森と全帝、フェンリル
瞼を上げ、周りを見回して自分がどこにいるか確認する。
見えるのは木、木、木、木、木。
どうやら森のようだ。
不意に懐で何かが振動する。
取り出すと、意外な物が出てきた。
携帯だ。
しかもガラケー。
開くと知らない名前がだった。
誰だ、「エルレイラ」って。
無視して閉じようとしたら。
『蓮ちゃん、ごめんなさいぃぃいいい!!だから無視しないでぇぇぇええええ!!』
勝手に電話が繋がって、声がした。
てか、神かよ。
「神、あんたの名前ってエルレイラだったんですね。知らなかったです」
『蓮ちゃん、神になったから教えようと思って忘れてたの』
「そうですか」
別に教えなくていいのに。
『ついでにケーキ~』
「あ、忘れてました」
ケーキ入れた箱、空間魔法の浮遊でずっと浮かせていたんだよね。
ご都合主義ですみません。
そのまま浮遊を同じ空間魔法の転移に変える。
携帯の向こうで嬉しそうな神――エルレイラの声と、彼に呆れるミカエル師匠の声が聞こえる。
思わず苦笑した。
ちなみにケーキは苺をふんだんに使いつつ、生クリームは甘さを控えめにさっぱりした味わいのショートケーキを作った。
ミカエル師匠や他の天使達も食べてたよ、ペロリと。
ウチは忘れない、デカめのホールケーキを綺麗に完食したミカエル師匠を初めて見た時を。
あれはマジでびびった。
固まったこっちを見て、きょとんってしてたし。
萌えたけど。
「で、何ですか」
『あ、うん……。ごめんね、シェルリナでの今って…』
「今って?」
なにやら声が小さくなっていくエルレイラ。
ここに来る前に聞いた不吉なものを思い出す。
『…………くしゃみして時間がずれました、今は勇者召喚の三週間前ですごめんなさい!!』
「次に会ったら覚悟しろ」
まだケーキを持ってたら、エルレイラに送ってない。
あ……だから先に送らせたのか?
こいつにはもう敬語使わない、今決めた。
泣いてるエルレイラを無視し、通話を切って携帯を畳んで懐に仕舞う。
魔力は極力放たれてる量を減らし、無いに等しくする。
そのまま検索能力を使い、森について検索する。
……ここはガネット王国の中で一番大きい森、ルベリド。
魔物はランクE~Sまで出るらしい。
ガネット王国の後ろにあるんだっけ。
「とりあえず歩くか」
森の情報はもう無いので、歩き始める。
たまに現れ、襲ってくる魔物にはそいつだけに向けて殺気を放ち、驚きで硬直させる。
ちょっと邪魔なので、違う場所に転移させて道を確保。
ここに着いた時から感じる、大きな魔力の元へと行く。
着いた直後は気づかなかったんだよね……魔物かと思ってたから…。
不意に血の臭いがする。
エルレイラにもらった身体能力強化と、神になったためかさらに鋭くなった五感。
そのうちの一つ、嗅覚がそれを捉えた。
眼帯を外すと、高校生の姿に戻る。
神と同じ強さの魔力が解放される。
気にせずに魔力の元へと走る。
同時に神としての姿になった。
髪が真紅になり、右の瞳も金色になる。
「この血は誰のだ…」
検索をすると血の主は全帝で、理由は何故かフェンリルに襲われているから。
フェンリルが何故?
今のフェンリルは大人しく、天界のはほぼペットになってるってミカエル師匠が言ってたし。
不思議に思いながらも、走るスピードを緩めない。
そして見えてきたのは開けた場所。
正確には、おそらく全帝とフェンリルが戦ったのか木々が薙ぎ倒されて開けた場所。
森林破壊、いや、環境破壊か?
真ん中辺りでは象ほどの大きくて黒いフェンリルと、背中にガネット王国の特徴とも言える柘榴を金糸で刺繍したローブを着た全帝。
全帝はこっちに背を向け、フェンリルは全帝を見て体勢を低くして構えてる。
気づかれてないので、ここでウチが取る行動は一つ。
「おらぁっ!」
「はっ!?」
「ぎゃうっ!?」
走る勢いを殺さずに跳ね、そのまま全帝の上を通ってフェンリルを蹴る。
そのまま全帝とフェンリルの間に落ち、浮遊で落下スピードを和らげて地面に着地する。
フェンリルは倒れていて、起き上がる気配も無くて隙だらけだ。
全帝も固まっているのが分かる。
ちょうど全帝に背を向けているので振り向く。
胸元には三本の爪痕があり、そこから出血している。
傷はそこまで深くないが、足元には小さな血溜まりが出来てる。
上半分を隠す仮面で顔を隠しているが、息が荒くて見える頬などは白くなっている。
ちょっと危ないな。
「《祝福》」
光属性の神級治癒魔法で治す。
神級はちょっとやり過ぎたかもしれんが、血行も良くなったのか頬に赤みが差す。
ますます全帝がポカンとしてる。
ステータスを見ようか考え、やめた。
めんどくさいから。
フェンリルに向き直る。
フェンリルは起き上がり、乱入者であるウチを睨む。
なかなか頑丈らしく、ウチが蹴った場所には傷が無い。
「お前…」
全帝は声を聞くに男のようだ。
だが、まだ茫然としてるらしい。
まぁ、仕方ないか。
彼からすればフェンリルと対峙してたらいきなり魔力の強い、しかも瞳が金で変わった服装の女が現れたんだし。
話を聞く気は無いけどね。
フェンリルを指差し、囲むように一瞬で結界を張る。
フェンリルは結界に体当たりして壊そうとするが、壊れない。
当然だ、神級の空間魔法だから。
そして結界ごとフェンリルを王国や村、街や町以外の場所に転移させる。
これなら安全だよね。
ほんの少し左に避けると、何本かの風の刃が見えた。
風属性魔法のウィンドカッターだろう。
やったのは一人だけ。
振り返ると全帝はウチに向けて鋭く殺気を放っていた。
だが一万年も生き、様々な天使達と本気の殺しあいのような手合わせしてきたウチからすれば、生ぬるい。
「いきなり何するのかな?」
首を小さく傾げ、僅かに微笑む。
同時に殺気を解放し、一気に向けた。
人間なら失神するか息が出来ず苦しむレベル。
なのに全帝は仮面越しに睨んでくる。
検索によると彼は全ての王国にいる帝の中で、一番強いようだ。
ああ、そうそう…この世界では帝は一つの王国につき、八人はいる。
その中でも、ガネットの全帝が一番強いということ。
楽しめそうだと思ったら、ミカエル師匠からの念話が来る。
念話は空間魔法の中でも上級である。
『蓮様、誰と戦おうとしてるんですか?』
『ガネットの全帝、攻撃されたのでこちらからもしようかと…』
立派な正当防衛です。
『やめましょうね?』
『………分かりました』
師匠、怒ると怖いんだよね。
修行しててウチの右腕を斬り落とした天使に飛び蹴り、次の瞬間には自然属性全てと光属性の禁忌級魔法を使いながら説教してたから。
不死結界の中だったから、出たら治るからと宥めようとしても無視されたし…。
怒らせないが吉。
全帝を見るとさらに警戒してる。
まぁ、念話してる最中に思い出したから、頬が引き攣ったんだよね。
あっちにはさらに微笑んだように見えたのかも。
『私が今から言う場所に転移してください』
その後に言われた場所を不思議に思うが、大丈夫かと思い直す。
全帝に向かい、微笑から無表情になる。
「じゃあね」
すぐに転移した。