中編
【27-3】後
––力が欲しい。何でも出来る力。彼女を抱えて逃げることの出来る身体。魔法みたいな能力––。
見渡すと、そこは周りを岩に囲まれた、洞窟の中のような部屋だった。今までが何だったんだというくらい、視界がクリアだ。視覚だけじゃない、聴覚も嗅覚も触覚も、今までとは段違いだ。
後ろには小柄な女性と、目の前に部屋の扉の前に立つ男がいた。二人ともびっくりした表情を浮かべてこちらを見ている。
「アドル…」
彼女だ。
女性を見た途端、分かった。懐かしいような、甘えたくなるような、そんな不思議な感情。そんな思いに気を取られていたからか、彼女が呟いた言葉は聞き逃した。
「だ、誰だてめぇ!どこから現れやがった!」
聞き覚えのある、野太い下品な声。
こいつが彼女を苦しめたのか。彼女はひどい姿だった。髪はボサボサ、着ているものは所々破け、頬に殴られたような痕と、身体に擦過傷が何箇所もついている。痛ましい。そんな状態なのに、お腹を大事そうに抱えていた。
「…許さない」
ぽつりと声が漏れた。若い男の声だ。
相手は大男だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ怒りを感じる。
今の自分なら、何でも出来る。
自分の身体を見下ろす。シャツにズボンといったシンプルな装いだが、すらりとした体躯は、中は細いが引き締まっているだろう。身の丈も彼女よりはあるだろう。この身が若干透けていようと、彼女を抱えることが出来るなら何の問題もない。
「てめぇ!無視すんじゃねぇ!」
男に背中を向けていたからか、男が自分に向かって腕を振り上げ襲いかかってきた。
「危ない!」
彼女が悲痛な顔で叫ぶ。
ああ、大丈夫だよ。だから、そんな顔しないで。
不可視の壁が男を阻む。
「ぎゃあ!」
振り下ろした右の手首が、変な方向に折れ曲がっている。
不思議な力を手に入れたからね。大丈夫なんだよ。
安心させるように、彼女に向かって微笑んだ。彼女はハッとしたような顔をした、ような気がする。
手をかざし、殴られた頬と体中の擦過傷に治れ、と念じると一瞬で綺麗になった。ただ服だけは破れたままだ。どこかから羽織る物を調達しないといけないだろう。
今までとは違い、不思議なほど自分の思い通りにできる。まあ夢だしな。
でも、せっかく夢は夢らしく好きなことが出来たというのに、彼女が夢の住人なのが残念だった。
いけないいけない。まずは彼女を安全な場所に連れて行かないと。
彼女を抱え上げ、男が入って来た扉から出ていく。男が制止の怒鳴り声をあげるが、無視して出口を探る。するとここは地下で、ちょうど真上が建物になっていて、外へ出る扉がすぐ近くにあることがわかった。
なんともチートな。まあ夢だしな。
大して疑問にも思わず、さらりと夢だからと流し、左に見えた階段が騒がしくなってきたため、上を見た。右腕ひとつで彼女を抱え直し、左の掌に力を貯める。これからやろうと思っていることが可能なのだとわかる。なぜかはわからないが、まあ夢(ry)。
不思議な力がある程度貯まったのを見て、天井に放つ。ドゴォン、と音を立てて天井に穴が開いた。大小の石が降り注ぐが、不可視の盾を展開しているので問題ない。
トン、と地面を蹴り、上に飛び上がった。羽が生えたように身が軽いが、まあ(ry)。
見渡すと、結構大きな建物らしく、玄関ホールらしいこの場所もかなりの広さだ。大金持ちの屋敷かなんかだろうか?急がなくてはならないのはわかっているが、目的のものを探しに廊下を進み、適当なドアを開く。
部屋の中にあるあまりにも質素な家具に、ここは使用人の休憩室かと思うが、目当てのものを見つけ、手早く腕の中の彼女に掛けてやった。
部屋から出たところで中世的な兵士といった格好の男達が数人駆けてきたが、軽くいなして堂々と玄関から出てやった。
さてこれからどうするか。屋敷の近くに森があり、ひとまずそこで彼女を下した。
「あの…、あなたわたしの…」
彼女に話しかけられたところで、数人の人の気配が向かってくるのに気付いた。さっと彼女を庇う位置に立つ。
現れた男たちは、これまた中世の騎士かと思われる格好をしていた。その中で一番風格のある騎士が、一瞬自分の顔を見て驚いた顔をしたが、胸に手を当ててかしこまった。
「お迎えに参りました」