表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の兵士達  作者: 0
5/5

05

長かった…。

 ぼく達楽園の兵士達パラダイス・ソルジャーズは死神事件前の世界でいう特殊部隊の分類に入る。ここで説明しておきたいのだけれど、楽園の兵士達以外にも軍隊は存在する。「防人部隊サキモリ・ユニット」と呼ばれる部隊で、健常者だけで組織された正規軍といった感じだ。この社会では、防人部隊がメインの軍隊、警察組織として活動している。正確に言うと軍隊組織も警察組織も、防人部隊の下部組織で、防人部隊は一部のエリート達だ。そのエリートが両組織を統べているので、まとめて防人部隊と勘違いされることが多いらしく、本当の防人部隊は腹を立てていたそうだ。

 楽園の兵士達は防人部隊とは別に組織されている。上層部、つまり楽園社会のお偉いさんから指令がでるのは同じなのだけど、作戦内容は大きく異なる。防人部隊は楽園社会内部の自治を行ったり、境界の警備を行うのに対し、楽園の兵士達は外向き、つまり社会の外での作戦となる。中でもぼく達の部隊は暗殺などのいわゆる「濡れ仕事(ウエット・ワーク)」などを部隊の中で唯一請け負う。まあ、暗殺はごくまれで、今回のような作戦は珍しいのだけれど。メンバーはメンタルが強く、強靭な肉体を持っていて、なおかつ適正有と判断された者しかなることができない。一番忌み嫌われる仕事を請け負う一番のエリート部隊。それがぼく達だ。

 今回の作戦は運の悪いことに、実戦訓練を兼ねていた。

 年に二、三回、ブリーフィングを直前に行う作戦がある。これは、有事の際に緊急で行われる作戦があった時、落ち着いて対処する為に考案された訓練だ。要するに、いつどんな作戦が起こってもいいように慣れておけ、という訳だ。だが、今回の作戦内容でこの訓練を兼ねるのは少しまずかった。


 今日は新月で、月は出ていない。

 暗殺任務は、絶対に敵との遭遇、戦闘は控えなければならない。見つかったら最後、敵の無線連絡がターゲットを引き離してしまう。戦闘になっても容易に切り抜けることはできるが、作戦としては失敗だ。だけど、今回は敵を見つけるどころか、敵の気配すらしなかった。

 レジスタンスの本拠地、荒廃した街へは容易に潜入できた。ろくに関所もなく、簡単に街に入ることができる。

 なんて杜撰ずさんな警備体制なんだろう。ここまで簡単に潜入できると、逆に不安になる。

 と、CALLが拡張現実オーグメント・リアリティのコンタクトレンズに表示される。

「こちらハウンド01。目標地点に到達した。あとどれくらいかかるんだ」

「こちらイェーガー01。今地図マップを確認したんだが、あと十分はかかる。小型偵察用無人機(BUG)を使ってターゲットがどこの部屋に居るか確認してくれ。…今、裏口にいるんだろう。動かないでくれ。情報援護を頼む。ぼく達はそちらからの情報を基に、ターゲットを始末する」

「あいよ。あまり老兵を待たせんでくれ」

「そこまで歳じゃないだろう」

 リパブリックの溜息が聞こえた。

「そうは言うがな、40ってのは普通ならもう現役引退の歳だ。十分に老兵だと思うがね」

「なら現役引退したらどうですか」

 サンダースが口をはさむ。

「そういうことは俺に射撃訓練で勝ってから言え。ったく、俺が引退しないのはお前らが心配だからだ。早く安心させてくれ。…そうだ、一つ言わせてくれ。この中で最初に死ぬべきは俺だ。俺より先に死ぬんじゃないぞ」

「不吉なこと言わないで下さいよ」

「今日はやけに冷える。嫌な予感がするんだ」


「一つ、いいか」

 目標地点に向かう間、サンダースに尋ねた。

「なんです」

「お前はなんで、楽園の兵士パラダイス・ソルジャーになろうと思ったんだ」

 これはずっと気になっていたことだった。サンダースの最高測定値はぼく達の中で圧倒的に高い。その測定値は人格破綻者のレベルまで上がったらしい。そこまで上がってしまってはもう一度下げるのは難しいのだ。それに、彼の性格はこういった組織に向いていない気がする。そのことをサンダースに言うと、

「えーと、まず、そこまで測定値が上がった原因って言いましたっけ」

「まだだ」

「じゃあまずそこから。話は苦手なんで簡潔にまとめますけど。十歳の時です。俺の両親はある連続殺人鬼に殺されました。「鎌鼬かまいたち」って知ってますか」

 鎌鼬は十二年前に出現した殺人鬼だ。殺すことだけを目的にした快楽殺人者で、殺し方は名前の通り鎌鼬。体中に切り傷をつけ、ボロボロにして殺す。鎌鼬は失踪したと聞いている。

「実は、鎌鼬は失踪したんじゃありません。俺が殺しました。いや、殺したと聞きました」

「聞いた…」

「はい。覚えてないんです。誕生日の日でした。ケーキを切り分けているとき、鎌鼬が裏口から入ってきました。両親が目の前で殺されて…。気づいたら俺は包丁を持って立ち尽くしていました。鎌鼬は血まみれで倒れていて…。近所の人が通報したので、すぐに警察が来ました。俺の測定値はぶっちぎりで500を超えました。その時施設に連れて行ってくれた警察官は俺のせいで絶望感染を起こし、危険人物判定を受けたんです…。俺のせいで…」

 ぼくはこの若者の抱える闇に初めて触れた気がした。

 絶望感染ディスパイア・ハザード。基準として測定値が500を超えた人物と接触した際に起こると言われている。絶望感染が起こると、絶望体質と似たような症状になる。なにもしていなくても測定値が上昇してしまうのだ。

「お前のせいじゃない。その警察官だって、覚悟はしていたはずだ」

「その人も、面会の時に同じことを言っていました。でも、それじゃダメな気がするんです。うまく表現できないけれど、なにか…」

 その言葉を聞いてレイを思い出す。

『理屈ではあっている。けど、何か気に入らない』

 サンダースもまた同じようなジレンマに囚われているのだろう。

「話を続けますね。ぼくは施設に入れられましたが、はっきりいって荒れてました。協調性が無くて、度々問題を起こしていました。三年たって、楽園の兵士達に穴ができたから、施設にスカウトが来ました。そのスカウトがリパブリックさんです。俺に目を付けたリパブリックさんが俺に広い世界を見せてくれました。リパブリックさんは俺の恩人なんです」

 そういうサンダースの目は涙で潤んでいた。

「実は、楽園の兵士になったのはあの警察官の方にお詫びがしたかったからなんです。でも、それはできませんでした。楽園の兵士達にできた「穴」こそ、その警察官の方だったんです」

 サンダースの目から涙が零れた。彼の涙を見るのは初めてかもしれない。

「俺は、この仕事を続けることが、あの人への償いになると思ってこの仕事をしています。この仕事こそ、償いなんです」

 サンダースの目の奥に光が籠った。そこには少し、狂気のようなものすら感じられた。


「こちらイェーガー01。目標地点に到達。ターゲットは確認できたか」

「こちらハウンド01。オーケーだ。今からマップにマークする」

 マップにターゲットの位置が表示される。二階の大広間だ。

「ターゲットの他に熱源は確認できなかった。妙だ。…そっちは敵を確認できたか」

「いや。気配すらしなかった」

「悪い予感がする。油断するなよ」


 目標地点の屋敷は西洋の洋館といった造りになっている。人の気配はない。ぼく達は注意深くハイテク装備のついたM4を構えてクリアリングをしていく。二階に上がり、大広間の前についた。ぼくは正面に、サンダースはベランダや屋根を使ってライアンの後ろの窓に待機する。

 大広間は円形で、中心にいるライアンはピアノを一心不乱に弾いている。周りにはライアンを取り囲むように、本来なら満席の筈の椅子が中心を向いて並んでいる。奏でられる音楽にパターンはなく、ランダムな音の羅列が続く。

「構えろ」

 ぼくはサンダースに指示を出す。

 ぼくとサンダースはスコープ付特殊作戦用サイドアームを構え、狙いをつける。このサイドアームは優れもので、消音機能付きであるにも関わらず、徹甲弾並の威力を持つ。対サイボーグ用のアンチマテリアルハンドガンだ。

 ライアンは狂ったように意味のない音楽を奏で続ける。

「合図したら撃て」

 サンダースは通信機を小突いて応じる。

 と、ライアンがピアノを止めた。

「私は何故生きている…」

 ライアンが呟き始める。

「この慈愛に満ちた社会に我々の居場所はない…。誰かの居場所を奪う社会は必要なのか…。多数の喜びの為に一部の絶望は許されるのか…。教えてくれ…『ミスター・キクカワ・レイ』」

 ぼくの時間が静止する。

 同時に、何かが動き出す。

「発砲許可を」

 サンダースが問う。

 ぼくは答えることができない。

「許可を」

 サンダースが声を荒げる。思わずぼくは

「ああ」

 と虚ろな返事をしてしまう。

 サンダースが窓から飛び出し発砲する。

 ぼくはライアンが撃ち抜かれる瞬間を見た。

 

 笑っている。


「サンダース、伏せ…」

 その叫びがサンダースに聞こえることはなかった。

 目の前はホワイトアウトし、床に投げ出される。


 その後、闇が視界を占拠した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ