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猛攻の雨

 路面を蹴るたびに水飛沫が上がる。炸裂する路面を避けながら敵の射撃間隔を計る。

 間近から見上げると、殻の上に乗っかっている能腆鬼の本体はカタツムリと言うよりナマコのような太さだ。全身からおびただしい数のいびつな突起を生やしていた。

 それら突起のうち、複数の先端が同時に光る。

「————っ!」

 肌が粟立つ。反射的に反重力システムを起動。

 真上に飛び上がった後、デタラメな機動で動き回った。

 俺の立っていた場所に複数の光線が突き刺さる。路面が炸裂し、爆炎が噴き上がった。

 くそ、こいつは同時に複数の攻撃ができるのか。動きを止めたらいい的になってしまう。

 急降下し、回転して新たな攻撃から身を躱す。

「無事か、ニャ——」

「リュージ。我を気にせずいつものように動くのじゃ。これでは我はいつも以上にお荷物ではないか」

 こいつ。最小限の機動で躱してることに気付いたのか。

「わかった。気絶すんなよ」

 勘を頼りに斥力場の穴をめがけ、手にした武器を放り込む。

「リュージ、まだ反応弾は……」

「あわてるな、煙幕弾だ」

 信管が作動するより早く、敵の光線が煙幕弾を迎撃した。

「よーし」

 目論見通り、斥力場の内側を煙幕が満たす。ドーム状に展開した煙によって壁の存在が明らかになると、そこにぶつかる雨滴が跳ね返る様子まではっきりと視認できるようになった。

 漏れ出す煙が敵の射線を告げる。

「っ————!」

 不規則機動による回避運動。脇を掠める光線に肝を冷やす。

 敵の射線の多くを塞ぐように、ビームバルカンの光弾が降り注ぐ。マキとハジメによる援護射撃だ。

 だが、近寄れない。そのくらい、敵の弾幕が凄まじいのだ。

 空中での反転を繰り返し、地面には長くとどまらず、数少ない死角を求めて移動する。しかし、殻の上にある本体は、少し体の向きを捻るだけで簡単に死角をカバーしてしまう。

 俺としては反重力システムに頼った回避を続けるのがやっとだ。目の端でHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の時間表示を確認。反重力システム運用の残り時間、六分。

 クソガキ、静かになっちまった。まあ当然か。いつも以上に慣性を無視した機動を続けているのだ。

 しかし、敵の手数の多さを考えると、このまま斥力の壁を蹴破って飛び込んだら万事休す、だ。そもそも、蹴破る前に的にされてしまうのがオチだろう。

 ここは一か八か。

 敵が斥力の壁に自ら穴を開ける瞬間を狙い、荷電粒子砲を撃ち込む。

 回避運動を続けながら決断する。残り五分、貴重な反重力エネルギーを斥力場破りに使うわけにはいかない。

 移動しながら荷電粒子砲を撃つのは至難の技だ。

「悪いな、ニャルル。相討ち覚悟で行くぜ」

『チーフ、だめです!』

『一時撤退を! 態勢を整えましょう』

 マキとハジメによる援護射撃が、広めの死角を作り出す。一息つきながらも、俺は部下の提案を却下した。

「撤退はしない。こいつは攻撃力が高すぎる。ここで食い止めないと、このあたりは廃墟同然になっちまう」

 有効な策など思いつかない。考えている暇もない。荷電粒子砲を構え、俺は上昇した。

「うお!」

 思わず声が出た。反転すると同時、敵の光線が背を掠めたのだ。

 野郎。少しずつ、こちらの回避パターンを読み始めていやがる。

 降りしきる雨がパワードスーツの内側に入り込むことはない。それにもかかわらず顎を濡らす感覚がある。

 VMAPの温度調節機能は正常に作動している。……参ったな。冷や汗か、この俺が。

「ま……て、リュージ。今回、こそ! 我は役に、立つのじゃ」

「ニャルル、お前……」

 驚いた。前回よりずっとハードな機動を繰り返す中、こいつは意識を保ってたのか。

「荷電粒子砲はマキとハジメの役割。リュージは奴の真上から反応弾を落とすのじゃ」

 どうせ俺には策がないんだ。いいだろうクソガキ。お前に賭けてやるぜ。

「聞いてたか。俺が反応弾を落とすまでは、ビームバルカンで援護してくれ」

『了解!』

 切れ目の少ない砲撃の雨をかいくぐり、ジグザグに飛びながら敵の真上を目指す。

「しまっ——」

 回避パターンを完全に読まれたか。くそ、どこへ移動しても直撃だ。

 左腕でニャルルを庇った。が、何の衝撃も感じない。

 それどころか、あれほど集中していた砲撃の網に大きく隙間ができている。

 訝るのは後回しだ。砲撃の隙間に沿って回避運動を続行する。

「くう……っ」

「どうした、ニャルル!?」

「どうもせん! 間もなく真上じゃ、リュージ」

 こいつ、もしかしてPK(サイコキネシス)を? いや、考えるのは後だ。

 斥力の壁から煙が漏れる。

 すかさず撃ち込まれるビームバルカンの援護射撃。

 千載一遇の好機。

 渾身の力で反応弾を投げ落とす。

 だが、甘かった。敵の突起のうちいくつかが光り、反応弾に向けてまっすぐに伸びた。

 くそ、迎撃されちまう。

「もう一発——」

「離脱じゃ、リュージ! 距離を取れ」

 クソガキらしからぬ鋭い声。

 ほぼ反射的に、全力でその場を離れた。

 HMD内に赤く明滅する警告表示。同時に鳴り響くアラームに、俺の心臓が跳ね上がる。

「この音はなんじゃ、リュージ」

「お祈りの時間だ、祈れニャルル!」

 さっきの被弾による影響か。反重力エンジンが作動不良だ。

 通常機動で砲撃の雨をかいくぐりつつ、急降下していく。

 閃光が視界を遮る。

「——————っ」

 心臓が口から飛び出したのではないか。

 遅れて耳に届く轟音。その音を認識している以上、一応は生きている……はず。

 直撃を受けてはいない。

 落雷か——いや。

「成功じゃ、リュージ」

 ニャルルだ。

「勝った、のか」

「ああ。じゃが……」

 歯切れの悪い声に、背後を振り向く。

「なんだ、これは」

 渦を巻く黒い影。そうとしか言いようのない現象が起きている。位置は、俺が反応弾を落とした辺りだ。

 そして、あろうことか。カタツムリ型能腆鬼が渦に吸い込まれようとしているのだ。

 その巨体は捻れ、すでに身体の半分ほどが渦に飲み込まれている。

「全速で逃げろ、リュージ。でないと……」

「でないと、どうなる」

「我らも渦に飲み込まれる」

 先に教えとけ、クソガキ。

 HMD内に新たな警告表示。

「な!」

 目を疑い、言葉を失った。

 燃料切れかよ。

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