序幕
剣と竜の戦記ものを目指していきたいと思います。
よろしければお付き合い下さい!
我は、果て無きこの世界を眺める。
それが、この場に座する我が唯一好み、求めるもの。
我の座が築かれたとある山の腹からは、緑が萌える雄大な大地を見渡す事が出来た。陽光を浴びて輝く大河も残雪を抱く峻険な峰々も、そして条件が良ければ、遥かに広がる海原を望む事が出来た。
夜は満天の星らに照らされた大地を、季節が移り変われば雪に塗り潰された純白の世界を、そして懸命に生きる生命に溢れたこの星の有り様を、我は眺め、そして愛でる。
それが、何万公転周期を生きてきた我のただ一つの楽しみだった。
命溢れる世界。
命躍動する世界。
悠久の時を生きる我だったが、この世界を見つめる限り、飽くという事はなかった。
そう。
我は長い時間を生きてきた。
我の体躯は最早、自然と一体となりつつあった。翼や首は多くの小鳥たちが羽を休める枝と化し、脚や腹、尾の隙間は、小動物達が身を隠す絶好の洞となっていた。
その長い時を掛けて、我は使命を果たしてきた。
天空より飛来する魔素を受け止め、少しずつ大地に馴染ませる。そして生命を生み出す大地の力の根元たる魔素の流れを調整し、世界を育むという我が使命を。
そして、この大地は豊かになった。
かつての荒廃した悲惨な有り様から、命育む母なる大地は見事に復活を果たしたのだ。
我の使命も、既に達成されたといっても過言ではないだろうと思う。
後は、愛する大地を愛でながら朽ちていく。
我にも、やがてはそんな最期がやってくるだろう。
ここ最近は、そんな事についてもぼんやりと考える様になっていた。
しかしその様な感傷とは別に、やはり我は、多様性に富むこの豊かな大地をもっともっと良く見ていたいとも望んでいる事に気が付いた。
動物も植物も、大も小も関係なく、今この時を懸命に生きるもの達の在り様は、悠久の時を生きて来た我にとっても未だに興味深いものなのだ。
そしてその中でも、特に我が意を引くのは、人間たちだった。
長い長い年月を経て、人間達は再びこの大陸の隅々にまで勢力を伸ばすまでに再興を遂げていた。
多くの町村や巨大な城が作られた。人の数は増え、大きな戦が度々起こり、いくつもの国が興り滅び、また興った。しかし確実に、人間たちはその版図を拡大していた。
この場から動かずとも、我はそんな人間たちの営みを知る事が出来た。世界を司る魔素が教えてくれるのだ。
人間の文明は、日々進化を遂げている。
魔素を操る魔術の文明や、魔素を動力とする機械の文明。
飽くなき発展への希求を絶やさぬ人間たちの生は、いずれも峻烈で眩しいものだ。
泡の様に短いその生を、彼らは懸命に謳歌しようと努力を重ねる。
時に大きな戦乱を生み出す人間たちは、同輩の血で大地汚す事もある。それは愚かしい行為ではあるが、それをも糧として懸命に生きる彼らを、我は見守りたいと思っていた。
人間は、興味深い存在だ。
大地の魔素を通してではなく、より密着し、彼らの目線で彼らの世界を眺めたい。
そんな望みが、我の胸の奥に微かにくすぶり続けていた。
そして、ある初夏の夜。
そんな思いを抱いている我の領域に、とうとう人間たちの集団が足を踏み入れて来たのだ。
ついに来たかと我は思う。
人間とは、強い力を得れば、さらにより強い力を求める存在だ。
つまり、彼らの力はとうとう我の力をも求める段階となった、という事なのだろう。
かつて原始の人間たちは、自然の使者、神の御使いとして我を崇めた。そして、我の神殿として、この座を作った。
しかし今、我に迫る人間たちにあるのは、その様な畏敬の念ではない筈だ。
彼らが抱くもの。
恐らくそれは、強い欲望。
彼らは今、貪欲に求めているのだ。
我の存在を。
即ち、我が竜の力を。
古代人によって編まれた結界が容易く破られる。
気配から察するに、我の座たる領域に足を踏み入れたのは100人程の人間たちだった。
彼らの気配は、真っ直ぐにこちらへと迫って来る。直ぐに我が寝所にも辿り着くことだろう。
我の座は、寝所といっても何か館屋があるわけではない。
古木がそびえる森林の合間。背後に崖が迫る僅かに平らになった山腹に、かつて我を祀った祭壇と我を囲む石造りの舞台が設えてあるだけだ。
我はこの舞台の中央にじっと座し、迫り来る人間たちを待ち構えていた。
やがて、一様に黒い鎧と兜に身を包み、長柄の武器を手にした男たちが、夜闇の中より現れた。
ガチャガチャと金属鎧を鳴らし、男たちは遠巻きに我を取り囲む。
松明が掲げられる。
十重二十重に我の周りを照らす男たちの明かり。
炎は、闇を駆逐する人間たちの力の象徴だ。
周囲には、むっとする様な油の燃える臭いが立ち込める。
久し振りに嗅ぐ炎の香に、我はすっと目を細めた。
我はいつも通りの姿勢のまま動かない。背を伸ばし、首を持ち上げ、座った姿勢のままただ人間たちをじっと見下ろしている。
夜を遠ざける人工の光の中に、刃が煌めいた。
我を囲む者達は、手にした武器を我に向け、じりじりと包囲網を狭めて来た。
黒の兵士たちは、槍や斧槍だけでなく、原始的な銃をも装備していた。
……いくら年月が経とうとも、いくら異なる文明が起ころうとも、人が人を殺める為に生み出す武器という物はやはり同じ様な形を成す様だ。
「祖竜種! やはりいたな!」
一際派手な兜飾りを付けた男が一歩進み出てくると、興奮を抑えられないという様に声を上げた。
人の言葉……。
随分と久し振りに耳にしたが、理解するに問題は無い様だ。
「やったぞ! 情報通りだ!」
「隊長殿。これは……」
別の男が呆然とした声を上げながら、隊長殿の隣に並んだ。
「羽竜だな! 今では殆ど見かけん希少な竜種だ。間違いなく祖竜の類だろう!」
羽竜。
ふむ、確かにその通りだ。
我の体躯は、頭から翼、尻尾の先まで長い純白の羽毛で覆われている。野に生きる鱗の竜とは些か趣の違う姿であろう。
「う、動かない様ですが……」
「好都合だな。ラステンの古竜は休眠していたというし、こいつもそうなのだろう」
「し、しかし、こちらを見ている様ですが……」
「動かないなら、起きて様が寝て様が構うものか! よし! 今のうちに捕獲するぞ!」
この集団の長であろう兜飾りの隊長殿が、ギラギラした目で我を見上げた。丁寧に整えられた髭の生えた口元がニヤニヤと締まりなく歪んでいる。
「この竜を本国に持ち帰れば、俺の地位も安泰だ。2階級特進か……いや、師団長クラスは軽いか? くくくっ、いずれにしても出世は間違いなしだ!」
漏れ出る男の独り言は、確かに我にも聞こえていた。
……ふむ。
我欲の為に他を犠牲にする。
それは、実に人間らしい思考だ。
時代が移ろうとも、人間のその様な所は少しも変わらない様だ。
我は、しかしそれを不快に思っている訳ではない。浅ましくは思うが、だからこそ人間は面白いのだから。
もうしばらく、久方振りに接したこの人間たちの思惑に乗ってみるのも面白いかもしれない。直に触れる人間たちの感情は、欲望にせよ恐怖にせよ、やはり心地よく、おもしろいものだ。
……やはりこうして直に接してみなければ、わからぬものもある。
人間の集団を見下ろしながら、我は密かにそう笑った。
「機獣隊、前へ!」
静謐が取り柄の我の寝所に、威勢の良い人間の号令が響き渡る。同時に、重々しい金属の音と何かが回転する低い音、蒸気が吹き出すような様々な音が響き始めた。
機械の音である。
重々しい足音が低く大地を揺らす。
暗闇の中から松明の明かりの下へ進み出て来たのは、金属で出来た四足歩行の塊だった。
大きさは馬よりも一回り程巨大だ。我よりは小さいが、周囲の人間よりは遥かに大きい。太い四肢は短く全体的にずんぐりとした体躯をしており、首もとからは、剣の様なたてがみが前方へ突き出ていた。
その背には、半ばその鋼鉄の体躯に埋もれる様に人が乗っているのが見えた。
まさに機械の牡牛だ。
これには我も感心してしまう。
現代の人間たちは、既にこの様なものまで作り出す段階に達していたとは……。
どうやら動力は魔素の様だが……。
シュッと白い煙を吐き出し、4体の機械の獣が鈍重な動きで我を取り囲んだ。
ふむ。
はてさて、血気盛んな人間ども。何を企んでいる事やら……。
やはり人間は興味深い存在だ。この愛する世界の中でも注目に値する。
我は、は密かに胸が躍るのを感じていた。
「拘束具展開! 祖竜の魔素を抑えよ! さぁ、やれ! さっさとしろ!」
隊長が甲高い声で命令を発した。
すると、我を取り囲んだ機械の獣から鋭い射出音が鳴り響く。
撃ち出されたのは、鎖に繋がれた金属の棒だった。
その先端がぐわっと2つに別れたかと思うと、我の足や腕、胴へと掴み掛かって来た。
鋭い痛みが走る。
金属の腕の先には無数の鋭い棘が生えていた。それが、我の体に突き刺さったのだ。
我は、あっという間に機械の牡牛から伸びた鎖に捕らわれてしまった。
流れ出た鮮血が、我の純白の羽毛を赤く染める。
この程度の痛みは大したものではない。意識して魔素を流せば、瞬時に治癒する事は可能だ。同時にこの鎖を介して魔素を流せば、機械の牡牛を吹き飛ばす事も可能だろう。
……しかし。
ふっ。
良い。
実に面白い。
久方振りに感じる痛みという感覚に、我は心が沸き立つのを感じていた。
はてさて……。
ここは傷付けられた獣の様に怒り狂い、この黒衣の兵どもに竜の何たるかを示すのも一興かもしれないが。
「魔素抑制開始!」
「抑制開始!」
隊長殿の命令により機械の獣が低く姿勢を落とした。そして、何かしらの装置を作動させたのか、低い唸りを上げ始めた。
機械の獣から白い煙が吹き出し、我を繋ぐ鎖から魔素が流れて来るのがわかる。
自然に存在するものと違う違和感のある魔素だった。
その淡い魔素が我を包み込む。
それは、些か不快な感覚だった。どうやら我の体に流れる魔素を阻害し、動きを封じようとしている様だ。
「やったぞ! これで俺も師団長だ! さぁ、さっさと帝都に凱旋だ!」
隊長殿が歓喜の声を上げる。
身じろぎ1つすれば破れる児戯に等しき阻害だが、我は僅かに首を傾げる。
この魔素を操る力は……。
「何者かっ!」
「貴様っ!」
その時不意に、我の背後から鋭い声が響いた。
我は僅かに首を動かし、背後へと視線を送る。
「ひっ、う、動いた……!」
「うぐ、う、狼狽えるな!」
隊長殿が上擦った声を上げる。
我の寝所の背後は、草木の張り付いた小高い岩壁となっていた。
その上に、数人の気配を感じる。
我を取り囲む兵士の一部だと思っていたが、なにやらあちらはあちらで争っている様だ。
我と周囲の兵士たちが注目する中、背後の崖の上から金属と金属がぶつかり合う音が聞こえて来た。
剣戟の音だ。
そして怒声と気合いの声も僅かに聞こえて来る。
「……あっ」
その中に、か細い悲鳴が混じった瞬間。ヒュンっと何かが空を切る音が聞こえた。
暗い森から何かが飛び出して来る。
松明の光を反射して煌めくそれは、剣だった。
くるくると宙を舞った剣が、軽い音を立てて我のすぐ傍らに突き刺さった。
「あ、れ……?」
続いて小さな呟きと共に茂みを突っ切り、岩壁の上から宙に飛び出したのは、白銀の鎧と暗色のマントを羽織った人間だった。
ふわりと茶色の髪が広がる。
崖から我に背に向けて落下してくるその人間は、女だった。
「うわあああっ!」
およそ無骨な鎧など似合わない細く華奢な体つきのその女は、木々の枝にぶつかりながら呻きとも悲鳴ともつかない声を上げ、我の上に落下して来た。
「落ちたぞ!」
「隊長! エーレスタの騎士です!」
崖の上から数名の黒い鎧の男たちが姿を現した。我を取り囲む輩と同じ軍装だ。恐らく奴らが、戦闘の末彼女を崖から突き落としたのだろう。
「わわわわっ!」
鎧の女、エーレスタの騎士とやらは、甲高い悲鳴を上げながら我の背中に落着した。
「わふっ」
純白の羽毛に包まれた我の背で一度弾んだその女騎士は、そのまま転がる様に我の傍らに落ちた。
ふむ……。
「エーレスタに感づかれたかっ!」
髭の黒鎧の隊長殿が、忌々しげに吐き捨てた。顔を歪ませながら、さっと手を振り部下に合図を送る。
すぐさま槍を手にした黒鎧達が、我の傍らに倒れた女騎士を取り囲んだ。
「くっ……」
短い呻きを上げて女騎士が身を起こした。
黒い兵士に取り囲まれ、松明の灯りに照らし出されたその女騎士は、まだ子供といえる様な年齢に見えた。人間の年齢を読み取るのは得意ではないが、体付きも周囲の兵たちより遥かに小さい。
明るい茶色の髪は、黒いリボンでまとめられていた。まるでぴょっこりと吐き出した馬の尾の様な髪型だった。ほっそりとした輪郭に、その頬は上気し赤く染まっている。薄紅色の唇はぎゅっと引き結ばれ、大きな瞳が真っ直ぐに黒の兵士たちを睨み付けていた。
くりくりとしたその瞳が、やや赤み掛かって見えるのは松明の炎のせいだろうか。
「オルギスラ帝国め! 私たちの、エーレスタ騎士公国の領土に土足で踏み込んだ報い、必ず受ける事になるぞ!」
少女騎士の凛とした声が響き渡った。
精一杯声を低くして凄みを利かせようとしているが、あまり効果がない事は失笑する周りの兵士達の反応からして明らかだった。
どうやらこの少女騎士は、我を拘束しようとしている黒の兵士たちとは敵対関係にある様だ。
少女はちらりと少し離れた場所に突き刺さった剣を一瞥した。
あれは、彼女の武器だったのか。
その様な細腕で、果たしてあの様な長剣を扱えるのだろうかと我は疑問を抱く。
少女騎士は、しかし剣へは動かず、太ももに括りつけたナイフを引き抜いた。剣は諦めた様だ。
「おうおう、勇ましい事だ」
何事か部下から報告を受けた髭の隊長が、にやりと口元を歪めた。
先ほどは焦っていた様に見えた隊長殿だが、今は余裕の笑みを浮かべていた。周囲に少女騎士の仲間がいないことでも確認したのだろうか。
確かに我の座の周囲には、ここに集結している人間以外の気配はない。
隊長殿は、尊大な態度で見下す様に少女騎士に笑い掛けた。
「ふんっ。お前こそさっさと投降しろ。抵抗しなければ命は助けてやるぞ。命だけは、な」
隊長の台詞と共に、周囲の兵士たちの間に下卑た笑いが広がった。
少女騎士は気丈にも黒の兵団をキッと睨み続けるが、その顔はいささか青ざめている様だった。
少女1人に対して敵は100人近くの屈強な兵士。
彼女がどの様な強者であっても、無事に切り抜けられる状況ではないだろう。
じりじりと迫る黒の兵士たち。
ナイフを構えた少女騎士も、それに合わせて後退する。
一斉に襲い掛かれば、この様な小柄な少女騎士など瞬く間に無力化出来るだろうに、この兵共はなぶっているのか。
少女騎士はナイフを構えて後退りながら、ちらりと背後に佇む我の方を見た。
「やはり竜……」
小さく呟く少女。
「綺麗な羽……」
少女は血の気のない白い顔に、一瞬微かな笑みを浮かべた。
この状況で笑う余裕があるとは、なかなか豪胆な娘の様だ。
しかし我を見る少女騎士の顔が、次の瞬間凍り付いた様に固まった。
その視線は、我を捕らえたつもりになっているあの機械の獣の拘束具に注がれていた。
眉をひそめ渋面を作った少女は、その拘束具の先の機械の獣を睨み、そしてまた我を見上げた。
彼女の顔は、みるみる間に怒気に染まっていく。松明の灯りに照らし出されていた蒼白な顔にはさっと朱が刺し、その瞳には剣呑な輝きが灯った。
「何て事を……!」
怒気を孕んだ少女の声が響く。
「こんな綺麗な竜に、何て酷い事を!」
少女はキッと黒の兵達を睨み、叫んだ。
「我らが戦利品だ」
黒の兵の隊長殿が、ニヤニヤ笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「わざわざこんな田舎に来たんだ。土産はいただいていくよ、お嬢さん」
挑発的な隊長殿の言葉に、少女騎士の殺気がさらに膨らむのがわかった。先ほどまでこの絶望的な状況に対していささか諦めの気配をまとっていた彼女の雰囲気が、いつの間にかがらりと変わっていた。
「……大丈夫」
ナイフを大きく前方に突き出し、少女騎士がぽつりと呟いた。
「……こんな酷い事をしてごめんね。でも、あなたはきっと私が守る。守ってみせるから」
我は最初、その少女の言葉が誰へ向けたものなのかわからなかった。
「今度は、私が竜を……」
小さく呟き、こちらを一瞥する少女。
その少女騎士と目が合った瞬間。
我は、彼女が我に向かって言葉を投げ掛けているのだという事を理解した。
「……いえ。もう私じゃ無理かもしれない。でも、エーレスタには竜騎士がいる。きっとみんなが、最強の騎士たちが、あなたを守ってくれるから」
そう言うと、悲痛な表情で唇を噛み締める少女。
我を守る……?
我は一瞬、呆気に取られてしまう。
悠久の時を生きたこの我が、目の前のこの小さな少女を理解できずにいる。
この小さな体の女騎士は、自身が絶体絶命なこの状況においても我の心配をしているというのか。
……なるほど。
なるほど、なるほど。
やはり、こうなのだ。
こうだからこそ、我は人間を愛するのだ。
我は静かに、しかし大きくゆっくりと息を吐き出した。
我欲のために他者を蹂躙し、破壊するのが人間の性だ。
しかし、それだけではない。
自らを省みず、他者の為に己が命を掛けられるのも、また人間なのだ。
我が生きて来た過去の世界も、人間によってもたらされた破壊もあれば、人間によってもたらされた救いもある。世界がここまで豊かになったのも、ここまで復活を果たせたのも、人間の力に寄るところもあるのだ。
きっとこの少女騎士の様な強い心の力を持つ者が、世界を救って来た。
今までも。
そして、これからも。
……だから、人間は面白い。
人間たちの世界を見るのならば、黒の兵や隊長殿たちの側よりも、この少女騎士と共にあった方が心地よいだろう。
我は、毅然と敵と対峙する彼女のあり方を好ましく感じていた。
……動くなら今、か。
この出会いを逃せば、次にこの少女騎士の様な人物に出会えるのはいつになるかわからない。
ならば、今がその時だ。
「もういい。捕らえよ。抵抗するなら殺せ」
「くっ……!」
黒の隊長殿がぞんざいに手を振り、少女騎士が微かに呻いた。
その瞬間、我はそっと全身に魔素の力を込めて機械の獣の拘束を吹き飛ばした。拘束具が作った傷も瞬時に治癒させる。
我の肉に食い込んでいた拘束具が、乾いた音を立てて弾け飛んだ。
「うわぁ!」
さらに我の魔素が逆流したのか、機械の牡牛からぼんっと煙が吹き上がり、その操縦士が悲鳴を上げた。
「何だ、何が起こったっ!」
隊長殿がヒステリックな声を上げる。俄かに黒の兵団がざわつき始めた。
突然の事に、少女騎士も少し混乱している様だった。
我はおもむろに前足を上げ、彼女の頭の上にそっと乗せた。もちろん、潰してしまわない様に細心の注意を払いながら。
「わふっ! な、何?」
我は前足で優しく少女の頭をポンポンしながら、魔素を使って静かに語り掛ける。
『そこな少女の騎士よ』
「えっ……」
少女は我の前足の羽毛の下で、驚いた様に周囲を見渡した。
周囲の黒の兵たちは、もはや小柄な少女騎士などどうでも良い様だった。大急ぎで隊列を組み直し、武器を掲げて戦闘態勢を取り始めていた。もちろんその対象は、我だ。
我の声は、彼の者たちには聞こえない。直接少女騎士の頭の中に語り掛けているのだから。
『勇敢な少女よ。我が力を貸そう。汝が望む事は何か』
少女が顔を上げ、我を見た。
「……もしかしてあなた、ですか?」
大きな目を丸くして驚く少女と我の視線が絡まる。
澄んだ良い目だ。
我はそっと頷いた。
『汝が望む事のために、我が力を貸そう。その対価として、汝に我が望みを叶えてもらいたい』
「私が……?」
『返答はいかがか、少女の騎士よ』
とある初夏の夜。
これが、古の竜たる我と少女騎士セナ・カーライルの出会いだった。
我とセナの世界を巡る長い旅路は、この時、この場より始まったのだ。