私は足に魔素を込め、地を蹴っていた。

 一瞬で加速する。

 次の瞬間、私はフェルトの隣で地面を踏みしめていた。

 目の前には、戦斧を構える敵騎士。

 兜の下の厳つい顔は、何が起こったのか理解できず、呆然と目を見開いていた。

 その無防備な敵に向かって、私は剣を振り上げた。

 白の刃がひるがえる。

 一撃で敵の腕を斬り飛ばした私は、返す刃で戦斧の騎士を袈裟斬りにした。

「集中しろ、フェルト」

 剣についた血を振り払い、私はフェルトと背中を合わせた。

 私の前にも、わらわらと敵騎士が展開する。

「……あんた、噂の8人目の竜騎士か」

 背後からフェルトの低い声が響いた。

 久し振りに聞く声だ。

 どうやらフェルトは、私がセナ・カーライルだとは気が付いていないらしい。

 朝の作戦の際、戦場でオレットと再開した時には近くにフェルトはいなかったし、先ほど上空を通過した時も、フェルトからは小さな状態の私の顔は見えなかったのだろう。

 まぁ、この状況下では、私の正体など些細な問題だ。

 敵騎士が、じりじりと私たちの包囲を狭めて来る。

「救援に来た。騎士フェルト、他の騎士は?」

 私は目を細めて敵を見据えながら、背後のフェルトに問い掛けた。

「森に逃がした。殿が俺だ」

 恐らく敵に目を向けたまま、フェルトが短く返事をした。

 大したものだ。仲間の盾になったか。

 私は微笑みながら、小さく頷いた。

 その瞬間。

 タイミングを図った様に、周囲の敵が一斉に踏み込んで来た。

 私たちは、ばっと背中を離す。

 繰り出される槍をかわし、剣ごと敵を斬り、側面から迫る敵騎士を鎧ごと縦に切断する。私は一息の間に、3人の敵騎士を無力化する。

 そしてくるりと身をひるがえし、反転。今度はフェルトへと向かう敵を斬り倒した。

 同時に、フェルトもこちらを向いた。

 刃が霞む様な高速の一撃で、フェルトは私の横手から迫る敵騎士を貫いた。

 フェルトの全身が淡く輝いている。何らかの戦技スキルを使用している様だ。

 私とフェルトは、先ほどとは立ち位置を変えて再び背中合わせになった。

「やるな、あんた。これをあの一瞬で……」

 僅かに息を乱しながら、フェルトが呟いた。

「そちらもな。さすがだ」

 私はすっと剣を構えて周囲を窺いながら、短く答えた。

 未だ立っている敵は、もうごく僅かだ。

「……あんた、どこかで会った事あるか?」

 私の態度に何かを感じたのか、フェルトがぼそりとそんな疑問を口にした。

 しかし私が返事をする前に、敵騎士が再び動いた。

「くっ、引け! 一旦引け!」

 敵騎士の1人が声を上げると、黒鎧の帝国騎士たちがじりじりと後退し、距離を取り始めた。

 背後でフェルトが剣を下げるのがわかった。

 引き際がいい。

 ここまで追いかけておいて、こんなに簡単に引くか。

 私はすっと目を細め、周囲の気配を探った。

 その瞬間。

 夜の空気が震えた。

 唐突に、空気そのものが爆ぜる様な重苦しい衝撃音が響き渡った。

 同時に、私たちの前方で爆発が起こる。

 大地が吹き飛び、黒煙が上がる。

 吹き上げられた土が、ばらばらと私たちの上に降って来た。

 砲撃だ。

 帝国の!

「くそっ……!」

 身を低くしたフェルトが吐き捨てたその言葉は、再び響いた砲声にかき消された。

 フェルトがばっと走り出した。固まっていては、的になると判断したのだろう。

 着弾。

 私のぐ近くで爆発が起こる。砲弾の破片はアーフィリルの防御が弾いてくれるが、その衝撃波で激しく髪やドレスの裾が揺れた。

 敵はどこだ?

 私は光の粒を発して輝く髪を振り、周囲を見回す。

 さらに続く砲撃。

 狙いは、私ではなくフェルトの様だ。

 着弾の衝撃に大地が震える。

 いた。

 敵だ。

 西の丘の上。月明かりに照らされたその影は、帝国軍の機獣に見えた。

 稜線から頭を出したその黒い塊から、発砲炎が上がるのが見えた。

 砲撃だ。

 砲戦型の機獣か。

 ひゅっと風切り音が響き、再び私たちの近くに砲弾が直撃した。

 私はキッと丘の上を睨み、その機獣を仕留めるために走り出した。

 しかし。

「ぐうっ!」

 短い悲鳴が上がる。

 さっと目を戻すと、至近弾の衝撃を受けて吹き飛ばされたフェルトが、地面に転がっていた。

 個人が発動出来る障壁のスキルだけでは、大砲の砲弾は防げない。

 砲声が轟く。

 次が来る。

 私は地面を蹴って反転した。

 アーフィリルの自動防御は私自身にしか働かない。フェルトは守れない。

 ならばっ!

 意識を研ぎ澄ます。

「アーフィリル!」

 私は叫びながら、周囲に漂う魔素の流れに意識を向けた。

 大気を押し分けて飛来する高速の物体。

 敵の砲弾を感覚で捉える。

 恐らく次は、倒れるフェルトの近くに着弾する。

 それは、させない!

 私は、砲弾の射線上へと身を滑り込ませた。

 すっと息を吸い込む。

 前方を見据える。

 迫り来る砲弾へ向けて、白く輝く刃を掲げる。

 間合いとタイミングはっ!

「はっ!」

 私は、裂帛の気合と共に、刃を振り抜いた。

 煌めく刃の白光が、夜闇に残像を刻む。

 一瞬遅れて、縦に両断された砲弾が、左右に分かれて私の背後の森に着弾した。

 地響きと衝撃波が広がる。

 みしみしと音を立てて、砲弾の破片を受けた木が倒れた。

 私はスカートをひるがえしてさっと振り返ると、フェルトの無事を確認する。

 限界まで大きく目を見開き、こちらを見上げるフェルトと目があった。

「弾を、斬った、のか……!」

 掠れたフェルトの声が響く。

 私は返事をする代わりに、ふわりと微笑んで頷いておいた。

 フェルトは瞬きもせずに、ただじっと私の目を見つめている。

 私はさっと髪を振って、丘の上の敵に目を戻した。

 もう次は撃たせない。

 しかし今の私では、十分な威力の遠距離攻撃を安定して放つ事が出来ない。

 普段なら、丘ごと吹き飛ばして終わりに出来るのだけれど。

 さらに、今から接近している暇はなさそうだ。その間にフェルトが狙い撃たれてしまう。

 ならば。

 現状放てる一撃で、確実にあの機獣を仕留めるしかない。

 正確に敵を狙い貫く。

 その為に必要なもの。

 私は、赤髪の狩人の少女を思い浮かべた。

 ふっと白の剣を消す。

 そして代わりに思い描くのは、マリアの持つ弓のイメージ。

 手の中に白の光が集まっていく。

 体が不調なのもあって、剣の時と違い顕現させるのにいささか手間取ってしまう。しかしやがて光が収束すると、私の左手には確かに白の弓が握られていた。

 もう一方の手には、光輝く矢を生み出す。

 私はそれを、すっと弓にあてがった。

 丘の上の機獣を狙い、弓を引き絞る。

 マリアの様に敵を射抜くイメージを思い浮かべ、私は白の矢を放った。

 ヒュンっと空気が震えた。

 白の軌跡を残して白の矢が宙を走る。

 そして。

 私が放った矢は、そのまま敵機獣を貫いた。

 どんっと大きな爆発音が響いた。まるで先ほどの砲声の様な音が。

 今度は丘の上の機獣の方が、月夜でもわかる程黒々とした煙を噴き上げていた。そしてもう一度爆発を起こすと、炎を上げ始めた。

「ふむ。当たるものだな」

 これ以上敵の追撃はないだろう。

 周囲を見回せば、僅かに残った敵騎士も、一目散に逃げていくところだった。

 私は弓を下ろし、ふっと息を吐いた。

 静かになった月下の平原に、今度は馬蹄の轟が聞こえて来た。

 そちらに目を向けると、森を迂回した騎兵の部隊がこちらに迫ってくるところだった。

 敵ではない。オレットたちだ。

「あのっ!」

 背後で声がする。

 振り返ると、立ち上がったフェルトが剣をぎゅっと握りしめ、土で汚れた顔で真っ直ぐに私を見ていた。

 戦闘は終了したというのに、どこか緊張している様な面持ちだ。

 私と目が合うと、フェルトは顔を強張らせてさっと視線を外した。

 私は僅かに首を傾げる。

「……あの、その、すまなかった。助かったよ」

 ぼそぼそと感謝を告げるフェルト。

 私は、ふっと笑ってしまった。

 剣を教えてもらっていた時は、私に対してはいつもクールに振る舞っていたフェルトだったが、案外素直な面もあるものだ。

 私は急造の白の弓をふっと消して、腰に手を当てて頷いた。

「よく耐えたな、フェルト。無事で何よりだ」

 私はすっと目を細め、手を伸ばす。そして、フェルトの髪についた草を払ってやった。

 フェルトが、私の顔をじっと見ている。

 はっとした様に私の顔から眼を逸らしたフェルトは、私の胸元を見るとさらにどきりとした様に、足元に視線を下ろした。

 そしてしばらく間をおいてから、フェルトは意を決した様に顔を上げた。

「その、あんた、名前は……」

 フェルトが口を開いた瞬間。

「セナ!」

 オレットの声が響いた。

 騎兵隊の先頭を走るオレットが、私たちの方へと駆け寄って来る。

「アーフィリル。もういい。ありがとう」

『了解だ』

 私が胸の中のアーフィリルに告げると、体全体が白の光に包まれた。

 視点が下がり、体が元の大きさに戻る。

 服もエーレスタの騎士服に準じたものに変わり、ふわりと短いスカートが夜風に揺れた。

 ふうっ……。

 私は茶色に戻った髪を揺らして大きく息を吐いた。

 うくっ……。

 元に戻ると、やっぱりまだ体が痛い……。

「なっ……」

 元に戻った私を見て、フェルトくんが短く声を上げた。

 目を丸くしたまま、呆然として固まってしまっている。

「フェルトくん、久しぶりですね」

 私は、そんなフェルトくんを見上げてにこっと笑った。小さくなったアーフィリルが、ぽすっとその私の頭の上に乗った。

 フェルトくん、やっぱり驚いている。

 その反応は、だいたい予想通りだ。

 フェルトくんにも、またおいおい色々と説明しなければならないだろう。

 しかし今は、とりあえずオレットさんたちと合流し、先行して逃げたフェルトくんの仲間たちも回収して、騎士団の駐屯地に戻らなければ。

 私は、未だ呆然として固まっているフェルトくんに背を向けた。

「オレットさんっ!」

 そして少し背伸びすると、私は駆けて来るオレットさんたちに向かってぶんぶんと大きく手を振った。



 大隊の簡易駐屯地に戻った私とフェルトくん、それにオレットさんは、そのまま休む間もなくディンドルフ大隊長たち第2大隊の司令部員の皆さんと共に軍議に参加する事になった。

 フェルトくんが偵察の結果得た情報を聞いたオレットさんが、すぐさまそれを上層部に報告。結果、緊急軍議が招集される事になったのだ。

 フェルトくんたち偵察隊が得たのは、敵集団の位置情報だけではなかった。

 フェルト隊が突き止めた敵の集結地点は、メルズポートから北上するローデン街道をセレナ内海へ向かって入り込んだ場所にあった。漁村も何もなく、普段人があまり近づかない、何もない場所だ。

 敵は、そのセレナ内海に向かう海岸に橋頭堡を築いているらしい。

 フェルトくんたちの隊は、その敵の主力部隊の集結地点に近付き過ぎたために、敵の追撃を受ける事になってしまった様だ。

 それについては、大隊の簡易駐屯地に戻る道中、オレットさんが厳しく指導していたけれど……。

 しかしフェルトくんたちがそこまで踏み込んだのは、理由があった。

 フェルトくんたちが発見した時、オルギスラ帝国軍は、沖合に停泊した巨大な船から補給人員や物資などを揚陸している最中だったという。

 さらに踏み込んだフェルトくんたちが確認出来ただけでも、沖合に大型の船がもう1隻。そしてやや小型の船2隻が、周囲を警戒していたという。

 敵の軍船……。

 補給を満載した敵船がいるという事実に、ディンドルフ大隊長以下第2大隊の司令部は、全員厳しい表情になって押し黙ってしまった。

 エーレスタ騎士団に海上戦力はない。

 船が必要な状況では、メルズポートの商船を徴用しているらしい。

 サン・ラブール条約同盟国の中には、海軍力に秀でた国もあるが、エーレスタ騎士公国は竜騎士と騎兵隊主体の陸上兵力が主な戦力なのだ。

「いずれにしても、その船を何とかせねばなるまい」

 重苦しい雰囲気が支配する司令部の天幕の中に、参謀さんの忌々しげな声が響いた。

 魔晶石の灯りの淡い光が照らす中、私は居並ぶ皆さんの中心に置かれた大きなテーブルを見下ろした。その上に乗ったメルズポート周辺の地図を見つめながら、むうっと眉をひそめて考える。

 今朝の様に帝国軍を撃退出来ても、その船が残っていればさらなる増援がもたらされる可能性がある。さらには、沿岸部にある敵橋頭堡を攻めるう場合、その船から砲撃を受けるという状況になってしまう公算が高いだろう。

 あの機獣だって大砲を装備しているのだ。大型船なら、さらに強力な砲を積んでいるかもしれない。敵国深くに攻め入って来る船が、まさか非武装という事はないだろうし……。

 そんな艦砲射撃を受ければ、きっと味方にも大きな損害が出てしまうだろう。

「ラルツさまとヒュベリオンの力で、敵船を沈めていただく事は出来ないか」

 中隊長クラスの騎士長さまが重々しく口を開いた。

 皆の視線が集まるが、ラルツ様は、厳しい表情のままだった。

「帝国も竜による襲撃は想定しているだろう。我がヒュベリオンの一撃も、かの新兵器で防がれる可能性が高い」

 淡々とそう告げるラルツ様。

 竜騎士である自身の力が通じないかもしれないという屈辱的な状況にも関わらず、その態度は冷静そのものだった。

 ……さすが歴戦の竜騎士さまだと思う。

「ならば、アーフィリルさまはどうか」

 先ほどとは別の参謀さんが、私を見た。それに合わせた様に、今度は居並ぶ隊の重鎮方が、一斉に私の方を見た。

 その視線の圧力に、私はドキリとして身を固くしてしまう。

 頬を熱くしたまま、でも何か言わないとと思って私は口を開こうとするが、それよりも前にオレットさんが私の前に立ってくれた。

「失礼ながら申し上げます。竜騎士セナは、昼間の戦闘で消耗したままです。何が待ち受けているかも知れない敵船に、我々の切り札たるセナを単身突入させるのは危険かと考えます」

 言葉は丁寧だったが、強い口調でぴしゃりと言い放ったオレットさん。

 私が力の使い過ぎで倒れてしまっていた事は、ここにいる方々には周知の事実だった。

 皆再び難しい顔で黙ってしまうと、それ以上私の突入を主張する声は上がらなかった。

 その後も様々な意見が出されるが、決定的なものは出てこなかった。

 司令部天幕の中が、ざわざわと落ち着きなく揺れ動く。

 一度エーレスタに取って返すという案や、これ以上敵への攻撃は行わず、メルズポートで援軍を待つという案も出たが、いずれも却下されてしまった。帝国の軍船は一時無視し、陸上兵力と敵増援を逐次殲滅していくという案も出たが、これについても時間が掛かりすぎると却下された。

 議論を交わすこの場にいる全員が危惧しているのは、時間についてだ。

 第2大隊と私たちは、なるべく素早く正面の敵勢力を排除し、公都エーレスタに向かった敵軍の追撃に向かわなければならないのだ。

 ここで時間を掛けている訳にはいかない。

 しかし眼前の敵に背を向ければ、背後から襲われるか、メルズポートの街が襲撃されるという状況になりかねない。

 ……やはり、素早く帝国軍を撃退するしかないのだ。

「恐らく件の船を退ければ、帝国の気勢を削ぐ事も出来るのだろうがな」

「はっ。そうなれば、一気に殲滅戦を行う事が出来るのですが……」

 ディンドルフ大隊長とその副官さまが、低い声で言葉を交わしていた。

 私は、ぎゅっと手を握り締める。

 帝国の軍船に魔素の攪乱幕が備えられていれば、私とアーフィリルにしか対処する事が出来なくなる。

 ……ならば、ここはやっぱり私がっ!

 そう思ってばっと顔を上げた瞬間、私の肩にぽんっとオレットさんが手を置いた。

「……馬鹿な事は考えるな」

 低い声で呟き、私を睨むオレットさん。

「でも……」

 だったらどうすれば……。

 私は眉をひそめてオレットさんを見上げてから、ふうっと息を吐いた。

 何かいい案はないかとぐるりと司令部天幕の中を見回してみる。

 ディンドルフ大隊長も隊の偉い人たちも、皆難しい顔をしている。意見を交わし、時には声を荒げながら、卓上に広げられた周辺地図に見入っていた。

 そんな中にあって、既に報告任務を終えて後ろに下がっていたフェルトくんと目があった。

 フェルトくんは、仏頂面のままじっとこちらを凝視していた。

 何か釈然としない様な表情で、まるで私を睨み付ける様に。

 ……なんだろう。

 救出任務が終わってこの簡易駐屯地に戻る間、フェルトくんには私に起こった出来事とアーフィリルについて話をしておいた。その説明をしている間も、フェルトくんは妙によそよそしかったけど……。

 久し振りに会ったというのに……。

 でも、フェルトくんはやっぱり強かったなと思う。

 私みたいにアーフィリルの力を借りなくても、凄く強かった。

「あ」

 そういえば……。

 そこでふと、私は眉をひそめて考え込んだ。改めて、先ほど起こったばかりのフェルト隊救出の戦闘を思い返してみる。

 あの時私は、とっさに遠距離攻撃で敵追撃部隊の機獣を仕留める事が出来た。結果、それで敵を追い払う事に成功したのだ。

 帝国軍の軍船に対しても、直接乗り込んだり大規模破壊を行うのではなく、遠距離からの狙撃で攻撃出来たら……。

「ねぇ、アーフィリル」

 私は、頭の上で丸くなっているアーフィリルに手を伸ばした。

「今の私の状態でも、ヒュベリオンの竜の咆哮みたいな攻撃って撃てないかな?」

 たとえ破壊出来なくても、船体に穴が開けられれば、きっと沈められる。もしくは、行動不能に追い込めると思うけれど……。

 ただし、突発的に出したあの白い弓では力不足だ。

 もっと何か方法があれば……。

『ふむ。収束熱線ならば発射は可能だと思う。威力調整すれば、セナの体にも配慮できよう。ただし」

 アーフィリルが私の頭の上で起き上がり、お座りするのがわかった。

『今のセナでは、魔素の収束に時間を掛ける必要がある。相応の出力を求めるならば、相応の準備が必要になるだろう』

「準備……」

 ぽつんっと呟いた私に、さらにアーフィリルが色々と説明してくれた。

 魔素転換効率とかエネルギー収束とか難しい話は良く分からなかったが、私の調子が悪い現在は、長めの呪文詠唱みたいな行程が必要らしい。

「……でも、それが終われば攻撃出来るんだ」

『うむ。しかし照射は、一射程度に留めるのが良いだろう』

「うん……」

 アーフィリルの重々しい言葉に、私は小さく頷いた。

「セナ。どうしたんだ、ぶつぶつと」

 オレットさんが心配そうに私を見下ろした。

 私は大きく息を吸い込んでオレットさんをキッと見上げてから、正面に向き直った。そして、意を決して大きくはいっと手を上げた。

 目立つように、少し背伸びもしてみる。

 周囲の視線が、一斉に私に集まった。

 私はやや怯みながらも、居並ぶ高級士官さんたちの前へ一歩進み出た。そしてきょろきょろと周囲を見回してから、口を開いた。

「あの、私から提案があります!」



 私が思い切って提案してみた遠距離からの攻撃。

 それを中心に、第2大隊の参謀の皆さんがあっという間にオルギスラ帝国軍殲滅作戦を立案してくれた。

 作戦は幾つかの段階に分けられる。

 まず最初に、第2大隊主力が敵正面に対して突撃を仕掛ける。これは、こちらの攻撃目標を悟らせない為と、私の攻撃地点を確保するための攻撃だ。

 私は敵船攻撃まで温存される事になるので、この突撃には参加出来ない。

 そのため突撃部隊は、恐らく敵が展開してくるであろう魔素攪乱幕の切れ間を見計らって攻撃する事になる。多分、厳しい戦いになってしまうと思う……。

 その次の段階として、竜騎士ラルツさまと紫鱗の竜ヒュベリオンが敵艦船に突撃する。

 その攻撃が成功すれば作戦はそこまでなのだが、ラルツさまが仰っていた様に、多分そうはならないと思う。

 ヒュベリオンの攻撃が通じない場合、ラルツさまが囮となって、敵の船の注意を騎士団や私から遠ざけて下さる。

 そしてここで、ようやく私の出番だ。

 直掩部隊と一緒にあらかじめ定めておく高地まで一気に進出する私は、そこで敵船攻撃への準備を進める事になる。

 私が敵船の撃沈に成功すれば、その勢いに乗って第2大隊は攻勢に転じ、帝国軍を殲滅するというのが、今回の作戦のあらましだった。

 竜騎士専用の天幕の中に設えられた大きなベッドに腰掛けた私は、膝の上に乗せたアーフィリルをぎゅっと抱き締め、そんな作戦の内容について考えていた。

 この作戦は、明日のお昼には決行される予定になっていた。

 きっとまた、激しい戦いになるだろう。そして、沢山の犠牲が出てしまうかもしれない。

 ……この戦いで、今度こそオルギスラ帝国軍を撃退出来るといいんだけれど。

 私は目を瞑り、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「それでは、皆。明日はよろしくな」

「「はっ!」」

 ベッドから少し離れた位置に設置された大きなテーブルを取り囲んでいた騎士たちが、ざっと一斉に立ち上がった。

 他の騎士さんたちの前に立つのは、オレットさんだ。

 そしてその他の騎士さんたちは、第2大隊の各部隊から抽出された女性騎士の方々だった。

 オレットさんとみなさんには、明日の作戦で私の直掩部隊になってもらう予定だった。

 オレットさん以外女性ばかりなのは、今回のオレット隊が私の身辺警護を兼ねるという事で、ディンドルフ大隊長が私に配慮して下さった結果なのだ。

 そのオレット隊には、一般兵士としてオーズさんの部隊も合流していた。

 これについては、マリアちゃんの陰謀なのだ。

 一応はオーズ隊に属するマリアちゃんは、私の知り合いであるオーズ隊が一緒にいた方がきっと私が安心出来るに違いないと、自分たちの実戦参加をオレットさんに直訴したのだ。

 オレットさんもその事をそのまま大隊司令部に進言してしまい、結果まんまとマリアちゃん含むオーズ隊が私の随伴兵となったのだ。

 マリアちゃんは、これで帝国軍と戦えると不敵な笑みを浮かべていた。

 オレットさんに、「セナが心配なんだよな」とからかわれ、直ぐに不機嫌そうに黙り込んでしまったけれど……。

 ……まぁ、知らないところで戦闘に参加されるよりも、私の目の届く所にいてくれた方が安心ではある。

 マリアちゃんには、あまり無理して欲しくなかったけど。

 まだ子供なんだし……。

 そのマリアちゃんは、ベッドの脇で私のパジャマの準備をしてくれていた。

 それくらい自分で出来ると言ってるのに……。

 何だかだんだんと、マリアちゃんがアメルの様になって来た様な気がしてしまう。

 私を抜きにして明日の作戦についての会議を終えたオレットさんと女性騎士の皆さんが、私の前に並んだ。

 作戦会議なら私も参加すると言ったのに、オレットさんが私は寝ておく様にと会議に参加させてくれなかったのだ。

 私はアーフィリルを抱いたまま、立ち上がる。むうっと睨むが、オレットさんは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

「それでは、我らオレット隊が、竜騎士セナをお守り致します」

 オレットさんがよそ行きの声で告げた。

「よろしくお願い致します」

 私は背筋を伸ばして声を上げた。

 オレットさんが強いのはもちろんだが、居並ぶ女性騎士の皆さんも手練れの剣士といった雰囲気を漂わせていた。

 すらりと背が高く力の籠った目をしているお姉さんたちは、まさにエーレスタの騎士といった感じだった。

 私も、こんな騎士さまになれたらなと思う。

 そんな憧れを込めた視線を向けていると、女性騎士の皆さんが、ふふっと柔らかく私に微笑み掛けてきた。  

 うっ。

 私、何か対応を間違えただろうか……。

 少し恥ずかしくなって、私はぎゅっとアーフィリルを抱き締めた。

『む。セナ。いささか苦しい』

 アーフィリルがもぞもぞと動く。

 オレットさんを残して騎士の皆さんが天幕を出て行くと、私はやっとほっと息を吐く事が出来た。

「セナ。人前に立つのには、今から慣れておいた方がいい」

 どかりと椅子に腰掛けながら、オレットさんが私を見た。

 私もぼすっとベッドに座り、そのままころりと横になった。

「……そんな事言ったって、皆さん1尉騎士ばかりじゃないですか。緊張しますよ」

 アーフィリルの羽毛に口を埋めながら、私はごにょごにょと抗議した。

「……この作戦が終わったら、1尉騎士どころではなくなると思うがな」

 オレットさんはニヤニヤしたままだ。

 そうだ。

 明日の作戦、必ず成功させなければ。

 なるべく被害を抑えて……。

 ……頑張らなければ。

 でも、私1人で頑張るだけではダメなのだ。

 みんなで力を合わせて、仲間を信じて戦う……。

 よし!

「ちょっと隊長さん。セナはもうおねむなんだから」

「お、そうか」

「子供はもう寝る時間よ」

 決意を新たにする私を余所に、オレットさんとマリアちゃんが賑やかに話をしていた。マリアちゃんも、もうすっかりオレットさんに馴染んだ様だ。

「お嬢。来客ですぜ」

 そこに、天幕の外から声が掛かった。警備についてくれているオーズさんだ。

「どうぞ」

 私が身を起こして返事をすると、天幕の中に静かに入って来たのは、鎧姿のままのフェルトくんだった。

 フェルトくんはマリアちゃんを見てからオレットさんを見て、顔をしかめた。

「あー、セナ・カーライル。ちょっと話があるんだ。いいか?」

 フェルトくんは仏頂面のまま、親指で外を指差した。

「何です?」

 私はアーフィリルをベッドの上に下ろすと、ふわりとスカートを揺らしながらとととっとフェルトくんに駆け寄った。

「ちょっと、セナ」

「うん、ちょっとお話ししてくるだけだから」

 注意しようとするマリアちゃんに手を上げてから、私はフェルトくんの後について天幕の外に出た。

 大きな月が輝いている明るい夜だった。

 フェルトくんの救援に出向いた時よりは随分と天高く昇ったお月様が、立ち並ぶ駐屯地の天幕群を青白い月光で照らし出していた。

 さっと爽やかな夜風が駆け抜ける。

 明るい夜なので、あちらこちらで警戒に立っている兵士さんや騎士さまたちの姿も良く見る事が出来た。

 私の天幕から少し離れた所に、オーズさんが立っているのも見えた。

 フェルトくんは、その中をずいずい進んでいく。

「フェルトくん?」

 放っておけばそのままどこまでも天幕から離れて行きそうなので、私はフェルトくんの背中に声を掛けた。

 はっとした様に立ち止まったフェルトくんは、振り返るとじっと私の顔を見て来た。

 ……何かな?

 私はフェルトくんを見上げて、少しだけ首を傾げた。

「……セナ。本当にお前が、あの人なのか?」

 フェルトくんが、真っすぐに私の目を見下ろして来る。

「あの人?」

 私は逆に首を傾げて、ぽつりと呟いた。

「……あの白い髪の長い、すらっとした人。俺を助けてくれた人だ。……あれが、その、セナなのか?」

 あの人とは、アーフィリルと融合した大人な私の事か。

「そうですけど」

 私はきょとんとして頷いた。

 私とアーフィリルの事については、既に説明してあったと思うけど……。

 フェルトくんが私の頭を見る。いや、身長を確認しているのか。そしてその視線が私の胸元を見て……。

 フェルトくんは、はあっと小さく溜め息を付いた。

 ……今、失礼な事を考えなかっただろうか。

 私は、むうっとフェルトくんを睨み上げた。

 納得出来ない様な顔をしていたフェルトくんだったが、短く目を瞑った後、キッと表情を引き締めて私を見た。

「セナ。俺は、お前について行く事にした」

 フェルトくんは、真っ直ぐに私の目を見つめながら、はっきりとした声でそう言い放った。

「明日の作戦だけじゃない。今後も、セナと一緒にいたいと思う。構わないか?」

 私は少しだけ驚いて、目を丸くした。

 でも、フェルトくんもオレットさんと一緒に私の護衛部隊に参加してくれるというなら、それは心強いと思う。

 フェルトくん、強いから。

 私はにっこりと微笑んだ。

「うん。こちらこそ、ありがたいです。よろしくお願いします」

 私は、ぺこりと頭を下げた。

 部隊移動の手続きなんかは、オレットさんにお願いすれば大丈夫だろう。マリアちゃんに、オーズ隊加入の手続きもさせられてたし。

「でもどうして急に……」

 私は胸の前で手を合わせながら、目だけでフェルトくんを見上げた。

 私の直掩隊に異動したのはオレットさんだけで、オレットさんの部下の方々は現隊のままだったはずだ。

 フェルトくんは私から視線を逸らし、少し顔をしかめた。

「セナ。1つ頼みがある」

 私の質問には答えずに、天幕群の方を見ながらフェルトくんは口を開いた。

「今度時間のある時、付き合ってくれ」

 え?

「その、あの人と手合わせしてみたいんだ」

 少し恥ずかしそうに横目で私を見るフェルトくん。

「……別にいいけど」

 何だか大人の私をまるで別人みたいに言うフェルトくんの態度には、少し引っかかったけど……。

 でも、フェルトくんの気持ちは少しわかる気がした。

 私がアルハイムさまの力を目の当たりにして竜騎士に憧れたみたいに、フェルトくんもアーフィリルと合体した大人の私の力を目の当たりにして、何か感じるものがあったのだろう。

 エーレスタのお城で稽古を付けて貰っていた時も、フェルトくんはもっと強くなりたいと言っていたし……。

 私もまたフェルトくんに剣技を学べるならば、稽古に付き合うのに文句なんてない。

「じゃあ、まずは明日の作戦、頑張ろうね」

 私はむんっと両手を握り締めてフェルトくんを見上げた。

「ああ。まぁ、お前の護衛は俺に任せておけ」

 ふっと笑って、フェルトくんが頷いた。

 フェルトくんは私に手を挙げると、そのままマントを翻して踵を返し、さっと天幕群の方へと歩き出した。

 私もその背中を見送ってから、自分の天幕に足を向けた。

 今日のところは早く眠って、出来る限り体調を整えておかなければならない。

 アーフィリル曰わく、アーフィリルの体をぎゅっと抱き締めて寝れば、体の魔素調整機能の復活を早める効果があるらしい。

 今夜はアーフィリルを離さない様にしようと思う。

 ……体調が戻れば、敵船を素早く沈める事が出来るだろうし、その分味方の援護に向かう事も出来だろう。

 よしっと小さく頷いて顔を上げた私は、しかしそこでビクッと身を震わせた。

「おっ、戦闘馬鹿に春が来たのかな」

「何よそれ。それに、何なのよ、あの失礼な男」

「いやぁ、青春ですな」

『うむ』

 私の天幕の入り口に、いつの間にかオレットさんとマリアちゃん、それにオーズさんとアーフィリルまでもが集まっていた。

 みんな何か言い合いながら、じっとこちらを見つめていた。

「どうしたの?」

 私はヒラヒラとスカートを揺らしながら、みんなの元へと駆け寄った。



 夏の眩い太陽が、天高く輝いていた。

 雲1つない青空の下、エーレスタ騎士団第2大隊とオルギスラ帝国軍が再び正面から激突した。

 双方万を超える大軍が、セレナ内海沿岸の平地を埋め尽くしていた。

 作戦開始と同時に、大気を震わせる様な砲声が絶え間なく響き渡っていた。その合間に銃声が響き、それに負けじとエーレスタの騎士たちの気合いの声と地響きの様な馬蹄の音が轟いていた。

 砲弾が大地をえぐる。

 騎兵隊が、魔素攪乱幕の外に出た銃歩兵の隊を踏み潰した。

 作戦開始と同時に、戦域のあちらこちらで激しい戦闘が展開されている。

 セレナ内海の潮の匂いに混じって、物の焼ける臭いや血の臭いまでもが、私たちが待機している場所まで漂って来ている様な気がした。

 私たちの目の前で、オルギスラ帝国軍殲滅作戦の第一段階が展開されている。第2大隊の主力が、巧みに魔素攪乱幕をくぐり抜けながら、帝国軍部隊を強襲しているのだ。

 私は馬に乗り、同じく騎乗したオレットさんたち私の直掩部隊のみなさんと一緒に、戦域南側の森の中でじっと待機していた。

 まばらな木立の向こうに、激突する両軍を見て取る事が出来た。

 そしてその戦場の向こう。

 キラキラと輝く海の上に浮かんでいる巨大な黒い塊が、オルギスラ帝国軍の船だ。

 メルズポートに並ぶ帆船とは違い、船体の殆どを黒い装甲で覆い、刺々しい衝角や砲台を生やしたその船は、見る者に威圧感を与える形をしていた。

 私はぎゅっと馬の手綱を握り締め、その船を睨み付けた。

 あれを沈める事が出来れば、私たちの勝利がぐっと近くなる筈だ。

 そしてその敵軍船への攻撃を担うのが、私なのだ。

 責任重大……。

 身を固くする私の前で、戦闘状況は刻一刻と変化し始めていた。

 帝国軍の一部が、後退する第2大隊に引きずられる様に内陸部に向かって移動を始めた。

 味方が敵の誘導に成功しているのだ。

 さすがは、第2大隊司令官のディンドルフ大隊長が直接指揮を執っている部隊だ。

 そんな中、帝国軍が対空砲火を放ち始めた。

 蒼天に竜の姿が現れる。

 ヒュベリオンを駆るラルツさまが、敵軍船に向かって攻撃を始めたのだ。

 不意に、目の前の戦場から響くどの音よりも重く大きな砲声が轟いた。同時に、軍船に向かうヒュベリオンの近くで、より大きな爆発が広がった。

 黒の軍船が、大砲をはなったのだ。やはりあの船は、強力な武装を保有している様だ。

 ヒュベリオンが、艦隊を組む敵船に向かって竜の咆哮を放った。

 強い夏の日差しの中にあってもさらに眩い閃光が、黒の艦隊へと吸い込まれていく。

 しかしその光は、だんだんとその輝きを弱らせ、敵を貫く前にふっと消えてしまった。

 予想通り魔素攪乱幕が展開されているのだ。

 ……くっ。

 私は、ぎゅむっと唇を噛み締めた。

 今すぐ私も突撃して、みんなと一緒に戦いたい。私が、突破口を開ければ……!

 私は片時も目を離さず、ただじっと目の前の戦場を見つめ続けた。

「セナ……」

 私の右後ろに立つマリアちゃんが、ぽつりと呟くのが聞こえた。

 戦技スキルを封じられ、それでも銃弾をかいくぐり、果敢に戦うエーレスタ騎士団のみんな。

 巨大な軍船を相手に戦うラルツさまとヒュベリオン。

 みんな、懸命に戦っている。

 エーレスタとサン・ラブール条約同盟に攻め込んで来た帝国軍を、押し返す為に……!

 私の太ももの間に丸まっていたアーフィリルが、不意にひょっこりと頭を上げた。

 その瞬間、目の前の戦場から、間隔を空けて2本の火矢が打ち上げられるのが見えた。

 ……合図だ。

「総員、準備しろ」

 前に進み出たオレットさんが、馬首を返してみんなを見回した。

「合図が出た。これより作戦は、第3段階に移行する。我々はこのまま戦域に突入。竜騎士セナの攻撃地点を確保する。周囲の敵には目をくれるな。一気に目標地点を制圧しろ」

「「了解!」」

 オレットさんの指示に、みんなが声を上げて答えた。

 私も大きく息を吸い込んで、力を込めてコクリと頷いた。

 オレットさんが、すらりと剣を抜き放つ。

 私は、後ろのマリアちゃんを見て頷き掛ける。そして、私の左前方にいるフェルトくんとも視線を合わせた。

「行くぞ。アーフィリル隊、突貫!」

 そして、オレットさんがさっと剣を振り下ろした。

 行く!

 そして私たちは、戦場を目指して一斉に駆け出した。

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