第6話 彼方より来る
簡単に自己紹介しよう。
ベアトリーチェを除いて、僕を入れた総勢五人が円卓を囲む中で。そんな声が上がった。誰もが驚いたように互いの顔色を伺うこんな状況の中では、妥当な判断だっただろう。
「床屋三色です。ベッドでゴロゴロ寛いでたら、ここにいました」
口火を切ったのは、僕の幼馴染み、ミイロだった。くりっとした二重瞼が、今は不安げに震えているのが見てとれた。時折不安げにこちらをチラチラ見てくるのが、ミイロの不安定な心情を如実に現しているようだった。
「……揚巻大周だ。一応、フリーライターをしている。一仕事終えて家に着いたと思ったら、ここにいた」
次に名乗り出たのは、中年位の長身痩躯の男だった。
こけた頬と、ぼさぼさ頭によれよれのトレンチコートという姿。探偵小説にいそう。が、素直な第一印象だった。
特に……目。切れ長なそれは、鋭い光を帯びたまま、油断なく僕らを観察している。あからさまな警戒心が滲み出ていた。
「えっと……、囲碁石石無よ。雑貨屋さんやってる。シャワー浴びて、着替えて、お酒飲むかー。って思って冷蔵庫開けて、今に至る。……正直ワケわかんなくて今も混乱中」
続けて口を開いたのは、猫っぽい顔つきの大人の女性だった。多分二十代前半か、行っても半ばだろう。
お風呂上がりなのか、肌が少しだけ上気している。服装はTシャツにホットパンツという、ラフなもの。だが、モデル顔負けなスタイルのせいで、バカにかっこよく見えてしまう。
しかし、囲碁石。はて、何処かで聞いたような聞いてないような。なんだっけ。
「虚構論 鳴。ニートなう。ネットサーフィンしてたら、何故かここに座っている件。何を言ってるのか分からない? あたしも分からないお」
最後は、何だか気だるそうな雰囲気の、小柄な少女だった。長い黒髪にぱっつんと切り揃えた前髪。そして、ギラギラ光る瞳が印象的だ。見た目は中学生にしか見えないのだが、ニートと言っていた辺り、もしかしたら僕より年上なのかもしれない。
……ロリ成人って本当に実在したんだなぁ、何て思っていたら、四人分の視線がこちらに向けられている。
あ、そうか。次は僕か。
「非常口カケルです。高校生。部屋でのんびりしてたら、ここに」
一瞬ブラックボックスもといベアトリーチェについて話そうと思ったけど、それは止めておいた。
下手したら僕が皆を拉致したと言われかねないからだ。
ともかく自己紹介は終わったが……はて、どうしたものか。
そんな事を考えていたその時だ。
「貴女で最後よ」と、セキナさんがベアトリーチェに話しかけた。
……あ、そうか。流れ的にそうなるよね。
僕を含めたその場の全員が、ベアトリーチェ。もとい、リーチェに視線を向ける。するとリーチェは、楽しげに微笑みつつも、優雅に一礼し。
「私はベアトリーチェです。どうぞリーチェとお呼びください。黒き箱の一人と言えば……伝わるでしょうか~?」
いきなり爆弾を落とした。
「えっ?」と、誰かが声をあげる。
その時僕は、その場にいた全員の表情が、目に見えて様変わりしたのを確かに目撃した。
好奇。猜疑。困惑。焦燥。驚愕。そして……欲望。
ありとあらゆる感情が、冷蔵庫みたいな世界で交錯したのを、僕は勿論、ここにいる全員が感じていた。
共通する認識はただ一つ。
ここにいる人間は間違いなく、〝同じ〟
すなわち、ブラックボックスの所有者。あるいは、何らかの関わりを持っているであろうこと。
それだけは、疑いようがなかった。